歯並びがきれいでも、顆頭位のズレが原因で顎関節症になる人がいます。
顆頭位(かとうい)とは、顎関節の内部で「顆頭(下顎頭)」がどの位置にあるかを示す概念です。顎は上顎骨と下顎骨からなり、その接合部分が顎関節です。そして顎関節の丸みを帯びた突起部分である「顆頭」が、関節窩(かんせつか)という受け皿の中でどこに位置しているかを「顆頭位」と呼びます。
顎位(がくい)を決める要素には3つあります。歯が咬み合ったときの「咬合位」、筋肉が緊張なく安静なときの「筋肉位」、そして関節の解剖学的な安定に基づく「顆頭位」の3つです。この3つは発生が異なり、完全に一致することはほぼありません。脳が常に10マイクロメートル(μm)単位でバランスをとり続けることで、私たちは日常的に噛むことができています。
顆頭位には主に以下のような種類があります。
| 名称 | 定義 | 臨床上の特徴 |
|---|---|---|
| 中心位(CR) | 顆頭が関節円板を介して関節結節に対し前上方に位置するときの下顎位 | 歯の接触なしに再現可能。補綴治療の基準に使われる |
| 顆頭安定位 | 顆頭が下顎窩内で緊張なく最も安定する位置(石原・大石、1967年命名) | 咬頭嵌合位と一致する。日本の補綴学では広く認知されるが世界的には知名度が低い |
| 最後退位(顆頭最後位) | 顆頭が下顎窩内の最後方にある位置 | かつて咬合治療の基準とされたが現在は見直されている |
つまり顆頭位は「歯の噛み合わせ」とは別に定義される概念です。これが歯科治療において重要な理由です。
顆頭の安定とは、関節円板(かんせつえんばん)という軟骨組織を顆頭と関節窩でサンドイッチした状態が保たれることを指します。この円板が前方にズレると「関節円板前方転位」となり、顎関節症の約60〜70%に認められます。顆頭位の不安定がその引き金になるのです。
クインテッセンス出版 異事増殖大事典「顆頭位」 ─ 顆頭位の定義・分類・臨床的意義について詳細に解説されています
顆頭位のズレが健康に与える影響は、思っているよりも大きいです。歯を接触させずに顆頭を最も後退させた「顆頭後退位」と、歯が最もよく噛み合う「最大咬頭嵌合位」のズレが4mm以上になると、顎関節症のリスクが高まると指摘されています。
4mmはどのくらいの距離か。鉛筆の直径が約7mmです。その半分以上のズレが関節内で生じると、顆頭の位置が不安定になり、関節円板が前方へ転位しやすくなります。これが顎関節症Ⅲ型(関節円板障害)の典型的な発症メカニズムです。
顎関節症の3大症状は次の通りです。
- 「アゴが鳴る(クリック音)」:開口時に関節円板が顆頭に乗り上げる際の衝撃
- 「アゴが痛い」:炎症や筋肉の緊張による疼痛
- 「口が開きにくい」:関節円板が復位しなくなる「クローズドロック」状態
放置は禁物です。症状が進むと骨の変形が起こり、顔の歪みにつながることもあります。さらに歯ぎしりが加わると、顎関節への負荷が覚醒時の約2〜4倍に達するとされており、顎関節症発症リスクは最大70%にのぼるという報告もあります。
顆頭位のズレは「噛み合わせ(咬合位)の悪さ」とは直接イコールではありません。きれいな歯並びでも顎関節症になる人がいる事実はそれを示しています。顆頭位・咬合位・筋肉位の3つがバランスを崩すことが本質的な問題です。これが原則です。
堺市 矯正歯科ほていデンタルオフィス「顎関節症について」 ─ 顎関節内部の構造と顆頭位の関係、4mmのズレに関する詳細な説明が掲載されています
歯科治療を受ける際、チェアに寝かされた姿勢で治療を受けることがほとんどです。実はこの「頭の角度(頭位)」の変化が、顆頭位に大きく影響することが研究で明らかになっています。意外ですね。
J-Stage掲載の研究(2020年)では、健常者8名を対象に、体位(後方50〜80度傾斜)と頭位(後屈10度〜前屈20度)の変化が顆頭点の偏位に及ぼす影響を三次元測定装置で計測しました。その結果、頭位の前屈20度で顆頭が前方へ有意に偏位することが示されました。体位(身体の傾き)よりも頭位(頭の角度)の影響の方が大きかった点が特徴的です。
これはどういうことでしょうか? 簡単に言うと「歯医者さんで頭の向きが変わるだけで、顎関節の位置が変わる」ということです。この状態のまま咬み合わせに関わる治療(咬合調整・補綴物の装着など)を行うと、本来の顆頭位とは異なる位置で咬合が記録・調整されてしまう可能性があります。
咬合に関わる歯科治療を受ける際は、患者側も「頭の位置が安定しているか」を意識することが大切です。治療中に頭がずれていると感じたら、遠慮せず担当の歯科医師に伝えるようにしましょう。
顆頭位の不安定が確認された場合、どのような治療が行われるのでしょうか? 代表的なのはスプリント療法(マウスピース療法)です。
スプリントとは、プラスチック製のマウスピースで、主に就寝時に装着します。これにより歯や顎関節にかかる負荷を軽減し、顆頭位を徐々に安定した位置に誘導します。保険適用の場合の費用は数千円〜1万円程度が目安です。自費診療の場合は1万〜3万円程度が一般的です。スプリント療法はコストパフォーマンスが高く、即効性も期待できます。
スプリント療法の役割は単なる「クッション」ではありません。以下の4点が重要な情報源となります。
さらに精密な治療では「調節性咬合器」が使用されます。これは上顎・下顎・顎関節を模型上で再現できる器械で、顆頭の前後・上下・左右の3方向から位置を測定可能です。顆頭位を正確に把握した上での補綴物(かぶせ物・入れ歯)の作製や矯正治療計画に活用されます。
顆頭位の把握が治療の質を左右します。これが歯科治療において欠かせない理由です。
噛み合わせに違和感がある、顎の音が気になるという方は、まず一般歯科で顎関節症のスクリーニングを受けることをお勧めします。重症の場合は大学病院の補綴科や口腔外科が対応します。
おりりゅう矯正歯科「スプリント治療の役割と限界」 ─ スプリントが顆頭位の安定にどう貢献するか、4つの評価指標について詳しく解説されています
顆頭位が不安定になる「きっかけ」は何でしょうか。実は、食いしばりや歯ぎしりだけではありません。
顎位(咬合位・顆頭位・筋肉位)は脳が10マイクロメートル(μm)単位で常に調整しているとされています。1μmは1mmの1000分の1です。これほど精密なバランスが、長年の習慣やストレスによって少しずつ乱れていくのが顎関節症や顆頭位不安定の本質です。
注目すべきは「関節円板前方転位が10〜14歳の学童期に既に始まっている」という研究報告があることです。MRI撮影で顎関節を調べると、クリック音などの自覚症状がない段階でも、関節円板の外側一部が前方転位している所見が中学生に複数確認されています。症状が出る前から顆頭位は変化しているのです。
以下は顆頭位の崩れを示す早期サインの目安です。
厳しいところですね。自覚がないまま顆頭位のバランスは崩れ始めます。早期に気づくことが、治療の複雑化を防ぐ最大のポイントです。
顆頭後退位と最大咬頭嵌合位のズレが4mm以上になる前に対応することが理想です。特に片側咀嚼(いつも同じ側で噛む)の習慣は、左右の顆頭位に不均等な負荷をかけ続けるリスク因子です。意識的に左右交互に噛む習慣をつけるだけでも、顆頭位の安定に貢献します。
顎関節や噛み合わせに関する自己評価には、日本顎関節学会が監修した問診票が参考になります。気になる症状がある場合は口腔外科や補綴専門医に相談することが確実です。