下顎大臼歯の抜歯時に誤った番号の鉗子を使うと歯根破折のリスクが3割上がります。
下顎大臼歯の抜歯に使用される鉗子には、主に#17と#27の2つの番号が存在します。これらは一見似ていますが、実は明確な違いがあります。
#17の鉗子は全長が約170mmで、嘴部が比較的短く設計されています。下顎の第一大臼歯や第二大臼歯に適しており、歯根膜腔へのアクセスがしやすい標準的な形状です。対して#27は全長が約172mmとわずかに長く、嘴部の角度がやや異なります。より奥の大臼歯や智歯に近い位置での使用に適した設計となっているのです。
両者に共通する特徴は、単庭曲(たんていきょく)と呼ばれる1回屈曲の構造です。上顎用の鉗子が2回屈曲しているのに対し、下顎用は1回のみの屈曲となっています。これは下顎骨の解剖学的位置と術者の視野を考慮した設計です。嘴部には突起があり、歯の頬側と舌側の歯頸部をしっかりと把持できるようになっています。
番号の選択を誤ると、歯をしっかり把持できません。
ステンレス製が一般的で、オートクレーブ滅菌に対応しています。標準価格は1本あたり21,500円(税別)程度で、医療機器としては一般医療機器(クラスⅠ)に分類されます。選択する際は、抜歯する歯の位置と術者の手の届きやすさを考慮することが重要です。また、患者の開口度や顎の大きさも判断材料となります。
抜歯における基本原則は、鉗子での抜歯が第一選択であるということです。多くの教科書ではヘーベル(挺子)を先に使用すると記載されていますが、臨床的にはつかめる歯質が残っている場合、鉗子を優先的に使用するのが正しいアプローチです。
鉗子での抜歯には明確なメリットがあります。歯をしっかりと把持できるため、力の方向と強さをコントロールしやすく、周囲組織への損傷を最小限に抑えられます。特に下顎大臼歯の場合、頬舌的な揺さぶり運動により歯根膜を徐々に拡大させて脱臼させることができます。これにより、急激な力による歯根破折や歯槽骨骨折のリスクを低減できるのです。
一方、ヘーベルは鉗子で把持できない症例で使用します。具体的には、歯冠が大きく崩壊している場合、萌出異常で歯質が露出していない場合、あるいは鉗子での脱臼が困難な場合です。ヘーベルにはくさび作用、回転作用、てこ作用の3つの機能があり、歯根膜腔内に挿入して歯を脱臼させます。
鉗子とヘーベルの併用も重要です。
まず鉗子で把持を試み、歯根膜腔が狭小で動揺が得られない場合は、ヘーベルで予備的な脱臼を行います。その後、再び鉗子で把持して最終的な抜去を行うという手順です。この組み合わせにより、より安全で確実な抜歯が可能となります。ただし、下顎でヘーベルを使用する際は、舌側への挿入を避け、必ず頬側から操作することが重要です。舌側に滑脱すると口腔底の動脈を損傷するリスクがあるためです。
鉗子での抜歯は、組織への侵襲が少なく術後の回復も早いという患者側のメリットもあります。適切な器具選択と使用順序を理解することで、抜歯の成功率は大きく向上します。
下顎大臼歯用鉗子を使用する際の把持方法は、抜歯の成否を左右する重要な要素です。正しい把持により、適切な力の伝達と精密なコントロールが可能となります。
鉗子の持ち方は、親指と薬指を柄の輪に通し、人差し指を柄の上に添えるのが基本です。この持ち方により、微妙な力加減と方向性をコントロールできます。手首全体で操作するのではなく、指先の繊細な動きで鉗子を動かすことが大切です。力任せに握ると歯が破折してしまうため、あくまでも持続的で穏やかな力を加えることを意識します。
嘴部を歯頸部に適合させる際は、舌側から先に適合させるのがコツです。頬側は視野が良好なため調整しやすいですが、舌側は確認が難しいため先に位置決めします。嘴部が歯肉縁下にしっかりと入り込むまで挿入し、歯根をできるだけ深い位置で把持することが重要です。表面的な把持では歯冠部のみが破折してしまいます。
頬舌的な揺さぶりが基本動作です。
下顎大臼歯は複根歯であるため、回転運動は避けるべきです。回転させると歯根が破折するリスクが高まります。頬側と舌側に交互にゆっくりとした力を加え、歯根膜を徐々に拡大させていきます。急激な力ではなく、持続的な弱い力を反復することで、歯槽骨への負担を最小限にしながら脱臼させることができます。
抜歯時には、反対側の手を必ず添えることが安全対策として不可欠です。特に舌側には手指やガーゼを添えて、万が一鉗子が滑脱した場合や抜去した歯が落下した場合に備えます。過去には乳歯の抜歯時に歯が咽頭へ落下し、窒息事故につながった事例も報告されています。小さな歯ほど落下のリスクが高いため、特に注意が必要です。
下顎大臼歯の抜歯では、解剖学的構造に起因する特有のリスクが存在します。これらを理解し、適切な予防策を講じることが医療安全の観点から極めて重要です。
最も重大なリスクは、下顎管損傷による神経障害です。下顎大臼歯の歯根と下顎管の距離は個人差が大きく、パノラマX線写真やCT画像で事前に確認する必要があります。特に歯根が湾曲している場合や、根尖と下顎管が近接している場合は、無理な力での抜歯を避け、必要に応じて歯根分割抜歯を選択します。ヘーベルを使用する際は、過度に深く挿入しないよう注意が必要です。
鉗子の誤った使用方法による事故も報告されています。過去には抜歯鉗子の使い方を間違えたために患者が窒息死した事例があります。鉗子は歯を「掴む」のではなく、歯を「脱臼させる」ための器具であるという認識が重要です。無理に引き抜こうとすると、歯が突然外れて患者の口腔内や咽頭に飛んでいく危険性があります。
つまり脱臼が先で抜去は最後です。
舌神経損傷の予防も重要な課題です。下顎大臼歯の舌側には舌神経が走行しており、鉗子やヘーベルの滑脱により損傷するリスクがあります。舌側への器具の挿入は最小限にとどめ、操作時は必ず反対側の手指で舌や周囲組織を保護します。特にヘーベルは舌側からの使用を避け、頬側からのアプローチを基本とすることで、このリスクを大幅に低減できます。
抜歯部位の取り違えも見過ごせない医療事故です。医療事故情報では歯科診療における部位間違いが報告されており、抜歯では左右の取り違えが7件中4件を占めています。術前に患者とともに抜歯部位を確認し、局所麻酔前にも術者と助手で再確認するダブルチェック体制が必要です。思い込みによる誤った部位の処置を防ぐため、画像資料と口腔内を照合する習慣をつけることが大切です。
下顎大臼歯用鉗子は、適切なメンテナンスと滅菌管理により長期間使用できる高価な医療器具です。1本あたり2万円以上する器具を最適な状態で維持することは、医院経営の観点からも重要です。
使用後の処理は迅速に行う必要があります。血液や唾液が付着したまま放置すると、タンパク質が固着して除去が困難になり、滅菌効果も低下します。使用直後は40℃以下の流水で大まかな汚れを洗い流します。熱湯を使用すると血液のタンパク質が凝固してしまうため、必ず40℃以下の温度で処理することがポイントです。
洗浄には専用の洗浄剤を使用します。中性洗剤または酵素洗浄剤を適正な濃度で使用し、鉗子の関節部分を開いた状態で超音波洗浄機にかけます。関節部や嘴部の内側など、手作業では届きにくい部分の汚れも超音波により効果的に除去できます。洗浄後は流水で洗浄剤を完全に洗い流し、清潔なガーゼやエアブローで水分を除去します。
オートクレーブ滅菌が推奨されます。
鉗子の滅菌は、オートクレーブ(高圧蒸気滅菌)が標準的な方法です。134℃で3分間、または121℃で15~20分間の滅菌サイクルが一般的です。滅菌前には、関節部にインスツルメントオイルを注油することが推奨されます。これにより関節部の錆を防ぎ、スムーズな開閉動作を維持できます。ただし、オイルは滅菌に影響しない専用のものを使用してください。
定期的な点検も欠かせません。鉗子の嘴部が適切に噛み合っているか、関節部にガタつきがないか、表面に錆や損傷がないかを確認します。嘴部の先端が摩耗すると歯の把持力が低下し、抜歯の効率が悪化します。また、関節部の緩みは力の伝達効率を下げ、術者の疲労を増大させます。異常を発見した場合は、修理技術者以外が修理を行うことは禁止されているため、専門業者に依頼する必要があります。
保管環境にも配慮が必要です。滅菌後の鉗子は清潔な滅菌パックに入れて保管し、使用直前まで開封しないようにします。湿気の多い環境は錆の原因となるため、適度な湿度管理も重要です。これらの管理を徹底することで、鉗子の寿命を延ばし、常に最適な状態で抜歯を行うことができます。
株式会社ヨシダの抜歯鉗子製品情報
抜歯鉗子の規格や価格、仕様について詳細が確認できるメーカー公式ページです。
歯科用ヘーベル・抜歯挺子の使い方と安全な操作方法
鉗子と併用するヘーベルの正しい使用方法について、安全対策を含めて解説しています。