アクシデントレポート書き方と歯科事故防止の基本

歯科医療現場で発生するアクシデントレポートの正しい書き方を、具体的な例文と記載項目で解説します。事故防止と再発防止策の立案に直結する効果的なレポート作成術とは?

アクシデントレポート書き方の基本

感情や推測で書くと証拠能力が失われます


この記事の3つのポイント
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事実のみを記載する原則

憶測や推測を排除し、5W1Hに基づいた客観的な事実を時系列で記録する方法を解説

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歯科特有のアクシデント事例

補綴物誤飲や器具落下など、歯科診療で頻発する304件のインシデントから学ぶ記載例

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再発防止につながる書き方

原因分析と具体的な対策立案に活用できる、24時間以内の迅速な報告体制を構築


歯科医療現場では、日々さまざまなアクシデントやインシデントが発生しています。補綴物の誤飲、器具の落下、バーによる粘膜損傷など、歯科特有のリスクが数多く存在する中で、これらの事象を適切に記録し分析することは医療安全の根幹です。


アクシデントレポートは単なる事故報告ではありません。組織全体で情報を共有し、同様の事故を未然に防ぐための貴重な教材となります。日本歯科医学会連合の調査によれば、歯科診療所における局所的インシデント・アクシデントの中で最も多いのは、補綴物や器具などの口腔内への落下が160件、消化管への落下(誤飲)が135件、呼吸器への落下(誤嚥)が9件で、合計304件にも及びます。


しかし、多くの歯科医療従事者が「どのように書けばよいのか分からない」「何を記載すべきか迷う」という悩みを抱えています。実際、感情的な記述や憶測に基づいた記載は、かえって問題の本質を見えにくくし、効果的な再発防止策の立案を妨げてしまうのです。


本記事では、歯科医療現場で実際に活用できるアクシデントレポートの書き方を、具体的な記載項目や例文とともに詳しく解説していきます。


アクシデントレポートに必要な記載項目と5W1H


アクシデントレポートの基本は、5W1Hに基づいた情報整理にあります。5W1Hとは、When(いつ)、Where(どこで)、Who(誰が)、What(何を)、Why(なぜ)、How(どのように)という6つの要素を指します。この枠組みを使うことで、事故の全体像を漏れなく正確に把握できるのです。


Whenでは発生日時を分単位まで正確に記載します。たとえば「令和6年2月14日14時32分ごろ」というように、できるだけ詳細な時刻を記録しましょう。時間の経過とともに記憶は曖昧になるため、発生直後にメモを取ることが重要です。Whereでは発生場所を具体的に特定します。「第2診療室のユニット3番」「技工室の作業台」など、誰が読んでも場所が特定できる表現を心がけてください。


Whoには当事者だけでなく、発見者、対応者、患者の情報も含まれます。患者に関しては個人情報保護の観点から患者IDや年齢、性別などで記載し、フルネームは避けるのが一般的です。Whatでは何が起きたのかを端的に記述します。「上顎第一大臼歯のメタルインレーが口腔内に落下した」というように、対象物を明確にすることが大切です。


Whyは原因や背景を記載する項目ですが、ここで注意が必要なのは憶測を書かないということです。たとえば「スタッフの不注意で」「患者が急に動いたから」といった主観的な判断は避け、観察できた事実のみを記載します。原因の分析は後の段階で組織として行うものであり、レポート作成時に個人の判断で原因を断定すべきではありません。


Howでは対応状況を時系列で記載します。「14時32分:落下を確認」「14時33分:口腔内を目視で確認、異物なし」「14時35分:患者に説明し、経過観察とした」というように、何をどの順序で行ったかを明確にします。この記録が後の対応の妥当性を検証する際の根拠となるのです。


日本歯科医学会連合の報告書では、誤飲事例において「口腔内にガーゼを置いておけば防ぐことができた」という意見が記載されています。このような具体的な予防策が見えてくるのも、詳細な5W1H記録があってこそです。


日本歯科医学会連合の歯科医療安全情報報告書


上記リンクでは、実際の歯科診療所で発生したインシデント・アクシデントの詳細な分析結果が確認できます。304件の落下・誤飲・誤嚥事例の具体的な状況や対応方法が記載されており、レポート作成時の参考資料として非常に有用です。


アクシデントレポート書き方の注意点と禁止事項

アクシデントレポートを書く際に最も重要なのは、客観的事実と主観的判断を明確に分けることです。多くの医療従事者が陥りがちな落とし穴が、憶測や推測を事実として記載してしまうことにあります。


たとえば「患者が倒れていた」という記述は一見事実のように見えますが、実際には「転倒」したとは限りません。脳梗塞や心筋梗塞などの全身疾患で倒れた可能性もあるのです。正しくは「床に仰向けで倒れている患者を発見した」と、観察した状態そのままを記載します。転倒かどうかの判断は、その後の検証で行うべきことです。


言い訳や反省文、批判的な表現も厳禁です。「スタッフAが確認を怠ったため」「患者の急な動きが原因で」といった記述は、個人を責める印象を与え、報告文化を委縮させます。医療安全の目的は個人の責任追及ではなく、システムエラーの発見と改善です。事実だけを淡々と記載することで、組織レベルでの原因分析が可能になります。


専門用語の過度な使用も避けるべきポイントです。アクシデントレポートは医療安全管理委員会だけでなく、事務職員や管理者など多職種が目を通す可能性があります。「#20のインレーがMD方向に脱離」よりも「右下第二小臼歯の金属の詰め物が外れた」という表現の方が、誰にでも理解しやすくなります。


記載してはいけない内容として、未確認の情報や伝聞も挙げられます。「スタッフBから聞いた話では」「患者が言うには」という表現は、情報の正確性が担保できません。自分が直接確認した事実のみを記載し、他者からの情報は別途「報告者からの情報」として区別します。


また、原因が不明な場合に無理に推測して記載する必要はありません。原因不明の事項は「調査中」と記載し、後日追記する形で対応します。焦って誤った原因を記載すると、間違った対策が立てられてしまう危険性があるのです。


数字や時刻は推測ではなく、可能な限り正確な値を記載します。「しばらくして」ではなく「約5分後」、「かなり出血していた」ではなく「ガーゼ3枚が血液で浸透した」というように、客観的に測定できる表現を選びましょう。これにより、同じ状況を経験していない人でも事態の深刻さを正確に理解できます。


インシデントレポート作成における守秘義務も忘れてはなりません。患者の氏名や住所など個人を特定できる情報は記載せず、患者IDや年齢、性別といった最小限の情報にとどめます。レポートが外部に流出した場合のリスクを常に意識する必要があります。


つまり客観性の徹底が鍵です。


歯科特有のアクシデント事例と記載例文

歯科医療現場で最も頻繁に発生するアクシデントは、補綴物や器具の落下・誤飲・誤嚥です。日本歯科医学会連合の調査では、インレーやクラウンなどの補綴物の試適、装着、除去に伴う落下が最多を占めています。


具体的な記載例として、補綴物誤飲のケースを見てみましょう。「令和6年2月14日15時20分、右上第一大臼歯のメタルインレー試適中、患者が咳き込んだ際にインレーが口腔内から消失した。口腔内を目視および吸引で確認したが発見できず。患者に誤飲の可能性を説明し、腹部エックス線撮影を実施。


胃内に金属陰影を確認。


消化器内科医に連絡し、経過観察の指示を受けた。患者に排便時の確認を依頼し、異物感や腹痛があれば直ちに連絡するよう説明した」


この例文では、時刻、対象歯、発生状況、確認方法、対応内容、医師への報告、患者への説明まで、一連の流れが時系列で記載されています。「不注意で」「うっかり」といった主観的表現は一切含まれておらず、事実のみが淡々と記録されているのです。


タービンバーの落下事例も歯科では珍しくありません。「令和6年2月14日10時15分、左下第一大臼歯の窩洞形成中、タービンからダイヤモンドバーが脱落し口腔内に落下した。


直ちに処置を中断し、バーを回収。


口腔粘膜に損傷がないことを確認した。


患者に経緯を説明し、謝罪した。


使用していたタービンの把持部を点検したところ、摩耗が認められた」という記載例では、発生から確認、説明、原因調査までが含まれています。


器械の把持部の摩耗という具体的な所見が記載されていることで、同様の事故を防ぐための対策(定期的な器械の点検)が明確になります。これがアクシデントレポートの重要な役割です。


口腔粘膜損傷の事例では、より詳細な状況記載が求められます。「令和6年2月14日14時05分、右下第二大臼歯の支台歯形成中、タービンバーが舌側粘膜に接触し、約5mm×3mmの線状裂傷を生じた。


直ちに処置を中断し、生理食塩水で洗浄。


出血は軽度で、圧迫により約2分で止血した。


患者に経緯を説明し、謝罪。


口腔外科医に連絡し、縫合の必要性について相談したが、経過観察で可との判断を受けた」


損傷の大きさを具体的な数値で記載することで、事故の程度が客観的に評価できます。約5mm×3mmという表現は、後から読む人にも傷の大きさがイメージしやすくなります。ちなみに5mmは一円玉の直径の約4分の1程度の長さです。


訪問診療特有の事例として、器具の忘れ物も報告されています。「令和6年2月14日、訪問診療終了後に帰院したところ、SpO2モニターを患者宅に忘れたことに気づいた。直ちに患者家族に電話連絡し、16時30分に再訪問して回収した。今後はチェックリストを用いて、持参物と持ち帰り物の確認を徹底する」という事例では、対応だけでなく再発防止策まで記載されています。


電池切れによる器械トラブルも訪問診療では重大なリスクです。「令和6年2月14日、訪問診療先でポータブル切削器具を使用しようとしたところ、電池切れで作動しなかった。充電済み予備バッテリーを持参していなかったため、処置を中止し、後日再訪問することとした。患者および家族に謝罪した」


この事例からは、予備バッテリーの携行という具体的な対策が見えてきます。訪問診療では診療所と異なり、すぐに代替品を用意できません。そのため事前準備の重要性が一層高まるのです。


いいことですね。


アクシデントレポート提出期限と組織対応の流れ

アクシデントレポートの提出期限は、多くの医療機関で24時間以内と定められています。マキノ病院の医療安全管理指針では、緊急的な対応が必要と認められる重大事例については、病院長へ直ちに口頭で報告することが明記されています。


24時間という期限が設定されているのには理由があります。時間の経過とともに記憶は曖昧になり、細かな状況が思い出せなくなるからです。発生直後であれば、患者の表情、周囲の状況、自分が取った行動の順序など、詳細な情報を正確に記録できます。逆に数日経ってから記載しようとすると、重要な事実が抜け落ちたり、記憶違いが生じたりするリスクが高まります。


実際の提出の流れとしては、まず発生直後に上司や医療安全管理者へ口頭で報告します。


これは初期対応を迅速に行うためです。


その後、できるだけ早く(可能であれば当日中に)レポートを作成し、指定された経路で提出します。多くの医療機関では電子システムを導入しており、パソコンやタブレットから直接入力できる体制が整っています。


提出されたレポートは医療安全管理者が確認し、必要に応じて追加調査や関係者へのヒアリングを行います。個人の責任を追及するのではなく、システムエラーの観点から原因を分析し、組織レベルでの再発防止策を作成するのです。たとえば「器具の落下」が複数報告されている場合、個人の注意力の問題ではなく、器具の配置方法や作業手順に改善の余地があると判断します。


再発防止策は定期的に開催される医療安全管理委員会で検討され、職員全体に周知されます。周知方法としては、院内掲示、メール配信、ミーティングでの報告などがあります。重要なのは、報告したことで対策が講じられたという実感をスタッフが持てることです。これにより「報告してよかった」という文化が醸成され、次のインシデントも報告されやすくなります。


一方で、レポートを書かないリスクについても認識しておく必要があります。同様の事故が繰り返し発生しているにも関わらず、報告されていなければ、組織はその事実を把握できません。結果として有効な対策が講じられず、いずれ重大な医療事故につながる可能性が高まります。ハインリッヒの法則では、1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故と300件のヒヤリハットが存在すると言われています。


特に歯科では、補綴物誤飲や器具落下は「よくあること」として軽視されがちです。しかし、日本歯科医学会連合の調査で304件もの落下・誤飲・誤嚥事例が報告されていることからも、決して珍しい事象ではないことが分かります。これらを適切に記録し分析することで、初めて効果的な予防策が見えてくるのです。


また、万が一訴訟に発展した場合、適切に作成されたアクシデントレポートは医療機関側の対応の妥当性を示す重要な証拠となります。逆にレポートが存在しない、または不適切な記載がある場合、医療機関の管理体制が問われることになります。法的リスクの観点からも、正確なレポート作成は極めて重要です。


厳しいところですね。


報告期限を守れなかった場合の対応として、遅延理由を明記した上で速やかに提出することが求められます。「業務多忙のため提出が遅れた」といった理由であっても、レポート自体は提出すべきです。遅れたことを理由に提出しないという選択肢はありません。


再発防止につながるアクシデントレポート分析と対策立案

アクシデントレポートの最終目的は、同様の事故を二度と起こさないための具体的な対策を立案することにあります。そのためには、提出されたレポートを体系的に分析し、根本原因を特定する必要があります。


原因分析の手法として広く用いられているのが、RCA(Root Cause Analysis:根本原因分析)です。これは「なぜ?」を繰り返すことで、表面的な原因ではなく、システムや環境に潜む根本的な問題点を掘り下げる方法です。たとえば「タービンバーが落下した」という事象に対して、「なぜバーが落下したのか?」→「把持部が緩んでいたから」→「なぜ把持部が緩んでいたのか?」→「定期点検が行われていなかったから」→「なぜ定期点検が行われていなかったのか?」→「点検手順が明文化されていなかったから」という具合に分析を進めます。


この分析により、個人の不注意という表面的な原因ではなく、「点検手順の明文化と定期点検体制の構築」という組織レベルの対策が見えてきます。大阪府の歯科医院の医療安全管理体制確保に関するQ&A集でも、医療安全管理者は個人よりシステムエラーの観点から原因を分析し、組織レベルの再発防止策を作成することが推奨されています。


大阪府の歯科医院医療安全管理体制確保Q&A集


上記リンクには、歯科医院における医療安全管理体制の構築方法や、インシデントレポートの活用方法について詳細な解説があります。特に小規模診療所でも実践可能な具体的な手順が示されており、医療安全管理者の役割や責任が明確化されています。


具体的な対策立案では、短期対策と中長期対策を区別することが重要です。短期対策とは、直ちに実施できる応急的な措置です。たとえば補綴物誤飲事例に対しては「試適時に必ず口峡部にガーゼを置く」「デンタルフロスを補綴物に結びつける」といった対策がすぐに実行できます。


中長期対策は、システムや環境の改善を伴う抜本的な対策です。「全ユニットへのバキュームシステムの増設」「器具の定期点検プログラムの導入」「スタッフ教育プログラムの体系化」などが該当します。これらは予算や人員配置を伴うため、段階的な導入計画が必要です。


対策の効果検証も忘れてはなりません。対策を実施しただけで満足するのではなく、一定期間後に同様のインシデントが減少したかを確認します。もし減少していなければ、対策が不十分だったか、別の要因があると判断し、さらなる改善を図ります。このPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を回し続けることで、継続的な医療安全の向上が実現するのです。


歯科特有の対策として、訪問診療における器具の電池切れ対策では「出発前チェックリストの作成」「予備バッテリーの常時携行」「前回訪問時の使用器具と電池残量の記録」といった具体策が有効です。実際にポータブル切削器具の充電切れによる処置中断事例が7件報告されており、システマティックな予防が求められています。


誤飲・誤嚥防止については、日本歯科医学会連合の報告書で「口腔内にガーゼを置いておけば防ぐことができた」という具体的な予防策が示されています。ラバーダムの使用も効果的ですが、全ての処置で使用できるわけではありません。状況に応じた複数の予防策を準備しておくことが現実的です。


アレルギー対応では、診療録への記載があるにも関わらず同種の投薬を行った事例が3件報告されています。これに対しては「電子カルテでのアレルギー情報の自動ポップアップ表示」「処方時の二重チェック体制」「患者本人への確認の徹底」といった多層的な対策が必要です。


結論は体系的分析です。


個々のレポートを孤立した事象として扱うのではなく、複数のレポートを横断的に分析することで、共通するリスク要因が見えてきます。たとえば「午後の時間帯に集中してインシデントが発生している」という傾向が見つかれば、疲労や集中力の低下が背景にあると推測できます。これに対しては「午後の診療開始前に短い休憩時間を設ける」「複雑な処置は午前中に優先的に配置する」といった業務配分の見直しが対策となります。


医療安全は一朝一夕に実現するものではありません。日々のアクシデントレポートの積み重ねと、そこから導き出される対策の実践、そして効果検証という地道なプロセスを通じて、少しずつ安全な医療環境が構築されていくのです。




TAKARAZUKA NEWS Pick Up 「月組宝塚バウホール公演『月雲の皇子』突撃レポート」~2013年5月より~