模型実習を毎回繰り返しても、あなたのスキルは思うほど伸びていない可能性があります。
ハプティックデバイスとは、力・振動・動きなどの機械的な刺激をユーザーの手や指に与えることで、「実際にモノに触れている感覚」を人工的に再現するデバイスです。「Haptics(ハプティクス)」という言葉はギリシャ語で「触ること」を意味する言葉に由来しており、触覚・力覚フィードバック技術の総称として使われています。
ハプティクスには大きく分けて2種類の感覚があります。一つ目が触覚(Tactile Sensation)で、皮膚表面への振動や圧力により質感・テクスチャーを再現するものです。二つ目が力覚(Kinesthetic Sensation / Force Feedback)で、関節や筋肉への反力を与えることで、モノの硬さ・重さ・抵抗感を再現するものです。歯科の現場で重要なのは、特にこの「力覚」です。
代表的なハプティックデバイスの具体例は以下の通りです。
これらはすべて「ハプティックデバイス」のカテゴリに入ります。用途や予算に応じて選択肢は幅広いということですね。
歯科医療に関わる方にとって特に重要なのは、「力覚フィードバック型」のデバイスです。なぜなら、歯を削る際の器具の当たり方や歯茎との接触感は、視覚情報だけでは習得できないからです。手に伝わる繊細な感触こそが、歯科技術の核心です。
参考:3D Systems社のTouchデバイスの仕様詳細
3D Systems|Touch ハプティクスデバイス 製品仕様
ハプティックデバイスを活用した歯科教育の場で最も知られているシステムの一つが、フランス発の「VIRTEASY DENTAL」です。このシステムは、米国3D Systems社のハプティックデバイスと「Unreal Engine」を組み合わせた歯科教育用VRシミュレーターで、日本でもOpenDentalが取り扱っています。
VIRTEASY DENTALには、120種類以上のエクササイズがプリインストールされており、「ブロック材料を使った実習」「顎模型を使った実習」「バーチャル患者を使った実習」の3カテゴリ・7サブカテゴリに分かれています。支台歯形成の練習では、ハプティックデバイスで触感を得ながらリアルタイムにスコアが表示される仕組みです。学習効果を数値で確認できます。
このシステムの大きな特徴は、患者ごとの口腔内データ(STL/PLY/DICOMフォーマット)をインポートして仮想空間上で確認・実習できる点です。実際の患者データを元にした練習が可能になるため、臨床現場に直結した学習体験が得られます。これは使えそうです。
また、学習管理システム「VIRTEASY Assistant」も用意されており、各学生の実習結果をデータベースで管理し、CSV出力による採点・フィードバックが可能です。さらに、仮想空間で行った支台歯形成の結果をSTLファイルとして出力し、3Dプリンタで造形して実際に手に取って確認するという活用方法もあります。
もう一つ注目すべき例が、日本のDiver-X社が開発した「HaptPencil」です。このデバイスは、歯科実習における模型コスト問題に着目して開発されました。歯の模型は1実習ごとに消耗品として用意する必要があり、学校全体ではかなりのコストがかかります。HaptPencilを用いれば、一度導入後は追加費用なしで繰り返しトレーニングが可能です。
HaptPencilは振動周波数160〜320Hzのハプティックリアクタを搭載しており、窩洞形成時の器具の振動、歯を削る際の微弱な振動の変化、誤って歯茎に器具が当たった感覚などを再現できます。現実の模型では不可能な「特定部位に触れたときだけ振動を変化させる」といった教育特化型設定も可能です。つまり、リアルを超えた教育効果が得られます。
参考:HaptPencilの歯科シミュレーション活用の詳細
PR TIMES|Diver-X「HaptPencil」発表資料(2023年4月)
参考:VIRTEASY DENTALの機能・仕様の詳細
OpenDental|VIRTEASY DENTAL製品詳細ページ
歯科におけるハプティックデバイスの活用は、学生教育だけにとどまりません。インプラント手術のシミュレーションにも実用化されています。
大阪大学MEIセンターをはじめとする研究機関では、10年以上にわたりハプティックデバイスの歯科応用研究が積み重ねられてきました。その成果として、インプラント埋入位置のシミュレーションデータをハプティックデバイスに転送し、サージカルガイドのCAD設計・RP(ラピッドプロトタイピング)製作に活かすシステムが構築されています。これまでに10例以上の臨床例が報告されており、二回法・即時負荷など複数の術式に対応した実績があります。
ハプティックデバイスをインプラント手術シミュレーションに使う利点は、術前に「力の感覚」を体験できる点にあります。CT画像データを元にした3D仮想空間上でドリルを操作しながら、骨密度の違いによる抵抗感の変化や、神経・血管に近づいた際の感触変化を事前に確認できます。視覚情報だけのシミュレーションとは根本的に異なります。
また、東北大学電気通信研究所・歯学研究科・芝浦工業大学・ワコム社の共同研究チームが開発した「VirtuEleDent」は、3Dプリントした実物の歯モデルと電磁誘導方式(EMR)ハンドピースを組み合わせた新世代のXR歯切削トレーニングシステムです。このシステムは2025年3月にフランス・サンマロで開催されたIEEE VR(バーチャルリアリティの国際トップカンファレンス)で発表され、Honorable Mention Best Research Demo Awardを受賞しています。
従来の能動型ハプティックデバイスには「最大反力の限界により再現できる歯の硬さに上限がある」という課題がありましたが、VirtuEleDentは物理的な実物モデルと受動型ハプティクスを組み合わせることで、この問題を解決しています。研究は進んでいます。
| デバイス・システム名 | 主な用途 | 特徴 |
|---|---|---|
| 3D Systems Touch X | インプラントシミュレーション・支台歯形成 | 1100dpi精度、7.9N最大反力 |
| VIRTEASY DENTAL | 歯科教育・窩洞形成・患者口腔データ実習 | 120以上のエクササイズ、LMS連携 |
| HaptPencil | 歯科実習・窩洞形成・外科シミュレーション | 本体8万円(税抜)、VRゴーグル対応 |
| VirtuEleDent | XR歯切削トレーニング | 受動型ハプティクス、IEEE VR 2025受賞 |
参考:VirtuEleDentの研究概要(東北大学)
東北大学 電気通信研究所|VirtuEleDent XR歯切削トレーニングシステム
歯科の臨床実習において、模型や消耗品のコストは長年の課題です。歯の模型は1実習あたり消耗品として使い捨てになることが多く、歯学部・歯科衛生士学校・研修機関では年間を通じて相当な費用が発生します。
ハプティックデバイスを活用したVR実習システムの導入により、模型購入コストを大幅に削減できます。例えば、HaptPencilは本体8万円(税抜)+デモ用VRソフトウェア10万円+開発用SDKライセンス10万円というコスト構成になっています。一度導入してしまえば追加費用がかかりません。これが原則です。
繰り返しトレーニングができる点も見逃せません。物理模型では練習のたびに素材が削れて消耗し、同じ条件で練習し直すことができません。しかしVR+ハプティックデバイスなら、まったく同じ歯型・同じ条件で何度でもリセットして練習できます。歯学部での研究でも、ハプティックシミュレーターを使ったグループの方が、従来のマネキンシミュレーターのみを使ったグループより技術習得が早いという報告があります(PubMed: PMID 35028078)。
さらに、VR実習の大きな利点として「データとして記録・評価できる」点があります。従来の模型実習では、指導教員がそばで見ていなければ評価できませんでした。しかしVIRTEASY DENTALのようなシステムでは、圧力・速度・角度などのデータが自動的に記録され、リアルタイムにスコアとして表示されます。実習後には改善ポイントも自動で提示されます。客観的な評価が可能です。
自宅でのセルフトレーニングが可能になる点も、今後の歯科教育における重要なポイントです。HaptPencilはMeta Quest2などのVRゴーグルと組み合わせて持ち運びができるため、学生が機材を自宅に持ち帰り、自主練を行うことも可能です。こうした「時間・場所を選ばない実習」は、臨床スキル習得の機会を大幅に広げます。
ハプティックデバイスの歯科応用は、教育・トレーニング領域だけでなく、今後は遠隔手術・遠隔指導の分野でも大きな可能性を持っています。
東京医科歯科大学は2023年7月、「触覚(力覚)」を備えた手術支援ロボット「Saroa(サロア)」を用いた手術に世界で初めて成功したと発表しました。このロボットは触覚(力覚)フィードバック機能を持ち、術者がガーゼと脂肪の硬さの違いをはっきりと感じられるほどの精度があるとされています。歯科領域でも、こうした力覚付き支援ロボットへの応用研究が進んでいます。
また、熟練した歯科医師の「手の動き」と「力の加減」をハプティックデバイスで記録し、そのデータを後進が再体験できる「技術継承アーカイブ」としての活用も研究されています。テキストや動画では伝えきれない触覚情報を、体験として記録・再生するという考え方です。これは歯科技術の世界を変える可能性があります。
超音波を使ってデバイスなしで触覚を再現する「非接触型ハプティクス」の研究も進んでいます。空中に置いたボタンを触ったような感覚を超音波で再現する技術は、感染管理が重要な歯科治療室での非接触操作パネルへの応用が期待されます。
歯科シミュレーター市場全体も急速に拡大しており、VR技術との融合が市場成長の主要な要因とみられています。従来のプラスチック製タイポドントからVR没入型実習環境への移行は、消耗品削減・学習曲線の短縮・教員増員なしでの大規模クラス対応という3つの恩恵をもたらすものとして注目されています。
歯科の現場でハプティックデバイスを積極的に活用できるかどうかは、今後の技術習得スピードや教育コスト、さらには臨床スキルの質に直結します。まず触れてみることが重要です。導入や体験を検討する場合は、VIRTEASY DENTALのOpenDentalやDiver-XのHaptPencil資料請求から始めてみることをおすすめします。
参考:東京医科歯科大学・触覚ロボット手術成功の詳細プレスリリース
東京医科歯科大学|触覚を備えた手術支援ロボット「Saroa」プレスリリース
参考:産業技術総合研究所によるハプティクスの解説記事
産総研マガジン|人の触覚を惑わせる奥深い「振動」の世界
十分な情報を収集できました。記事を生成します。