歯科治療で感受性試験を省くと治療費が2倍になります
薬剤感受性試験は、感染症の原因となる細菌がどの抗菌薬に対して効果を示すかを調べる検査です。歯科医療の現場では、歯周病や歯性感染症の治療において抗菌薬を選択する際に、この試験結果が重要な判断材料となります。
この検査の最大の目的は、患者さんに最も効果的な抗菌薬を選択することです。単に「効く薬」を探すだけでなく、薬剤耐性菌の出現を防ぐという公衆衛生上の意義も持っています。日本では2016年にAMR対策アクションプランが策定され、医科だけでなく歯科においても抗菌薬の適正使用が求められるようになりました。
歯周病学会のガイドライン2020では、抗菌薬投与を行う場合は経験的投与を回避し、細菌検査や感受性試験を実施して目標とする細菌に有効な抗菌薬を慎重に選択することが推奨されています。これは個人防衛(有効性と安全性)、集団防衛(耐性菌対策)、社会防衛(医療費抑制)という三つの観点から重要です。
日本歯周病学会「歯周病患者における抗菌薬適正使用のガイドライン2020」では、抗菌薬の適正使用における感受性試験の位置づけについて詳細に解説されています。
検査を実施しないまま経験的に抗菌薬を投与すると、効果が得られない場合に治療期間が長期化し、結果として医療費が増大するリスクがあります。検査費用は保険適用で数百円程度ですが、適切な薬剤選択により治療期間を短縮できれば、トータルの医療費は大幅に削減できることになります。
つまり検査実施が経済的です。
薬剤感受性試験には主に二つの方法があります。ディスク拡散法と最小発育阻止濃度(MIC)測定法です。
ディスク拡散法は、寒天培地上に一定量の細菌を塗布し、抗菌薬を含んだ円形のディスク(直径約6mm、切手サイズの半分程度)を置いて培養します。抗菌薬が培地に拡散し、細菌の増殖を阻止した部分が阻止円として観察されます。阻止円が大きいほど、その抗菌薬に対する感受性が高いことを意味します。
この方法のメリットは、簡単に複数の薬剤を同時に検査できることです。費用も比較的安価で、病医院独自の薬剤セットを組めるため、歯科臨床で使用頻度の高い抗菌薬に絞った検査が可能です。
MIC測定法は、2段階に希釈した抗菌薬の培地に細菌を接種し、細菌の増殖が認められない最小濃度を測定します。この数値が低いほど少量の薬剤で効果が得られることを示します。たとえばMIC値が1μg/ml以下であれば、通常の投与量で十分な効果が期待できます。
検査結果が出るまでの時間は、細菌の培養に2〜3日、同定検査に2〜4日、薬剤感受性試験に3〜7日程度かかります。
合計すると約5〜10日間です。
この期間は菌の発育速度によって異なり、発育の遅い菌ではさらに時間がかかることもあります。
結果判明に時間がかかります。
この待機期間中は、広域スペクトルの抗菌薬を経験的に投与し、検査結果が出てから最適な抗菌薬に変更するのが一般的な対応です。急性症状がある場合は、初期治療として外科的消炎処置を優先し、抗菌薬は補助的に使用します。
検査結果は通常、S(感受性)、I(中間)、R(耐性)の三段階で判定されます。
S判定は「Susceptible(感受性)」を意味し、その抗菌薬が有効であることを示します。通常の投与量で十分な治療効果が期待できるため、第一選択薬として使用できます。歯周病治療では、アモキシシリン水和物やクラリスロマイシンなどがS判定を得ることが多い抗菌薬です。
I判定は「Intermediate(中間)」で、標準投与量では効果が不十分な可能性があることを示します。ただし、投与量を増やしたり、感染部位への移行性が良好な場合は効果が得られることもあります。
臨床判断が必要な段階です。
R判定は「Resistant(耐性)」で、その抗菌薬は効果が期待できないことを意味します。たとえ大量投与しても治療効果は得られないため、他の抗菌薬への変更が必須です。R判定の薬剤を継続使用すると、治療が長期化し耐性菌をさらに増やす原因になります。
MIC値で判定する場合、一般的にMIC値が1桁(8μg/ml以下)であれば有効とされます。たとえばMIC値が0.5μg/mlと4μg/mlでは、同じS判定でも前者の方が少量で効果が得られることになります。
グラム陰性桿菌の場合が基本です。
注射剤で大量投与できる薬剤については、MIC値が高くても判定が有効となる場合があります。これは血中濃度を高く維持できるため、多少MIC値が高くても臨床的に効果が期待できるからです。
検査結果を読む際は、菌種と抗菌薬の組み合わせによって判定基準が異なることにも注意が必要です。CLSI(米国臨床検査標準委員会)やEUCAST(欧州抗菌薬感受性試験委員会)などの国際基準に基づいて判定されており、判定基準は定期的に更新されています。
歯周病治療における抗菌薬投与では、感受性試験の実施が治療成績を大きく左右します。特に進行した歯周炎や難治性の症例では、検査結果に基づいた抗菌薬選択が重要になります。
ある臨床研究では、細菌検査と感受性試験を実施した群と実施しなかった群を比較したところ、実施群では歯周ポケットの改善率が約20〜30%高く、治療期間も平均で2〜3週間短縮されたという報告があります。この差は、原因菌に対して最適な抗菌薬を選択できたことによるものです。
逆に、感受性試験を実施せずに経験的に抗菌薬を投与した場合、約15〜20%の症例で初回選択薬が無効となり、薬剤変更が必要になるというデータもあります。この場合、追加の治療費用と患者さんの負担が増加することになります。
初回選択が重要になります。
歯性感染症の治療においても同様です。感受性試験の結果に基づいて抗菌薬を選択することで、3日以内に症状改善が得られる割合が高くなります。逆に耐性を示す抗菌薬を使用し続けると、感染が増悪し外科的処置の追加が必要になることもあります。
日本感染症学会・日本化学療法学会「JAID/JSC感染症治療ガイドライン2016―歯性感染症―」では、抗菌薬効果判定の目安は3日とし、増悪の際は外科的消炎処置の追加や他剤への変更を考慮することが推奨されています。
特に糖尿病患者や免疫抑制状態にある患者では、感受性試験の実施がより重要です。これらの患者では感染のコントロールが難しく、不適切な抗菌薬選択は全身状態の悪化につながる可能性があるためです。
細菌薬剤感受性検査の保険点数は、1菌種で160点、2菌種で170点、3菌種以上で310点(令和6年度診療報酬改定後)です。検査判断料として微生物学的検査判断料150点が別途加算されます。
重要な注意点として、この検査は「菌が検出された場合」にのみ算定できます。培養検査を実施したが菌が検出できなかった場合は、感受性試験は実施できないため算定できません。また、疑い病名では算定が認められていないため、起因菌が特定された確定診断名が必要です。
算定のタイミングも重要です。培養検査と感受性試験の結果が同月内に出た場合、感受性試験は結果が出た日に実日数で算定し、費用は次回来院時に請求します。月をまたぐ場合はそれぞれの月に算定できますが、適切なレセプトコメントが必要です。
月またぎの場合は注意が必要です。
薬剤耐性菌が検出された場合は、薬剤耐性菌検出として50点が加算されます。これは基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)などの検出時に該当します。
歯科臨床で感受性試験を外部検査機関に依頼する場合、検体採取から結果報告までの流れを患者さんに説明することが大切です。結果が出るまでの期間、暫定的な抗菌薬投与を行うのか、外科処置で対応するのかを事前に決めておくと、患者さんの理解と協力が得られやすくなります。
検体採取のタイミングも治療成績に影響します。歯周ポケットからの検体採取では、ポケット内を十分に清掃してから滲出液や歯肉縁下プラークを採取することで、より正確な原因菌の検出が可能になります。表面の汚染菌だけを採取してしまうと、真の原因菌が特定できない可能性があります。
採取方法で結果が変わります。
感受性試験の結果を電子カルテやクラウドシステムで管理し、過去のデータと比較できるようにしておくと、再発時や再治療時の抗菌薬選択に役立ちます。同じ患者さんでも、時期によって原因菌や薬剤感受性パターンが変化することがあるため、定期的な評価が推奨されます。