毎日歯を磨いているのに、歯周病菌はほぼ消えていません。
ポルフィロモナス・ジンジバリス(学名:Porphyromonas gingivalis、以下Pg菌)は、歯周病の原因となる細菌のなかでも最も病原性が高いとされる菌です。日本細菌学会の資料によると、Pg菌は「偏性嫌気性」、つまり酸素のある環境では生きられない細菌で、歯周ポケットの奥深くや歯石の内部のような低酸素状態の場所で活発に増殖します。
Pg菌の大きな特徴のひとつは、糖を栄養源として利用できないことです。代わりにタンパク質を分解して栄養を得るため、歯肉(歯ぐき)や血液中のヘモグロビン、さらには体の免疫に使われるタンパク質まで"食べて"しまいます。これが歯周組織の破壊につながります。
Pg菌が持つ最も危険な武器が「ジンジパイン」と呼ばれるタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)です。このジンジパインは次のような多様な悪さをします。
また、Pg菌は「キーストーン病原体」とも呼ばれます。これは、Pg菌自体の数は多くなくても、周囲の比較的無害な常在菌を病原性の高い菌へと変えてしまう特殊な役割を持つという意味です。言い換えると、Pg菌は「菌のグループのリーダー格」であり、少量でも存在するだけで口腔内環境を悪化させてしまいます。これは意外な事実です。
Pg菌は「レッドコンプレックス」と呼ばれる最重要歯周病原菌グループの1つでもあります。タンネレラ・フォーサイシアとトレポネーマ・デンティコラとともに3種で構成されており、この3種が揃った口腔内では歯周病が急速に進行するとされています。
参考:日本細菌学会によるPg菌の詳細解説(病原因子・ジンジパインの構造など)
日本細菌学会|口腔細菌(ポルフィロモナス・ジンジバリス)解説PDF
Pg菌の殺菌が難しい最大の理由は「バイオフィルム」の存在です。バイオフィルムとは、複数の細菌が集まって形成するネバネバとした粘着性の膜(いわゆる歯垢・プラーク)のことで、キッチンの排水口や浴槽に付くぬめりをイメージするとわかりやすいです。
バイオフィルムの恐ろしさは、中の細菌を外部の攻撃から守るバリア機能にあります。プラーク1mg中にはおよそ1〜2億個もの細菌が存在していますが、このバイオフィルムが形成されてしまうと、市販の洗口液(マウスウォッシュ)の殺菌成分はバリアの奥にまで届きにくくなります。強いうがいをしても、バイオフィルムは物理的にこすり取らなければ除去できません。
そのうえ、Pg菌は酸素を嫌うため歯周ポケットの奥深くへと逃げ込みます。歯周ポケットが4mm以上の深さになると、歯ブラシの毛先が物理的に届かなくなります。東京ドームを例に挙げると、歯周ポケットは深さわずか数ミリですが、その内壁の表面積は歯ブラシには届かない構造になっています。
なお、よく使われる殺菌成分にはそれぞれ特性があります。
| 成分名 | 略称 | 特徴 |
|---|---|---|
| イソプロピルメチルフェノール | IPMP | バイオフィルム内部への浸透性が高く、Pg菌への殺菌効果が期待される |
| 塩化セチルピリジニウム | CPC | 浮遊細菌への殺菌効果は高いが、バイオフィルムの深部への浸透は限定的 |
| グルコン酸クロルヘキシジン | CHX | 広範囲の抗菌効果を持つが、日本では濃度規制がある |
市販品でよく見かけるCPCは口臭や浮遊細菌には効果的ですが、バイオフィルムに潜むPg菌への効果は限定的です。つまり「殺菌効果あり」と書いてある歯磨き粉でも、Pg菌をゼロにはできないということです。歯磨き粉だけが対策とは言えません。
IPMP配合の薬用歯磨き粉(例:ライオン「システマ」シリーズなど)はバイオフィルムへの浸透性が評価されており、歯周病ケアを重視するなら成分を確認して選ぶことが重要です。
参考:殺菌成分CPC・IPMPの違いと歯周病ケアへの使い方
福永歯科医院|歯磨き粉の成分「CPC」「IPMP」って?選び方の解説
Pg菌を完全に根絶するのは不可能とされています。なぜなら、Pg菌は口腔内の常在菌のひとつであり、「いなくなる」のではなく「増やさない・減らし続ける」ことが正しい目標です。これが基本です。
その前提に立ったうえで、殺菌・除菌に有効とされる3つのアプローチを紹介します。
① セルフケア:歯ブラシ+補助清掃具の徹底
毎日の歯磨きはPg菌対策の出発点です。ただし、歯ブラシ単体では歯と歯の間やポケット内部の清掃には限界があります。デンタルフロスや歯間ブラシを組み合わせることで、歯間部(歯と歯の間)のバイオフィルムをこすり取ることが可能になります。
また、舌の上もPg菌を含む細菌の温床になります。鶴見大学の花田信弘教授によると、朝起きてすぐに軟らかい専用器具で舌磨きをすることが、口腔内細菌を減らす上で効果的とのことです。朝起きてすぐが肝心です。
② 歯科医院でのPMTC(専門的クリーニング)
PMTC(プロフェッショナル・メカニカル・ティース・クリーニング)は、歯科医師や歯科衛生士がラバーやプラスチック製の専用器具を使って、歯の表面に付着したバイオフィルムや歯石を除去するプロ向けのクリーニングです。
自己流の歯磨きでは取りきれなかった歯石がたまると、その周囲にさらに細菌が付着しやすくなります。1〜2ヶ月に1回のペースでPMTCを受けると、Pg菌の数を一定レベルに抑えやすくなります。これは使えそうです。
③ 3DS(デンタル・ドラッグ・デリバリー・システム)による選択的除菌
3DSとは、患者の歯型に合わせて作ったマウスピース(トレー)に殺菌薬を充填し、歯周ポケットの奥まで薬剤を届けてPg菌を殺菌する治療法です。Pg菌を「完全に滅菌できる」とされる治療として注目されています。
ただし、3DSはまだ保険適用外のため、治療費は全額自己負担となります。治療費は歯科医院によって異なりますが、保険診療よりも高くなるのが一般的です。費用の面が課題です。また、一部の歯科医院でしか対応していないため、事前に確認が必要です。
参考:Pg菌の選択的除菌・3DSと口腔ケアの最新情報(鶴見大学歯学部 花田信弘教授監修)
パラマウントベッド|全身疾患や認知症の予防効果に期待 歯周病菌を減らす口腔ケア
「歯周病は口だけの問題」と思っている方は多いですが、それは大きな誤解です。Pg菌は歯肉から出血した血管を通じて全身へと侵入し、さまざまな臓器や組織でダメージを引き起こすことがわかっています。
最も注目されているのが、アルツハイマー型認知症との関係です。アルツハイマー型認知症の患者の海馬(記憶に関わる脳の部位)から、Pg菌のタンパク質分解酵素(ジンジパイン)が検出されています。また、認知症患者の脳に蓄積するアミロイドβにジンジパインが結合していること、さらにPg菌の毒素がアミロイドβの増殖を促進することも最近の研究で報告されました。
九州大学の研究では、マウスにPg菌を3週間連続投与すると、血液脳関門(脳の血管と脳組織の間の物質輸送を制限する機能)を突破してアミロイドβが脳内で増加し、記憶障害が誘発されることが確認されています(2020年発表)。健康な人の脳組織からは検出されなかったことも、意義深いデータです。
心臓・血管への影響も無視できません。Pg菌が血管内プラーク(血管壁にできるコブ状の詰まり)の形成に関与することが確認されており、動脈硬化や心筋梗塞・脳梗塞のリスクが高まるとされています。国内の複数の歯科研究機関で、心臓弁や動脈の病変部からPg菌が検出された報告があります。
あまり知られていない影響として「早産・低体重児出産」があります。Pg菌が血流を通じて子宮内へ到達すると、免疫細胞が過剰反応して子宮収縮ホルモンが急激に増加し、早産を引き起こすリスクが高まります。妊娠中の方は特に、歯周病ケアが母体だけでなく赤ちゃんの健康にも直結すると覚えておく必要があります。
さらに糖尿病との双方向の関係も重要です。Pg菌が引き起こす炎症が血糖を下げるインスリンの働きを妨げて血糖値を上昇させ、逆に糖尿病が悪化すると免疫力が落ちてPg菌が増殖しやすくなるという悪循環が起こります。歯周病と糖尿病は切り離せない関係です。
| 全身疾患 | Pg菌との関連 |
|---|---|
| アルツハイマー型認知症 | 脳内にジンジパイン・アミロイドβが検出。記憶障害への関与が研究で示される |
| 心筋梗塞・脳梗塞 | 血管内プラーク形成に関与。動脈硬化を促進 |
| 糖尿病 | 炎症によるインスリン抵抗性の悪化。双方向の悪循環が存在 |
| 早産・低体重児出産 | 子宮内への侵入で子宮収縮ホルモンが過剰分泌 |
| 誤嚥性肺炎 | 口腔内細菌が気道・肺へ誤って流入することで炎症を引き起こす |
参考:Pg菌と認知症・全身疾患の関係を詳しく解説
中村歯科医院(立川)|歯周病と全身の健康に関係する理由
Pg菌を増やさないための日常ケアは、正しい方法で行えば大きな効果があります。ただし、「なんとなく磨いている」だけでは不十分です。
まず、歯磨きのタイミングと方法を見直すことが重要です。Pg菌は血液を栄養源として増殖するため、歯肉から出血しやすい状態を作らないことが大切です。歯ブラシは歯と歯ぐきの境目(歯周ポケットの入口)に45度の角度で当て、小刻みに動かすことで、バイオフィルムを物理的に崩す効果が高まります。力を入れすぎると歯肉を傷つけて出血の原因になり、Pg菌の増殖を逆に助けてしまいます。力を入れすぎは逆効果です。
次に補助清掃具の選び方です。歯と歯の間はフロスか歯間ブラシで清掃します。歯間の隙間が小さい方はフロス、歯ぐきが下がって隙間が広がっている方は歯間ブラシが適しています。どちらを使えばよいか迷う場合は、歯科衛生士に確認するのが最も確実です。
洗口液を使う場合は、IPMP配合のものを選ぶとバイオフィルムへの浸透性が期待できます。ただし、洗口液単体でバイオフィルムを除去できるわけではありません。洗口液はあくまで補助ツールです。物理的な歯磨きと組み合わせて使うことで、はじめて効果が発揮されます。
Pg菌の増殖には、免疫力の低下も大きく関係しています。成人の40〜50%はPg菌を保菌しているとされていますが、若く免疫力が十分な状態であれば菌の増殖が抑えられます。逆に、一人暮らしや不規則な食生活で栄養バランスが崩れると、若い方でも歯周病が進行するケースがあります。バランスの良い食事が口腔内環境を守る土台です。
以下に、日常ケアのポイントを整理します。
定期的な歯科受診は「歯が痛くなってから行く場所」ではありません。Pg菌は痛みを感じない段階から静かに増え続けます。サイレントディジーズとも呼ばれるゆえんです。早期の段階でPg菌を減らし続けることが、歯だけでなく全身の健康を守る最善の選択につながります。
参考:Pg菌の増殖を抑えるための口腔ケア解説(歯科医師による監修コラム)
鶴見歯科医院コラム|歯周病の進行に大きな影響を与えるPg菌の怖さとは