クリッキング音と顎関節症の原因・診断・治療の基本

クリッキング音(顎のカクカク音)が気になる患者への対応に迷ったことはありませんか?原因となる関節円板の転位から、病態分類・スプリント治療まで歯科従事者が押さえるべき知識を解説します。

クリッキング音の原因・診断・治療で知っておくべき基本

クリッキング音がしていた顎が、ある日突然「無音」になったら、むしろ危険サインです。


この記事の3つのポイント
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クリッキング音の正体

顎関節内の関節円板が前方へずれ、開口時に元の位置へ戻る瞬間に「カクッ」という音が発生します。これが復位性円板転位(顎関節症Ⅲa型)の典型的な症状です。

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音が消えたら要注意

クリッキング音が突然なくなり、同時に開口障害が出た場合は非復位性転位への移行を疑います。「治った」と患者が誤解しやすい危険な状態です。

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治療の原則は保存的アプローチ

日本顎関節学会「顎関節症治療の指針2020」では、まず非外科的な基本治療(スプリント・運動療法・生活指導)を優先することが推奨されています。


クリッキング音の発生メカニズムと顎関節症の病態分類

顎関節の中には、関節円板(かんせつえんばん)と呼ばれるクッション状の軟骨組織があります。この円板は通常、下顎頭(かがくとう)の上に乗るようにして関節運動をスムーズにする役割を担っています。クリッキング音は、この関節円板の位置が前方にずれた状態(前方転位)で、開口時に円板が本来の位置へ戻る瞬間に発生します。具体的には、口を開けていくと下顎頭が前方転位した円板の「後方肥厚部」を乗り越える瞬間に「カクッ」「パキッ」という単発の短い音が鳴るのです。


これが基本です。


日本顎関節学会の病態分類(2013年)では、顎関節症は大きく4つのタイプに分けられています。


| 病態分類 | タイプ | 主な症状・特徴 |
|---------|-------|--------------|
| Ⅰ型 | 咀嚼筋痛障害 | 咀嚼筋の痛みと運動時痛が主体 |
| Ⅱ型 | 顎関節痛障害 | 顎関節部の痛みと運動障害 |
| Ⅲa型 | 復位性円板転位 | クリッキング音・関節部機能痛 |
| Ⅲb型 | 非復位性円板転位 | 開口障害(クローズドロック)・クリック音は消失 |
| Ⅳ型 | 変形性顎関節症 | クレピタス(ジャリジャリ音)・骨変化 |


クリッキング音が聞こえる状態は主にⅢa型(復位性関節円板前方転位)に該当します。開口時に「カクッ」と音がして、閉口時にもう一度音がするパターンを「相反性クリック(reciprocal click)」といいます。このパターンは特に診断上重要です。


クリッキング音だけの状態であれば、重篤な病態ではないことが多いです。ただし、顎関節症の各病態の中で最も発症頻度が高い病型はⅢ型(円板障害)であり、患者人口の6〜7割を占めるとされています(日本顎関節学会「顎関節症治療の指針2020」)。


一方、クレピタスは「ジャリジャリ」「ミシミシ」と連続して鳴る音で、Ⅳ型の変形性顎関節症を示唆する所見です。クリッキング音とは発生機序が根本的に異なるため、問診・触診時に両者を区別することが重要な診断ポイントになります。


クリッキング音とクレピタスの識別が診断の第一歩です。


参考:日本顎関節学会による病態分類の詳細(日本補綴歯科学会ガイドライン等一覧)


日本補綴歯科学会|顎関節症に関するガイドライン(病態分類・診断基準)


クリッキング音が「突然消えた」ときの非復位性転位への移行サイン

歯科臨床で特に注意が必要なのが、「ずっとクリッキング音がしていたのに、ある日から音がしなくなった」という患者の訴えです。これを患者が「治った」と勘違いして来院が途絶えるケースは少なくありません。


注意が必要なケースです。


Ⅲa型(復位性)からⅢb型(非復位性)への移行が起きると、関節円板が開口運動中に元の位置へ戻れなくなります。つまり、円板が常に前方転位したまま固定された状態になり、下顎頭の前方移動が妨げられます。その結果、クリッキング音は消失するのですが、代わりに開口量が著しく制限されます。目安として、指3本(約4cm)が縦に入らない場合は開口障害として臨床的に問題があると判断されます。指3本の幅はおおよそ4cmで、標準的な成人の最大開口量40〜50mmと比べると、それを大きく下回る状態です。


この変化を確認するために、問診では以下の点を必ず確認することが推奨されます。


- 🔍 以前はクリッキング音があったか?(既往歴の確認)
- 🔍 音がなくなった時期と開口障害の発症時期は一致しているか?
- 🔍 朝起きたときに口が開けにくい感覚があるか?
- 🔍 顎の痛みは増しているか、あるいは減っているか?


また、開口路の確認も重要です。非復位性転位の急性期では、開口時に下顎が患側(円板がずれている側)に偏位する「Sカーブ」様の運動軌跡が見られることがあります。これはⅢa型では見られにくい特徴的な所見です。


つまり、クリッキング音の「消失」こそが次のステージへの移行を意味します。


患者に対して「音がしなくなってもすぐに受診してください」と事前に伝えておくことが、悪化を防ぐうえで非常に有効な患者教育になります。次のステージへの移行を見逃さないための布石として、このひと言は臨床的に大きな意味を持ちます。


参考:非復位性転位とクローズドロックの解説(東京医科歯科大学 顎関節診療部)


東京医科歯科大学 顎関節診療部|音の原因は?〜関節円板の障害(復位性・非復位性の違いを解説)


クリッキング音への保存的治療:スプリント療法と運動療法の使い分け

クリッキング音(Ⅲa型)に対する治療の基本は、まず保存的・非外科的アプローチです。日本顎関節学会「顎関節症治療の指針2020」でも、手術を含む侵襲的治療は保存的治療で効果が得られない場合に限ると明示されています。


保存的治療が原則です。


スプリント(咬合挙上副子)療法は最もよく用いられる治療法のひとつですが、「クリッキング音がある=スプリント」という短絡的な判断は避けたいところです。スプリントには大きく「安定型スプリント(フラットスプリント)」と「再位置付けスプリント(前方再位置付け型)」があり、両者の目的は異なります。


| スプリントの種類 | 目的 | 適応の目安 |
|---------------|-----|----------|
| 安定型スプリント | 筋緊張の緩和・関節負担の軽減 | 筋肉痛・ブラキシズムを伴う症例 |
| 前方再位置付けスプリント | 関節円板の復位位置の安定 | 急性期のⅢa型、厳密な適応選定が必要 |


前方再位置付けスプリントはクリッキング音を消失させることを目的とした装置ですが、長期使用による咬合変化のリスクがあるため、適応の判断は慎重に行う必要があります。これは使えそうですね、とすぐに飛びつかず、病態の評価と患者の生活状況を踏まえた判断が求められます。


運動療法(開口訓練)も重要な保存的アプローチです。患者自身が毎日行うセルフケアとして、鏡を見ながらゆっくりまっすぐ開閉口する練習を1日数セット行う方法が推奨されています。これにより関節周囲の筋肉の血流が改善し、症状の安定につながります。


生活習慣の見直しも忘れてはなりません。顎関節症のリスク因子として日本顎関節学会が挙げているのは、硬い食べ物の長時間咀嚼、頬杖・うつ伏せ姿勢、覚醒時ブラキシズム、長時間のデスクワークなど多岐にわたります。これらは問診票などを通じて患者自身が気づく機会を設けることが、治療効果の維持に直結します。


参考:日本顎関節学会「顎関節症治療の指針2020」(PDF)


一般社団法人日本顎関節学会|顎関節症治療の指針2020(公式PDF・診断基準・治療フロー掲載)


クリッキング音の患者への説明で押さえるべき「7割は進行しない」という事実

クリッキング音がある患者に対して、どのように説明すれば不必要な不安を与えず、かつ必要な注意を促せるでしょうか。ここが歯科衛生士歯科医師にとって、実際の臨床でもっとも悩むポイントのひとつです。


重要な事実があります。クリッキング音のある患者のうち、7割以上がそれより先の重篤な病態(非復位性・開口障害)には移行しないという報告があります(原田歯科医院・臨床観察データ)。つまり多くの患者は、音があっても日常生活に大きな支障をきたすことなく経過することができます。


この情報は患者の「適切な安心」につながります。


一方で残りの約3割はより進行した状態に移行するリスクがあるため、経過観察を怠ることはできません。この「7割は安心、でも3割は要注意」という両面を伝えることが、患者の信頼を得るための丁寧な説明になります。


患者説明として特に有効なのは次のような声がけです。


- ✅ 「音だけで痛みがなければ、すぐに手術が必要なわけではありません」
- ✅ 「ただし、音がなくなったときは"治った"ではなく、むしろ受診のサインです」
- ✅ 「朝の開口感や、口の開きやすさを毎日チェックするクセをつけましょう」
- ✅ 「硬いものや大きく口を開ける行動(大きなあくびや大口でかぶりつく食事)はなるべく控えてください」


また、厚生労働省の歯科疾患実態調査(平成28年)では「口を大きく開け閉めするときに顎の音がある」と回答した人は全体の約15.0%(女性に限ると17.7%)に上ります。国内の推定患者数は約1,900万人ともいわれており、決して珍しい症状ではないことを患者に伝えることも、不必要な恐怖心を和らげるうえで役立ちます。東京ドーム1個の収容人数が約55,000人ですから、1,900万人という数字は全国のプロ野球球場を345球場分埋め尽くすほどの規模感です。


数字の裏側も伝えることが大切です。


参考:歯科疾患実態調査データを含む顎関節症の罹患状況


日本歯科医師会|お口のなんでも相談「顎関節症」(罹患率・自然治癒の可能性を解説)


見落とされがちな「エミネンスクリック」——病的クリックとの鑑別ポイント

ここからは、多くの検索上位記事にはほとんど記載されていない、臨床上知っておくと差がつく知識を紹介します。


クリッキング音のすべてが、関節円板の転位によるものではありません。「エミネンスクリック(eminence click)」と呼ばれる音は、解剖学的に正常な顎関節でも発生することがあります。これはエミネンスを意識した独自の視点です。


エミネンスクリックは、開口量が大きくなったとき(上下前歯間距離で概ね55〜60mm以上)に、下顎頭が関節結節(eminence)を越えるときに生じる衝撃音です。これは関節円板のずれに起因するものではなく、関節靭帯の弛緩によって通常以上に口が開いてしまう際に起きる現象です。病的なものではありません。


ただし、臨床上は以下の点でⅢa型のクリッキング音と混同されやすいです。


- 🔎 Ⅲa型のクリック:開口の途中(中間〜後半)で単発に鳴る。閉口時にも相反性クリックが出ることが多い。


- 🔎 エミネンスクリック:最大開口位付近(開口の極限)で発生する。音の質が比較的鈍い場合がある。閉口時には通常鳴らない。


エミネンスクリックが観察される患者に、関節円板障害に対するスプリント療法を不必要に適用してしまうことは避けたいところです。過剰治療は患者の時間的・経済的な負担につながるだけでなく、医療倫理の観点からも問題があります。


開口量の計測(最大開口量:上下切歯間距離をmm単位で記録)は、この鑑別を行ううえでシンプルかつ有効なツールです。ルーティンの検査として数値を記録しておく習慣が、見落としを防ぐことに直結します。


これは見落とされやすいポイントです。


参考:エミネンスクリックの臨床的解説


さくま歯科(吉祥寺)|エミネンスクリックについて(病的クリックとの違いを詳しく解説)