レントゲンだけでは歯性上顎洞炎の86%が見逃されます。
歯性上顎洞炎は、上顎の奥歯の根尖病変が原因で上顎洞に炎症が波及する疾患です。一般的には片側性に発症するのが特徴で、原因歯がある側だけに症状が現れます。しかし、炎症が軽度の場合は全く症状が出ないことも少なくありません。
つまり無症状も珍しくないということですね。
典型的な症状としては、片側の鼻閉感、悪臭を伴う膿性鼻漏、後鼻漏、頬部の圧迫感や痛み、頭痛や頭重感などがあります。特に黄緑色のドロッとした鼻水が片側だけから出る場合は、歯性上顎洞炎を疑う重要なサインです。また、鼻をかんでも奥に残っている感じや、喉の奥に鼻水が流れ込む後鼻漏の症状も多くの患者さんが訴えます。
原因歯に関連した症状も見逃せません。咬合時の痛みや歯が浮いた感じ、歯茎の腫れや圧痛などが見られることがあります。ただし、根尖周囲の感染が上顎洞に瘻孔を介して排出されるため、急性の歯痛や打診痛が必ずしも強く現れないのが特徴です。これが診断を難しくする要因の一つとなっています。
無症状の場合でも、CTやレントゲン撮影で偶然発見されることがあります。症状がないからといって治療が不要というわけではありません。放置すると慢性化し、後に急性増悪を繰り返すリスクがあるため、早期の対応が望ましいです。
歯性上顎洞炎と鼻性上顎洞炎の鑑別は、治療方針を決定する上で極めて重要です。最も基本的な鑑別ポイントは発症の側性で、歯性の場合は原因歯がある側の片側性に発症することがほとんどです。一方、風邪や鼻炎が原因の鼻性上顎洞炎は両側性に発症する傾向があります。
片側性なら歯性という判断が基本です。
ただし、片側性であっても必ずしも歯性とは限らない点に注意が必要です。鼻性上顎洞炎でも片側性に発症するケースが存在します。そのため、CT画像での歯根周囲の骨吸収像の有無、根尖部の透過像、上顎洞底部の骨硬化像(根尖性骨膜炎:PAO)などの所見を総合的に評価することが不可欠です。
片側性副鼻腔炎の症例では、約72%に歯性の原因があるという報告もあります。これは片側性の鼻症状を訴える患者さんに対しては、必ず歯科的な評価を行うべきであることを示しています。
歯科的な検査では、歯髄電気診や温度診による歯髄生活反応の確認、打診・触診、歯周ポケット検査などを実施します。歯髄壊死や根管治療後の歯が原因歯となっている場合、冷温刺激に対する反応がありません。また、根管治療の不備、特にMB2根管の未処置や不十分な根管充填が見られる場合は、歯性上顎洞炎の原因となっている可能性が高くなります。
鼻性上顎洞炎との鑑別が困難な場合には、歯科と耳鼻咽喉科の連携が重要です。歯科でCT撮影と歯内療法的評価を行い、耳鼻科で鼻腔・副鼻腔の内視鏡検査を実施することで、より正確な診断が可能になります。
歯性上顎洞炎の原因歯として最も頻度が高いのは上顎第一大臼歯で、全体の約40~50%を占めます。次いで第二大臼歯が約40~45%、第二小臼歯が約10~15%となっています。これらの臼歯部の歯根が上顎洞底に極めて近接している、または一部が上顎洞内に突出している解剖学的特徴が、歯性上顎洞炎の発症に深く関わっています。
第一大臼歯は特に注意が必要です。
上顎洞底と歯根先端との距離は個人差が大きく、ゼロから数ミリメートル程度のことも珍しくありません。特に第二大臼歯では根尖が上顎洞内に突出している頻度が高いとされています。このような解剖学的な近接関係により、歯根の感染が容易に上顎洞粘膜に波及し、限局性の粘膜肥厚である根尖性粘膜炎(PAM)を引き起こします。
根尖性骨膜炎(PAO)も重要な所見です。根尖周囲の炎症が上顎洞皮質骨に及ぶと、洞骨膜が反応性に肥厚し、洞内に向かって新生骨を形成します。CT画像では根尖周囲に放射線不透過性の「ハロー」として観察され、歯性上顎洞炎の特徴的な画像所見となります。
上顎大臼歯の根管解剖も見逃せない要因です。特に第一大臼歯の近心頬側根には、MB1根管に加えてMB2根管と呼ばれる第二根管が存在する頻度が40~70%と高いことが知られています。このMB2根管は肉眼では発見が困難なため、マイクロスコープやCTを使用しない根管治療では見逃されやすく、未処置の感染根管として残ることで歯性上顎洞炎の原因となります。
歯性上顎洞炎の診断において、CT撮影は必須の検査となっています。従来のパノラマレントゲンやデンタルレントゲンでは、歯性上顎洞炎の約86%が診断できないという報告があり、二次元画像の限界が明らかになっています。頬骨や口蓋突起などの解剖学的構造が歯根に重なることで、根尖病変や上顎洞の粘膜変化が隠されてしまうためです。
CTなら診断精度が劇的に向上します。
歯科用CBCTによる三次元画像評価では、通常のレントゲンと比較して根尖病変の検出が34%増加し、上顎洞粘膜の肥厚や病変の検出率は4倍以上向上することが複数の研究で示されています。さらに、根尖病変が上顎洞に広がっている範囲や、未処置根管の存在もCTで明瞭に確認できます。
CT画像で注目すべき所見は、根尖周囲の骨吸収像、上顎洞底の粘膜肥厚、根尖直上のドーム状粘膜腫脹(PAM)、根尖周囲の骨硬化像(PAO)、部分的または全体的な上顎洞の陰影化などです。特に歯根尖を中心とした粘膜肥厚が見られる場合は、歯性上顎洞炎を強く疑います。
街中の耳鼻科クリニックではCT設備がないことも多く、レントゲン撮影のみで診断されることがあります。そのため、片側性の副鼻腔炎症状がある患者さんには、CT設備のある歯科医院での精査が推奨されます。医科用CTと歯科用CBCTでは解像度が異なりますが、歯科用CTの方が歯根周囲の微細な構造を評価するのに適しています。
診断時には、CT画像だけでなく臨床症状や歯内療法的検査を総合して判断することが原則です。画像所見のみで診断を確定せず、必ず歯髄生活反応の確認や既存根管治療の質の評価を行う必要があります。
歯性上顎洞炎の診断と治療に関する詳細な情報(神田デンタルケアクリニック)
歯性上顎洞炎の治療において、最も重要なのは原因歯の感染源除去です。抗生剤による薬物療法は一時的に症状を緩和することはできますが、原因となる歯の問題を解決しない限り、完治することはありません。
これは歯性上顎洞炎治療における大原則です。
抗生剤だけでは根本的解決になりません。
具体的な治療法としては、まず非外科的根管治療が第一選択となります。感染した根管内の細菌や壊死組織を機械的・化学的に除去し、緊密な根管充填を行うことで感染源を断ちます。特に上顎大臼歯ではMB2根管の見逃しが治療失敗の主要な原因となるため、マイクロスコープを用いた精密な根管治療が推奨されます。
根管治療のみで改善しない場合や、根尖部に大きな病変がある場合は、歯根端切除術などの外科的歯内療法が適応となります。根尖部を直視下で切除し、逆根管充填を行うことで、感染の再発を防ぎます。
保存が不可能な歯については抜歯が選択されます。抜歯後は上顎洞との交通(口腔上顎洞瘻)が生じないよう、適切な処置が必要です。抜歯窩の閉鎖と上顎洞洗浄を行い、必要に応じて耳鼻科と連携して管理します。
急性症状が強い場合には、初期治療として抗菌薬の投与が行われます。投与期間は通常2~4週間ですが、これはあくまで対症療法であり、歯科治療による原因除去なしでは炎症が完全に治癒することはないという点を患者さんに説明することが重要です。
耳鼻科での鼻内視鏡手術(ESS)も治療選択肢の一つですが、歯科治療を行わずに副鼻腔手術のみを実施しても、再発率が高いことが知られています。完治までには約8~12週間程度かかり、歯科と耳鼻科の両方で治療を進めることで、より確実な治療成果が期待できます。
歯性上顎洞炎の診断と治療において、医科と歯科の連携は治療成功の鍵となります。しかし現状では、耳鼻科と歯科の連携が十分に機能していないケースが多く見られます。片側性の副鼻腔炎で耳鼻科を受診した患者さんが、歯科的な評価を受けずに薬物療法や手術療法のみで治療されることも少なくありません。
医科歯科連携が治療成功を左右します。
耳鼻科医が注意すべきポイントとして、片側性上顎洞炎の症例では常に歯性の可能性を考慮することが挙げられます。CT画像で上顎洞底部の粘膜肥厚や歯根周囲の異常所見が認められる場合、たとえ患者さんが歯の症状を訴えていなくても、歯科への紹介が必要です。
無症状の歯性上顎洞炎は珍しくないためです。
歯科医側の役割も重要です。上顎臼歯部の根管治療を行う際には、常に上顎洞との解剖学的関係を意識し、術前にCT撮影を行って上顎洞の状態を確認することが望ましいです。根管治療後に鼻症状が持続または悪化する場合は、治療の質を見直すとともに、耳鼻科への紹介を検討します。
具体的な連携の流れとしては、耳鼻科でCT撮影と鼻腔内視鏡検査を実施し、歯性の疑いがある場合は歯科用CTを備えた歯科医院または歯内療法専門医に紹介します。歯科では精密な歯内療法的診査と根管治療を行い、治療経過を耳鼻科と共有します。副鼻腔症状が改善しない場合は、耳鼻科での追加治療を検討する、というように双方向の情報共有が理想的です。
近年、歯性上顎洞炎に対する認識は医科歯科両領域で高まってきていますが、依然として診断の遅れや見逃しが発生しています。患者さんの利益を最優先に考え、診療科の垣根を超えた協力体制を構築することが、今後の課題といえます。