循環腫瘍細胞と血中がん細胞検査の最新動向

循環腫瘍細胞(CTC)は血液中を流れるがん細胞で、転移や再発のリスク評価に重要です。最新の検出技術や臨床応用について解説します。あなたの診療に循環腫瘍細胞検査をどう活かしますか?

循環腫瘍細胞と検査方法

循環腫瘍細胞(CTC)の基本情報
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CTCとは

原発腫瘍から血中に放出されたがん細胞で、転移の過程で重要な役割を担います

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検出の難しさ

血液1mlあたり数個〜数十個程度と極めて少なく、高感度な検出技術が必要です

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臨床的意義

がんの早期発見、転移リスク評価、治療効果モニタリングなどに活用されています

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循環腫瘍細胞の基本的特徴と転移メカニズム

循環腫瘍細胞(CTC:Circulating Tumor Cells)とは、原発腫瘍から離脱して血液中を循環するがん細胞のことです。がんは通常、上皮組織から発生し、基底膜を分解しながら組織浸潤を起こします。その過程で血管やリンパ管に侵入したがん細胞が血中を循環し、これがCTCとなります。

 

CTCは転移のプロセスにおいて重要な役割を果たしています。がん細胞が血管内に入り込み、血流に乗って体内を移動し、別の臓器で増殖することで転移が成立します。このプロセスでは、CTCが自身の細胞死を防ぎ、新たな転移巣を形成するために様々な環境に適応可能な多様な表現型を獲得します。

 

特に注目すべきは上皮間葉転換(EMT:Epithelial-mesenchymal transition)と呼ばれる現象です。EMTは上皮系細胞が間葉系の性質へと転換するプロセスで、これによって細胞の遊走能や浸潤能が向上します。EMTに伴い、細胞表面に発現する分子も変化し、上皮系マーカーであるEpCAM(Epithelial Cell Adhesion Molecule)の発現が低下または消失することがあります。

 

CTCの数は非常に少なく、血液1mlあたり約数十億個の血球に対して、わずか数個から数十個程度しか存在していないと言われています。この希少性がCTCの検出を困難にしている要因の一つです。

 

循環腫瘍細胞の検出技術と最新手法

CTCの検出は技術的に非常に困難ですが、近年様々な検出法が開発されてきました。主な検出方法は以下のように分類できます。

 

  1. 免疫学的手法
    • 抗EpCAM抗体を用いた磁気ビーズ法(EpCAMエンリッチ法)
    • 免疫細胞染色
    • 免疫蛍光染色
    • FISH(蛍光in situハイブリダイゼーション)
    • フローサイトメトリー
  2. 物理的特性に基づく方法
    • サイズベース分離法
    • 密度勾配遠心法
    • マイクロ流体デバイス法(Microfluidic Chip)
  3. 分子生物学的手法
    • RT-PCR(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)
    • 次世代シーケンシング

特に注目されているのが、Microfluidic Chipを用いた方法(微小流路デバイス法)です。この技術は、がん細胞と血球の大きさの違いを利用して分離するもので、赤血球や白血球は細孔を通過させながら、8μmを超える大きさのがん細胞を捕捉します。この方法は、EMTを起こしてEpCAMの発現が低下したCTCも検出できるため、従来のEpCAMエンリッチ法よりも高感度であるとされています。

 

また、近年注目されているのがCTCクラスターの検出です。CTCは単一細胞だけでなく、複数の細胞が集まったクラスターとしても血中に存在することがあり、このCTCクラスターは単一のCTCよりも転移能が高いと考えられています。

 

循環腫瘍細胞検査の臨床応用と予後予測

CTCの検出・解析は、がん診療において様々な臨床応用が期待されています。主な応用分野は以下の通りです。

 

  1. 早期診断
    • 画像診断では検出できない微小ながんの存在を示唆
    • 健診における新たなスクリーニング手法としての可能性
  2. 予後予測
    • CTC数と予後の相関関係が複数のがん種で報告
    • 転移リスクの評価指標として活用
  3. 治療効果のモニタリング
    • 治療前後でのCTC数の変化による効果判定
    • 早期の治療反応性評価が可能
  4. 治療方針の決定
    • CTCの遺伝子解析による個別化医療への応用
    • 薬剤感受性試験による最適な治療薬の選択

特に乳がん領域では、CTCの臨床的有用性に関する研究が進んでいます。2018年のサンアントニオ乳がんシンポジウムで発表されたSTIC CTC第3相臨床試験では、エストロゲン受容体陽性(ER+)、HER2陰性(HER2-)転移乳がんの一次治療として、ホルモン療法か化学療法を選択する際に、血中循環腫瘍細胞数が参考になる可能性が示されました。

 

また、日本遺伝子研究所の調査によると、2016年から2021年2月までにCTC検査を行った健常者1238名中のCTC数は、0個が1144名、1個が86名、2個が6名、3個が2名という結果が報告されています。健常者でもごく少数のCTCが検出されることがあるため、その数や特性の詳細な解析が重要となります。

 

循環腫瘍細胞と歯科領域の関連性

歯科医療従事者にとって、循環腫瘍細胞(CTC)の知識がなぜ重要なのでしょうか。実は、口腔がんや頭頸部がんの診断・治療においても、CTCの検出が新たな可能性を開いています。

 

口腔がんは早期発見が難しいがん種の一つであり、発見時にはすでに進行している場合も少なくありません。歯科診療の場で定期的に口腔内を診察する歯科医師は、口腔がんの早期発見において重要な役割を担っています。CTCの検出技術が進歩すれば、口腔がんのスクリーニング検査として活用できる可能性があります。

 

また、口腔がんや頭頸部がんの治療後のフォローアップにおいても、CTCのモニタリングは再発や転移の早期発見に役立つ可能性があります。従来の画像診断では検出できない微小転移の存在を、血液検査によって早期に発見できれば、治療成績の向上につながるでしょう。

 

さらに、歯科治療中の出血を伴う処置が、がん患者のCTC数に影響を与える可能性についても考慮する必要があります。がん患者に対する侵襲的な歯科処置のタイミングや方法を検討する際に、CTC関連の知識が役立つかもしれません。

 

循環腫瘍細胞検査のリキッドバイオプシーとしての位置づけ

リキッドバイオプシー(液体生検)は、血液などの体液を用いて行うがんの検査法で、従来の組織生検と比較して低侵襲であることが大きな特徴です。CTCはリキッドバイオプシーの主要な検査対象の一つであり、他にも循環腫瘍DNA(ctDNA)やエキソソームなどがあります。

 

CTCを用いたリキッドバイオプシーの最大の利点は、約20ccの血液を採取するだけで検査が可能な点です。これにより、従来の組織生検では困難だった繰り返しの検査や経時的なモニタリングが容易になります。また、全身を循環するCTCを検査することで、腫瘍の不均一性(Heterogeneity)を反映した情報が得られる可能性もあります。

 

CTCの解析では、以下のような情報が得られます:

  1. がん細胞の存在確認
    • 画像診断では検出できない微小ながんの存在を示唆
    • 外科手術後など、画像上腫瘍が確認できない状態でも残存するがん細胞の評価が可能
  2. がん細胞の特徴・悪性度評価
    • 増殖能、転移能、薬剤耐性などの特性を解析
    • がん関連遺伝子の発現解析による悪性度評価
  3. 治療効果予測
    • CTCに対する薬剤感受性試験による最適な治療薬の選択
    • 抗がん剤・分子標的薬・天然成分などの効果予測
  4. 転移リスク評価
    • CTC数や特性による転移リスクの層別化
    • 転移好発部位の予測

近年の研究では、CTCの検出だけでなく、単一細胞レベルでの遺伝子解析技術も進歩しており、より詳細な腫瘍の特性評価が可能になってきています。例えば、CTCから抽出したDNAやRNAの解析により、増殖シグナル経路、アポトーシス(細胞死)関連遺伝子、血管新生因子、転移・浸潤関連遺伝子などの発現状態を評価することができます。

 

これらの情報は、がん治療の個別化に大きく貢献する可能性があります。特に、PTEN、p53、p16などのがん抑制遺伝子の状態を評価することで、遺伝子治療の適応や効果予測にも役立てられるようになってきています。

 

また、CTCの検出・解析技術の進歩により、従来は検出が困難だった早期がんにおいてもCTCが検出できるようになってきており、早期診断への応用も期待されています。特に、定期的な健康診断の一環としてCTC検査を取り入れることで、画像診断では発見できない微小ながんの早期発見につながる可能性があります。

 

リキッドバイオプシーの中でもCTC検査は、がん細胞そのものを解析できる点が大きな特徴です。ctDNAが断片化したDNAの解析であるのに対し、CTCは完全な細胞として捕捉されるため、形態学的評価や機能的解析も可能です。また、CTCクラスターの検出は、転移能の高いがん細胞集団の評価につながり、より精度の高い予後予測が期待されています。

 

今後、CTCを用いたリキッドバイオプシー技術がさらに発展すれば、がんの早期発見から治療効果のモニタリング、再発・転移の予測まで、がん診療の様々な場面で活用される可能性があります。歯科医療従事者も、口腔がんをはじめとする頭頸部がんの診断・治療において、こうした最新技術の動向を把握しておくことが重要です。

 

循環腫瘍細胞の検出手法と臨床応用に関する詳細な情報はこちらで確認できます
循環腫瘍細胞検査は、まだ一般的な検査として広く普及しているわけではありませんが、今後のがん診療において重要な役割を果たすことが期待されています。特に、非侵襲的な検査法として、患者の負担を軽減しながら有用な情報を得られる点は大きな利点です。歯科医療従事者も、口腔がんの早期発見や治療後のフォローアップにおいて、こうした新しい検査法の可能性に注目していく必要があるでしょう。

 

がん治療は日々進化しており、循環腫瘍細胞の検出・解析技術もさらなる発展が期待されています。歯科医療の現場でも、こうした最新の医学知識を取り入れることで、より質の高い医療を提供することができるでしょう。患者さんの全身状態を考慮した包括的な歯科医療を実践するためにも、循環腫瘍細胞に関する知識は今後ますます重要になってくると考えられます。