顔面神経麻痺と歯科治療の関連性と対策

顔面神経麻痺と歯科治療の関連性について詳しく解説します。原因や症状、診断方法から治療法まで歯科医療従事者が知っておくべき知識を網羅。歯科処置後に発症するケースもあるとされていますが、その真相とは?

顔面神経麻痺と歯科治療

顔面神経麻痺の基本知識
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原因

主にヘルペスウイルス感染や血管障害、寒冷刺激などが関与

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主な症状

片側の表情筋麻痺、口角下垂、眼瞼閉鎖不全、味覚障害など

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治療アプローチ

ステロイド薬、抗ウイルス薬、ビタミン剤、理学療法など

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顔面神経麻痺は、顔面の表情筋を支配する顔面神経(第VII脳神経)の機能障害によって生じる疾患です。片側の顔面筋の動きが制限され、表情を作ることが困難になります。この疾患は歯科診療において重要な意味を持ち、時に歯科治療との関連性が指摘されることもあります。

 

顔面神経麻痺の60~70%はBell麻痺(特発性顔面神経麻痺)と呼ばれ、明確な原因が特定できないケースが多いとされています。しかし、近年の研究ではヘルペスウイルスの感染が主な原因として考えられています。

 

顔面神経麻痺の症状と診断方法

顔面神経麻痺の主な症状は、顔の片側に現れる表情筋の麻痺です。具体的には以下のような症状が見られます:

  • 前額部のしわ寄せができない
  • 眼瞼閉鎖不全(麻痺性兎眼)
  • Bell現象(閉眼時に眼球が上転する)
  • 鼻唇溝の消失
  • 口角の下垂
  • 口笛や飲み物を吹くことができない
  • 流涎(よだれ)
  • 味覚異常
  • 聴覚過敏

診断は主に症状の観察と病歴聴取によって行われますが、より詳細な評価のために以下の検査が実施されることもあります:

  • 涙分泌検査
  • 聴覚検査
  • 味覚検査
  • 唾液分泌検査
  • 表情筋筋電図検査

末梢性と中枢性の顔面神経麻痺を区別することが重要です。中枢性の場合は前額部の動きが保たれる傾向がありますが、末梢性では前額部を含めた顔全体の麻痺が生じます。また、中枢性の場合は他の神経症状を伴うことが多いのが特徴です。

 

顔面神経麻痺の治療法とリハビリテーション

顔面神経麻痺の治療は、発症から早期(できれば1週間以内)に開始することが重要です。主な治療法には以下のものがあります:

  1. 薬物療法
    • 副腎皮質ステロイド薬:炎症を抑制し神経の浮腫を軽減
    • 抗ウイルス薬:ヘルペスウイルスの増殖を抑制
    • ビタミンB剤:神経の修復を促進
    • 末梢血管拡張薬:血流を改善
  2. 理学療法
    • 温罨法:血流改善
    • 表情筋マッサージ:筋肉の萎縮防止
    • 赤外線照射:血行促進
  3. 神経ブロック療法
    • 頸部交感神経(星状神経節)ブロック:血管拡張効果
  4. 外科的治療(重症例や回復が見られない場合)
    • 顔面神経減荷術:神経の圧迫を解除
    • 神経吻合術:損傷した神経の修復
    • 神経移植術:神経の再建

多くの場合、発症から6~8週間程度で症状は軽快しますが、重症例では回復に時間がかかることもあります。また、病的共同運動(口を動かすと目が閉じるなど)の予防のために適切なリハビリテーションが必要です。

 

歯科治療後に発症する顔面神経麻痺の特徴

歯科治療後に顔面神経麻痺が発症するケースが報告されており、その関連性について研究が進められています。九州大学歯学部口腔外科の研究によると、15年間で治療した28例のBell麻痺のうち13例が歯科処置後に発症したとの報告があります。

 

歯科処置との関連が指摘されているケースには以下のようなものがあります:

  • レジン充填後(3例)
  • 抜髄後(2例)
  • セメント合着後(2例)
  • 根管治療後(2例)
  • 抜歯後(1例)
  • スケーリング後(1例)
  • 義歯調整後(1例)
  • 消毒処置後(1例)

しかし、歯科処置の侵襲部位と顔面神経主幹の解剖学的位置関係から考えると、直接的な因果関係を証明することは難しいとされています。一方で、浸潤麻酔などの機械的刺激によって誘発された自律神経反射が関与している可能性も指摘されています。

 

歯科治療と同側に発症するケースが多いという報告もありますが、反対側に発症するケースも報告されています。このことから、直接的な物理的損傷よりも、自律神経系を介した間接的なメカニズムが関与している可能性が考えられます。

 

顔面神経麻痺患者に対する歯科治療上の注意点

顔面神経麻痺を有する患者に対して歯科治療を行う際には、以下の点に注意が必要です:

  1. 口腔衛生管理の徹底
    • 唾液分泌の減少や口腔内筋肉のコントロール不良により、プラークコントロールが困難になることがあります
    • 定期的な専門的クリーニングと自宅でのケア指導が重要です
  2. 誤咬防止の対策
    • 頬筋の麻痺により頬粘膜の緊張が保てず、咀嚼時に頬粘膜を噛んでしまうことがあります
    • 必要に応じて頬粘膜保護装置の使用を検討します
  3. 食塊貯留への対応
    • 口腔前庭に食物が貯留しやすくなるため、食後の口腔内清掃を徹底します
    • 患者に食事方法の指導を行います
  4. 局所麻酔の注意点
    • 既に麻痺がある側への局所麻酔は、症状の悪化や判断を困難にする可能性があります
    • 必要最小限の麻酔量と適切な手技で行います
  5. 心理的サポート
    • 顔面の外見や表情の変化は患者の自尊心に影響を与えることがあります
    • 共感的な対応と適切な情報提供が重要です

顔面神経麻痺の予防と早期発見のための歯科医療従事者の役割

歯科医療従事者は、顔面神経麻痺の予防と早期発見において重要な役割を担っています。以下のポイントに注意することで、リスク軽減と早期対応が可能になります:

  1. リスク評価と問診の徹底
    • 過去の顔面神経麻痺の既往
    • 免疫不全状態
    • 最近のウイルス感染
    • ストレスや疲労の状態
    • 寒冷暴露の有無
  2. 処置中の観察
    • 患者の表情の変化に注意
    • 違和感の訴えに敏感に対応
    • 局所麻酔の効果と範囲の適切な評価
  3. 早期発見のためのスクリーニング
    • 頬筋の機能評価(咀嚼時の頬粘膜の緊張状態)
    • 口腔前庭の食塊貯留の有無
    • 頬粘膜の誤咬の有無
  4. 患者教育
    • 顔面神経麻痺の初期症状についての情報提供
    • 早期受診の重要性の説明
    • 自己観察のポイント指導

歯科治療中に患者が口の周りの違和感や動きにくさを訴えた場合、または歯科医療従事者が顔面の非対称性に気づいた場合は、顔面神経麻痺の可能性を考慮し、適切な医療機関への紹介を検討すべきです。

 

特に注目すべき点として、通常の顔面神経麻痺では表情筋の麻痺が目立ちますが、頬筋のみの麻痺が生じるケースもあります。このような場合、顔貌の変化が少ないため見逃されやすいですが、咀嚼時の頬粘膜の緊張不全や食塊の口腔前庭貯留、頬粘膜の誤咬などの症状から発見できることがあります。

 

歯科医療従事者は口腔内を詳細に観察する機会が多いため、このような微細な変化に気づきやすい立場にあります。そのため、顔面神経麻痺の早期発見において重要な役割を果たすことができるのです。

 

歯科処置後に発症した顔面神経麻痺についての詳細な研究報告(日本口腔外科学会雑誌)
また、歯科治療中に発症した顔面神経麻痺に対する鍼治療の有効性を示す症例報告もあります。76歳男性の症例では、歯科治療中に口の周りに違和感が生じ、その後脳外科病院で末梢性顔面神経麻痺と診断されましたが、鍼治療により早期に改善したという報告があります。

 

歯科治療中に発症した顔面神経麻痺の鍼治療症例報告
顔面神経麻痺は、早期の適切な治療により多くの場合良好な回復が期待できます。しかし、発症から治療開始までの時間が長くなるほど、完全回復の可能性は低下します。そのため、歯科医療従事者による早期発見と適切な医療機関への紹介は、患者の予後を大きく左右する可能性があります。

 

さらに、歯科治療と顔面神経麻痺の関連性についての研究はまだ発展途上であり、今後さらなる知見が得られることが期待されます。歯科医療従事者は最新の情報を常にアップデートし、エビデンスに基づいた対応を心がけることが重要です。

 

顔面神経麻痺は患者のQOL(生活の質)に大きな影響を与える可能性がある疾患です。歯科医療従事者は口腔内の健康だけでなく、患者の全身的な健康と幸福にも配慮した包括的なケアを提供することが求められています。顔面神経麻痺に関する知識を深め、適切な対応ができるようになることは、そのような包括的ケアの重要な一部となるでしょう。