下顎骨骨折は、顔面骨折の約80%を占める極めて一般的な損傷です。全顎骨折の中でも最多頻度を示す疾患であり、歯科医院を訪問する外傷患者のほぼ全例で遭遇する可能性があります。
構造的に脆弱な部位が骨折のリスク高域です。骨折好発部位は、筋肉が付着する部分や歯根の脆弱部分に集中します。具体的には、下顎角部(エラの辺り)と関節突起部(耳の前方)が最も多いのです。つまり、患者が顔をぶつけたときに最初に損傷しやすい場所はこの2箇所ということですね。
下顎角部骨折は全体の約30~40%を占め、関節突起部骨折は約40%に達します。これら両部位で約70~80%のケースが説明できるのです。
オトガイ孔付近や犬歯部の骨折も見られますが、相対的には少数派です。反対に下顎枝や筋突起の単独骨折は極めて稀です。これは骨の厚みや筋肉の付着が強く、外力が分散されるためです。つまり、これらの部位での骨折は他部位の複合骨折を伴う可能性があり、より重症な外傷を示唆します。
診断時には、咬合異常の有無がもっとも重視される臨床所見です。患者が咬み合わせの異常を訴えていれば、骨折の可能性は極めて高いのです。
下顎骨骨折の患者統計から明らかなパターンがあります。男性患者が女性患者の3倍以上(男女比77%対23%)という顕著な性差が存在するのです。この差は社会的活動量の違いだけでなく、スポーツや格闘技への参加率の差も反映しています。
好発年齢層は、20代から50代にかけての青壮年層です。特に20代から30代での骨折が最多で、この世代では顔面外傷全体の約70%近くがこの年齢層に集中します。興味深いことに、下顎角部骨折を有する患者の平均年齢は約23.7歳と極めて若く、非骨折患者の平均年齢34.4歳と比較して有意に若いのです。
受傷原因では、交通事故(特に二輪車転倒)、暴力・格闘、スポーツ外傷の順となります。日本ではスポーツに限定すると野球とラグビーが好発競技です。これは社会的嗜好や競技人口の変化と連動しており、近年ではサッカーでの下顎骨骨折も増加傾向を示しています。
男性が圧倒的多数派である理由は、単なる受傷機会の増加ではなく、生物学的素因もあると考えられます。
骨質や咀嚼筋の発達も関連します。
このため、男性患者、特に活動的な若年男性の外傷患者については、問診の段階で下顎骨骨折の可能性を積極的に検討する必要があるのです。
親知らず(埋伏智歯)の存在が下顎角部骨折のリスクを大きく増加させることが、複数の臨床研究で実証されています。埋伏智歯を有する患者の下顎角部骨折リスクは、非保有患者と比較して3.3倍高いのです。
この機序は単純です。骨が完全に形成されていない埋伏状態の親知らずが存在すると、その部位の骨面積が狭小化し、構造的脆弱性が増加するのです。通常、下顎角部の残存骨面積が85%以下に減少している患者では、骨折リスクが顕著に高まります。スポーツ外傷に限定した分析では、埋伏智歯保有側での下顎角部骨折は34.5%と高い頻度を示し、非保有側の17.6%と比較して約2倍に達するのです。
特に危険な埋伏状態があります。智歯の萌出方向が近心傾斜(手前に傾いた状態)で、かつ萌出角度が20度から40度の範囲にある場合、骨折頻度は55.6%にも達するのです。これは歯根の先端が下顎角部の端に向かって伸びることで、その部分の骨強度を著しく低下させるためです。
複根歯(2本以上の歯根を持つ親知らず)の場合、単根歯よりも骨削弱が進行します。さらに歯根がまだ完全に形成されていない若年患者では、より一層のリスク増加が観察されるのです。このため、スポーツに参加する思春期以降の若年患者で埋伏智歯を保有している場合、その存在と形態を十分に説明し、予防啓発を行うことは極めて重要なのです。
一つ覚えておくべき数字があります。スポーツ選手が親知らずを有する場合、下顎骨骨折のリスクは実質的に3倍近く高まるということですね。
好発部位の特定は治療方針を決定する上で不可欠です。骨折部位によって、保存的治療が可能かどうかが決まるのです。
下顎角部骨折の場合、脱臼や転位が軽度であれば、歯牙結紮による顎間固定(上下の歯を固定する方法)で治療可能です。固定期間は約4週間が基準で、この期間に骨の癒合が進行します。ただし、咬合異常が明らかにある場合や転位が大きい場合は、観血的手術(口腔内または経皮的アプローチでの金属プレート固定)が必要になります。
関節突起部骨折はより注意が必要です。この部位の骨折後は、顎関節強直症(関節が固くなる合併症)の発生予防が最優先課題となるのです。このため、保存的治療であっても、早期からの開口訓練が不可欠なのです。関節突起部骨折では、多くの場合で手術を必要としません。
ただし、完全脱臼を伴う場合は例外です。
複合骨折(2箇所以上の骨折)を伴う場合は、全顎骨折の約10~20%に達します。この場合、治療が複雑化し、予後も悪化します。特に下顎骨単独骨折と、顔面全体骨折に伴う下顎骨骨折では、好発部位の分布パターンが異なることが報告されています。「頭蓋化」現象という、複合外傷時に起こる特殊な骨折パターンの診断には注意が必要です。
診断のポイントを整理すると、以下の通りです。視診で腫脹や変形の有無を確認し、触診で圧痛点を同定することで骨折部位を推定します。
重要な診断手段はX線撮影です。
簡単な骨折であれば、オルソパントモグラムとPA写真の2投影で診断可能です。しかし、複雑な骨折では薄切りCTやCBCT(3D再構成)が推奨されるのです。
意外なポイントがあります。
X線では見落とされやすい骨折があるのです。
下顎正中部では咬合法(上下の歯を咬んだ状態で撮影)がとくに有効なのです。これは下顎骨長軸に平行な骨折線がオルソパントモグラムでは2本の線として映ってしまい、単一の骨折と誤認しやすいためです。
臨床検査では、いくつかの必須項目があります。
第一は不正咬合の評価です。
患者に「噛み合わせに違和感はないか」と聞き、実際に上下の歯の接触を確認します。咬合面に段差がある場合、骨折の確実な証拠です。
第二は下顎神経領域の感覚検査です。下顎骨には神経が走行しており、下歯槽神経の損傷があると、オトガイ部(唇のやや下)の皮膚に知覚障害が生じます。この障害は後遺症として残存することがあるため、受傷直後の感覚を確認することは重要です。
第三は可動制限の評価です。開口制限や開口時の偏位が観察される場合、関節突起部骨折の可能性が高まります。患者に「口を開いてください」と指示し、開口度を測定します。正常値は約40mm以上ですが、関節突起部骨折後は著しく制限されるのです。
患者説明の際には、咬合回復が治療の最終目標であることを強調する必要があります。単に「骨をくっつける」のではなく、「正常に噛める状態に戻す」ことが重要なのです。これにより患者のコンプライアンスも向上し、固定期間中の食事制限にも協力的になるのです。
さらに重要な注意点があります。固定期間中は液体栄養や柔らかい流動食が必須です。患者は数週間にわたって食事制限を余儀なくされます。このため、栄養指導や食事内容の相談も診療の一部として提供することが望ましいのです。IMF除去後も1~2週間は軽い顎の運動療法が続き、複数回の来院が必要になるのです。
複合骨折(複数部位の同時骨折)は予後を著しく悪化させます。全下顎骨骨折の約15~25%が複合骨折です。特に下顎骨骨折と上顎骨骨折、あるいは下顎骨の複数部位での同時骨折が見られることがあります。
スポーツ外傷による下顎骨骨折の予防には、埋伏智歯の情報提供が極めて効果的です。選手と指導者に対して、親知らずの有無と形態を事前に知らせることで、一定程度のリスク軽減が可能です。特に接触系スポーツ(ラグビー、格闘技、野球など)の競技者については、歯科医院での事前診査を推奨する価値があるのです。
後遺症として線維化(治癒不全)、感染、神経損傷による永続的知覚障害がありえます。これらは患者のQOL(生活の質)に著しく影響するため、治療中から予防に配慮した対応が必須です。
診療録や画像記録の保存も重要です。もし訴訟に発展した場合、初診時の詳細な診察記録が医院を守ります。特に診断時の見落としがないかどうか、適切な画像検査を実施したかどうかが問われます。下顎骨骨折は治療期間が長く、複数回の来院が必要になるため、診療管理が煩雑になりやすいのです。医院システムとして、フォローアップ来院の自動リマインダー機能やチェックリスト化が有効です。
意外な臨床経験として、患者の自己認識の不足があります。症状が軽度な場合、患者は骨折の重大性を理解せず、治療を中断することがあります。初診時に「この損傷は単なるあざではなく、骨が折れている状態で、今からの4週間の安定が将来の咀嚼機能を左右する」と明確に説明することが、その後のコンプライアンス向上につながるのです。
日本形成外科学会 - 下顎骨骨折について、好発部位と治療原則を網羅したガイダンス
日本医科大学 - 下顎骨骨折の受傷原因と年齢分布、男女比に関する詳細解説
クインテッセンス出版 異事増殖大事典 - 下顎骨骨折の標準的分類と好発部位の簡潔な記載

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