M2型マクロファージが多いほど、口腔癌患者の5年生存率は約40%低下します。
歯科情報
マクロファージはもともと、外来病原体を貪食して排除する「免疫の守り手」です。しかし腫瘍微小環境(TME: Tumor Microenvironment)に引き込まれると、その性質が大きく変化します。
マクロファージには大きく2つの活性化状態があります。M1型(古典的活性化)は、IFN-γやLPSなどの刺激を受けて腫瘍細胞を直接傷害し、TNF-αやIL-12などの炎症性サイトカインを分泌します。つまり「癌を攻撃する側」です。一方のM2型(代替活性化)は、IL-4・IL-10・IL-13・TGF-βなどの刺激によって誘導され、抗炎症・組織修復・血管新生促進の方向に働きます。癌細胞にとっては「保護者」となる存在です。
腫瘍関連マクロファージ(TAM)の多くはM2型に近い表現型を示します。これが問題です。
TAMはCD68陽性・CD163陽性・CD204陽性のマーカーで同定されることが多く、特にCD163はM2型TAMの代表的な表面マーカーとして病理組織学的研究に広く用いられています。CD163は「スカベンジャー受容体」の一種で、ハプトグロビン・ヘモグロビン複合体を認識します。腫瘍免疫の文脈では、CD163高発現が予後不良を示す指標として注目されています。
重要なのは、M1/M2という分類は完全な二項対立ではない点です。実際には両方の特性を持つ中間的な状態が存在し、腫瘍微小環境の変化に応じて動的に変化します。そのため近年では「M1/M2スペクトラム」として捉えるモデルが主流になりつつあります。
口腔癌の約90%は口腔扁平上皮癌(OSCC: Oral Squamous Cell Carcinoma)が占めます。OSCCにおけるM2型TAMの役割は、近年の研究で3つの主要な経路から説明されています。
① 免疫抑制経路
M2型TAMはIL-10・TGF-βを大量に分泌し、周囲のCD8陽性細胞傷害性T細胞の活性を直接抑制します。さらにPD-L1(プログラム死リガンド1)を表面に高発現させることで、T細胞のチェックポイント機構を利用した免疫回避を促進します。制御性T細胞(Treg)の誘導も行い、免疫抑制の「場」を作り上げます。これが基本です。
② 血管新生・リンパ管新生促進経路
TAMはVEGF-A(血管内皮増殖因子)・VEGF-C・VEGF-Dを分泌し、腫瘍への血液・リンパ管の新生を促します。腫瘍がある程度の大きさ(直径約2mm以上、米粒1粒ほど)に達すると、自前の血管供給なしでは増殖できなくなります。TAMはその血管ネットワーク形成を積極的に助けているわけです。血管新生が進めば進むほど、転移リスクも比例して高まります。
③ 細胞外マトリクス(ECM)リモデリング・転移促進経路
M2型TAMはマトリクスメタロプロテアーゼ(MMP-2・MMP-9など)を分泌します。MMPは周囲の基底膜や細胞外マトリクスを分解し、癌細胞が血管やリンパ管に侵入するための「通路」を物理的に作ります。さらにTGF-βを介した上皮間葉転換(EMT)の誘導も行い、癌細胞自体の遊走能・浸潤能を高めます。
口腔癌のリンパ節転移は頸部リンパ節への転移が最多であり、転移の有無は5年生存率を大きく左右します。N0(リンパ節転移なし)とN1以上(転移あり)では予後が著しく異なることを考えると、このECMリモデリング経路が臨床的にいかに重大かがわかります。
実際の臨床研究において、M2型TAMの密度はOSCCの予後とどの程度関連しているのでしょうか?
複数のメタアナリシス・システマティックレビューが、OSCCにおけるCD163陽性M2-TAM高密度と不良予後の有意な関連を報告しています。2020年以降に発表された研究では、CD163高発現群の全生存期間(OS)中央値が低発現群と比較して約1.5〜2倍の差があることが示されています。これは使えそうです。
特筆すべき点として、M2-TAMの分布場所が重要です。腫瘍の浸潤先端部(invasive front)に集積するM2型TAMは、腫瘍中心部に比べて予後への影響が大きいとされています。浸潤先端は癌細胞が正常組織へ入り込む最前線であり、ここでのTAMによるECMリモデリングが転移促進に直結するためです。
また、TAMの密度とPD-L1発現の間には正の相関があることも確認されています。TAMが多い腫瘍はPD-L1の発現も高く、免疫チェックポイント阻害薬が効きやすい可能性を示唆する一方、それだけ免疫逃避が高度に進んでいるという意味でもあります。
国内では日本口腔腫瘍学会誌などにOSCCの免疫微小環境に関する研究が掲載されており、歯科医従事者向けの情報源として参照できます。
参考:日本口腔腫瘍学会 公式サイト(口腔癌の診断・治療・研究に関する最新情報が掲載されています)
https://www.jsot.gr.jp/
口腔癌の標準的な予後指標であるTNM分類だけでなく、免疫微小環境の評価を加えることで予後予測精度が向上する可能性があります。これが今後の病理診断に求められる視点です。
M2型TAMが口腔癌の進展を助けるなら、これを逆手に取ることができます。TAMを治療標的とするアプローチは大きく3方向に分類されます。
① TAMの除去・浸潤阻害(CSF1R阻害薬)
TAMの分化・生存・遊走を制御するCSF1R(コロニー刺激因子1受容体)を阻害する薬剤が開発されています。PLX3397(ペキシダルチニブ)はCSF1R阻害薬の代表例で、腫瘍へのTAM浸潤を大幅に減少させることが示されています。ただし単剤では腫瘍縮小効果が限定的であり、免疫チェックポイント阻害薬との併用が検討されています。
② M2→M1再分極
TAMを「除去」するのではなく「再教育」して抗腫瘍型(M1)に変換する戦略です。CD40アゴニスト抗体、TLR(Toll様受容体)アゴニスト、PI3Kγ阻害薬などがM2からM1への分極変換を促すことが知られています。PI3Kγはマクロファージ内でM2分極を維持するシグナルに重要な役割を果たしており、この阻害によってM1側への転換が起きます。再分極できれば問題ありません。
③ チェックポイント阻害薬との相乗効果
抗PD-1抗体(ニボルマブ・ペムブロリズマブ)は再発・転移性頭頸部扁平上皮癌(HNSCC)に対して承認されており、口腔癌もその対象に含まれます。TAMがPD-L1を高発現している腫瘍では、抗PD-1/PD-L1療法がTAMの免疫抑制作用をブロックすることで、T細胞の抗腫瘍活性が回復します。TAM標的療法との組み合わせにより、相乗的な抗腫瘍効果が期待されています。
参考:国立がん研究センター「頭頸部がんの免疫療法に関する情報」(免疫チェックポイント阻害薬の適応・副作用・最新治験情報が掲載されています)
https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/head_neck/
歯科口腔外科と頭頸部外科が連携して免疫療法を取り扱うケースも増加しています。歯科医従事者もこれらの薬剤の作用機序・副作用(免疫関連有害事象:irAE)の基礎知識を持っておくことが、今後のチーム医療において求められます。
免疫微小環境の研究は基礎・臨床研究の世界だけの話ではありません。日常の歯科診療にも、このM2型TAMに関する知識は接点を持っています。
まず重要なのは、口腔粘膜病変の「免疫的リスク評価」という視点です。口腔扁平苔癬・口腔白板症・口腔紅板症などは口腔癌前癌病変・前癌状態として知られていますが、これらの病変においてもTAMの表現型変化が起きていることが報告されています。特に口腔白板症の組織でM2型マーカー陽性細胞が増加している症例は悪性転化リスクが高い可能性があります。意外ですね。
次に、喫煙・飲酒・HPV感染との関係です。喫煙はTAMのM2分極を促進することが示されており、口腔癌の主要リスク因子である喫煙がTAMを通じた免疫抑制微小環境の形成にも関与していることになります。HPV陽性の口腔・中咽頭癌はTAM密度が異なる傾向があり、HPVステータスは免疫微小環境の評価にも影響します。
日常診療での具体的なアクションとして、以下の点を意識することが勧められます。
参考:日本口腔外科学会「口腔癌取扱い規約」および「口腔癌診療ガイドライン」(口腔癌の分類・診断・治療方針の標準が示されています)
https://www.jsoms.or.jp/
口腔癌の5年生存率は、ステージⅠで約80〜90%、ステージⅣでは約30〜40%まで落ちます。この差が、早期発見の価値そのものです。
歯科医従事者は患者の口腔を定期的に観察できる唯一の医療従事者です。M2型TAMの知識が、その観察の「解像度」を高める一助になります。それだけ覚えておけばOKです。
TAMを含む腫瘍免疫微小環境の研究は今後さらに加速し、口腔癌の病理診断や治療選択に直接影響を与える時代が来ます。基礎知識を今から積み上げておくことが、チーム医療の中での歯科の存在感を高めることにもつながります。