全ての顔面骨骨折が手術を必要とするわけではなく、90.5%は非観血的処置(手術なし)で対応しています。
顔面骨骨折は、骨折の位置によって大きく2つのグループに分けられます。
顔面中央部の骨折と、顔面外側部の骨折です。
中央部はLe Fort分類で体系化され、外側部は個別の部位名で呼ばれます。この分類体系を理解することで、患者がどの診療科に紹介すべきか、また経過観察時に何に注意すべきかが明確になります。
顔面の骨は複数の骨が連続している構造です。骨折が生じた場合、単一の骨だけでなく複数箇所を同時に骨折することが珍しくありません。特に交通事故や暴力によって顔面全体に強い力が加わった場合、複数の骨が連鎖的に破壊されます。このため、初期診断時に「1箇所の骨折」と判断しても、精査後に複合骨折であることが判明することもあります。
顔面中央部の骨折は顔面全体の約25%を占めており、若い世代(特に21~25歳)で発生頻度が高い傾向があります。これは交通事故やスポーツ外傷の好発年齢と重なります。一方、顔面外側部の骨折、特に鼻骨骨折は全顔面骨折の最多を占める一般的な損傷です。
Le Fort型骨折は1901年にフランスの外科医ルネ・ル・フォーが提唱した分類で、上顎骨骨折を骨折線の高さで3つのタイプに分けています。この分類は今も世界的なスタンダードとして用いられており、歯科医が他科との連携を図る際の共通言語となります。
Le Fort I型骨折は、上顎の歯槽突起と口蓋板を上顎上部から分離させる水平骨折です。骨折線は梨状孔下部から犬歯窩を通り、上顎洞の前壁・側壁・後壁を経由して翼口蓋窩から蝶形骨翼状突起に達します。臨床的には内側翼突筋が上顎骨後方を押し下げるため、前歯部の咬合は正常でも臼歯部が接触しない前方開咬が特徴です。
つまり、奥歯が噛み合わなくなるのです。
Le Fort II型骨折はピラミッド骨折と呼ばれ、鼻骨と篩骨の複合体が損傷を受けます。骨折線は眼窩下裂を通り眼窩下縁を破り、上顎結節と翼突板へ向かいます。外側眼窩と頬骨弓は無傷のままという点で、III型と異なります。顔面の中央部がピラミッド状に陥没するという意味でこう呼ばれています。
Le Fort III型骨折は頭蓋顔面剥離と呼ばれ、最も重篤な中顔面骨折です。鼻前頭部から骨折線が下眼窩裂を通り、外側眼窩壁と両側頬骨弓を通過する結果、顔面骨格全体が頭蓋底から剥離します。臨床的には顔面が細長く見え、鼻根部と頬骨前頭縫合部の著明な可動性が認められます。この型は気道管理が危険にさらされるため、最優先で観血的処置が必要です。
3つの型を区別できることで、患者の重症度判定や専門医への紹介が適切に行えるようになります。
Le Fort骨折の詳細な画像と治療法(新橋歯科クリニック)
顔面骨折にはLe Fort型以外にも多くの種類があります。これらは位置や形態で区別されており、各々異なる臨床症状を呈します。歯科医師が診察時に患者の訴えを聞く際、これらの症状パターンを理解することで初期診断の精度が向上します。
鼻骨骨折は全顔面骨折の最多であり、顔面の突出部位であるため単純な打撲でも容易に骨折します。症状は鼻出血、外鼻の変形(斜鼻や鞍鼻など)です。受傷後2~3週間以内であれば皮膚を傷つけずに整復が可能ですが、時間が経つと骨片がこの位置で癒合し、後からの矯正が難しくなります。
つまり、早期対応が極めて重要です。
頬骨骨折では、ほほの突出が失われて顔面の扁平化が生じます。また眼窩に近い位置であるため複視(ものが二重に見える)や眼球陥凹が起こることがあります。開口障害も伴うことが多く、食事に支障をきたします。
眼窩底骨折(ブローアウト骨折)は、眼球を支える骨が陥凹する損傷です。眼窩下神経分布領域の感覚障害が生じ、上口唇や鼻翼のしびれが慢性的に残ることがあります。この感覚障害は患者のQOLに大きな影響を与えるため、治療成否の判定基準となります。
前頭骨骨折では額に凹みが生じて整容性が損なわれます。額の知覚障害も併発し、額の皮膚感覚が鈍くなります。
上顎骨骨折および下顎骨骨折は咬合に直結する損傷です。特に下顎骨骨折では、骨折が開放骨折(口腔内が損傷した状態)になりやすく、感染リスクが高まります。
顔面骨折は単なる整形の問題ではなく、咀嚼機能や呼吸気道、眼球運動といった重要な機能を左右する損傷であることを認識することが重要です。
顔面骨骨折の治療を大別すると、外科手術を伴う「観血的処置」と手術を行わない「非観血的処置」の2つの方法があります。統計的には約90.5%の症例が非観血的処置で対応されており、手術による治療が必要な場合は実際には限定的です。この事実は、多くの軽度から中等度の骨折が保存的管理で治癒することを示しています。
非観血的処置では、骨折部が癒合するまで上下の歯を噛み合わせた位置で上顎と下顎を固定します。この「顎間固定」は歯牙結紮法や弾性線、シーネ(副子)などを用いて約4~6週間行われます。利点は外科侵襲がないため、術創部の感染症や癒着の心配がない点です。特に骨片の偏位がほとんどなく、咬合の偏位も認められない不完全骨折では、この方法で十分な成績が得られます。
観血的処置が選択される条件は限定的です。骨片の著明な偏位がある場合、咬合に大きな狂いが生じている場合、複数骨の同時骨折がある場合などが該当します。手術では骨折部を外科的に露出して正確に整復し、チタンプレートや金属線で固定します。早期社会復帰や機能回復を目指す場合、また大量出血が懸念される場合には、観血的治療が選択されることがあります。
Le Fort I型骨折では上顎前庭開口部からのアクセスのみで対応できることが多いですが、Le Fort II型およびIII型では経皮的アプローチも併用する必要があります。
これは損傷の範囲が広いためです。
骨折の治療成否を左右する最大のポイントは「早期受診」です。受傷後1~2週間で骨片がずれた位置で癒合し始めるため、その後の矯正は著しく困難になります。歯科医が患者の顔面外傷を認識したら、速やかに形成外科や口腔外科への紹介を行うことが患者の予後を大きく左右します。
歯科医が顔面骨骨折患者に対応する際の初期評価は、他科との連携をスムーズに行うための架け橋となります。患者が歯科医院を受診し「顔をぶつけた」「物が二重に見える」「噛み合わせがおかしい」という訴えをした場合、歯科医はこれが単なる症状ではなく、専門的な診査・診断が必要な兆候であることを認識する必要があります。
初期診査では、咬合の状態、開口度、顔面骨の腫脹や圧痛の部位、眼球運動の障害、顔面感覚の異常などを確認します。特に眼窩下神経分布領域(上口唇や鼻翼)の感覚異常は、眼窩底骨折や頬骨骨折を示唆する重要な徴候です。また前歯部と臼歯部での咬合接触のズレは、Le Fort型骨折や下顎骨骨折を示唆します。
顔面骨骨折患者が来院した場合の対応として、単独で治療を進めるべきではなく、形成外科、口腔外科、耳鼻咽喉科といった専門科への速やかな紹介が求められます。
特に受傷後数日以内の紹介が重要です。
医科診療所や総合病院の口腔外科を持つ施設への紹介ルートを事前に整備しておくことで、患者の満足度と治療成績が大きく改善します。
複数科での治療が必要な場合、各科の治療方針に矛盾がないか、患者の咀嚼機能や顔貌の回復が最終目標となるよう、カンファレンスを通じた情報共有が欠かせません。歯科医はこのカンファレンスに参加し、咬合や歯冠状態といった歯科固有の情報を提供することで、全体的な治療成績の向上に寄与できます。
患者教育も重要です。「骨折が治ったから終わり」ではなく、受傷後6か月程度の経過観察期間中に、感覚障害や咬合異常といった後遺症が改善しているか確認する必要があります。慢性涙嚢炎や副鼻腔炎、継続的な眼球上転障害などは、初期治療の成否を反映した遠期合併症となり得ます。これらの経過観察を口腔内環境の管理と並行して行うことで、患者の長期的なQOL維持につながります。
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