クレピタス音がしても、実は骨変形がない正常な関節にも生じることがあります。
顎関節症は日本顎関節学会の「顎関節症の病態分類(2013)」によって、大きくI型からV型(またはそれ以外)に分類されています。この分類の中で、クレピタス音は特定の型と密接に結びついています。結論から言えば、クレピタス音はIV型(変形性顎関節症)の代表的な臨床症状とされています。
各型の特徴を整理すると以下のとおりです。
- I型(咀嚼筋痛障害):咀嚼筋の痛みや運動時痛が主症状。顎関節内部の変化ではなく、筋肉レベルの問題が中心です。
- II型(顎関節痛障害):顎関節の捻挫や炎症による痛みが主体。音は必ずしも伴いません。
- III型(顎関節円板障害):関節円板のズレによって発生する「カクッ」「パキッ」というクリック音(弾撥音)が特徴的な型です。III型aは復位性、III型bは非復位性(クローズドロック)に分けられます。
- IV型(変形性顎関節症):関節軟骨・関節円板・下顎頭・下顎窩の退行性変化(骨吸収・骨添加・軟骨破壊など)を主体とした型で、クレピタス音(「ジャリジャリ」「ミシミシ」「シャリシャリ」と連続して鳴る摩擦音)を特徴的な雑音として示します。
- V型:I〜IVのいずれにも該当しない心身医学的要素を含むもの。
つまり「クレピタス音が鳴る=IV型」という対応関係が、日本顎関節学会の基準として明確に示されています。これは基本です。
ただし注意点として、IV型であってもクレピタス音が必ず生じるわけではなく、また後述するようにクレピタス音があっても画像上の変形が確認されない場合もあります。音の有無だけで型を確定することは臨床上のリスクを伴います。
参考:日本顎関節学会『顎関節症治療の指針 2020』(顎関節症の病態分類・変形性顎関節症の定義)
日本顎関節学会 顎関節症治療の指針2020(PDF)
歯科臨床において、顎関節音を聴取したとき最初に行うべき判断は「クリック音か、クレピタス音か」の鑑別です。この2種類の音は、発生メカニズムも対応する型も異なります。正確に区別できないと、型の誤診につながります。
クリック音(弾撥音)は、関節円板が下顎頭の移動に伴って正常位に復位する瞬間(あるいは転位する瞬間)に生じる、「カクッ」「コクッ」「パキッ」という短く単発の音です。これはIII型(顎関節円板障害)、特にIIIa型(復位性関節円板前方転位)で特徴的に見られます。開口時と閉口時に1回ずつ鳴る「相反性クリック」は、このIIIa型の典型です。
一方、クレピタス音は、「ジャリジャリ」「ミシミシ」「ゴリゴリ」「シャリシャリ」と連続的・摩擦的に鳴る音です。これは軟骨や骨の表面が粗造化・不整化した関節面同士がこすれ合うことで生じます。IV型(変形性顎関節症)が進行した状態で聴取されることが多く、砂を噛むような質感の雑音として患者も訴えます。
鑑別のポイントを整理すると以下のとおりです。
| 特徴 | クリック音(III型) | クレピタス音(IV型) |
|---|---|---|
| 音の質感 | 単発・短い「カクッ」 | 連続・摩擦的「ジャリジャリ」 |
| 発生タイミング | 開口・閉口の特定位置 | 顎運動全体を通じて連続 |
| 主な原因 | 関節円板の転位と復位 | 関節軟骨・骨面の粗造化 |
| 対応する型 | III型(円板障害) | IV型(変形性関節症) |
| 自然消失 | 比較的あり得る | ほぼ消失しない |
クレピタス音は原則として自然消失が難しい点が臨床上の重要なポイントです。日本顎関節学会の臨床サポート情報でも「クレピタス音を消失させるには手術しかない」と記述されており、症状の説明と患者へのインフォームドコンセントが不可欠です。
参考:日本補綴歯科学会 ガイドライン等「顎関節症に関するガイドライン」
日本補綴歯科学会 顎関節症ガイドライン(IV型の診断・治療一覧)
クレピタス音が「なぜ」起きるのかを理解することは、患者への説明精度を高めるうえでも重要です。
IV型(変形性顎関節症)の主病変部位は、関節軟骨・関節円板・滑膜・下顎頭・下顎窩にあります。その病理変化は「軟骨破壊→肉芽形成→骨吸収→骨添加」というサイクルが繰り返されることです。このプロセスを砂時計に例えると、初めは滑らかだった関節面がやがて凹凸状・粗造状になるイメージです。
正常な顎関節では、関節面は軟骨と滑液によってスムーズに保護されています。しかしIV型では、関節円板が破損・穿孔したり、長期間にわたる過負荷(歯ぎしり・食いしばり・III型からの移行)によって軟骨がすり減ることで、骨面同士が直接または粗造な軟骨面同士で接触します。この「不規則な関節面同士の摩擦」がクレピタス音として聴取されます。
IV型への移行リスクが高いのはIII型(特に非復位性のIIIb型)の長期放置です。III型の患者を長期間経過観察する場合、定期的に音の性状変化を確認する習慣が重要です。クリック音からクレピタス音への変化は、病態がIII型からIV型へ移行したサインである可能性があります。
IV型の臨床症状は、日本顎関節学会の分類によれば「関節雑音(特にクレピタス)、顎運動障害、顎関節部の運動時痛・圧痛のうち1つ以上」とされています。つまりクレピタス音単独でもIV型の診断根拠になり得ます。ただし確定診断には画像検査が必須です。
IV型は顎関節症の中で最も病状が重く、治りにくいとされています。これが原則です。
参考:日本顎関節学会 診断基準2019
日本顎関節学会 顎関節症の診断基準2019(PDF)
クレピタス音を触診・聴診で確認した後、どのような診断フローで進むべきかを整理します。
まず、クレピタス音が聴取された時点で「変形性顎関節症(IV型)の可能性あり」として対応します。ただし、日本顎関節学会の「顎関節症の診断基準(2019)」では「クレピタスを認めなくても変形性顎関節症を否定できない」とも記述されており、音の有無だけに頼ることは危険です。
📋 診断ステップの基本フロー
- Step1(問診):いつから、どんな動作で、どんな音がするか。痛みの有無、開口障害の有無を確認します。
- Step2(触診・聴診):顎関節部に指を当てた状態で開閉口させ、音の種類(単発か連続か)・発生タイミング・左右差を確認します。
- Step3(開口量の計測):最大開口量(正常は約40mm=人差し指〜薬指の3本分が縦に入る程度)を計測し、開口障害の有無を確認します。
- Step4(画像検査):パノラマX線・顎関節専用のCT・MRIを活用します。IV型の確定診断には骨変形の画像的確認が必要です。骨棘形成・関節裂隙の狭小化・下顎頭の偏平化・骨吸収像などが所見として挙げられます。
特にMRI検査は、関節円板の位置・形状の確認に有効で、「IV型に移行しているが、III型の要素も残存している」という複合型の評価にも役立ちます。これは使えそうです。
また、クレピタス音の聴取時に「本当に音があるのか」の客観的評価が難しい場合もあります。患者が主訴として「ジャリジャリする」と訴えても、術者が確認できないケースや、逆に患者が音を認識していないケースもあります。複数回の診察で確認することが原則です。
参考:パノラマ4分割像での変形性顎関節症の画像診断(日本顎関節学会誌掲載論文)
クレピタス音がIV型(変形性顎関節症)のサインであると理解したうえで、多くの歯科従事者が見落としがちなのが「音が消えることに対する患者の期待マネジメント」です。
クリック音(III型)は、スプリント療法や運動療法によって改善・消失するケースも少なくありません。そのため、患者は「治療すれば音も消えるはずだ」という期待を持つことが多い傾向にあります。しかし、クレピタス音については状況がまったく異なります。
日本顎関節学会の指針では、クレピタス音を消失させるためには外科的療法(関節鏡視下手術・開放手術)しか手段がないとされています。保存的治療(スプリント、薬物療法、運動療法)は「痛みや機能障害を軽減する」ことが目的であり、音の消失は期待できません。これが条件です。
この現実をどう患者に伝えるかは、クレームや信頼低下を防ぐうえで極めて重要な場面です。具体的な説明の骨格として以下が有効です。
- まず現状の説明:関節面がすり減っているため、運動のたびに音が出る状態であること。表面の凹凸が音の原因であること。
- 次に治療目標の共有:「音を取る治療」ではなく「痛みを和らげ、顎の動きを維持する治療」であることをきちんと説明する。
- 音の持続を「悪化」と捉えないよう案内する:治療中に音が続いていても、それは治療失敗ではない。痛みや開口量の改善が治療効果の指標である。
なお、IV型の基本治療として「顎関節部の安静」「薬物療法(NSAIDs)」「スプリント療法」「運動療法」が挙げられています。特にスプリント(スタビリゼーション型)は、就寝時の歯ぎしりや食いしばりによる過負荷を軽減し、IV型の進行を抑制する効果が期待されます。ただし、スプリント治療の期間は平均3か月〜1年程度が目安で、症状が重い場合はそれ以上の継続が必要なケースもあります。
もし患者が強い痛みや著明な開口障害を訴える場合、また保存療法で改善が見られない場合には、口腔外科・顎関節専門医への紹介も選択肢のひとつです。判断に迷う症例では、「顎関節症治療の指針2020」を参照することが推奨されています。
参考:今日の臨床サポート「顎関節症」
今日の臨床サポート 顎関節症(症状・診断・治療方針)