骨折がある=すぐ手術、と思い込むと患者対応を誤ります。
歯科情報
眼窩底吹き抜け骨折(ブローアウト骨折)は、眼球に野球ボールや拳などの鈍的外力が加わったときに起こる顔面骨骨折の一種です。眼窩とは眼球が収まる骨性のスペースのことで、前頭骨・上顎骨・頬骨・口蓋骨・蝶形骨・涙骨・篩骨という7つの骨で構成されています。
外力が眼球を押し込むと、眼窩内圧が瞬時に上昇し、構造的に最も薄い部位が"吹き抜ける"ように骨折します。結果として、眼窩脂肪・外眼筋・神経などの眼窩内容物が隣接する空洞(上顎洞・篩骨洞)へ逸脱します。つまり、骨折は眼球破裂という最悪の事態を防ぐための"安全弁"として機能しているわけです。
骨折は発生部位によって以下のように分類されます。
| 分類 | 骨折部位 | 逸脱先 | 頻度 |
|---|---|---|---|
| 眼窩底部型 | 眼窩下壁(床) | 上顎洞 | 最多 |
| 内側型 | 眼窩内側壁(篩骨紙様板) | 篩骨洞 | 次多 |
| 混合型 | 下壁+内側壁 | 両洞 | 重症例多い |
下壁の骨折が最も頻度が高い理由は、下壁は構造上で最も脆弱だからです。眼窩下壁の厚みはおよそ0.5〜1mm程度で、名刺1枚の厚みと同程度の非常に薄い骨です。内側壁(篩骨紙様板)はそれより薄いものの、背後の篩骨洞が構造を裏打ちしているため実際の強度は下壁のほうが低くなります。
骨折形態はさらに2型に分けられます。「trap door型(閉鎖型)」は骨折部がほぼ原位置を保ちながら筋肉や脂肪が嵌頓するタイプで、外見上骨折が軽微に見えても実は筋肉が締め付けられている危険な状態です。「open door型(開放型)」は骨片が大きく偏位して広い骨折開口部を生じるタイプで、眼窩内容物が大きく逸脱します。
歯科従事者が知っておくべきことがあります。歯茎・上唇・頬のしびれ(知覚麻痺)は眼窩下神経損傷によるものであり、眼窩下管が眼窩底骨折によって障害されると口腔領域にしびれが波及します。口腔外科的な主訴で受診してくる患者にも眼窩底骨折が隠れている場合があるため、顔面外傷のトリアージで必ず留意すべきポイントです。
参考:日本形成外科学会による眼窩底骨折の解説(病態・症状・手術適応の概要)
眼窩底骨折(眼窩壁骨折・ブローアウト骨折)|日本形成外科学会
眼窩底吹き抜け骨折を疑うべき主な症状は次の4つです。複視(両眼で見ると物が二重に見える)、眼球陥凹(健側と比べて眼球が奥に引っ込んでいる)、眼球運動障害(特定の方向を見たときに動きが制限される)、そして眼窩下神経領域の知覚麻痺(頬・鼻翼・上唇・歯茎のしびれ)です。
これらは単独で出ることも、複合して出ることもあります。症状が大事です。
複視については、下壁骨折では「上を向いたとき」に増強する上転障害を伴う複視が特徴的です。内側壁骨折では「外側を向いたとき」に複視が出やすく、内直筋の嵌頓による外転障害を疑います。どちらの複視かを把握するだけで、骨折部位の推定に役立ちます。
眼球陥凹は受傷直後の腫れによってわかりにくい場合があります。腫れが引いた1〜2週間後に明確になることが多く、受傷早期の評価は過小評価しやすい点に注意が必要です。
画像診断ではCTが基本です。CT診断で最も重要なのは冠状断(coronal view)です。横断像では見えにくい眼窩内容物の上顎洞への逸脱が、冠状断では「涙滴(teardrop sign)」として視覚的にはっきり確認できます。
| チェック項目 | 意義 |
|---|---|
| 眼窩内容物の逸脱・嵌頓 | 手術適応の根拠 |
| 下直筋・内直筋の位置異常 | 絞扼の有無(緊急性の判断) |
| 眼窩内気腫の有無 | 視神経虚血・網膜中心動脈閉塞のリスク |
| 眼窩下管への骨折波及 | 知覚麻痺の予後予測 |
| 骨間隙の大きさ(小児) | 3mm未満は緊急手術適応の可能性(2025年研究) |
trap door型骨折は特に見逃しリスクが高いとされています。骨条件の画像では骨折が目立たず軽微に見えるため、軟部条件での評価が必須です。「骨は大丈夫そうに見えるのに眼球運動障害が強い」というケースは、trap door型を強く疑う必要があります。
眼窩内気腫は内側壁骨折で合併することが多く、少量であっても重要な所見とされています。視神経の虚血や網膜中心動脈閉塞に関与することがあるため、確認されたら患者に「鼻をかまない」「航空機の利用を避ける」などの指導が必要です。これは意外なポイントです。
参考:CT画像診断の観点から眼窩底骨折の分類・手術適応をまとめた専門サイト
眼窩吹き抜け骨折/眼窩底骨折の症状・CT画像診断・手術適応まとめ|画像診断まとめ
眼窩底骨折があっても、すべての症例が手術対象になるわけではありません。手術適応の原則が条件です。
一般的な手術適応の基準は以下のとおりです。
逆に言えば、骨折が確認されても複視も眼球陥凹もなければ、経過観察が第一選択です。腫れや出血の吸収とともに複視が改善するケースも少なくありません。
手術タイミングは「通常型」と「緊急型」で大きく異なります。通常型の場合、受傷後2週間以内が手術適期とされています。それ以降になると骨折周囲に線維化が進み、整復が困難になります。受傷から2週間という期間は大切です。
緊急手術(24〜48時間以内)の適応は以下のとおりです。
小児への対応は特別に注意が必要です。小児眼窩底骨折では骨の弾力性が高く、trapdoor型骨折が成人より多く発生します。外見的な変形が少なく見落とされやすい反面、筋肉の絞扼による壊死リスクは成人より高いとされています。ゴールデンタイムは24時間です。
2025年にJ Craniofac Surg誌に発表された研究では、小児眼窩骨折において「CT冠状断での骨間隙が3mm未満」の場合は、症状が最小限(眼心反射や軽度の複視のみ)であっても眼窩内容物の嵌頓リスクが高く、緊急手術の新たな適応基準となりうることが示されました(2002〜2023年の後ろ向き研究、嵌頓群14例 vs 非嵌頓群8例で骨間隙の有意差を確認)。従来の「症状ベース」の判断に加え、CT所見を重視する方向へのパラダイムシフトが起きつつあります。
参考:小児眼窩底骨折における緊急手術の新たな適応基準(CT骨間隙3mm未満)に関する最新研究
小児眼窩底骨折の緊急手術、骨間隙3mm未満が新たな適応基準に|CareNet Academia(2025年)
手術の目的は「逸脱・嵌頓した眼窩内容物を元の位置に戻し、欠損した骨壁を再建して再脱出を防ぐ」ことです。これが原則です。
🔹 アプローチ法の種類
アプローチには大きく3種類あります。
| アプローチ | 特徴 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| 経結膜アプローチ | 白目(結膜)の裏側から切開 | 皮膚に傷跡が残らない・手術時間が短い | 術野が狭く高度な技術が必要 |
| 睫毛下切開 | 下まぶたの睫毛直下を切開 | 術野が広い | 瘢痕が残る可能性がある |
| 下眼瞼切開 | 下眼瞼の皮膚を切開 | 広いアプローチが可能 | 術後の眼瞼変形リスク |
経結膜アプローチは米国の眼形成外科で標準化されている手法で、皮膚への切開創がなく術後の負担が少ないとされています。手技の難度が条件です。
🔹 再建材料の選択
骨壁の欠損部を補填・再建するための材料には複数の選択肢があります。
「材料を入れたから終わり」ではないことが重要です。骨壁を正確な解剖学的位置に再建できなければ、術後に眼球陥凹が残存します。正確な位置での再建が条件です。
手術時間の目安として、眼窩底のみの単純な骨折では30分程度、下壁と内壁の合併骨折では1時間程度かかります。手術は全身麻酔で行われ、入院期間は2泊3日から術後5日程度が標準的です。保険診療での自己負担目安は3割負担で片目あたり約12万円(約120,000円)です。費用は把握しておきましょう。
参考:眼窩底骨折の術式・再建材料・費用に関する専門クリニックの解説
眼窩骨折手術(術式・費用・症例紹介)|オキュロフェイシャルクリニック大阪
術後管理は患者の長期的なQOLを左右します。術後に見落としがちなポイントを整理しておきましょう。
🔹 術後早期(退院まで)の管理
術後は眼周囲の腫れ・内出血が必ず生じます。腫れは最初の2週間で8割程度改善しますが、完全な消退には約6ヶ月かかるとされています。退院後は飲酒と入浴(湯船)は控え、シャワー浴は可能です。術後1週間で抜糸(経結膜アプローチは無縫合または吸収糸のため抜糸不要なことも)のために来院が必要です。
🔹 知覚障害(しびれ)への対応
眼窩下神経損傷による頬・上唇・歯茎のしびれが術後も残存する場合があります。しびれがある場合は神経賦活薬(ビタミンB12製剤など)を内服しながら、1〜2ヶ月に一度、半年から1年の外来フォローが必要です。歯科口腔領域と症状が重なるため、歯科従事者が経過を把握していることが患者の安心感につながります。
🔹 眼窩内気腫合併例の特別指導
内側壁骨折で眼窩内気腫を合併している患者には術前・術後を通じた特別な指導が必要です。
これは一見すると歯科とは無関係に見えますが、顔面外傷患者の全身管理や生活指導の観点から共有すべき情報です。
🔹 歯科診療との交差点:見逃しやすいケース
歯科従事者として特に留意すべき点があります。顔面外傷で来院した患者に対して「上唇・頬・歯茎がしびれる」という訴えがある場合、歯性疾患(歯髄炎・根尖病巣など)だけでなく眼窩下神経損傷、つまり眼窩底骨折の可能性も鑑別に入れる必要があります。受傷エピソードを必ず確認するのが原則です。
また、上顎骨・頬骨を含む顔面骨骨折(ZMC骨折など)に眼窩底骨折が合併することは珍しくありません。Le Fort II型骨折では口腔前庭切開から骨折部にアプローチする術式が選択されることがあり、口腔外科との連携が求められる場面もあります。
術後の複視が長期に残存した場合は、視機能の後遺障害として認定されることがあり、眼窩底骨折が7級12号(調整障害)に認定される場合の後遺障害慰謝料は110万〜1,000万円の幅があります。これは患者の生活に直結する大きなリスクです。適切なタイミングで適切な医療連携が重要と言えます。
参考:眼窩底骨折の術後管理・後遺症・入院期間に関する総合解説
眼窩底骨折(手術と後遺症)|日本医科大学武蔵小杉病院 形成外科