4歳未満の小児には使用できません。
アーティカイン(アルチカイン)は1970年代にドイツで開発された歯科用局所麻酔薬で、2024年9月に日本で製造販売承認され、11月20日に薬価収載されました。商品名はセプトカイン配合注カートリッジで、欧米では数十年前から使用されており、アメリカでは約40%のシェアを占める主流の麻酔薬となっています。
アーティカインの最大の特徴は、分子構造にチオフェン環を含む唯一の局所麻酔薬である点です。一般的な局所麻酔薬がベンゼン環を持つのに対し、チオフェン環を持つことで脂溶性が向上し、細胞膜や骨組織への浸透性が格段に高まっています。加えて、4%という高濃度で配合されており、従来のリドカイン製剤(2%)の2倍の濃度です。この高濃度と高い脂溶性の組み合わせが、速く、よく効く麻酔効果を実現しています。
薬物動態の面でも独特な性質を持ちます。投与後、約90%が血中の非特異的カルボキシエステラーゼにより速やかに代謝され、無毒性のアルチカイン酸となります。
半減期はわずか20分です。
他のアミド型局所麻酔薬が主に肝臓で代謝されるのに対し、血中で代謝されるため、肝機能が低下している高齢者や肝障害患者に対しても相対的に安全性が高いと考えられています。麻酔薬を反復使用する必要がある長時間の治療においても、全身への負荷が穏やかであることが利点です。
投与後24時間までに投与量の53~57%がアルチカイン及びアルチカイン酸として尿中に排泄され、そのうち95%がアルチカイン酸、2%がアルチカインとして排泄されます。腎機能が低下している患者では排泄が遅れる可能性があるため、腎機能への配慮も必要です。作用機序は神経細胞膜のナトリウムチャネルをブロックし、神経伝達を可逆的に遮断する点でリドカインと同様ですが、配合されているアドレナリンにより血管を収縮させ、薬剤の貯留時間を延長させる仕組みも備えています。
セプトカイン配合注カートリッジの詳細な薬物動態と安全性データ
歯科用局所麻酔薬として長年使用されてきたリドカインと、新たに承認されたアーティカインにはいくつかの重要な違いがあります。どちらもアミド型局所麻酔薬であるため、アミド型麻酔薬にアレルギーのある患者には両方とも使用できません。
つまり基本的な禁忌事項は共通しています。
効果の持続時間において、アーティカインはリドカインよりも明らかに長い持続性を示します。実験結果では、アーティカイン製剤の効果は約223分±77分持続しています。リドカインの作用発現時間が80~120分(アドレナリン添加で120~180分)であることと比較すると、アーティカインの方が有意に長いことが分かります。長時間の処置でも麻酔を打ち直す回数が減るため、患者の負担軽減につながります。
組織浸透性の違いも顕著です。アーティカインは骨や軟組織への浸透性がリドカインよりも高く、これは前述のチオフェン環による脂溶性の向上と、4%という高濃度配合によるものです。特に下顎大臼歯部のような骨が厚く緻密な部位においても、浸潤麻酔だけで高い麻酔効果を得られることが大きな利点となります。従来リドカインでは下顎孔伝達麻酔が必要だった症例でも、アーティカインなら浸潤麻酔のみで対応できる可能性が高まります。
麻酔成功率の面でも差があります。ある調査では、困難な歯髄麻酔においてアーティカインは95.9%の成功率を示し、リドカインの77.6%と比較して明らかに高い結果が報告されています。下顎第一大臼歯の急性歯髄炎に対する下顎孔伝達麻酔+歯根膜内麻酔の成功率は75%とされており、抜歯だけでなく抜髄に対しての有用性もリドカインより優れているという評価があります。
解離定数(pKa)はアーティカインが7.8、リドカインが7.9と非常に近い値です。これは組織のpH環境下での薬剤の挙動が類似していることを示しています。代謝経路の違いも重要で、前述のようにアーティカインは血中で速やかに代謝されるのに対し、リドカインは主に肝臓で代謝されます。そのため局所麻酔中毒のリスクは、アーティカインの方が理論的には低いと考えられます。
ただし、治療内容や部位によって最適な麻酔薬を使い分けることが重要です。上の歯や歯茎など浅い部位にはリドカインでも十分に効果がありますが、骨が厚い下の奥歯などにはアーティカインが効果的といえます。どちらが優れているというよりも、それぞれの特性を理解し、症例に応じて適切に選択することが臨床上求められます。
アーティカインの臨床効果は、欧米での長年の使用実績により十分に実証されています。薬液が骨の中へすみやかに浸透するため、麻酔が「速く、よく効く」ことが最大の特徴です。特に麻酔効果を得るのが困難とされる下顎大臼歯に対しても高い奏効率が得られ、上顎の頰側に浸潤麻酔で投与すると、口蓋側の軟組織まで麻酔効果が広がるという特性があります。
下顎での麻酔成功率について、具体的なデータを見てみましょう。下顎前歯部抜歯時の頬側浸潤麻酔のみでは、4%アーティカインと2%リドカインの麻酔効果は同等でしたが、アーティカインの使用はより効果的で予測可能な結果をもたらしました。下顎小臼歯領域への4%アーティカインの単回浸潤麻酔は、80%から87%の確率で成功した歯髄麻酔を提供し、追加の浸潤麻酔により成功率は92%~94%に向上しています。
これは臨床上非常に高い数値です。
注射の種類に応じて、アーティカインによる麻酔成功の推定確率は、リドカインより9.19パーセントポイントから32.48パーセントポイント高いことが観察されています。下顎奥歯でも「注射一本(浸潤麻酔)」で効くという点は、患者にとっても術者にとっても大きなメリットです。伝達麻酔は技術的な難易度が高く、神経損傷のリスクもあるため、浸潤麻酔のみで対応できることは安全性の向上にもつながります。
効き目が早いことも重要な利点です。投与後、麻酔効果の発現が比較的早く、治療開始までの待ち時間が短縮されます。患者の緊張状態が長く続くことを避けられるため、精神的な負担軽減にもなります。作用時間が長く、最大4時間近く効能が持続するため、長時間の治療でも安心して処置を行えます。インプラント手術や複数歯の抜歯、複雑な根管治療など、時間を要する処置において特に有用です。
海外の論文ではシステマティック・レビューも報告されており、信頼性の高いエビデンスが蓄積されています。日本では導入されたばかりで論文も限られていますが、岡山大学を中心に臨床研究が進められており、今後国内でもさらなるエビデンスの蓄積が期待されます。局所麻酔の成功率(局所麻酔薬の追加投与の必要性)がリドカインより有意に高いという報告は、日常臨床において大きな意味を持ちます。
アーティカインは一般的に安全性が高いとされていますが、使用に際してはいくつかの重要な注意点があります。
まず、4歳未満の小児には使用できません。
海外において4歳未満の幼児を対象とした臨床試験は実施されておらず、安全性が確立されていないためです。小児歯科診療においては、患者の年齢を必ず確認してから麻酔薬を選択する必要があります。
アレルギー反応への注意も必要です。アーティカインに対するアレルギー反応は稀ですが、アミド型麻酔薬に対するアレルギー歴がある患者には使用禁忌となります。リドカインなど他のアミド型局所麻酔薬でアレルギー反応を起こしたことがある患者には、アーティカインも使用できません。過敏症の既往歴がある場合は、エステル型の局所麻酔薬を検討するか、全身麻酔下での処置を考慮する必要があります。
セプトカイン配合注にはアドレナリンが添加されているため、心血管系への影響にも留意が必要です。高用量での使用や誤って静脈内投与が行われた場合には、心拍数の変動や血圧の低下が見られることがあります。高血圧、動脈硬化、心不全、甲状腺機能亢進、糖尿病のある患者及び血管攣縮の既往のある患者では、原則として慎重投与となります。アドレナリン量に多少違いはありますが、臨床的には作用、副作用、及び循環器疾患のある患者に対する注意事項はリドカイン製剤と同様と考えてよいでしょう。
神経障害への懸念も報告されています。過去の一部の報告では、アーティカイン製剤は他の局所麻酔薬と比較して神経障害が出現しやすい可能性が指摘されています。報告されている神経障害発症例の多くは下顎孔伝達麻酔が実施されており、発現部位は舌に多いとされています。原因として考えられるのは、アーティカイン濃度が4%と他の歯科用局所麻酔薬製剤と比べ高く、神経毒性を起こしやすいためです。そのため伝達麻酔を行う際は特に慎重な操作が求められます。注射針が適切に位置していないなどにより神経障害が生じることがあるため、解剖学的知識に基づいた正確な刺入が重要です。
その他の副作用として、外国の添付文書や報告から以下のようなものが挙げられています。痛み(8~13%)、頭痛(4%程度)、シリンジ内への血液吸引(3.2%)、腫脹(2.7%)、開口障害(1.6%)、顔面浮腫(1%)、感染症(1%)、歯肉炎(1%)、感覚異常(1%)、動悸(1%)、耳の痛み・中耳炎(1%)、咳(1%)などです。これらはあくまで報告された事象であり、全てに因果関係があるわけではありません。
過剰投与や誤って血管内に注入した場合、中枢神経系に影響を及ぼし、局所麻酔中毒として痙攣や意識障害などが引き起こされることがあります。ただし、アーティカインは血中で速やかに代謝されるため、血中に局所麻酔成分が貯留しにくく、局所麻酔中毒の危険性は他のアミド型局所麻酔薬と比べて低いと考えられています。それでも、ショックあるいは中毒症状をできるだけ避けるために、患者の全身状態を十分に観察し、異常が認められた場合には直ちに投与を中止し、適切な処置を行うことが必要です。
アーティカイン(セプトカイン配合注カートリッジ)の適切な使用方法を理解することは、安全で効果的な麻酔を実現するために重要です。用法及び用量について、歯科領域における浸潤麻酔又は伝達麻酔の場合、通常、成人には0.5~2.5mL(アルチカイン塩酸塩として20~100mg、アドレナリン酒石酸水素塩として0.009~0.045mg)を目安に投与します。口腔外科領域では、症例に応じて適宜増減しますが、成人における1回最大投与量は7mLとされています。
浸潤麻酔のみの場合、3.4~5.1mL(2~3カートリッジ)が目安となります。浸潤麻酔と伝達麻酔を併用する場合は、伝達麻酔として1.7mL(1カートリッジ)を投与した後、浸潤麻酔を追加します。必要十分な量を、必要最小限の刺入点から緩徐に投与し、3~5分以上待ってから処置を開始することが望ましいです。この待機時間を確保することで、麻酔効果が十分に発現し、処置中の痛みを確実に抑えることができます。
カートリッジは1本1.7mLの規格で、薬価は191.20円です。
これは原価計算方式により算定されています。
従来のリドカイン製剤(キシロカイン、オーラ注など)と比較すると、キシレステシンA注射液(カートリッジ)が79.6円/管、エピリド配合注歯科用カートリッジが66.5円/管ですから、アーティカインのコストは約2~3倍となります。ただし、麻酔効果の高さや持続時間の長さを考慮すれば、追加投与の必要性が減ることで、総合的なコストパフォーマンスは必ずしも悪くないと考えられます。
投与時の注意点として、血管内注入を避けるために吸引試験を必ず行うことが重要です。シリンジ内への血液吸引が3.2%の頻度で報告されているため、慎重な吸引確認が求められます。血管内に誤って注入すると、全身的な副作用のリスクが高まります。また、投与速度は緩徐に行い、患者の状態を観察しながら注入することで、痛みの軽減と安全性の確保が可能になります。
高齢者では生理機能が低下していることが多いため、患者の状態を観察しながら慎重に投与することが推奨されます。ただし、前述のように血中で速やかに代謝されるため、肝機能が低下している高齢者に対しても比較的安全に使用できます。妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与することとされています。授乳中の使用については、治療上の有益性及び母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続又は中止を検討する必要があります。
投与部位や手技の選択も重要です。上顎の頰側に浸潤麻酔で投与すると、口蓋側の軟組織まで麻酔効果が広がるため、通常は強い痛みを伴う口蓋への追加投与が不要になる場合があります。
これは患者の快適性を大きく向上させます。
下顎大臼歯部では、従来は伝達麻酔が必要とされていましたが、アーティカインの高い組織浸透性により浸潤麻酔のみでも十分な効果が期待できます。ただし、症例によっては伝達麻酔との併用が必要な場合もあるため、臨床的判断が求められます。
アーティカインの導入は、歯科臨床にいくつかの具体的なメリットをもたらします。
まず、患者の治療体験の改善が挙げられます。
効き目が早く、治療開始までの待ち時間が短縮されることで、患者の緊張状態が長く続くことを避けられます。診療チェアに座っている時間が短くなれば、患者の精神的負担も軽減されます。麻酔効果の持続時間が長いため、長時間の処置でも麻酔を打ち直す必要が減り、注射回数の削減につながります。
術者にとっても臨床上のメリットは大きいです。下顎大臼歯部で浸潤麻酔のみで対応できるケースが増えることで、伝達麻酔の技術的難易度や神経損傷のリスクを回避できます。特に経験の浅い歯科医師にとって、伝達麻酔は習得に時間がかかる手技ですが、浸潤麻酔で十分な効果が得られれば、より安全で確実な麻酔管理が可能になります。麻酔の追加投与の頻度が減ることで、診療時間の短縮と効率化も実現できます。
高齢者や全身疾患を持つ患者への対応においても優位性があります。血中で速やかに代謝され、肝臓への負担が少ないため、肝機能が低下している患者や複数の薬剤を服用している高齢者に対して、相対的に安全性が高いと考えられます。局所麻酔中毒のリスクが低いことも、全身管理の観点から重要です。ただし、アドレナリンが添加されているため、心血管系疾患のある患者では従来通りの注意が必要です。
歯科治療の質の向上にも寄与します。麻酔効果が確実であれば、術者は処置に集中でき、より精密な治療を提供できます。患者が痛みを感じることによる処置の中断が減り、スムーズな治療進行が可能になります。特に根管治療や歯周外科処置など、長時間かつ繊細な操作が求められる治療において、安定した麻酔効果は治療成績の向上につながります。
導入を検討する際には、コスト面も考慮する必要があります。薬価は従来のリドカイン製剤の約2~3倍ですが、麻酔成功率の向上や追加投与の削減、診療時間の短縮などを総合的に評価すれば、費用対効果は十分に見合うと考えられます。特に難症例や麻酔が効きにくい症例において、確実な麻酔効果が得られることは大きな価値があります。
欧米では数十年にわたる使用実績があり、アメリカでは40%のシェアを占める主流の麻酔薬となっています。海外の豊富なエビデンスと臨床経験に基づいて、日本でも安心して導入できる環境が整っています。新しい薬剤や技術を積極的に取り入れ、患者により良い医療を提供することは、歯科医療従事者の重要な使命です。アーティカインの特性を正しく理解し、適切な症例選択と使用方法を実践することで、歯科麻酔の質を一段階向上させることができるでしょう。
国内で新たに認可されたアルチカイン製剤の詳細(デンタルダイヤモンド)