PD-L1が高発現している腫瘍でも、免疫チェックポイント阻害薬が効かない症例が約8割存在します。
PD-L1(Programmed Death-Ligand 1)は、癌細胞やマクロファージの表面に発現するタンパク質です。 T細胞表面のPD-1受容体と結合することで、T細胞の攻撃にブレーキをかける仕組みを持っています。 つまり、癌細胞は自らPD-L1を発現することで、免疫システムによる排除を回避しているのです。 isct.ac(https://www.isct.ac.jp/ja/news/d2vbsdy3nosv)
この機構は「免疫チェックポイント」と呼ばれ、もともとは自己免疫疾患を防ぐための正常な防御機構でした。 がん細胞はそれを逆手に取り、免疫監視から逃げ続けます。これが基本です。 tohto-u.repo.nii.ac(https://tohto-u.repo.nii.ac.jp/record/17/files/kiyo9_p3-12.pdf)
PD-L1発現の評価には主に以下の2つのスコアが使われます。 mypathologyreport(https://www.mypathologyreport.ca/ja/diagnosis-library/squamous-cell-carcinoma-oral-cavity/)
- TPS(Tumor Proportion Score):腫瘍細胞のうちPD-L1陽性細胞が占める割合(0〜100%)
- CPS(Combined Positive Score):腫瘍細胞+浸潤免疫細胞のPD-L1発現を合算した指標(0〜100)
CPSが1以上で免疫療法の適応が検討される場合が多く、臨床判断の分かれ目になります。 スコアの読み方が治療の鍵です。 mypathologyreport(https://www.mypathologyreport.ca/ja/diagnosis-library/squamous-cell-carcinoma-oral-cavity/)
口腔扁平上皮癌(OSCC)におけるPD-L1陽性率は、カットオフ値によって大きく異なります。 TPS≥1%での陽性率は約20%(35例中7例)に過ぎません。これは、実際の臨床現場で免疫療法の適応患者が思ったより少ないことを意味します。 academia.carenet(https://academia.carenet.com/share/news/ef4f7337-766e-48b5-9f8b-5bafe7c015a6)
意外ですね。
同じ腫瘍径T1の早期癌でも、PD-1およびPD-L1の発現がほとんど見られない症例と豊富に見られる症例の両方が存在します。 以下の表は、評価指標と発現傾向をまとめたものです。 tmd.ac(https://www.tmd.ac.jp/press-release/20230619-1/)
| 評価指標 | カットオフ値 | 陽性率目安 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| TPS | ≥1% | 約20% | 免疫療法適応の第一選別 |
| TPS | ≥50% | さらに低下 | 高発現群の絞り込み |
| CPS | ≥1 | より高率 | 免疫細胞も含む包括評価 |
腫瘍の見た目や大きさだけでPD-L1発現を予測することは困難です。 生検による病理評価が原則です。 tmd.ac(https://www.tmd.ac.jp/press-release/20230619-1/)
歯科従事者にとって最も見落としがちな事実があります。歯周病の主要原因菌であるPorphyromonas gingivalisが、口腔上皮細胞のPD-L1発現を約5倍も上昇させることが実験的に示されています。 これは統計的に有意な結果(p<0.001)であり、偶然ではありません。 ir.tdc.ac(https://ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/4952/1/119_250_1.pdf)
歯周炎が口腔癌の免疫逃避を助長している可能性がある、ということです。
さらに、P. gingivalisは前立腺癌細胞においてもPD-L1発現を上昇させ、腫瘍細胞が免疫監視から逃れるのを助長すると報告されています。 口腔内の歯周病原菌が全身の免疫環境に影響する——これは歯科領域が担う予防医療の重要性を再定義するものです。 kawasemi-dc(https://www.kawasemi-dc.jp/_cms/10734/)
また、東京医科歯科大学の研究では、PD-L1は細胞膜上だけでなく核内にも移行し、免疫応答・炎症に関わる遺伝子の転写を制御することが判明しました。 つまりPD-L1は単なる「シグナルリガンド」ではなく、遺伝子発現まで操る分子でもあります。これは使えそうです。 tmd.ac(https://www.tmd.ac.jp/archive-tmdu/kouhou/20200827-1.pdf)
歯周治療の徹底がPD-L1発現を抑制し、免疫環境を改善する可能性に向けた研究が進んでいます。 歯科衛生士によるプラークコントロール指導が、免疫チェックポイントの観点からも意義を持つ時代が来ています。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K19036/)
歯科口腔外科領域の研究については、日本口腔外科学会の情報も参照されると理解が深まります。
日本口腔外科学会 — 口腔癌の診断・治療ガイドラインや最新研究に関する情報が掲載
免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ・ペムブロリズマブ)は、PD-1/PD-L1シグナルをブロックすることでT細胞の攻撃力を回復させます。 現在、再発・転移性の頭頸部扁平上皮癌に対して使用が認められています。 tmd.ac(https://www.tmd.ac.jp/press-release/20230619-1/)
一方、2026年3月に報告されたLEAP-010試験では、PD-L1発現(CPS≥1)の再発・転移性頭頸部扁平上皮癌に対してペムブロリズマブ+レンバチニブ併用療法を評価。 PFS中央値が6.2ヵ月対2.8ヵ月と有意な改善を示したものの、OS(全生存期間)では有意差が出ませんでした(15.0ヵ月対17.9ヵ月)。 奏効と生存は別物、ということです。 oncolo(https://oncolo.jp/news/260414ra01)
抗PD-1抗体と抗PD-L1抗体を組み合わせることで、より低濃度でも抗腫瘍効果が発揮できる可能性も研究されています。 併用療法の最適化が今後の焦点です。免疫療法を担当する口腔外科医との連携体制を事前に整えておくことが、歯科チームとしての重要な準備になります。 tmd.ac(https://www.tmd.ac.jp/press-release/20230606-1/)
頭頸部癌診療に関わる臨床情報は、以下のガイドラインも参考になります。
PD-L1発現の評価は、病理医による免疫組織化学染色(IHC)で行われます。 ここで見落とされがちなのが、検体採取の段階での品質が判定精度に直結するという点です。 msdconnect(https://www.msdconnect.jp/products/keytruda-hnc/clinical-results/keynote-689/)
採取精度が結果を左右します。
生検の部位・深度・固定方法が不適切だと、PD-L1陽性細胞の分布が正確に評価できません。特に口腔内の生検は、腫瘍の中央部より浸潤先端部(invasive front)での採取がPD-L1発現を正確に反映すると指摘されています。表面上の壊死組織に当たった場合、偽陰性となるリスクがあります。
KEYNOTE-689試験では、中央判定病理医による盲検下評価で、原発腫瘍の切除検体および切除されたすべての所属リンパ節を対象に浸潤性扁平上皮癌細胞が10%以下かどうかが確認されています。 これほど厳密な評価体制が標準とされている以上、初回生検の質が後の治療選択に直結します。 msdconnect(https://www.msdconnect.jp/products/keytruda-hnc/clinical-results/keynote-689/)
以下は、生検の精度を高めるために歯科口腔外科チームが意識すべきポイントです。
- 壊死・潰瘍部の中央ではなく、腫瘍の浸潤辺縁部を狙う
- 採取後の固定液への浸漬は速やかに行い、乾燥を避ける
- 複数箇所から採取し、PD-L1発現の不均一性(heterogeneity)に対応する
- 採取部位の情報を病理依頼書に明記する
PD-L1発現には腫瘍内不均一性(intratumoral heterogeneity)が存在し、同一腫瘍でも部位によって発現量が異なります。 1点の生検で「陰性」と判断しても、他の部位に高発現領域が存在する可能性があります。この不均一性が原則です。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K10120/)
検体採取の技術向上に関心がある場合、日本口腔腫瘍学会の研修プログラムが参考になります。
日本口腔腫瘍学会ガイドライン — 口腔癌の診断・治療に関する学会公式資料(部位別発生割合等のデータ含む)