融合遺伝子の検査を「自分には関係ない」と思っていると、口腔腫瘍の見落としリスクが3倍以上になる可能性があります。
歯科情報
融合遺伝子(fusion gene)とは、本来は別々の染色体上に存在する2つの遺伝子が、染色体転座・逆位・欠失などの構造異常によって結合し、1つの異常な遺伝子として機能するようになったものです。この現象は1980年代にCML(慢性骨髄性白血病)のBCR-ABL融合遺伝子が発見されたことで注目を集め、現在ではがん全般の分子生物学的診断の中核をなしています。
融合遺伝子が生じると、結合した遺伝子それぞれの制御機構が壊れます。結果として、細胞増殖シグナルが常にオンになるか、あるいはアポトーシス(細胞死)を回避する機能が獲得されることが多く、これが腫瘍化の直接的なドライバーとなります。つまり原因と結果が非常にクリアな点が、融合遺伝子を診断マーカーとして優秀にしている理由です。
検出方法にはいくつかの種類があります。代表的なものを以下に示します。
- FISH法(蛍光in situハイブリダイゼーション):染色体レベルで転座を直接視覚化できる。パラフィン包埋標本にも適用可能で、病理診断の現場で広く使われています。
- RT-PCR法:既知の融合遺伝子を高感度に検出できる。ただし、検出できるのはあらかじめ設計したプライマーに対応した既知の融合パターンのみです。
- 次世代シーケンシング(RNA-seq・DNA panel):未知の融合遺伝子を含め網羅的に解析できる。コンパニオン診断や包括的がんゲノム検査(CGP検査)で使用されます。
歯科医従事者にとって重要なのは、唾液腺や口腔粘膜の腫瘍では特定の融合遺伝子が病理組織型と強く相関するという点です。病理診断が形態学的に困難なケースでも、融合遺伝子の検索が「決め手」になることがあります。これは基本です。
参考として、国立がん研究センター・がんゲノム情報管理センター(C-CAT)では、融合遺伝子を含む包括的なゲノム異常データが蓄積されています。
国立がん研究センター C-CAT(がんゲノム情報管理センター)公式サイト
唾液腺腫瘍は、歯科口腔外科や耳鼻咽喉科が主に扱う領域ですが、歯科医従事者が初期に発見するケースも少なくありません。唾液腺腫瘍の中でも、悪性腫瘍においては融合遺伝子の存在が非常に高い特異性を持っています。
最も重要な融合遺伝子の一つが MYB-NFIB です。これは腺様嚢胞がん(Adenoid Cystic Carcinoma:ACC)の約50〜60%に検出される融合遺伝子で、MYB転写因子の活性化によって腫瘍増殖が駆動されます。腺様嚢胞がんは大唾液腺(耳下腺・顎下腺)だけでなく、口蓋や口底の小唾液腺にも発生するため、歯科医が遭遇する可能性は決して低くありません。
次に注目すべきが ETV6-NTRK3 融合遺伝子です。これは分泌がん(Secretory Carcinoma)に特徴的で、かつては乳腺類似分泌がん(MASC)とも呼ばれていました。分泌がんは小唾液腺に発生することがあり、口腔内腫瘤として発見されることもあります。この融合遺伝子はTRK(Tropomyosin receptor kinase)を活性化するため、ラロトレクチニブ(VITRAKVI)などのTRK阻害薬が有効である点が臨床上のメリットです。
さらに、以下の融合遺伝子も唾液腺腫瘍で報告されています。
- CRTC1-MAML2 / CRTC3-MAML2:粘表皮がん(Mucoepidermoid Carcinoma)に検出。特に低〜中悪性度の粘表皮がんで陽性率が高く(約50〜80%)、予後良好と相関します。
- EWSR1-ATF1 / EWSR1-CREB1:明細胞がん(Clear Cell Carcinoma)や硝子細胞変化を伴う腫瘍で検出されます。
- PAX3-MAML3:腺様嚢胞がんの一亜型で報告されており、MYBL1-NFIB融合とともにMYB活性化を代替的に起こします。
粘表皮がんは全唾液腺悪性腫瘍の中で最も頻度が高い腫瘍型の一つです。これは使えそうです。CRTC1/3-MAML2の有無は治療反応性や予後予測にも活用されつつあり、病理診断に加えて分子検索の意義が高まっています。
日本臨床腫瘍学会 頭頸部がん診療ガイドライン(唾液腺がんの診断・治療の記述あり)
口腔扁平上皮がん(OSCC:Oral Squamous Cell Carcinoma)は、歯科医が日常診療の中で最も注意すべき悪性腫瘍です。扁平上皮がんでは融合遺伝子の検出頻度は唾液腺悪性腫瘍に比べて低いものの、近年の包括的ゲノム解析によっていくつかの融合遺伝子が報告されています。
FGFR融合遺伝子は頭頸部扁平上皮がん全体で注目されています。FGFR1・FGFR2・FGFR3のいずれかが他の遺伝子と融合することで、FGFRシグナルが恒常的に活性化されます。頭頸部がん全体では約5〜10%に何らかのFGFR異常が見られるとされ、FGFR阻害薬(エルダフィチニブなど)の標的として研究が進んでいます。
RET融合遺伝子も一部の頭頸部がんで確認されています。RET融合は元来甲状腺がんでよく知られていますが、頭頸部粘膜に発生するがんでも稀に検出されます。RET阻害薬であるセルペルカチニブ(LOXO-292)やプラルセチニブが、RET融合陽性腫瘍に対して高い奏効率を示していることが報告されています。
NTRK融合遺伝子(NTRK1・NTRK2・NTRK3のいずれかが関与)は、頻度は低いながらも腫瘍種を超えて幅広いがんで検出されます。「腫瘍横断的(tumor-agnostic)」に有効なTRK阻害薬の標的となるため、頭頸部がん・口腔がんにおいても包括的ゲノム検査(CGP検査)の文脈で注目されています。NTRK融合陽性であれば、原発巣がどこであっても薬剤が使えるということです。
実際の臨床では、OSCCの多くはTPやEGFR経路の変異が主体で融合遺伝子の頻度は相対的に低いですが、再発・難治例では包括的がんゲノム検査を通じて融合遺伝子の有無を確認することが、治療選択肢の拡大につながります。再発例では検索が条件です。
ここでは、特定の臓器に限らず複数のがん種で重要性が認められている融合遺伝子を一覧形式で整理します。歯科医従事者として口腔腫瘍の診療に携わる場合、これらの遺伝子名を知っておくことで、病理医や腫瘍内科医との連携がスムーズになります。
| 融合遺伝子 | 関連する主な腫瘍 | 標的薬の有無 |
|---|---|---|
| BCR-ABL1 | CML、ALL | あり(イマチニブほか) |
| EML4-ALK | 非小細胞肺がん | あり(アレクチニブほか) |
| RET融合 | 甲状腺がん、肺がん、頭頸部がん | あり(セルペルカチニブ) |
| NTRK1/2/3融合 | 唾液腺がん、甲状腺がん、小児がんほか | あり(ラロトレクチニブ) |
| ROS1融合 | 非小細胞肺がん、一部頭頸部がん | あり(クリゾチニブ) |
| MYB-NFIB | 腺様嚢胞がん(唾液腺) | 研究段階 |
| CRTC1-MAML2 | 粘表皮がん(唾液腺) | なし(予後因子として使用) |
| ETV6-NTRK3 | 分泌がん(唾液腺)、乳がん | あり(ラロトレクチニブ) |
| EWSR1-ATF1 | 明細胞がん(唾液腺)、軟部腫瘍 | なし |
| FGFR融合 | 頭頸部がん、膀胱がん、胆管がん | 研究・承認段階 |
腫瘍横断的な意義を持つ融合遺伝子の最大の利点は、原発臓器にかかわらず同じ薬剤が使える可能性がある点です。意外ですね。たとえば、NTRK融合陽性であれば、それが唾液腺がんであっても乳がんであっても、ラロトレクチニブの適応を検討できます。これは2019年に米国FDA、2021年に日本でも承認された「がん横断的適応」の先駆けとなった事例です。
この一覧を活用する実践的な場面として、病理報告書に「FISH陰性」「NTRK陰性」などの記載があった場合にその意義を正確に理解できること、また患者が他科から持参した検査結果を読み解く際の基礎知識として機能します。つまり診療連携の精度が上がります。
国立がん研究センター中央病院 ゲノム医療部門(包括的ゲノム検査と融合遺伝子の臨床応用について記述あり)
融合遺伝子の知識を持つことと、それを実際の診療行動に結びつけることは別の話です。歯科医従事者に求められるのは、どのような状況でゲノム検査(CGP検査)を視野に入れた紹介が必要かを判断できる臨床力です。
日本では2019年より、固形がんに対する包括的ゲノムプロファイリング(CGP)検査が保険適用されています。対象は「標準治療がない固形がん患者、または標準治療が終了した(または終了が見込まれる)固形がん患者」です。このCGP検査では、数百の遺伝子変異とともに融合遺伝子も網羅的に検出されます。唾液腺がんや口腔がんも適応対象に含まれます。
歯科口腔外科で切除した腫瘍がパラフィン包埋組織として保存されている場合、そのサンプルがCGP検査に使用できます。FoundationOne CDxやOncoGuide NCCオンコパネルなどが保険承認を受けた代表的な検査です。この検査で融合遺伝子が見つかれば、標的薬が使える可能性が生まれます。見落としは損失です。
歯科従事者として覚えておくべき紹介判断のポイントは以下の通りです。
- 再発・転移を来した口腔がん・唾液腺がん:CGP検査の最も適切な適応タイミングです。
- 形態学的診断が困難な唾液腺腫瘍:FISH法やRT-PCRによる融合遺伝子検索が確定診断の補助になります。
- 若年者や非喫煙者の口腔悪性腫瘍:通常のリスク因子に合致しないケースでは、特異的な融合遺伝子が背景にある可能性が高まります。
紹介先は腫瘍内科または頭頸部外科のある総合病院が適切で、特にがんゲノム医療連携病院または中核拠点病院を選ぶことが重要です。紹介状には「唾液腺悪性腫瘍疑いにつきゲノム検査を含めた精査をご依頼します」と記載するだけで、受け取る側の対応が変わります。
国立がん研究センター がんゲノム医療中核拠点病院・連携病院一覧(紹介先選定に活用可能)
歯科医の一言の紹介が、患者の治療選択肢を大きく広げることがあります。これが最大のメリットです。融合遺伝子の一覧知識を持つことは、単なる学術的な教養ではなく、患者の命に直結する実践的なスキルとして位置づけることができます。