アンカースクリュー埋入後2週間は患者のセルフケアを厳禁にすべきです。
矯正用アンカースクリューは歯科矯正治療における補助装置として、2012年に薬事承認を得てから広く普及しています。直径1.4~2mm、長さ6~10mm程度の非常に小さなチタン合金製のネジで、顎の骨に埋め込んで使用します。チタンは人工関節や人工歯根にも使われる生体適合性に優れた素材で、金属アレルギーのリスクも極めて低いという特徴があります。
従来の矯正治療では、歯を動かす際に他の歯を固定源として利用していました。しかし反作用で固定源となる歯も動いてしまうという問題がありました。つまり動かすべきではない歯が意図せず移動するということですね。
アンカースクリューは骨に直接固定されるため、動かない絶対的な固定源として機能します。これにより従来では困難だった方向への歯の移動や、大きな移動距離の達成が可能になりました。特に抜歯矯正で前歯を後方に移動させる際や、ガミースマイルの改善、臼歯の圧下など、様々な症例に応用されています。
埋入部位は治療目的によって異なりますが、上顎臼歯部の頬側、口蓋部、下顎臼歯部の頬側が一般的です。患者の症状や治療計画に応じて、1本から複数本を使用します。1本あたりの埋入費用は2万円~5万円程度で、矯正治療全体では80万円~140万円程度が相場となっています。
審美目的の矯正治療は保険適用外ですが、顎変形症や厚生労働大臣が定める特定の疾患に起因する症例では保険適用となる場合があります。治療費については事前に詳細を確認しておくことが重要です。
アンカースクリュー埋入の術式は、適切な準備と正確な位置決定が成功の鍵となります。まずレントゲン撮影またはCT撮影を行い、埋入部位の歯根位置、骨の厚み、上顎洞底や下顎管などの解剖学的構造を確認します。パノラマX線写真とデンタルX線写真を併用することで、より安全な埋入位置を特定できます。
埋入位置が決定したら、埋入部位の消毒を行います。その後表面麻酔を塗布してから浸潤麻酔を施し、患者の不快感を最小限に抑えます。麻酔が効いてから専用のドライバーで顎骨にスクリューを埋入していきます。
1本あたりの処置時間は5~20分程度です。
プレドリルを行わずに直接植立できるセルフドリリングタイプのスクリューも普及しており、手術時間の短縮と患者負担の軽減に貢献しています。埋入角度や深さは事前の画像診断に基づいて慎重に調整し、歯根との接触を避けることが重要です。歯根に接触すると脱落のリスクが高まるためです。
埋入後は記録用の写真撮影を行い、術後の注意事項を説明します。痛み止めと抗生剤を処方し、感染予防のための洗口剤の使用方法も指導します。処置当日から翌日にかけて軽度の痛みや違和感が生じることがありますが、通常は数日で落ち着きます。
植立後1~2週間は治癒期間として、スクリューに矯正力をかけずに骨との結合が安定するのを待ちます。この期間の適切な管理が、その後の治療成功率に大きく影響するのです。
歯科矯正用アンカースクリューの成功率は80~90%と報告されていますが、裏を返せば10~20%の症例で脱落が発生するということです。日本矯正歯科学会のガイドラインでは平均成功率86.3%とされており、現行のシステムで考えられる最善の方法を試みても、脱落の可能性を完全に回避することは困難とされています。
脱落の主な原因は複数あります。まず埋入位置の問題で、歯根に接触している場合や骨の厚みが不十分な場合は、埋入後1ヶ月以内に脱落することが多いです。患者がスクリューの歯磨きをしようとして触ると動揺があり、痛みを感じ始めて脱落が発覚するケースが典型的です。
清掃不良による感染も重大なリスク要因です。スクリュー周囲に汚れが蓄積すると粘膜が炎症を起こし、骨との結合が阻害されて脱落リスクが高まります。特に口腔乾燥症の患者や、口腔衛生状態が不良な患者では注意が必要です。
清潔に保つことが基本ですね。
骨質の問題も見逃せません。骨が柔らかい、あるいは薄い部位では、スクリューが十分な初期固定を得られず不安定になります。また矯正力をかけ始めてから痛みが発生し、緩みが発覚するケースもあります。動いている歯がスクリューに当たってしまうことで、後から脱落することもあるのです。
脱落した場合は再埋入が必要になりますが、多くの医院では自然脱落の場合は追加費用なしで再処置を行っています。再埋入では同じ位置に植立することもあれば、別の位置を選択することもあります。特に正中口蓋縫合部への再植立は頬側よりも成功率が高いというデータがあります。
術後管理の成否が治療結果を左右するため、患者への明確な指導が不可欠です。埋入当日はアンカースクリュー周囲に歯ブラシを当てず、うがいで清潔に保つよう指導します。
指や舌で触らないことも重要な注意点です。
無意識に触ってしまうと、骨との結合が阻害される可能性があります。
処方された薬は指示通りに服用させます。抗生剤は通常3~5日分、痛み止めは必要に応じて服用します。洗口剤は5日間程度使用し、口腔内の細菌数を減らすことで感染リスクを低減します。痛みは通常1~3日程度で落ち着き、1週間程度で違和感もなくなる方が多いです。
埋入後2週間経過したら、スクリュー周囲の清掃を開始します。柔らかめのタフトブラシを使用し、スクリューに付着した汚れを優しく撫でるように磨きます。歯磨き粉はつけずに水だけで清掃するのが推奨されます。スクリューの上部(十字が刻まれている部分)と側面の両方に歯ブラシを当て、スクリュー周囲全体がきれいになるように磨かせます。
清掃は最低でも朝晩の2回行うよう徹底して指導します。スクリューと歯ぐきの間のところに汚れが溜まりやすく、その状態を放置すると脱落の原因になります。鏡を見て位置を確認しながら、歯ブラシを軽く持って毛先を小刻みに動かすのがコツです。
食事に関しては、埋入当日から通常通り可能ですが、安定するまでの1ヶ月程度は硬いものや繊維質のものは避けるよう助言します。スクリューに直接当たらないように注意して食べることで、脱落リスクを減らせます。定期的な来院時にはスクリュー周囲の炎症の有無、動揺の確認、清掃状態のチェックを行い、必要に応じて再指導を実施します。
アンカースクリューの適応症は多岐にわたりますが、最も一般的なのは抜歯症例での前歯部舌側移動時に臼歯の近心移動を防ぐ目的です。通常の抜歯矯正では奥歯を固定源として前歯を引っ込めますが、奥歯も前方に動いてしまうことがあります。アンカースクリューを使用すれば、奥歯の位置を確実に保ちながら前歯だけを後方に移動できるのです。
ガミースマイルの改善にも効果的です。笑った時に歯ぐきが大きく見える症状を、前歯部を圧下(上方に移動)させることで改善します。従来の方法では困難だった前歯の圧下が、アンカースクリューを固定源とすることで可能になりました。口元が3.6ミリ下がるという研究データもあります。
臼歯の圧下や遠心移動にも応用されます。開咬症例で臼歯を圧下させる場合や、親知らずを抜歯せずに奥歯全体を後方に移動させる場合などです。これらは従来の矯正装置だけでは実現が難しかった歯の動きです。結論は効率的な歯の移動が可能ということですね。
一方で禁忌症や注意が必要な患者も存在します。管理不能な重度の全身疾患、管理不能な出血性疾患がある場合は適応すべきではありません。口腔内の感染症状や炎症(歯周病、歯肉炎)がある場合も、まず治療してから埋入を検討します。
糖尿病患者、口腔乾燥症の患者、妊娠中の女性は原則として適応外とされています。骨粗しょう症で特定の薬剤(ビスホスホネート系薬剤など)を服用している患者も、顎骨壊死のリスクがあるため慎重な判断が必要です。
放射線治療を受けている患者も同様です。
年齢的には、顎の骨の成長がほとんど完成する16歳以上の患者に推奨されています。成長期の患者に使用すると、骨の成長に伴ってスクリューの位置がずれる可能性があるためです。患者の協力度も重要で、清掃を徹底できない非協力的な患者では成功率が低下します。
アンカースクリューの失敗を最小限に抑えるには、埋入前の画像診断が極めて重要です。パノラマX線写真とデンタルX線写真を併用し、埋入予定部位の歯根間距離、骨の厚み、上顎洞底や下顎管の位置を正確に把握します。CT撮影を行えば、3次元的に骨の状態を評価でき、より安全な埋入位置を決定できます。
デジタル矯正システムを活用すれば、埋入位置を事前にシミュレーションし、正確に設定することが可能です。これにより歯根との接触リスクを大幅に減らせます。埋入角度も重要で、骨に対して垂直方向に近い角度で植立すると初期固定が得やすくなります。
斜めすぎる角度は避けるべきです。
感染対策も成功率を左右する重要な要素です。埋入時には滅菌された器具を使用し、バリアフィルムで術野を隔離します。埋入部位の消毒を徹底し、術中の感染リスクを最小化します。術後の感染予防も同様に重要で、抗生剤の適切な処方と洗口剤の使用指導が必要です。
患者教育は成功率向上の鍵となります。埋入前のカウンセリングで、アンカースクリューの目的、メリット、デメリット、脱落のリスクについて十分に説明し、同意を得ます。清掃方法も視覚的な資料を用いて具体的に指導し、実際に練習してもらうことで理解を深められます。
定期的なメンテナンスも欠かせません。来院ごとにスクリュー周囲の炎症や動揺の有無をチェックし、清掃状態を評価します。炎症の兆候があれば早期に対処し、清掃が不十分な場合は再度指導を行います。
早期発見が重症化を防ぐということですね。
スクリューに加える矯正力のタイミングと大きさも慎重に管理します。埋入後1~2週間は治癒期間として力をかけず、骨との結合が安定してから徐々に負荷をかけていきます。急激に強い力をかけると、骨との結合が破壊されて脱落のリスクが高まります。適切な力のコントロールが長期的な安定につながるのです。
こちらのガイドラインには、アンカースクリューの適応症、術式、リスク管理に関する詳細な情報が記載されており、臨床判断の参考資料として非常に有用です。