ゴールデンハー症候群の診断には眼球上類皮腫と脊椎異常の両方が必要です。
第一第二鰓弓症候群は、胎生5~8週における第一・第二鰓弓の発生過程の障害により生じる先天性疾患です。鰓弓とは胎児の発生初期に形成される構造物で、第1~6番まで存在しますが、このうち第1鰓弓と第2鰓弓は下あご、口、耳などを作る元になる重要な組織です。この部分に何らかの異常が発生すると、これらの器官に形態異常をきたすことになります。
発生頻度は出生児約3,000~5,000人に1人の割合とされており、唇顎口蓋裂に次いで多くみられる顔面の先天異常です。男女比は3:2で男性にやや多い傾向があります。原因は不明ですが、親族の同胞再発率は約2%と報告されており、母親が糖尿病である場合に関連性があるといわれています。
片側に症状が現れる場合が多いという特徴があります。
そのため別名としてHemifacial Microsomia(顔の片側の低形成という意味)とも呼ばれます。第1と第2鰓弓からは下あごや耳、頬の筋肉が形成されるため、症状としては下あごが片側のみ小さい、あごの関節の動きが悪い、小耳症・副耳などの耳の変形、聴力の問題などが現れます。
この疾患はspectra of defectsと呼ばれるほど、症例ごとに症状が多彩です。顔面領域では、頬骨、上顎骨、下顎骨、特に下顎枝、関節突起、顎関節の形成不全により顔面非対称を呈します。片側の口角部における破裂、すなわち横顔面裂や巨口症も特徴的な所見です。顔面筋の形成不全と口唇の麻痺が認められることもあります。
耳の異常としては、片側性の外耳・中耳の形成不全である小耳症が代表的です。耳珠と口角を結ぶ線上に皮膚隆起や小耳が観察されることがあります。これらの耳の形態異常は歯科診療時にも容易に確認できる所見であり、診断の手がかりとなります。
口腔内では耳下腺分泌の欠如、舌や軟口蓋の機能障害、交叉咬合などが認められます。
交叉咬合は顎骨の非対称性により生じます。脊椎では片側性の脊椎、特に頸椎の低形成が見られ、その他の所見として眼球上類皮腫、内耳の障害、口唇裂や口蓋裂、胸椎や腰椎の異常などが合併することがあります。これらの多様な症状の組み合わせが各症例で異なるため、診断には包括的な評価が必要です。
ゴールデンハー症候群(Goldenhar Syndrome)は、眼球角部の類皮腫、耳介の形成異常、脊椎の奇形を三大主徴としています。別名Oculoauriculo-vertebral dysplasia(眼耳脊椎異形成症)とも呼ばれ、第1・第2鰓弓症候群の一つとして位置づけられています。つまり第一第二鰓弓症候群という広い疾患概念の中で、特定の診断基準を満たした症例をゴールデンハー症候群と呼ぶという関係性です。
正式な診断基準によると、大症状として頬部低形成、小顎症、小耳症・外耳形態異常の3項目が挙げられます。小症状としては先天性心疾患、腎形態異常、脊椎形態異常、顔面形態異常の非対称性が含まれます。診断のカテゴリーはDefiniteとProbableに分かれており、Definiteは大症状の3項目すべてに加えて小症状のうち1つ以上を認めるもの、Probableは大症状の2項目に加えて小症状のうち2つ以上を認めるものと定義されています。
有病率は19,500~26,550人に1人の発生頻度とされています。
ただし軽症例を含めると出生3,500~5,600人に1人とも報告されており、最も頻度の高い多発奇形症候群の一つです。男女比は3:2で、やや男性に多い傾向があります。眼球上類皮腫に脊椎異常を伴っている場合にこの診断名が用いられるという点が、第一第二鰓弓症候群との重要な鑑別ポイントです。
歯科医療従事者として最も注意すべき点は、これらの患者における開口障害と気道管理の困難性です。下顎骨の発育不全や顎関節の異常により、開口量が著しく制限されている症例が多く見られます。実際に開口量が5mm程度しかない重度開口障害の症例も報告されており、通常の歯科診療が困難な場合があります。
全身麻酔下での歯科治療を行う際には、気管挿管に難渋する可能性を常に考慮する必要があります。日本麻酔科学会の気道管理ガイドラインに則り、症例によっては意識下挿管が選択されることもあります。気管支鏡下気管挿管や経鼻挿管などの特殊な手技が必要となる場合もあり、麻酔科医との綿密な連携が不可欠です。
挿管困難が予想される場合の対策として、サクションセーフなどの特殊な器具を用いた経鼻挿管が有効です。
下顎枝矢状分割術後に咽頭部気道径狭窄を呈した症例の報告もあり、術後の気道管理にも十分な注意が必要です。患者の顔面非対称の程度、開口障害の有無、頸椎異常の存在などを術前に詳細に評価し、麻酔計画を立案することが重要となります。
鰓弓症候群には複数の類似疾患が存在し、適切な鑑別診断が求められます。トリーチャー・コリンズ症候群(Treacher Collins症候群)は下顎顔面異骨症とも呼ばれ、第一第二鰓弓症候群と症状が類似していますが、両側性に発現するという点で鑑別されます。頬骨や下顎骨の形成不全、下まぶたの欠損、眼瞼裂斜下、毛髪の位置異常、外耳の形態異常などが特徴的です。
ピエール・ロバン症候群(Pierre Robin syndrome)は、下顎低形成、舌の後退、口蓋裂を三徴とする疾患です。小下顎症により舌がのどの後ろに落ち込みやすく、食事や呼吸が困難になり無呼吸を起こすことがあります。口蓋裂は通常1歳頃に手術が行われますが、重度の呼吸困難に陥る場合は気管内挿管や気管切開を必要とすることがあります。
片側性の発現が主体である点が鑑別の重要なポイントです。
トリーチャー・コリンズ症候群は両側性、第一第二鰓弓症候群やゴールデンハー症候群は片側性という違いがあります。また遺伝性の有無も鑑別点となり、下顎顔面異骨症は遺伝性のため家族歴の確認が重要です。これらの疾患を適切に鑑別することで、患者に対する適切な治療計画の立案と予後予測が可能となります。