術後6ヶ月時点でもSSRO患者の約1割が下唇の知覚麻痺を抱えたまま回復できていません。

SSRO(Sagittal Split Ramus Osteotomy:下顎枝矢状分割術)は、下顎の骨を矢状方向に分割して移動させ、咬合を改善する顎矯正手術です。 骨格性下顎前突症(いわゆる受け口)をはじめ、下顎後退症、開咬など多様な顎顔面変形に対応できるため、現在も顎矯正手術の中で世界的に最も頻用される術式となっています。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-20890088/20890088seika.pdf)
手術の手順は、口腔内より下顎枝へアプローチして粘膜・骨膜を切開し、下顎枝前縁から後縁まで剥離します。 その後、下顎歯列と平行になるよう内側骨切りを行い、下歯槽管神経を回避しながら外側骨切りをして骨を2分割します。計画された位置に下顎を移動し、チタンプレートにてプレート固定します。手術時間はおよそ2~3時間です。 ogs-clinic(https://ogs-clinic.jp/menu/%E4%B8%8B%E9%A1%8E%E6%9E%9D%E7%9F%A2%E7%8A%B6%E5%88%86%E5%89%B2%E8%A1%93%EF%BC%88ssro%EF%BC%89/)
SSROの最大のアドバンテージは応用範囲の広さです。骨片の接触面積が大きく骨治癒が早いため後戻りが少ない点、そしてプレート固定後は顎間固定が不要になる点も現場では重要視されています。 一方で、解剖学的にデリケートな術野であることが合併症リスクに直結します。これは後述する論文データからも明らかです。 ogs-clinic(https://ogs-clinic.jp/menu/%E4%B8%8B%E9%A1%8E%E6%9E%9D%E7%9F%A2%E7%8A%B6%E5%88%86%E5%89%B2%E8%A1%93%EF%BC%88ssro%EF%BC%89/)
SSROによる最も頻度の高い合併症が、下唇・オトガイ部の知覚麻痺です。下歯槽神経・血管束が骨切り部位に近接しているため、全体の約8割の患者に術後知覚異常(しびれ・感覚異常)が発生するとされています。 つまり「知覚異常が出ないほうが例外」という認識が、現場では必要です。 web.sapmed.ac(https://web.sapmed.ac.jp/oral/guide/ftn4ok00000002yw.html)
ほとんどの場合は数週間から数ヶ月で改善しますが、1年以上の長期にわたって知覚異常が残存する例もあります。 新潟歯学会の報告では、術後6ヶ月時点の下唇知覚麻痺残存率が19.1%、術後1年で10.6%と示されており、約1割の患者は1年後も症状が続いていることになります。 数字として直視すると、決して軽視できない合併症です。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1050845764169792384)
知覚麻痺の発生には、術中における分割面と下顎管の距離が強く関連していることが、三叉神経感覚誘発電位(TSEP)を用いた研究で示されています。 術前CTでの下顎管走行の確認と術中の丁寧な操作が、リスク低減に直結します。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1050282677721736320)
【CiNii】SSRO後のオトガイ領域知覚神経麻痺の発生要因に関する臨床研究(三叉神経感覚誘発電位を用いた詳細報告)
「SSROはIVROより後戻りが少ない」という認識は、長年にわたって現場に根付いています。これは大きな意味を持ち、術式選択の根拠にもなってきました。ところが最新の比較研究では、この「常識」を揺るがすデータが蓄積されつつあります。
2024年に報告された骨性治癒過程の比較研究では、CT画像によるSSROとIVROの骨癒合の比較を行ったところ、両術式の骨性治癒過程に有意差はないという結論が出ています。 IVROで懸念されていた下顎角部の突出(antegonial notchの突出)も、術後半年以内に術前の状態へ戻ることが確認されました。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282680713043456)
一方、術後合併症の観点では差が出ます。同比較研究によればIVRO後の下歯槽神経麻痺は発生せず、骨性治癒もSSROと同等という結果が得られています。 骨格性下顎前突症を対象にしたSSROとIVROの比較研究(SSRO群23例・IVRO群20例)では、B点・ポゴニオンの後方移動量はIVROのほうがSSROより有意に大きかったという報告もあります。 これはIVRO適用症例の選択基準に関係するため、単純な優劣比較ではありませんが、術式ごとの特性理解は欠かせません。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282679427921920)
後戻りリスクに関しては、骨面固定法の違いも重要です。チタンミニプレートによるsemirigid fixationを用いたSSROと、骨間固定なしのIVROの比較では、後戻り量に有意差がなかったとする論文もあります。 つまり固定法の選択も、術後安定性に大きく影響します。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001204449129088)
| 比較項目 | SSRO | IVRO |
|---|---|---|
| 後戻りリスク | 少ない(従来の認識) | 固定法次第で同等との報告あり |
| 下歯槽神経麻痺 | 約8割に発生 | 発生例少ない |
| 骨間固定 | プレート固定あり | 固定なし(顎間固定で対応) |
| 顎関節への影響 | 顎関節症状リスクあり | 顎関節症予防に有用 |
| 顎間固定期間 | 平均5.1日(semirigid例) | 平均7.3日 |
| 骨性治癒過程 | 比較的早い(従来認識) | 最新研究ではSSROと同等 |
【CiNii】骨格性下顎前突症に対するSSROとIVROの比較検討(骨格的安定性・術後合併症の詳細データ)
「どの症例にSSROを選ぶか」という判断は、術後の合併症発現率を大きく左右します。論文ベースの選択基準として現在広く参照されているのは、以下のような考え方です。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1050845764169792384)
まず骨格的な変形の程度が重要です。ANB角が-4°〜-8°未満の症例に対してSSROが選択され、ANB角が-8°以上の著しい前方移動量を要する症例や急峻な下顎平面角を示す症例には、後戻りを最小化するため強固な骨接合固定が必要なSSROが選ばれる傾向があります。 これが原則です。 dl.ndl.go(https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F10630867&contentNo=1)
次に顎関節の状態が影響します。術前から顎関節症状(TMJ症状)を有する症例や下顎管走行の解剖学的リスクが高い症例には、IVROへの変更が検討されます。 一方でSSROの形状修正が難しいケース、たとえば下顎管の異常走行が術前CTで確認された場合は、下顎枝逆L字型骨切り術など他の術式選択が議論されることもあります。 ir.library.osaka-u.ac(https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/89692/JpnJOralMaxillofacSurg_50_4_227.pdf)
新潟大学歯学会の報告では、選択基準に基づいた術式の精度向上により、1992年と比較した1996年の症例群で下唇知覚麻痺残存率と術中下歯槽神経露出率がともに著しく減少したことが報告されています。 術式選択の精度が直接、患者の術後クオリティ・オブ・ライフに直結します。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1050845764169792384)
【日本口腔外科学会】顎変形症診療ガイドライン(術式選択の基準・各術式の評価が網羅された公式ガイドライン)
SSROにおける骨片固定法の選択は、術後安定性に直接影響を与えます。現在の主流はチタンミニプレートによる固定ですが、吸収性プレートを使用した症例との比較研究も蓄積されています。
また、骨切り術の簡略化手法を評価した研究では、合計236件の骨切り術を対象に新技術を評価したところ、98.7%の症例で実現可能と判断されました。 従来のBSSO(両側SSROの別称)への移行が必要な症例はなく、不良骨折(bad split)も発生しなかったという報告は、術式の改良が着実に進んでいることを示しています。 academia.carenet(https://academia.carenet.com/share/news/77be0a53-d363-4802-a792-864baf4cc367)
固定法の選択では以下のポイントが現場で議論されています。
後戻りは「骨格の再発」だけでなく筋肉の適応や成長の影響も受けるため、固定法だけで完全にコントロールできるわけではありません。これが重要です。術後の咬合管理・矯正との連携を含めた包括的なアプローチが、論文の多くが結論として示している方向性です。
外科医にとってSSROは手術の終わりですが、歯科医・矯正歯科医にとっては術後が本番です。この視点から論文データを見直すと、見えてくることがあります。
術後の顎関節変化に関する東京医科歯科大学の研究では、関節円板の前方転位および下顎頭形態にSSRO後の有意な変化はなかったと報告されています。 一方で、術前に顎関節症状を持つ患者は術後6ヶ月時点でも顎関節症状を有するリスクが高いことも同研究で示されています。 術前スクリーニングの段階から関与する歯科医の役割が、データで裏付けられています。 tmd.ac(https://www.tmd.ac.jp/cmn/edcplns/gakui/H27/1DS4986.pdf)
術後の知覚障害の回復に関する近年の研究では、顎矯正手術後6ヶ月時点で90%以上の患者が知覚障害から回復しているというデータが報告されています。 術中合併症の発生率はSSRO群で2.5%という具体的な数字も出ています。 これらの数字は、患者へのインフォームドコンセントに直接活用できる情報です。 academia.carenet(https://academia.carenet.com/share/news/a0e359b0-0d35-4961-b56d-97b580456fdd)
術後の食事制限・スポーツ制限の期間として、SSRO施行部分は術後3〜6ヶ月かけて骨癒合が進むとされています。 硬い食物の摂取や歯を食いしばる行為の制限期間を患者に正確に伝えることが、骨片離開・後戻りリスクの低減につながります。 mizuhoclinic(https://mizuhoclinic.jp/menu/orthopedics/ope_faceline/ssro/)
【CareNet Academia】顎矯正手術後の知覚障害、6ヵ月時点で90%以上が回復(最新データと術中合併症発生率の詳細)
【東京医科歯科大学】SSRO後の顎関節変化に関する学位論文(関節円板・下顎頭形態の術後変化を詳細分析)

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