顔面神経麻痺は、顔の表情筋を支配する顔面神経(第7脳神経)が障害されることで発症する疾患です。その原因はさまざまですが、最も多いのはベル麻痺とハント症候群で、全体の約75%を占めています。
ベル麻痺は特発性顔面神経麻痺とも呼ばれ、全体の60~80%を占める最も一般的なタイプです。かつては原因不明とされていましたが、現在では単純ヘルペスウイルス(HSV-1)の再活性化が主な原因と考えられています。このウイルスは初感染時に口腔から味覚神経を通じて顔面神経の膝神経節に潜伏し、ストレスや寒冷暴露などをきっかけに再活性化します。
一方、ハント症候群は水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化によって引き起こされ、全体の約15%を占めています。1907年にJames Ramsay Huntによって報告されたこの症候群は、顔面神経麻痺に加えて耳介の帯状疱疹や聴覚障害(めまい、難聴、耳鳴り)を伴うのが特徴です。
その他の原因としては、聴神経腫瘍や顔面神経腫瘍などの神経腫瘍、交通事故などの外傷、脳出血や脳梗塞などの脳血管障害、中耳炎、糖尿病などが挙げられます。これらは全体の約25%を占めています。
歯科医療従事者として重要なのは、顔面神経麻痺の症状に気づき、適切な専門医への紹介を行うことです。特に口腔内の症状(口角からの唾液漏れや食べ物の貯留など)は歯科診療中に発見できる可能性があります。
顔面神経麻痺、特にベル麻痺に対するステロイド治療は、現在のエビデンスに基づく標準的な治療法となっています。ステロイドの主な作用機序は、神経の浮腫を軽減し、それに伴う神経内圧の上昇を抑えることで、二次的な血流改善を促すことにあります。
ステロイド治療の効果については、複数の無作為化比較試験(RCT)によって検証されています。特に発症後48時間以内に治療を開始した場合、より速やかかつ完全な回復が期待できることが示されています。コクランレビューによると、ステロイド単独療法は顔面神経麻痺の回復率を有意に向上させることが確認されています。
標準的な投与方法としては、プレドニゾン60~80mg(経口)を1日1回、1週間投与した後、2週間目に徐々に減量するレジメンが一般的です。重症例では、入院の上でステロイドの高用量点滴療法が選択されることもあります。
投与に際しては、以下の点に注意が必要です:
歯科医療従事者としては、ステロイド治療を受けている患者の口腔内管理に注意を払う必要があります。ステロイド投与中は免疫機能が低下するため、口腔内感染症のリスクが高まる可能性があります。また、糖尿病患者では血糖値の上昇に注意が必要です。
顔面神経麻痺の主な症状は、顔面の片側の筋肉が動かなくなることです。具体的には以下のような症状が現れます:
歯科診療において特に注意すべき点は以下の通りです:
歯科医療従事者は、顔面神経麻痺の早期発見に貢献できる立場にあります。特に口腔内の症状(口角からの唾液漏れや食べ物の貯留など)は歯科診療中に発見できる可能性が高いため、注意深い観察が重要です。
顔面神経麻痺では、眼輪筋の麻痺により眼を完全に閉じることができなくなるため、角膜の乾燥や障害が生じやすくなります。この状態は「露出性角膜症」と呼ばれ、適切な対応がなければ角膜潰瘍や視力低下などの重篤な合併症を引き起こす可能性があります。
角膜保護の基本的な対策としては以下が挙げられます:
歯科医療従事者として知っておくべき点は、顔面神経麻痺患者の診療時には治療中も定期的に目を閉じる時間を設けるなどの配慮が必要なことです。また、長時間の開口状態を維持する処置では、口角からの唾液漏れに注意し、適宜吸引を行うことも重要です。
ドライアイ対策としては、室内の湿度管理も効果的です。特に冬季や空調の効いた環境では、加湿器の使用を患者に推奨するとよいでしょう。また、長時間のスマートフォンやパソコン使用は瞬きの回数が減少するため、意識的に瞬きを増やすよう指導することも有効です。
顔面神経麻痺の予後は、原因や重症度、治療開始のタイミングによって大きく異なります。ベル麻痺の場合、適切な治療を早期に開始すれば、約70~80%の患者が3~6ヶ月以内に完全回復するとされています。一方、ハント症候群は神経細胞の破壊が高度となるため、治癒率は約70%とベル麻痺より低くなります。
顔面神経麻痺の回復過程では、適切なリハビリテーションが非常に重要です。リハビリテーションは麻痺の時期に応じて以下の3段階に分けて行われます:
歯科医療従事者として患者に提供できるアドバイスとしては、以下のような日常生活の注意点があります:
また、歯科診療中に観察される口腔機能の改善は、リハビリテーションの効果を評価する上で貴重な情報となります。患者の回復状況に応じて、咀嚼や嚥下機能のサポートも考慮すると良いでしょう。
歯科医療従事者、特に歯科医師は顔面神経麻痺の早期発見と適切な対応において重要な役割を担っています。日常の歯科診療の中で、患者の表情の非対称性や口腔機能の変化に気づくことが、早期診断につながる可能性があります。
歯科医師が顔面神経麻痺において果たすべき役割は以下の通りです:
歯科医療の現場では、顔面神経麻痺患者の診療時に特別な配慮が必要です。例えば、長時