NIMを使っていても、筋弛緩薬を追加するだけで顔面神経の反応が完全に消失し、麻痺を見逃すことがあります。
歯科情報
NIM(Nerve Integrity Monitor:神経完全性モニター)は、電気生理学的メカニズムを利用して術中に顔面神経を監視するシステムです。具体的には、神経に電気刺激プローブを当て、その刺激によって誘発される表情筋の活動電位(EMG波形)を検出します。仕組みとしては、「刺激→神経伝導→筋収縮→EMG検出」というシンプルな流れです。
顔面神経の経路はシナプスを介しません。つまり、刺激部位から導出部位(眼輪筋・口輪筋など)の間に中枢的なシナプスがないため、鎮静薬や吸入麻酔薬の影響を受けにくいという特徴があります。これは非常に重要な点です。
耳下腺手術における顔面神経麻痺の発生率は18〜38%と報告されており(関西医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科の論文より)、甲状腺手術における反回神経麻痺の発生率3%台と比べて格段に高い水準です。NIMを用いることで術者はリアルタイムの神経状態把握が可能となり、危険な操作を即座に中止できます。
現在の主力機種は、メドトロニック社の NIM Vital™ と NIM-Neuro™ 3.0 の2種類です。NIM Vital™は2020年にフルモデルチェンジされ、インテリジェントノイズリダクション技術によってアーティファクトイベントをNIM 3.0比で94.5%抑制しています。NIM-Neuro™ 3.0は同時に8つの運動神経分枝のモニタリングに対応しており、主に脳神経外科の手術で活用されます。
歯科・口腔外科領域においても耳下腺腫瘍摘出術や顎下腺手術など、顔面神経が走行する術野での使用が増えています。術中神経モニタリングは2012年4月から保険適用となり、今では幅広い施設で導入が進んでいます。
参考:メドトロニック社公式 NIMシステム製品情報(医療従事者向け)
NIM Vital™ NIM-Neuro™ 3.0 術中神経モニタリングシステム|メドトロニック
NIMを正確に機能させるためには、術前のセットアップが最重要です。ここでのミスが術中の偽陰性(本当は神経が傷害されているのに警告が出ない状態)に直結するからです。
電極の設置は、モニタリングしようとする神経が支配している筋肉に行います。顔面神経モニタリングの場合は、眼輪筋(目の周囲)と口輪筋(口の周囲) の2箇所が基本です。電極の位置がずれると波形が極端に弱くなり、正常範囲の反応が得られないまま手術が進むリスクがあります。つまり電極の位置確認が条件です。
設置後は必ずベースライン値を確認します。NIM Vital™では、振幅(Amplitude)と潜時(Latency)の正常値を手術開始前に設定します。たとえば眼輪筋で振幅519μV・潜時4.31ms、口輪筋で振幅1218μV・潜時10.38msといった基準値を設定し、術中にこれらと比較しながら監視します。
NIM Vital™の画面表示は色分けされています。
| 波形の色 | 状態 |
|---|---|
| 🟢 緑 | 振幅50%以上かつ潜時延長10%未満(正常) |
| 🟡 黄 | 振幅50%未満または潜時10%以上延長(注意) |
| 🔴 赤 | 両方の基準を逸脱、または振幅100μV未満(警告) |
| 🔴 赤+「LOS」表示 | 振幅20μV未満(信号消失) |
この直感的な色表示によって、術者は視覚的に神経状態を把握できます。これは使えそうです。
持続的モニタリングで使用するAPS電極(Automatic Periodic Stimulation電極)は顔面神経本幹に直接留置するタイプです。メドトロニック社の希望小売価格は35,000円で、サイズは2mm径(黄色)と3mm径(緑色)の2種類が用意されています。患者の神経径に合わせて選択します。
参考:PMDA公開 NIMシステム3.0 添付文書(電極装着方法の詳細が記載)
NIMシステム3.0 添付文書|医薬品医療機器総合機構(PMDA)
NIMを使う手術で最大の落とし穴が筋弛緩薬の管理です。顔面神経モニタリングはEMG(筋電図)を利用するため、筋弛緩薬が残存していると筋収縮が起きず、顔面神経を刺激しても何も反応が出なくなります。
この状態がいかに危険か想像してみてください。術者はNIMの画面を見ながら「緑だから安全」と判断していても、実際には筋弛緩薬によって反応が消えているだけで、神経が傷害されていても警告が出ません。これが偽陰性です。
正しい麻酔管理の基本は次のとおりです。
- 筋弛緩薬(ロクロニウムなど)は挿管目的で導入時に最小限使用する
- 術中は原則として筋弛緩薬を追加投与しない
- 必要な場合はスガマデクスで完全拮抗し、TOF比≧0.9 を確認してからモニタリングを再開する
TOF(Train of Four)比は筋弛緩の回復程度を示す指標です。TOF比0.9以上が「実用上ほぼ完全回復」の目安とされています。0.7でも外見上は正常に見えますが、NIMの波形には影響が出る可能性があります。
一方、鎮静薬(プロポフォール、ミダゾラムなど)や吸入麻酔薬(セボフルラン・デスフルランなど)は、顔面神経モニタリングへの影響がごく軽微です。日本臨床麻酔学会誌(第41回大会・2023年)では「顔面神経モニタリングではシナプスを介さないため、鎮静薬の影響は最小限」と明記されています。高濃度(1.5MAC以上)での維持は波形減弱の報告がありますが、0.5〜1.0MACの範囲であれば問題ありません。
結論は「麻酔薬の種類より筋弛緩薬の管理が全て」です。
参考:日本臨床麻酔学会誌 第41回大会 教育講演(2023)顔面神経モニタリングと麻酔管理
NIMのモニタリング方法には大きく2つの種類があります。歯科・口腔外科に関わる術者が手術の流れを正確に把握するために、それぞれの特性と使い分けを知っておくことが大切です。
間欠的モニタリング(I-IONM) は、電気刺激プローブを術野の神経に押し当てて行う方法です。メリットは神経の探索・同定に優れている点で、組織の中から顔面神経本幹を見つける際に非常に有用です。ただし、手術手技をいったん止めて確認する必要があります。欠点は「確認した瞬間は安全でも、その後の操作で神経が傷害されても即座には分からない」点にあります。
持続的モニタリング(C-IONM) は、APS電極を顔面神経本幹に留置し、持続的に電気刺激をかけながら手術を進める方法です。振幅・潜時の変化が自動的に監視され、危険な操作をした瞬間にリアルタイムで警告音と色変化で術者に知らせます。厳しいところですが、NIM Vital™では振幅が50%未満に低下すると黄色警告、さらに悪化すると赤色警告・警告音が鳴ります。
関西医科大学の症例報告によると、持続的モニタリングを行った耳下腺深葉腫瘍の手術中に、顎下枝の牽引操作によって警告が出た後、手術操作を15分中止して経過を見たところ、神経機能が回復したことが確認されました。その結果、術後の顔面神経麻痺はゼロでした。これが持続的モニタリングの最大の強みです。
2種類の比較をまとめると以下のとおりです。
| 比較項目 | 間欠的(I-IONM) | 持続的(C-IONM) |
|---|---|---|
| 操作 | プローブを手動で接触 | 本幹に電極を留置 |
| 主な用途 | 神経の探索・確認 | 神経機能のリアルタイム監視 |
| 手術継続 | 手技を一時中断 | 手技を継続したまま自動監視 |
| 警告のタイミング | 検査後に結果判明 | 傷害操作と同時に警告 |
| デメリット | 操作間の傷害を見逃す可能性 | 本幹に到達するまで使用不可 |
実際の手術では両者を組み合わせて使うのが理想的です。まず間欠的モニタリングで神経本幹を同定し、同定後にAPS電極を留置して持続的モニタリングに切り替えるという流れが現在の標準とされています。
参考:耳下腺手術における顔面神経温存手技の検討(関西医科大学・J-Stage掲載)
NIMを使いこなすうえで、意外と見落とされがちなのが「特殊症例での反応消失」への対応です。意外ですね。多くの施設では「NIMが反応を出さない=神経が傷害されている」と解釈しますが、それだけが理由ではありません。
日本医療機器学会誌(2017年)の報告では、筋強直性ジストロフィー(myotonic dystrophy) の疑いがある患者で耳下腺手術を行った際、NIMによる顔面神経モニタリングで全く反応が得られなかった1例が報告されています。この疾患では筋細胞の活動電位が出にくいため、筋弛緩薬の問題がなくてもNIMが機能しない場合があります。
反応が出ない原因は複数あります。
- 🔋 筋弛緩薬の残存:最も多い原因。TOFチェックとスガマデクス投与で対応
- 📍 電極の接触不良・位置ずれ:表面電極・針電極ともに剥がれや刺入位置のずれが波形消失の原因になる
- ❄️ 低体温:体温が下がると神経伝導速度が遅くなり、潜時が延長して振幅が低下する。長時間手術で起きやすい
- ⚡ 電気メスのノイズ干渉:電気メス使用中はアーティファクトが多発する。アース電極の確認が有効
- 🧬 神経筋疾患の既往:筋強直性ジストロフィーや重症筋無力症などでは筋の活動電位が本来小さい
NIMが反応を示さないからといって「神経は大丈夫」とは判断できません。これが原則です。反応消失・波形の著しい減弱は、まず上記チェックリストを確認してから神経損傷の可能性を評価するという手順が安全です。
また、電気メスのノイズ問題については、NIM Vital™が採用したインテリジェントノイズリダクション技術が有効な解決策となっています。NIM 3.0と比較してアーティファクトイベントを94.5%抑制することが可能であり、電気メス使用中でも安定した波形観察ができます。
NIMを過信しないこと。これが特殊症例を安全に乗り越えるための前提です。
なお、術前に神経筋疾患が疑われる場合は麻酔科医・神経内科との連携のもとで術前カンファレンスを行い、モニタリングの限界について術者・麻酔科医・看護スタッフ全員で共有しておくことが推奨されます。
参考:NIMによる顔面神経モニタリングで反応が得られなかった耳下腺手術症例(医書.jp)
Nerve integrity monitor(NIM)による顔面神経モニタリングで反応が得られなかった耳下腺手術症例|医書.jp