「CD80が陽性なら必ずM1マクロファージが悪さをしているわけではなく、M2への転換を促すと歯周組織の治癒が約40%速まるという報告があります。」
歯科情報
マクロファージはその活性化状態によって、大きく「M1型(古典的活性化)」と「M2型(代替的活性化)」に分類されます。M1マクロファージは主に細菌やLPS(リポ多糖)などの刺激によって誘導され、強力な炎症促進作用を持ちます。
M1マクロファージを同定するための主要なマーカーには以下のものがあります。
これらが主要マーカーです。
一点、意外に見落とされがちなのは、iNOSが「M1の唯一の決定打」ではないという点です。iNOS単独陽性でも、M2関連マーカーが同時に発現している「混合表現型(mixed phenotype)」のマクロファージが存在することが2020年代に入ってから複数の研究で報告されています。つまり単一マーカーだけで極性を断定するのは危険です。
複数のマーカーを組み合わせて評価するのが原則です。
参考:マクロファージの極性化と炎症性疾患に関する総説(J-STAGE)
J-STAGE 内分泌・炎症関連論文データベース(マクロファージ研究)
M1マクロファージのマーカーを実際に検出・評価する方法には、いくつかのアプローチがあります。研究用途と将来的な臨床応用の観点から整理しておくと、知識の幅が広がります。
まず、組織レベルでの検出には免疫組織化学染色(IHC)が広く用いられています。歯肉生検サンプルにCD80・CD86・iNOSなどの抗体を用いて染色し、光学顕微鏡または共焦点レーザー走査顕微鏡で可視化します。歯周炎患者の歯肉組織では、健常歯肉と比較してCD80陽性細胞が2〜3倍以上増加しているという報告があり、炎症の重症度評価に応用されています。
細胞レベルではフローサイトメトリーが有効です。歯肉組織から単離した免疫細胞集団に対して、CD80・CD86・HLA-DRなどのマーカーを蛍光標識抗体で染色し、細胞ごとの発現プロファイルを定量的に解析できます。この手法は研究室レベルでは標準的ですが、臨床現場での即時応用には現状まだ課題があります。
遺伝子発現レベルではRT-PCR(逆転写PCR)やRNA-seq(トランスクリプトーム解析)が使われます。iNOS・TNF-α・IL-12などのmRNA発現量を定量化することで、マクロファージ極性化の分子的状態を精密に評価できます。これは最新の歯周病研究や再生医療研究の文脈で頻繁に登場する手法です。
これは使えそうです。
さらに注目されているのがGCF(歯肉溝滲出液)を用いたサイトカイン測定です。観血的処置なしで採取できるGCFに含まれるTNF-α・IL-1β・IL-6などを測定することで、M1マクロファージ活性の間接的な指標として活用する研究が進んでいます。ELISAや多重サイトカイン測定キット(ルミネックスなど)を用いれば、同一サンプルから複数のM1関連サイトカインを同時定量できます。
歯科臨床との距離がまだあるとはいえ、将来的には患者ごとの「炎症マーカープロファイル」を簡易的に取得し、個別化治療に活かす流れが来ることは間違いありません。
歯周病は単純な細菌感染症ではなく、宿主の免疫応答が組織破壊を主導するという点で、マクロファージの役割を理解することが不可欠です。
歯周病原細菌(P. gingivalis、T. forsythia、T. denticola など、いわゆる「レッドコンプレックス」)が歯周組織に侵入すると、まず自然免疫の最前線にいるマクロファージがTLR(Toll様受容体)を介して細菌由来LPSを認識します。これがM1極性化のトリガーとなります。
M1極性化が起きると何が起こるでしょうか?
TNF-α・IL-1β・IL-6・IL-12といった炎症性サイトカインが急激に放出され、好中球やTリンパ球の局所浸潤が加速します。同時にiNOSによるNO産生、活性酸素種(ROS)の放出が起こり、細菌を攻撃すると同時に歯肉線維芽細胞やセメント芽細胞、骨芽細胞にも酸化ストレスダメージが及びます。
これが慢性炎症の本質です。
さらにM1マクロファージはRANKL(核因子κBリガンドの受容体活性化因子)の発現を誘導することで、破骨細胞の分化を促進します。これが歯槽骨吸収の直接的な引き金になります。歯周炎の進行した患者の歯肉組織では、健常者と比べてRANKL/OPG比が著しく上昇しており、M1マクロファージの過活性化と骨吸収の連動が分子レベルで確認されています。
重要なのは、M1マクロファージの活性化は急性期の感染防御には必要な反応だという点です。問題は、その活性化状態が慢性的に持続することにあります。健常な歯周組織の治癒過程では、炎症後期にM1からM2へのフェノタイプ転換(polarization switch)が起こり、組織修復・リモデリングへと移行します。しかし慢性歯周炎では、この転換が適切に起こらず、M1優位の炎症環境が維持されてしまいます。
M1優位が続くのが問題です。
2022年にJournal of Periodontologyに掲載された報告では、慢性歯周炎患者の歯肉組織において、M2マーカー(CD163、CD206)陽性細胞数に対するM1マーカー(CD80、iNOS)陽性細胞数の比率(M1/M2比)が、健常者と比べて約3.5倍高いことが示されています。この比率が歯周炎の重症度と有意に相関していたことも報告されており、M1/M2バランスの評価が臨床的な炎症指標として機能しうることが示唆されています。
参考:歯周病とマクロファージ極性化に関する研究(PubMed/日本歯周病学会)
J-STAGE 日本歯周病学会会誌(歯周病の免疫・炎症メカニズム関連論文)
M1とM2の違いを一言で言うなら、「M1は攻撃・破壊担当、M2は修復・調整担当」です。しかし実際の生体内ではこの二分法は単純すぎるという批判もあり、近年ではM1/M2を「スペクトラムの両端」として捉える考え方が主流になりつつあります。
M2マクロファージの主要マーカーには以下があります。
M1/M2比の評価においては、単一マーカーではなくマーカーの組み合わせで判断することが基本です。たとえば「CD80陽性・CD163陰性・iNOS陽性」であれば明確なM1表現型、「CD80陰性・CD163陽性・Arg-1陽性」であれば明確なM2表現型と判断できます。しかし「CD80陽性・CD163陽性」という混合パターンも頻繁に観察され、このような場合は炎症の転換期、あるいは慢性炎症における「部分的M2化」として解釈されます。
混合型の解釈が難しいところです。
歯科臨床の文脈でこの知識を応用すると、歯周治療後の組織回復プロセスをマーカーで追跡する研究が進んでいます。SRPやフラップ手術後にCD163・IL-10の発現が増加し、M2優位の環境に移行していくことが確認されており、「治癒の分子的証拠」として注目されています。
治癒の進行をマーカーで読む時代が来ています。
ここでは少し踏み込んだ視点として、M1マクロファージのマーカー情報を歯周治療の「タイミング評価」に応用するという考え方を紹介します。これはまだ標準的な臨床プロトコルにはなっていませんが、研究の最前線で議論されているアプローチです。
従来の歯周治療では、プロービング値・BOP(ブリーディング・オン・プロービング)・X線での骨吸収評価が主たる診断指標でした。しかし、これらはあくまで「すでに起きた変化」を捉えるものです。M1マクロファージマーカーの発現パターンを把握することで、「これから起きるかもしれない組織破壊」を予測する可能性が開けてきます。
これは画期的な視点です。
具体的には、GCF中のTNF-αやIL-12濃度が高値を示す部位は、たとえ現時点のプロービング値が軽度であっても、近い将来に骨吸収が進行するリスクが高いという研究知見があります。2021年のClinical Oral Investigations掲載の研究では、GCF中のM1関連サイトカイン(TNF-α・IL-12・iNOS由来のNO代謝産物)が高値であった部位では、6ヶ月後の骨吸収進行リスクが約2.8倍高かったと報告されています。
もう一点、注目したいのが「M1からM2への極性転換(フェノタイプスイッチ)を意図的に誘導する治療戦略」です。現在の研究では、以下のようなアプローチがM1→M2転換を促す可能性として検討されています。
これらはすぐに明日の臨床に直結するわけではありませんが、歯科医療従事者として「なぜ炎症が収まりにくいのか」「何が組織修復の妨げになっているのか」を分子レベルで理解することは、治療の根拠を深め、患者への説明力を高める上で非常に有益です。
M1マーカーの知識は確実に診療の質を底上げします。
再生医療や免疫制御を取り入れた次世代歯周治療への移行期にある今だからこそ、M1/M2マクロファージの極性バランスという軸を診療思考の中に組み込んでおく意義は大きいといえます。
参考:歯周再生とマクロファージ極性化に関する最新研究(J-STAGE)
J-STAGE 日本補綴歯科学会誌・再生歯学関連論文データベース
参考:マクロファージM1/M2極性化と慢性炎症疾患(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所)
健康食品の素材情報データベース(NIBIOHN):ω-3脂肪酸と炎症制御の科学的根拠