スプリントを使っても咀嚼筋痛が改善しない患者の多くは、そもそもスプリントが「適応外」の状態だった可能性があります。

「咀嚼筋痛にはスプリント」という認識は、歯科現場で長年信じられてきました。しかし、これは大きな盲点をはらんでいます。
2020年に発表された顎関節症治療の指針(日本顎関節学会)および国際誌 *Journal of the American Dental Association* の論文(Brignardello-Petersen, 2020)では、「スプリントは顎関節症患者の疼痛に対して大きな利益を得られない」という結論が示されています。 エビデンスの確実性は「非常に低い」とされており、咀嚼筋痛障害(I型)への効果については特に根拠が薄いのが現状です。 jorofacialpain.sakura.ne(https://jorofacialpain.sakura.ne.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/11/2ae851bb30137e5cc90a834fec45233a.pdf)
では、咀嚼筋痛に対して何が有効なのでしょうか。
現在、セルフケア指導(89.4%の医師が推奨)がもっとも普及した対応策です。 次いでストレッチ・マッサージ・温熱療法などの理学療法、そして適切な薬物療法の組み合わせが基本戦略になります。スプリントが必要な症例と不要な症例を正確に分けることが、治療精度の第一歩です。 kokuhoken(https://kokuhoken.net/jstmj/publication/file/guideline/guideline_treatment_tmj_2020.pdf)
トリガーポイントはレントゲンにも、MRIにも、血液検査にも映りません。これが重要なのです。
📌 主な触診対象の咀嚼筋
| 筋肉 | 位置のポイント | 代表的な関連痛の場所 |
|---|---|---|
| 咬筋 | 耳前・頬骨下、強く咬合させると膨らむ | 上下臼歯・頬・耳 |
| 側頭筋 | こめかみ〜頭頂部 | 前歯〜側頭部 |
| 外側翼突筋 | 口腔内からアクセス | 顎関節前方・耳前 |
薬物療法は使い方を誤ると、回復を遠ざけます。
顎関節症診療ガイドライン2020では、消炎鎮痛薬の服用期間は「最長2週間を目安」とされています。 これを超えた長期投与は胃腸障害や腎機能への影響があるだけでなく、患者が薬に依存しながら根本的な生活習慣の改善を避けてしまうリスクもあります。 kateinoigaku(https://kateinoigaku.jp/disease/444)
💡 慢性化した咀嚼筋痛には、抗うつ薬(アミトリプチリン等)が補助的に使われることがあります。 慢性疼痛の神経感作を抑える目的ですが、使用にあたっては用量管理と患者説明が必要です。 kateinoigaku(https://kateinoigaku.jp/disease/444)
NSAIDsとストレッチの組み合わせは、痛みの軽減とADL(日常生活動作能力)の改善に有効との報告もあります。 薬物療法は「単独」ではなく、理学療法・セルフケアとセットで運用するのが原則です。 shinbashishika(https://shinbashishika.com/blog/tmd-pharmacotherapy/)
薬で症状が取れたからといって終了しない。これが治療継続のポイントです。痛みが消えた後に生活習慣を改善しなければ、3〜6ヶ月で再発するケースが多いためです。 youtube(https://www.youtube.com/watch?v=p5SyTWniY_8)
運動療法は地味に見えて、再発率を下げる最強の武器です。
咀嚼筋痛の治療で最も費用対効果が高いのは、患者自身によるセルフケアの継続です。 歯科医が直接行う治療よりも、患者が毎日実践できるケアを定着させることが長期的な改善につながります。 shinbashishika(https://shinbashishika.com/blog/tmd-muscle-exercise-therapy/)
具体的なセルフケアの柱は次の3つです。
- 🧠 TCH(歯列接触癖)の自覚と抑制:安静時に上下の歯が接触する習慣は、咀嚼筋への持続的な負荷の原因です。「歯を離す」を意識させるリマインダー指導が有効です。 tokyo-sk(https://www.tokyo-sk.com/wp/wp-content/uploads/2014/10/8061cc148f8e7a96ee7ebb700db8e2ee.pdf)
- 💆 筋マッサージ:咬筋は耳前・頬骨下のエラから約1cm上を2本指でグリグリと、1回100回程度を目安にマッサージします。「痛いけど気持ちいい」程度の圧が適切です。 horiuchi-dc(https://www.horiuchi-dc.net/blog/2024/02/17/%E3%81%82%E3%81%94%E3%82%84%E6%AD%AF%E3%81%AE%E5%91%A8%E3%82%8A%E3%81%AE%E7%97%9B%E3%81%BF%E3%82%92%E7%B7%A9%E5%92%8C%EF%BC%81%E7%B0%A1%E5%8D%98%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%B8%E6%B3%95/)
- 🤸 開口ストレッチ:1日2〜3回、5〜10回の開口運動を行います。動作の終了位置で数秒間保持し、歯を接触させないよう指導します。 shinbashishika(https://shinbashishika.com/blog/tmd-muscle-exercise-therapy/)
運動療法の効果は即効性がありません。数ヶ月単位の継続が必要です。 患者に最初から「数週間〜数ヶ月かかる」と伝えておかないと、途中でケアをやめてしまうため、事前の期待値調整が重要です。 shinbashishika(https://shinbashishika.com/blog/tmd-muscle-exercise-therapy/)
参考になる運動療法の詳細はこちら。
顎の筋肉の痛みと顎機能障害—「運動療法」による筋肉の活性化(新橋歯科医科診療所)
顎だけを診ていると、治療が行き詰まります。
くわえて、顔面・顎の痛みは頸部・肩の筋肉とも密接に連動しています。 肩こりや首こりをもつ患者が咀嚼筋痛を訴えるケースは非常に多く、頸部筋のトリガーポイントが咀嚼筋の痛みを引き起こしていることもあります。頸部のストレッチを治療に加えることが有効な理由がここにあります。 youtube(https://www.youtube.com/watch?v=p5SyTWniY_8)
また、慢性化した咀嚼筋痛では、腰痛などと同様に「中枢感作」が起きている場合があります。 この状態では末梢への局所的な治療だけでは改善せず、運動習慣の整備・睡眠改善・ストレス管理まで含めた包括的なアプローチが必要になります。 feel-tp(https://www.feel-tp.com/treatment/t06.php)
患者の問診票に「ストレスの程度」「睡眠の質」「肩こりの有無」を組み込むだけで、咀嚼筋痛の慢性化リスクを早期に評価できます。これは明日から実践できる工夫です。
日本口腔顔面痛学会による診療ガイドラインは専門的な鑑別診断に役立ちます。
非歯原性歯痛の診療ガイドライン改訂版(日本口腔顔面痛学会)
顎関節症の全体的な治療指針はこちらが参考になります。
顎関節症治療の指針2020(日本顎関節学会)