歯周病の治療をしても食道がんリスクは下がらない、と思っていませんか?実は歯周病があると食道がんの罹患リスクが約43%高くなります。
歯科情報
食道異形成上皮(dysplasia)とは、食道の粘膜細胞が形態的な異常を来している状態であり、正常粘膜と食道がんの中間に位置する前がん病変です。重要なのは、この段階ではほぼ無症状であるという点で、胸の違和感・嚥下時のつかえ感・咳といった症状は、異形成がさらに進行して食道がんに移行したあとに初めて現れます。
つまり自覚症状がない段階がもっとも重要です。
分類は悪性度の低い順に「軽度異形成(Mild dysplasia)」「中等度異形成(Moderate dysplasia)」「高度異形成(Severe dysplasia)」の3段階に分けられています。高度異形成になると、病理組織学的に食道がんとほぼ見分けのつかないレベルまで悪性度が上昇します。1995年に医学誌「胃と腸」に掲載された研究(医書.jp)でも、「食道異形成(dysplasia)のほとんどは上皮内癌であり、その大部分は低異型度の扁平上皮癌に属する」と報告されており、異形成は単なる"様子見"で済む病変ではないと理解することが重要です。
日本人の食道がんの90%以上は、食道の最内壁を覆う重層扁平上皮から発生する「扁平上皮がん」です。扁平上皮という組織は、口腔粘膜とまったく同じ種類の上皮細胞で構成されています。この共通性が、口腔環境と食道の異形成を結びつける鍵になります。
食道異形成上皮(dysplasia)の基本情報・症状・治療 — つくしの駅前内視鏡クリニック
食道異形成上皮の最大の原因は、過度の飲酒とされています。アルコールが体内で代謝される際に生じる「アセトアルデヒド」が食道粘膜の細胞に直接ダメージを与え、繰り返しの暴露によって細胞が異常な形態を示すようになります。これが異形成上皮の始まりです。
特に注意が必要なのが「フラッシュ反応」と呼ばれる現象、つまり飲酒後に顔が赤くなる体質の人です。これはアセトアルデヒドを分解する酵素(ALDH2)の活性が遺伝的に低いことを示しており、この体質の人は少量の飲酒でも食道がんリスクが健常者の約8倍に上昇します。さらに1日3合以上の飲酒が加わると、そのリスクは約100倍になるという衝撃的なデータもあります。
これは知っておかないと損する情報ですね。
喫煙との相乗効果も見逃せません。飲酒のみの人は食道がんリスクが約2.76倍、喫煙のみの人は約2.77倍ですが、両方を行う人ではリスクが8.32倍まで跳ね上がります。さらに喫煙が加わることで食道粘膜へのダメージが加速し、異形成から食道がんへの進行が促されます。
熱い飲み物・食べ物の習慣も見逃せない原因のひとつです。65度以上の飲料を習慣的に摂取することは、食道粘膜への物理的な熱刺激を繰り返し与えることになり、WHO(世界保健機関)は「熱い飲み物の摂取」を食道がんの発がん可能性があるものとして分類しています。
食道がんと飲酒・喫煙との密接な関係 — 福岡天神内視鏡クリニック
食道異形成上皮は無症状であるため、発見には内視鏡検査が不可欠です。上部消化管内視鏡検査(いわゆる胃カメラ)を用いて食道粘膜を直接観察することで、異形成病変の存在が確認できます。通常観察では粘膜にわずかな発赤として認められることがある程度ですが、NBI(狭帯域光観察)モードを使うと茶褐色の領域として視認しやすくなります。
診断の確度を高めるのがヨード染色(ルゴール染色)です。正常な食道粘膜には豊富なグリコーゲンが蓄えられており、ヨード液を散布すると茶褐色に染まります。一方、異形成上皮やがんの部分はグリコーゲンが少ないため染まらず、「ヨード不染帯」として白く浮かび上がります。小学校の理科の授業でヨード液をかけるとデンプンが黒く染まる実験を経験した方も多いと思いますが、まさにその原理の応用です。
ヨード不染帯が原則です。
不染帯の数や範囲が多いほど食道がんのリスクが高くなることが知られており、5個以上の不染帯がある場合は特に注意が必要とされています。また、拡大内視鏡で観察すると、異形成部位の粘膜下血管が周囲の正常粘膜に比べて顕著に太くなっていることが確認でき、これはがんが増殖のために周囲から大量の栄養を取り込もうとしている状態を反映しています。
食道異形成(dysplasia)の内視鏡診断についての説明 — 日本人間ドック・予防医療学会
ここが歯科従事者にとって最も重要な視点かもしれません。近年の研究が示す、口腔内細菌と食道がんの関係は非常に注目に値します。
東京医科歯科大学の研究では、歯垢や唾液に含まれる特定の細菌(フソバクテリウム・ヌクレアタムなど)が口腔内に高い比率で存在する場合、食道がんリスクが5〜32倍に上昇することが明らかになりました。これは喫煙・飲酒とは別の経路でのリスク上昇です。
歯周病菌は危険です。
さらにハーバード大学の研究チームがthe journal Gut誌に発表した研究によると、歯周病に罹患することで食道がんの罹患リスクが43%、胃がんに罹患するリスクが52%高まることがわかっています。また、歯を2本以上失っている人は、1本も失っていない人に比べて食道がんリスクが42%高くなるというデータもあります。歯の喪失は慢性的な口腔環境の悪化を示す指標であり、単なる咀嚼機能の問題にとどまりません。
メカニズムとしては、歯周ポケットで繁殖したフソバクテリウムが、歯周病による出血部位から血流に乗って全身へと移行し、免疫細胞の機能をかく乱させることで、がん細胞の増殖を抑えきれなくなると考えられています。歯科従事者が日常の口腔ケア指導で患者の歯周病をコントロールすることは、食道がんを含む消化器がんの一次予防にも直接つながる意義のある行為といえます。
食道異形成上皮の基本的な治療は禁酒・禁煙です。原因となるアセトアルデヒドへの暴露をなくすことで、異形成の程度が軽減されることがわかっています。熱いものや辛いものの摂取を控えることも補助的に有効とされています。
治療の選択肢は異形成の程度によって変わります。軽度〜中等度では定期的な内視鏡検査による経過観察が中心となり、高度異形成になると予防的な内視鏡的切除術(ESDまたはEMR)が検討されます。ESDは内視鏡を使って粘膜下から病変を剥離する手術で、1週間弱の入院で治療が可能な低侵襲な術式です。
禁酒・禁煙の重要性については、2026年1月に国際医学誌「The Lancet Regional Health – Western Pacific」に掲載された京都大学を中心とする全国20施設の研究(10年以上の前向きコホート研究)が重要な知見を提供しています。内視鏡的切除後に飲酒と喫煙の両方を完全にやめた患者では、新たな食道がんが発生するリスクが約5分の1に低下しました。一方で、量を減らすだけでは抑制効果が得られないことも同時に示されており、「節酒・節煙」では不十分で「完全な禁酒・禁煙」が条件となります。
これが条件です。
また同研究では、禁煙に比べて禁酒を継続できる患者が少ないという現実も明らかになっており、患者への禁酒指導の重要性が改めて強調されています。歯科診療の場でも、飲酒習慣を持つ患者への継続的な禁酒・禁煙サポートが、口腔がんや食道がんの予防という観点から非常に大きな意義を持ちます。
歯科従事者が食道異形成上皮に注目すべきもうひとつの理由は、口腔がんと食道がんの「重複がん(多重がん)」の問題です。口腔癌診療ガイドライン(2019年版)によると、口腔がんを含む頭頸部がん患者において発見される重複がんの60〜70%は上部消化管または肺に認められると報告されており、食道はその中でも特に多い部位の一つです。
神戸大学医学部附属病院のQ&Aでも、口腔がん患者で検査をすると咽頭・食道・胃・肺に重複がんが発見される頻度は約11.0〜16.2%とされています。これはほぼ8人に1人という割合です。
口腔がんと食道がんは同一のリスク因子(飲酒・喫煙・重層扁平上皮への反復刺激)を共有しており、同じ分子機序で発がんが進行する「フィールド発がん」という概念で説明されます。口腔から咽頭・喉頭・食道まで連続する粘膜全体が同時に発がんしやすい状態(フィールド)になっている、という考え方です。歯科医師が白板症・紅板症・扁平苔癬などの口腔前がん病変を発見した際には、食道にも同様の前がん病変(異形成上皮)が存在する可能性を念頭に置き、消化器内科への紹介を積極的に検討することが求められます。
医科歯科連携が条件です。
厚生労働省も「がん対策推進に対する歯科医師の取り組み」において、周術期口腔機能管理や医科との連携体制の整備を推進しており、歯科従事者が食道がんを含む消化器がんに関する基礎知識を持つことは、今後ますます重要性を増していきます。
口腔癌になると他の癌にもなりやすいか(重複がんの頻度・食道・胃・肺への影響) — 神戸大学医学部附属病院
がん対策推進に対する歯科医師の取り組みについて — 厚生労働省(PDF)