プリロカインとリドカインで最大8カートリッジまで使用可能な差があります。
プリロカインとリドカインは、どちらもアミド型局所麻酔薬に分類されますが、化学構造と臨床での製品名が異なります。リドカインは歯科領域で最も広く使用されている麻酔薬で、製品名としてキシロカイン、オーラ注、エピリドなどがあります。一方、プリロカイン(プロピトカインとも呼ばれる)は、シタネスト-オクタプレシンという製品名で流通しています。
両者の化学構造の違いは、分子内の側鎖構造にあります。リドカインは芳香環に2つのメチル基を持つのに対し、プリロカインは1つのメチル基とエチル基を持つ構造です。この構造の違いが、代謝経路や薬理学的性質の差を生み出しています。
日本で使用される主な歯科用局所麻酔薬は4製品に分類されます。使用頻度順に、キシロカイン(リドカイン+エピネフリン)、オーラ注(リドカイン+エピネフリン)、シタネスト(プリロカイン+フェリプレシン)、スキャンドネスト(メピバカイン、血管収縮薬なし)となっています。このうち、リドカイン製剤とプリロカイン製剤の最大の違いは、配合される血管収縮薬の種類です。
日本歯科麻酔学会専門医による歯科用局所麻酔薬の詳しい使い分けについては、こちらの記事で製品ごとの特徴が解説されています。
リドカイン製剤にはエピネフリン(アドレナリン)が配合されているのに対し、プリロカイン製剤にはフェリプレシンという異なる血管収縮薬が使用されています。つまり、2つの薬剤の違いは麻酔薬本体だけでなく、血管収縮薬の種類も関係しているということですね。
製品濃度にも違いがあります。リドカイン製剤は通常2%濃度で使用されるのに対し、プリロカイン製剤は3%濃度で製剤化されています。濃度が高いからといってプリロカインの方が強力とは限りません。実際には、リドカインの方が麻酔効果はやや強いとされています。
リドカイン製剤に配合されるエピネフリンと、プリロカイン製剤に配合されるフェリプレシンは、血管収縮作用のメカニズムが根本的に異なります。エピネフリンはα受容体とβ受容体の両方に作用するカテコールアミンで、血管収縮だけでなく心拍数の増加や血圧上昇をもたらします。一方、フェリプレシンはバソプレシンの誘導体で、主にV1受容体に作用し、心臓への直接的な影響が少ない特徴があります。
高血圧、動脈硬化、心不全、甲状腺機能亢進症、糖尿病などの既往がある患者さんにエピネフリン含有製剤を使用すると、動悸、血圧上昇、不整脈などのリスクが高まります。キシロカインやオーラ注の添付文書では、これらの疾患を持つ患者への投与は「原則禁忌」とされています。原則禁忌とは、投与しないことを原則とするが特に必要とする場合には慎重に投与するという意味です。
このような循環器系リスクのある患者さんに対しては、フェリプレシン配合のシタネスト(プリロカイン製剤)や、血管収縮薬を含まないスキャンドネスト(メピバカイン製剤)が選択肢となります。フェリプレシンはエピネフリンと比較して、不整脈を増強する作用がないため、不整脈のリスクがある患者にも比較的安全に使用できるという利点があります。
ただし、フェリプレシンにも注意点があります。フェリプレシンは子宮平滑筋を収縮させる作用があるため、妊婦には原則使用を避けるべきとされています。妊娠中の患者さんには、エピネフリン含有のリドカイン製剤を慎重に使用するか、血管収縮薬を含まないスキャンドネストを選択することが推奨されます。
エピネフリン濃度にも製品による違いがあります。キシロカインのエピネフリン濃度は1/80,000であるのに対し、オーラ注は1/73,000とやや高濃度です。出血のコントロールが重要な抜歯などの外科処置では、止血効果が高いオーラ注が選択されることがあります。エピネフリン濃度が高いほど止血効果は向上しますが、循環器系への影響も大きくなるというトレードオフがあるわけです。
麻酔効果の発現時間と持続時間は、臨床現場での使い勝手に直結する重要な要素です。リドカインは即効性と持続時間のバランスに優れており、投与後2〜3分で効果が現れ、エピネフリン添加により1〜2時間程度効果が持続します。この特性が、リドカインが歯科領域で最も広く使用される理由の一つです。
プリロカインは効果発現がリドカインと同程度かやや速いとされています。比較的速い効果が得られる点は臨床上の利点ですね。ただし、プリロカインはリドカインと比較して麻酔効果がやや劣るという報告もあります。これは、プリロカインの麻酔力価がリドカインよりも低いためです。
血管収縮薬の有無も持続時間に大きく影響します。エピネフリンやフェリプレシンが配合されている製剤は、麻酔薬が注射部位に長く留まるため効果が持続します。一方、血管収縮薬を含まないスキャンドネストは、麻酔薬が速やかに血流に乗って拡散してしまうため、持続時間が短くなります。スキャンドネストの麻酔効果は30分程度とされており、短時間の処置に適しています。
シタネスト(プリロカイン+フェリプレシン)とスキャンドネストを比較すると、シタネストの方が効き始めがやや早いとされています。これはフェリプレシンによる血管収縮作用で、プリロカインが注射部位に集中し、神経への移行が促進されるためです。ただし、スキャンドネストにはメピバカインという長時間作用型の麻酔薬が使用されているため、血管収縮薬がなくてもある程度の持続時間が確保されています。
臨床現場では、処置時間に応じて麻酔薬を使い分けることが重要です。抜髄や抜歯などの長時間を要する処置には、リドカイン製剤やプリロカイン製剤のような血管収縮薬配合の製剤が適しています。一方、インレー窩洞形成など30分以内で終わる処置では、スキャンドネストで十分な場合もあります。
プリロカインには、リドカインにはない特有のリスクとして、メトヘモグロビン血症の発症があります。メトヘモグロビンとは、赤血球内のヘモグロビンが酸化され、酸素結合・運搬能力が失われた状態です。プリロカインの代謝産物であるオルト-トルイジンがメトヘモグロビンを産生するため、大量投与時に症状が現れるリスクがあります。
メトヘモグロビン血症の症状は、血中濃度によって段階的に現れます。メトヘモグロビン濃度が10〜20%になると、皮膚や粘膜のチアノーゼ(青紫色の変色)が見られます。20〜50%では頭痛、疲労感、呼吸困難などの症状が出現し、50%を超えると意識障害、不整脈、さらには心停止のリスクもあります。通常の歯科治療で使用する量では、この濃度まで到達することは稀ですが、知識として持っておくことが重要です。
プリロカインによるメトヘモグロビン血症を予防するためには、用量制限が最も重要です。末梢神経ブロックや局所麻酔にプリロカインを使用する場合、用量を2.5mg/kg以下に制限することで、症候性メトヘモグロビン血症の発生リスクを低減できるとされています。体重50kgの成人であれば125mg、つまり3%プリロカイン製剤で約4.2mL(約2.3カートリッジ)が目安となります。
メトヘモグロビン血症の既往がある患者さんには、プリロカイン製剤は禁忌です。添付文書にも明記されているとおり、「メトヘモグロビン血症のある患者」には投与しないこととなっています。また、グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠損症の患者さんも、メトヘモグロビン血症を増悪させる可能性があるため、プリロカイン使用は避けるべきです。
メトヘモグロビン血症が発症した場合の治療法としては、メチレンブルーの静脈内投与が有効です。メチレンブルーは1〜2mg/kgを5分かけてゆっくり投与します。症状が改善しない場合は、30〜60分後に同量を追加投与することもあります。歯科診療所でメトヘモグロビン血症が疑われる場合は、速やかに高次医療機関への搬送を検討する必要があります。
局所麻酔薬の毒性は、臨床使用における安全性を左右する極めて重要な要素です。プリロカインはアミド型局所麻酔薬の中で最も毒性が低いとされています。これは、プリロカインが肝臓で急速に代謝されるため、血中濃度が上がりにくいことが理由です。一方、リドカインの毒性はプリロカインよりもやや高いものの、プロカインなど古いエステル型麻酔薬と比較すれば安全性は高いといえます。
リドカインの血中濃度と中毒症状には明確な関係があります。リドカイン血中濃度の安全域は3μg/mL以下とされています。5μg/mL以上になると中枢神経症状(めまい、耳鳴り、口周囲のしびれなど)が出現し、10μg/mL以上になると痙攣などの重篤な症状が発現します。さらに高濃度になると、心臓への影響(徐脈、血圧低下、心停止)が生じる可能性があります。
プリロカインの毒性作用が発現し始める血中濃度は、リドカインと同程度もしくはやや高いとされています。つまり、同じ血中濃度に達した場合の毒性はほぼ同等ですが、プリロカインは代謝が速いため、同じ投与量でもリドカインより血中濃度が上がりにくいということです。この特性により、プリロカインはより多くの量を安全に使用できます。
最大投与量の目安として、リドカインは体重1kgあたり4.5mg(エピネフリン添加時は7mg)とされています。体重50kgの成人であれば、2%リドカイン+エピネフリン製剤で最大約19.4mL(約11カートリッジ)まで使用可能という計算になります。一方、プリロカインは体重1kgあたり6mg(フェリプレシン添加時は8mg)とされており、リドカインよりも多く使用できます。
ただし、これらの最大投与量はあくまで理論上の数値であり、実際の臨床では患者の年齢、体格、全身状態、肝機能などを考慮して慎重に判断する必要があります。高齢者や肝機能障害のある患者では、代謝能力が低下しているため、通常よりも少ない量でも中毒症状が出現する可能性があります。
この点には特に注意が必要ですね。
局所麻酔薬中毒を予防するためには、血管内への誤注入を避けることが最も重要です。注射前の吸引テストを必ず行い、ゆっくりと時間をかけて投与することで、万が一血管内に入っても急激な血中濃度上昇を防ぐことができます。
歯科臨床でプリロカインとリドカインを使い分ける際の判断基準は、患者の全身状態と処置内容によって決まります。健康な患者で特に禁忌事項がない場合は、効果と安全性のバランスに優れたリドカイン製剤(キシロカインまたはオーラ注)が第一選択となります。リドカインは長年使用されてきた実績があり、効果の予測がしやすいという利点もあります。
循環器系疾患を持つ患者への対応が、最も重要な判断ポイントです。高血圧、狭心症、心筋梗塞の既往、不整脈、甲状腺機能亢進症などがある場合、エピネフリンによる心拍数増加や血圧上昇が症状を悪化させる可能性があります。このような患者には、フェリプレシン配合のシタネスト(プリロカイン製剤)が適しています。フェリプレシンは心臓への直接作用が少ないため、比較的安全に使用できます。
ただし、シタネストにも限界があります。フェリプレシンには止血効果がエピネフリンほど強くないという弱点があるため、抜歯など出血量が多い処置では麻酔効果が不十分になったり、術野の視認性が低下したりする可能性があります。循環器疾患を持つ患者の抜歯では、シタネストを使用するか、注意深くオーラ注を少量ずつ使用するかの判断が必要になります。
妊娠中の患者への麻酔選択も重要な判断場面です。妊娠中でもリドカイン製剤は比較的安全に使用できるとされていますが、妊娠初期(特に12週未満)には可能な限り使用を控えることが推奨されます。一方、プリロカイン製剤に含まれるフェリプレシンは子宮収縮作用があるため、妊婦には使用を避けるべきです。妊娠中の患者で循環器系への影響を最小限にしたい場合は、血管収縮薬を含まないスキャンドネストが選択肢となります。
アレルギー体質の患者への配慮も忘れてはいけません。局所麻酔薬そのものへのアレルギーは非常に稀(0.00007%程度)ですが、添加物であるメチルパラベン(防腐剤)に反応する患者は存在します。化粧品でアレルギー反応が出たことのある患者では、パラベンアレルギーの可能性を考慮する必要があります。スキャンドネストは防腐剤を含まないため、このような患者にも安全に使用できます。
処置時間による使い分けも実践的なポイントです。30分以内で終わる充填処置などでは、持続時間が短いスキャンドネストでも十分対応可能です。一方、抜髄や抜歯など1時間以上かかる処置では、リドカイン製剤やプリロカイン製剤のような持続時間の長い麻酔薬が必要になります。途中で麻酔が切れて追加投与が必要になると、患者の負担も増え、総投与量も多くなってしまいます。
小児患者への対応では、体重あたりの最大投与量に特に注意が必要です。小児は体重が少ないため、カートリッジ1本でも最大投与量を超えてしまう可能性があります。このような場合、1.0mLのオーラ注を使用することで、使い切りながら投与量を適切にコントロールできます。また、プリロカインは毒性が低いため、体重の少ない小児でもより多くの量を安全に使用できるという利点があります。
高齢者への麻酔選択では、代謝能力の低下を考慮する必要があります。高齢者は肝機能が低下していることが多く、局所麻酔薬の代謝が遅くなるため、通常よりも少ない投与量でも血中濃度が上昇しやすくなります。高齢者にはできるだけ少量から開始し、効果を確認しながら追加投与する慎重なアプローチが求められます。