角化粘膜が2mm未満だと、インプラントが天然歯より10〜20倍炎症に弱くなるリスクがあります。
歯科情報
口腔外科領域では、腫瘍切除・口蓋裂手術・外傷など様々な場面で粘膜欠損が生じます。そのような欠損部に対して現在広く用いられているのが、人工粘膜(真皮欠損用グラフト)「テルダーミス®」です。テルダーミスはテルモ株式会社が開発し、現在はジーシーが販売するコラーゲン製の創傷被覆材で、1993年に発売されたという長い使用実績を持ちます。
この製品はシリコン層とコラーゲン層の2層構造で成り立っています。シリコン層は口腔内における汚染・感染防止、外来刺激の遮断、血清成分の漏出防止に機能します。コラーゲン層は移植先周囲の細胞を取り込んで新生血管と真皮様組織を構築し、最終的には角化粘膜を形成するスキャフォールドとして機能します。これは組織再生の舞台を整える素材です。
コラーゲンの原料には「アテロコラーゲン」が用いられています。アテロコラーゲンとは、コラーゲン分子内で最も抗原性が高いテロペプチド部分をペプシンで処理して除去したものであり、低抗原性・生体内吸収性・良好な細胞適合性・止血効果という4つの大きな特徴を持ちます。結果として、免疫応答を起こしにくく安全に使えます。
製品ラインナップとしては、シリコーン膜付タイプ・メッシュ補強タイプ・コラーゲン単層タイプ・単層ドレーン孔タイプ・メッシュ補強ドレーン孔タイプの5種類があります。ただし、コラーゲン単層タイプとドレーン孔タイプは口腔粘膜欠損には使用禁忌とされています。口腔内では咀嚼・食物残渣・唾液等により脱落・汚染の可能性があるためで、シリコーン膜付またはメッシュ補強タイプの選択が原則です。
テルダーミス®の保険請求と適応症例について(ジーシーバイオマテリアルOfficialSite)
テルダーミスを口腔粘膜欠損修復に使用した場合、術後疼痛がどれくらい軽減されるかは、歯科従事者として重要な関心事です。市立砺波総合病院の由良晋也氏が61名を対象に行った調査(日本口腔顔面痛学会雑誌, 2008)では、術後翌日に鎮痛剤を服用した患者はわずか31%にとどまりました。残り約7割の患者では翌日の鎮痛剤が不要だったということです。
疼痛緩和効果にはグラフトの短径が統計的に有意な影響を与えることが明らかになっています(p=0.003)。短径が6mm小さくなるごとに鎮痛剤服用の確率が1/2に低下するというデータが示されています。短径を小さくする工夫が大切です。
具体的には、舌や頬粘膜の手術において可能な範囲で縫縮して短径を小さくすること、インプラントのための口腔前庭拡張において拡張範囲を必要以上に広げないことが有効です。また、グラフトと創面の密着性を高めることが疼痛緩和の観点からも重要で、サージカルパックによる圧迫固定を約2週間維持することが推奨されています。
術後管理においては、コラーゲン層が真皮様組織化し、シリコーン層とコラーゲン層の間に上皮が伸展した後でシリコーン層を除去する手順が基本です。口腔内での使用に際して注意すべき最大のリスクは「脱落による誤飲・窒息」です。縫合等で十分に固定することが必須条件です。
| 項目 | 内容 |
|------|------|
| 材料価格(保険) | 1cm²あたり452円(2024年6月時点) |
| 算定制限 | 1局所につき2回を限度 |
| 算定対象外 | 縫縮可能な小さな創 |
| 主な適応 | 口蓋裂手術創・熱傷・外傷・腫瘍切除後の粘膜欠損修復 |
インプラント治療において、周囲の粘膜が「角化粘膜(不動粘膜)」か「可動粘膜」かは長期予後を大きく左右します。複数の臨床研究では、角化粘膜幅が2mm未満の場合にプラーク付着量増加・出血・歯肉退縮・骨吸収といったリスクが高まることが示されています。インプラント周囲に4mm以上の角化粘膜が理想とされています。
抜歯後の歯槽堤では、角化歯肉の幅が自然に減少して可動粘膜がインプラント埋入予定部まで入り込んでくることが知られています。これが従来から問題とされてきた課題で、解決策として「遊離歯肉移植術(FGG)」や「結合組織移植術(CTG)」が行われてきました。しかし、これらは口蓋などから組織を採取する必要があるため、手術創が2か所になり患者負担が増大するという欠点があります。
テルダーミスを用いた角化歯肉増大術は、この問題に対する低侵襲なアプローチです。術式は以下の手順で行います。
この術式の利点は、色調変化が少ないこと、手術時間が短縮できること、そして何より口蓋への二次的侵襲が不要な点です。これは使えそうです。なお、抜歯創への応用においては「パイルアップテクニック」として、テルプラグとテルダーミスを組み合わせることで軟組織・硬組織ともに再生環境を効率よく構築できます。
テルダーミスを用いたインプラント周囲の角化歯肉獲得(新谷悟の歯科口腔外科塾)
現在使用されている人工粘膜素材は優れた成績を持ちますが、材質の柔軟性が乏しく複雑な口腔内形態への対応が難しいという課題があります。そこに新しい選択肢として注目されているのが、新潟大学と早稲田大学が共同開発した魚うろこ由来コラーゲン製素材「CollaWind(コラワインド)」です。
この素材の最大の特徴は、ヒトの口腔粘膜固有の「結合組織乳頭」を模した波状(マイクロパターン)構造を表面に付与している点です。ヒトの口の粘膜は「シーツとマットレスを重ねたような2層構造」でできており、マットレスに当たる結合組織の界面は波状になっています。このマイクロパターンを再現したコラーゲン膜の上にヒト歯肉細胞を播いて培養すると、天然歯肉に非常に近い組織が再現されることが確認されています。生体模倣の視点からの革新です。
原料には食品や化粧品にも使われる魚(イズミダイ)のうろこ由来コラーゲンを採用しています。このアプローチには3つの利点があります。第一に、狂牛病など動物由来感染症のリスクが回避できます。第二に、従来の牛・豚由来コラーゲンと比べて低コストで製造できます。第三に、廃棄される魚のうろこを活用することでSDGsの観点にも合致します。
現在、新潟大学発ベンチャー「株式会社CollaWind」が2023年6月に設立され、製品の実用化に向けた研究・企業連携が進んでいます。ヒトへの臨床応用に向けてはまだいくつかのハードルが残っていますが、臨床応用前の段階ではインビトロ研究用の歯肉・皮膚モデル材料として既に活用が期待されています。
マイクロパターン付きコラーゲン製材「CollaWind」の開発(新潟大学ウェブマガジン)
テルダーミスは有効な素材ですが、口腔内という特殊な環境での使用には独自のリスクが伴います。見落としやすい重要な情報を整理しておきます。
最初に確認すべきは「禁忌タイプの選択ミス」です。前述のとおり、コラーゲン単層タイプとドレーン孔タイプは口腔粘膜欠損への使用が禁忌とされています。理由は、口腔内での咀嚼・食物残渣・唾液による脱落リスクと誤飲・窒息の危険性があるためです。シリコーン膜付またはメッシュ補強タイプのみが口腔適用の対象です。これが基本です。
次に理解しておきたいのが「保険算定の制限」です。真皮欠損用グラフトは1局所につき2回を限度として算定できます。また、縫縮可能な小さな創に対して使用した場合は算定対象外となります。不必要な使用は費用請求の問題につながるため、術前に「本当に人工粘膜が必要な欠損かどうか」の見極めが必要です。適応判断が条件です。
唾液侵入という問題も無視できません。口腔内では皮膚と異なり、唾液が常に存在します。そのため、グラフトと創面の完全な密着を維持することが難しく、疼痛緩和効果や上皮化促進効果が期待より低下することがあります。研究でも「疼痛緩和は良好だが、以前の報告ほど顕著ではない」とする結果が出ています。
また、抜歯前に把握すべきリスクとして、軟組織面では「角化歯肉の有無・ポケット深さ・口腔前庭の状態」、硬組織面では「感染期間・歯周病重症度・骨吸収程度」を総合的に評価してから人工粘膜の使用可否を判断することが推奨されています。術前評価が全体の予後を決定します。
テルダーミス®真皮欠損用グラフト添付文書・詳細情報(アルケア株式会社)
テルダーミスやCollaWindに加えて、口腔粘膜再生をめぐる研究はさらに広がっています。科学研究費助成を受けた研究(課題番号:19K10167)では、「コラーゲンビトリゲル」という新素材を用いた口腔粘膜再生デバイスの開発が進められています。このデバイスは、口腔粘膜切除後の瘢痕拘縮を予防することを主目的に設計されており、再生粘膜部の線維化を抑制し、筋線維芽細胞の活性を低下させる効果が示されています。瘢痕拘縮の抑制は臨床的に重大な意義を持ちます。
また「2層性自家培養口腔粘膜」の研究も進展しています。これは患者自身の口腔粘膜上皮細胞と線維芽細胞から2層性の培養粘膜を作製し、移植するアプローチです。自家組織であるため免疫拒絶のリスクがなく、採取部位への侵襲も最小限に抑えられます。ただし、培養に時間とコストがかかる点が普及の障壁となっており、現状では研究段階にとどまっています。
人工知能(AI)技術を活用した口腔粘膜疾患の画像診断も注目の研究領域です。東京女子医科大学の研究グループは、口腔用ダーモスコープとAIを組み合わせた新しい診断法の確立を目指しています(科研費プロジェクト21K10052)。これが実用化されると、口腔粘膜疾患の見落としリスクが大幅に低下すると期待されています。
現時点で歯科従事者として意識しておきたいのは「素材選択の多様化」です。テルダーミスは現行の標準的な選択肢ですが、今後は用途・欠損サイズ・部位・患者の全身状態に応じて複数の素材を使い分ける時代が来ると考えられています。魚コラーゲン・コラーゲンビトリゲル・培養粘膜の臨床応用状況を定期的にアップデートしておくことが、これからの歯科従事者に求められる姿勢です。
口腔粘膜切除後の瘢痕拘縮を予防するコラーゲン医療デバイス研究(国立研究開発法人科学技術振興機構 KAKEN)