「慣れる」という目標を書いた実習生は、指導者の評価シートで1(劣る)をつけられやすいです。
臨床実習の目標には2種類あります。まず理解しておきたいのは、「一般目標(GIO)」と「到達目標(SBOs)」という2層構造です。これは日本歯科衛生士会が発行した「臨地実習指導マニュアル(改訂版)」にも明記されており、全国の養成校・実習先で共通して使われている考え方です。
一般目標(GIO:General Instructional Objective)とは、実習が終わった時点で期待される「大きな成果」のことです。「医療人としての人間性や倫理観、コミュニケーション能力を習得する」や「歯周病を予防し、人々の歯・口腔の健康を維持・増進するために専門的な知識・技術・態度を習得する」といった形で表現されます。つまり、目的と言い換えてもいいでしょう。
一方、到達目標(SBOs:Specific Behavioral Objectives)は、一般目標を達成するために「具体的に何ができるようになるか」を細分化したものです。「実習生としての身だしなみ・姿勢・言葉遣いを身につけて行動する」「守秘義務を遵守できる」「患者を尊重し、受容的・共感的態度で接する」などがその例として挙げられます。
つまり一般目標が大枠です。その一般目標を達成するための具体的なアクションが到達目標と覚えておけば迷いません。実習日誌に書く「今日の目標」は、到達目標レベルに落とし込んだ具体的な行動・態度・技術を記述するのが基本です。
この2層構造を理解せずに「アシストを頑張る」「積極的に動く」と書いてしまうと、指導者から見て「何をもって達成とするのか判断できない」と評価されやすくなります。指導者は、4段階評価(4:よくできる/3:できる/2:やや劣る/1:劣る)で学生を採点していますが、曖昧な目標では採点自体ができないためです。
実習日誌の目標欄は「行動+結果」のセットで書くと明確になります。たとえば「治療内容に合わせた器具の準備を、指示なしに1回以上できるようにする」「患者さんへの声かけを自分から行い、スタッフから指摘を受けないようにする」など、「行動」と「確認できる基準」をセットで書くのが効果的です。
参考:日本歯科衛生士会が公式に発行している実習指導マニュアル。一般目標・到達目標・評価基準表が分野別に網羅されており、指導者・学生双方にとって標準的な参照資料です。
公益社団法人 日本歯科衛生士会「臨地実習指導マニュアル(改訂版)」
日本歯科衛生士会のマニュアルには、臨床実習の各分野に対して具体的な到達目標が設定されています。分野は大きく「医療人としての基本姿勢」「う蝕予防処置」「歯周病予防処置」「歯科保健指導」「チェアサイドでのアシスタント」「歯科材料の取り扱い」「医療安全管理」の7つに分類されます。
それぞれの代表的な到達目標を整理すると、以下のようになります。
| 分野 | 代表的な到達目標(例) |
|---|---|
| 🧑⚕️ 医療人としての基本姿勢 | 身だしなみ・言葉遣い・守秘義務・報告連絡相談ができる |
| 🦷 う蝕予防処置 | フッ化物歯面塗布の術式を説明・準備・実施できる |
| 🦠 歯周病予防処置 | スケーラーの種類と使用目的を説明し、超音波スケーラーの準備ができる |
| 📢 歯科保健指導 | 対象者に応じた口腔清掃指導・食生活指導ができる |
| 🪑 チェアサイドアシスタント | 診療に応じた器具の受け渡し・バキューム操作ができる |
| 🧪 歯科材料の取り扱い | 合着材・印象材などの練和・準備ができる |
| 🛡️ 医療安全管理 | 標準予防策の実施・バイタルサインの測定ができる |
実習日誌の目標は「今日の実習ではこの分野のどこを意識するか」を明確にするものです。全分野を網羅する必要はなく、その日の実習内容に合わせて1〜2項目に絞るのが基本です。「今日はチェアサイドアシスタントで器具の受け渡しを正確に行う」「歯周病予防処置のスケーラーの種類を説明できるようにする」のように、分野名を入れると指導者が評価しやすい目標になります。
また、評価表には「★重要な項目」と明示された項目があります。これらは4段階評価の優先順位が高い項目で、たとえばチェアサイドアシスタントでは「器具の受け渡し」「バキューム操作」「滅菌器械の管理」などがそれにあたります。目標をどこに絞るか迷ったときは、★マークのついた項目から選ぶと指導者にとっても評価しやすくなります。
参考:実習の自己評価シートとして活用できる日本歯科衛生士会の公式資料。分野別の評価基準と自己採点欄を含む。
目標の良し悪しは、「行動の具体性」と「評価できるかどうか」で決まります。多くの学生が陥りがちな「感想レベルの目標」と「評価されやすい目標」を並べて比べてみましょう。
| ❌ 評価されにくい目標 | ✅ 評価されやすい目標 |
|---|---|
| 慣れる | 歯科用ユニットの準備を、指示なしに正しい順序でできるようにする |
| 積極的に動く | 器具の受け渡しで、ドクターの動きを見て先読みした対応を1回以上行う |
| アシストを頑張る | バキューム操作の位置を、スタッフに直しを求められないレベルで維持する |
| 患者さんと話す | 患者さんへの声かけを自分から最低1回以上行い、返答を引き出せるようにする |
| 礼儀正しくする | 挨拶・返事を明瞭に行い、スタッフから指摘を受けないようにする |
ポイントは3つあります。まず「主語が自分」であること、次に「行動が動詞で表現されていること」、そして「達成・未達成の判断ができる基準を含んでいること」です。この3点が揃うと、指導者は実習終了後に評価シートをつけやすくなります。実習を受け入れる側の歯科衛生士にとっても、学生の目標が明確な方が個別に適切な指導がしやすいという現場の声もあります。
曖昧な目標は考察も曖昧になります。「慣れる」という目標に対して「慣れた・慣れなかった」という考察しか書けなくなるためです。具体的な目標があってこそ、「できた理由」「できなかった原因」「次の行動」が書ける考察につながります。
太陽歯科衛生士専門学校の教務課長・山田美穂先生も「目標は慣れるではなく、医院の環境・器具の準備・患者さんとの接し方など、具体的に何に慣れたいのかを書くことが重要」と指摘しています。週間目標と日目標を使い分ける養成校も多く、週間目標は少し広めに、日目標は1日の実習内容にあった具体的な行動に絞るのが効果的です。
参考:実習日誌の書き方・目標の立て方・考察の違いについて、専門学校の講師が解説している実践的な記事。
クオキャリア「歯科衛生士学生 学校生活の極意【実習日誌編#4】」
考察と感想は似ているようで、まったく別のものです。実習日誌でよく見られる「今日はバキュームの位置が難しかったです。次はうまくやれるようにしたいと思います」という文章は感想であり、考察ではありません。これが実習記録の中で最も誤解されている部分です。
考察とは「客観的な事実をもとに、なぜその結果が起きたのかを分析し、次の行動を導き出すこと」です。上記の感想を考察に変えると、「バキュームを持つタイミングが遅れたため、ドクターの処置中に位置を3回修正してもらった。ドクターのスケーラー操作のどの段階でバキュームを移動させるべきかを、事前に確認する必要がある」という形になります。
考察を書くためのステップを整理すると次のようになります。
この「事実→原因→行動」の流れに沿うと考察は書きやすくなります。考察が書けると、次の日の目標も自然に決まります。「昨日できなかった原因を今日の目標で克服する」という連動が生まれることで、実習日誌が「成長の軌跡」として機能するようになります。
指導者は一日分の記録だけでなく、日々の変化も見ています。初週は「バキュームが遅れた」、翌週は「事前確認で1回に改善した」という変化が記録に残っていると、「よく改善している」という評価につながります。
また、クオキャリアの実習日誌連載で専任講師の山田先生が述べているように、「成功体験も、何をしたからうまくいったのかを考えること」が考察です。失敗だけでなく、成功についても「なぜうまくいったのか」を書くことで、再現性のある技術・態度として定着します。
参考:考察の書き方と感想との違い、目標設定のポイントを図解・対話形式で解説している実践的な記事。
シカカラDH+「もう二度と実習レポートに悩まない!良いレポートが書ける3つのポイント」
ここは検索上位にはほとんど書かれていない、指導者側の視点からの話です。実習生が「目標を立てられない」のは、多くの場合、学生本人の問題だけではありません。受け入れ側が目標を共有していないことが原因になっているケースが少なくないからです。
日本歯科衛生士学会の研究誌に掲載された論文「歯科衛生士予防歯科臨床実習の学生自己評価を利用した検討」でも、「実習内容のなかで指導者側が最終目標として設定した項目と、学生にとっての最終目標が一致していなかった可能性がある」という指摘がなされています。つまり、指導者と学生の間で「何をゴールとするか」がずれていると、どれだけ学生が目標を立てても評価がかみ合わない事態になるということです。
この「目標のズレ」を防ぐために効果的なのが、実習初日に「今週の目標を口頭で確認する5分間」を設けることです。実習生が「今週の目標はこれです」と述べ、指導者が「では、こういう場面で意識してみて」と応答するだけで、方向性が合います。
また、日本歯科衛生士会の「臨地実習 自己評価表」には、学生自身が実習後に自己採点する欄が設けられており、指導者の評価と学生の自己評価を比較することで、認識のズレを可視化できます。たとえば「4:よくできる」と自己評価した項目に対して指導者が「2:やや劣る」をつけていたとすれば、どこの認識がずれているかを話し合うきっかけになります。
自己評価と他者評価が一致していない学生ほど、目標設定も曖昧になりやすいというデータもあります。
また、指導者が学生へのフィードバックを「言いっぱなし」にしていると、学生はそれを「指導内容:なし」と記録することがあります。マイナビの実習記録解説記事でも指摘されているように、「指示されたこと」と「その理由」をセットで学生に伝える習慣が、記録の質と目標の具体性を高める鍵になります。
受け入れ側の歯科医院や指導担当DHが「学生の目標を先に聞く」という1ステップを加えるだけで、実習の密度は大きく変わります。これは意外と見落とされている視点です。
参考:歯科医院向けに実習生の受け入れ・指導の観点からも解説されている記事。目標管理の考え方も参照できます。
マイナビ「歯科衛生士の実習記録の書き方〜見られているポイントと上達のコツ〜」
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