激痛が出ると、患者は必ず根管治療が必要だと思い込んでしまいます。
急性歯髄炎は、歯髄に細菌が侵入し炎症が起きる病態です。初期段階では、冷たい飲食物や冷気により一過性の鋭い痛みが生じます。この痛みは刺激が取り除かれると数秒から数分以内に消失するのが特徴で、医学用語では「象牙質知覚過敏」に類似した反応が起こっています。
初期段階で患者が感じるのは、主に象牙質内の神経終末への冷刺激の伝導です。この段階では、歯髄組織は軽度の炎症反応を示しているものの、歯髄内圧の上昇はまだ顕著ではありません。
初期症状だけで判断すると問題ありません。
患者が「冷たいものでしみる」と訴える段階で来院した場合、その後数日以内に症状が進行する可能性があるため、経過観察が重要です。実は、この初期段階で適切な処置(虫歯除去と歯髄保護)を行うことで、神経を残せる可能性が高まります。
炎症が進むにつれて、患者の症状は劇的に変化します。温かい飲食物で強い痛みが生じるようになり、この温刺激反応は冷刺激よりも激しいのが急性歯髄炎の特徴です。医学的には、炎症の進行により歯髄内の血流が増加し、血管が拡張することで説明されます。
さらに進行すると、何もしていない状態でもズキズキと脈動する痛みが生じます。この「自発痛」と呼ばれる症状は、歯髄内圧が著しく上昇しているサインです。歯は硬い象牙質に囲まれた密閉空間であるため、炎症による腫脹が起こっても膨張する余地がなく、内部の神経と血管が圧迫されて激痛を引き起こします。この圧迫メカニズムが、急性歯髄炎の痛みが非常に強い理由です。
進行期には夜間に痛みが増す傾向があります。これは横になることで頭部への血流が増加し、炎症部位の圧力がさらに高まるためです。つまり初期段階とは異なり、この時点で患者のQOLは大きく低下します。
急性歯髄炎の激痛は、発症から2~3日でピークに達するのが医学的に報告されています。この期間、患者は市販の鎮痛薬を服用しても効果が限定的であることに気づきます。なぜなら、歯髄内部の炎症は外部からの薬剤では根本的に鎮静化できないからです。
ピークを過ぎると、一部の患者では痛みが一時的に軽減することがあります。ただし、これは「治った」のではなく、歯髄が壊死(神経が死んだ状態)に進行したサインです。壊死した神経は痛み信号を送らなくなるため、患者は症状が改善したと誤認することがあります。実際には、根の先に膿が蓄積し、根尖性歯周炎という別の炎症へ移行しているかもしれません。そのため「痛みが消えたから大丈夫」という判断は極めて危険です。
急性歯髄炎の診断には、複数の検査方法を組み合わせることが必須です。レントゲン写真では歯髄炎の有無を直接判定できませんが、虫歯の深さや範囲、過去の治療内容などの情報が得られます。
これは診断の基礎情報となります。
温度診検査では、冷たい刺激(通常は冷却スプレー)と温かい刺激(温水)を歯に応用し、その反応を評価します。初期段階では冷刺激に反応して一過性痛が生じます。
進行期では温刺激に強く反応します。
この反応パターンの変化は、炎症の進行段階を示す重要なマーカーです。
打診検査では、歯を軽く叩いたときの患者の反応を観察します。軽度の打診痛であれば可逆性歯髄炎の可能性があり、強い打診痛であれば不可逆性歯髄炎や根尖部の炎症を示唆しています。患者の訴え方と検査結果のギャップが診断精度を左右します。
電気歯髄診(EPT)は、歯に微弱な電気刺激を加えて神経の反応性を調べる検査です。ただし外傷後は一時的に反応が鈍くなるため、タイミングに注意が必要です。これらの検査結果から、神経を残せる可能性がある「可逆性」か、神経を除去する必要がある「不可逆性」かを判定します。
急性歯髄炎の原因で最も一般的なのは虫歯です。虫歯が象牙質を越えて歯髄に到達すると、虫歯菌の産生する酸性物質と毒素が歯髄を刺激し、炎症が始まります。深い虫歯治療中には、削削時の発熱が歯髄刺激となり、治療後に初めて歯髄炎症状が出現することもあります。
外傷による歯髄炎は、歯に強い外力が加わった場合に発生します。歯の破折やクラック(ひび割れ)から細菌感染が起こるパターンと、衝撃による血流遮断で歯髄が壊死するパターンがあります。外傷後は診断が困難で、一見して歯髄炎症状がなくても、数日後に症状が出現することがあります。
食いしばりや歯ぎしりが引き起こすクラックも、歯髄炎の重要な原因です。過度な咬合力によって歯に物理的なヒビが生じ、そのヒビの隙間から細菌侵入が起こります。クラック起因の歯髄炎では「噛むと痛い」という咬合痛が特徴的です。これらの原因により、患者への説明内容と治療方針が変わります。
市販の鎮痛薬(ロキソニンなど)や処方される抗生剤(アモキシシリンなど)は、急性歯髄炎の症状に対してどの程度の効果があるのでしょうか。鎮痛薬は痛覚を一時的に抑制しますが、歯髄内部の炎症そのものを鎮静化させることはできません。
医学的には、歯髄内の炎症反応は血流依存的であり、外部からの薬剤では炎症部位に十分な濃度が到達しにくいのです。そのため「痛み止めを服用しても3時間で痛みが戻ってくる」という患者の訴えは、極めて一般的です。ロキソニン600mgであっても、根本的な解決にはなりません。
抗生剤も同様で、虫歯由来の感染に対して「感染拡大を防ぐ」という補助的役割に限定されます。抗生剤で歯髄内の感染を完全に排除することはできないため、薬物療法は根管治療までの対症療法に過ぎません。市販薬で3日以上改善がなければ、速やかに歯科受診が必要です。
これが診療の経験則です。
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急性歯髄炎の症状は初期と進行で大きく異なり、発症から2~3日でピークに達する重要な特徴があります。冷刺激反応から自発痛への進行、温刺激への反応強化は、歯髄内圧上昇を示す明確なマーカーです。可逆性と不可逆性の見極めには複合的な診断検査が不可欠で、診断結果が治療方針を大きく左右します。虫歯や外傷、クラックなど原因別の対応も臨床経験に基づいています。薬物療法の限界を患者に説明し、早期受診の重要性を強調することが、患者のQOLと歯の保存率向上につながります。
参考資料:歯髄炎の症状、診断、治療法についての詳細情報
歯髄炎の激痛はいつまで続く?痛みの期間と治療法 | 吉松歯科医院急性歯髄炎のピーク期間(2~3日)と痛みのメカニズム、治療タイミングの重要性について詳しく解説しています。
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