親が記入したCFSS-DSスコアは、子ども本人より平均的に高く出るため、歯科恐怖を"過大評価"しやすいです。
CFSS-DSとは「Children's Fear Survey Schedule – Dental Subscale(子どもの恐怖調査スケジュール・歯科版)」の略称です。1982年にCuthbertとMelamedによって開発された、小児の歯科恐怖および歯科不安(Dental Fear and Anxiety:DFA)を測定するための心理測定ツールです。
もともとは80項目の包括的な「子ども恐怖調査票(FSS-FC)」をベースに、歯科場面に特化して15項目に絞り込んだものがCFSS-DSです。つまり、歯医者にまつわる恐怖だけをピンポイントで測れる質問票です。
現在、CFSS-DSは世界20カ国以上の言語に翻訳・標準化されており、国際的な比較研究にも活用されています。日本でも岡山大学歯学部の森裕佳子らが保護者回答用の日本語版を作成・検証し、Cronbachのα係数が0.88〜0.90という高い信頼性が確認されています。
国際的な認知度が高い点は重要です。他の歯科恐怖尺度(Venham Picture TestやDental Anxiety Scale)と比較した研究では、CFSS-DSはより高い弁別力を持つことが示されています。小児の歯科臨床や研究の場では、スタンダードな評価ツールとして定着しています。
CFSS-DSは全部で15の質問項目から構成されており、各項目を1〜5点の5段階(「まったく怖くない=1」〜「とても怖い=5」)で評価します。合計スコアは最低15点から最高75点です。
15項目の内訳は以下のとおりです。
| No. | 質問項目(原文) | 場面の種類 |
|---|---|---|
| 1 | 歯科医師 | 歯科特有 |
| 2 | 医師 | 医療全般 |
| 3 | 注射される | 侵襲的処置 |
| 4 | 口の中を診られること | 歯科特有 |
| 5 | 口を開けること | 歯科特有 |
| 6 | 知らない人に触られること | 一般的不安 |
| 7 | 誰かに見られること | 一般的不安 |
| 8 | 歯を削られること | 歯科特有 |
| 9 | 削る器具が見えること | 歯科特有 |
| 10 | 削る音 | 歯科特有 |
| 11 | 口に器具を入れられること | 侵襲的処置 |
| 12 | 息が詰まること | 身体的圧迫 |
| 13 | 入院・病院に行くこと | 医療全般 |
| 14 | 白衣を着た人 | 一般的不安 |
| 15 | 歯科衛生士に歯を磨かれること | 歯科特有 |
複数の国際研究で恐怖スコアが高い項目として繰り返し報告されているのは、「注射(3番)」「息が詰まること(12番)」「歯を削られること(8番)」の3項目です。これは文化や国籍を超えて共通する傾向で、侵襲的処置への不安が歯科恐怖の核心にあることを示しています。
スコアの判定基準は以下のとおりです。
カットオフ値の38点が基本です。この38点以上を「歯科恐怖あり」とする判定基準は、世界中の研究で共通して使われている数値です。一方、日本語版では研究によって33点をカットオフとして採用している場合もあります。判定基準が研究によって若干異なる点には注意が必要です。
CFSS-DSを使った世界各国の研究では、歯科恐怖の有病率にかなりのばらつきがあることが知られています。これは文化的背景や歯科医療へのアクセス、データ収集方法の違いによるものです。
各国のCFSS-DS平均スコアを並べると、その差が鮮明に見えてきます。
日本のデータはどうでしょうか。岡山大学が実施した大規模疫学調査(3〜8歳の園児・小学生1782名対象)では、CFSS-DS平均点は32.1±11.2点という結果でした。これはフィンランドやスウェーデンと比べるとかなり高い値で、日本人低年齢児の歯科恐怖度は他国と比較して高いという結論が導かれています。
日本の数値が高い理由として、研究者たちは医療サービスへの受診行動の違いを挙げています。予防目的での歯科受診が少なく、痛みが出てから受診するという習慣があると、最初の歯科体験が「痛い・怖い」ものになりやすいのです。痛みのない経験が最初に積めるかどうかが、その後の恐怖形成を大きく左右します。
国際的に見て日本の子どもの歯科恐怖は高め、という事実は意外ですね。歯科受診に「予防ではなく治療で行く」という認識がまだ強い点が、この結果に反映されていると考えられます。
岡山大学による日本語版CFSS-DSの信頼性・妥当性検証および日本人小児歯科恐怖の実態調査(博士論文要旨)
CFSS-DSには子ども自身が回答する「子ども版」と、保護者が代わりに回答する「保護者版」の2種類があります。特に低年齢(3〜5歳前後)の場合、子どもが質問を理解しにくいため、保護者版が使われることが多いです。
ところが、ここに重要な落とし穴があります。
ギリシャで行われた大規模研究(537家族・652名の子どもを対象)では、母親・父親いずれも子どもの歯科恐怖スコアを子ども本人の回答より有意に高く評価することが明らかになりました(p<0.001)。つまり、親は子どもの怖さを実際より「大げさに」見積もる傾向があるということです。
しかも、親の評価と子どもの評価の一致率は低く、「親が感じた恐怖の大きさ」と「子ども自身の恐怖の大きさ」はほとんど一致しません。研究者たちは「保護者によるCFSS-DS評価は、子どもの歯科恐怖の信頼できる指標にはならない」と結論づけています。
これは歯科臨床においても重要な意味を持ちます。保護者スコアが高いからといって、子どもに過度な配慮(例:麻酔なしの処置を止める・来院を遠ざけるなど)をすると、適切な治療タイミングを逃してしまう可能性があります。子どもが自分で回答できる年齢(概ね6〜7歳以上)になったら、子ども版を使って子ども自身が回答するのが原則です。
なお、岡山大学の研究では、保護者版でも「歯科受診経験がない」「親自身の歯科恐怖が高い」「5歳以下」という条件が重なると、子どもがHigh Fear(高恐怖)になりやすいと報告されています。親の歯科恐怖が子どもに伝播しやすいという事実も、見逃せないポイントです。
親と子のCFSS-DSスコア比較研究の要旨(ヒポクラ掲載・日本語抄録)
CFSS-DSのスコアが38点以上(または32点以上の中等度)だった場合、そのまま普通の歯科治療を進めることは必ずしも得策ではありません。恐怖が高い状態での歯科治療は、子どもの行動管理が難しくなり、治療が中断・延期されやすいだけでなく、将来的な「治療回避」につながるリスクがあります。
歯科恐怖が高い子どもでは、むし歯の未処置本数が有意に多いという研究もあります。これは、恐怖のために受診を先送りし、症状が悪化してから来院するという「恐怖→回避→悪化→さらに恐怖」のサイクルが起きているためです。こうした悪循環が健康に直結する問題です。
歯科医療の現場で実際に使われている行動管理技法をいくつか紹介します。
CFSS-DSのスコアは、単なる「怖がり度合い」の測定ではなく、どのような場面で恐怖が高いかを15項目ごとに把握するためのツールでもあります。「注射」の点数が突出して高い子どもには「塗る麻酔を使ってから注射する」対応が効果的、「音」が苦手な子どもにはヘッドフォンで音楽を流す工夫が有効といったように、個別対応のヒントが得られます。これは使えそうです。
もしお子さんの受診前にCFSS-DSを確認したい場合、日本語版の質問票を採用している小児歯科を事前に探して相談するのが一番確実です。「CFSS-DS 小児歯科」で検索すると、採用医院を案内するページが見つかります。
子どもの歯科不安と親の歯科恐怖の関係を評価した2023年の欧州研究(MDPI掲載・英語)
日本では小学校・中学校で年1回の学校歯科健診が義務づけられています。健診結果として「C(むし歯)」「CO(要観察)」などの通知が届きますが、実は「子どもが歯医者に行きたがらない理由」まではこの紙1枚ではわかりません。
ここにCFSS-DSの活用余地があります。
学校歯科健診で「要治療」と判定された子どもの中には、歯科恐怖が原因で受診を先送りにするケースが相当数含まれていると考えられています。スウェーデンの研究では、8〜15歳の学童1250名を対象にCFSS-DSを実施したところ、「歯科医院に戻りたくない」という意識と歯科恐怖スコアの間に強い相関が確認されました。
学校健診の通知が来たのに受診しない場合は要注意です。むし歯が見つかっているのに親が何度促しても受診しない、という状況は「わがまま」ではなく、「歯科恐怖が高い状態」のサインである可能性があります。
この場合、まずCFSS-DSで数値化して把握してみることが有効です。小児歯科の初診時にCFSS-DSを記入してもらい、スコアに応じた行動管理計画を立てるという流れをとっている医療機関も増えています。
保護者ができる具体的なアクションとして、「受診前に学校健診の結果通知を持参し、CFSS-DSを実施している小児歯科を探して相談する」という一歩が、恐怖の悪循環を断ち切るための入り口になります。
また、6歳以上であれば子ども自身がCFSS-DSに回答できます。「怖いのはどの場面?」と15項目を一緒に読みながら確認するだけでも、子どもの恐怖ポイントを親が把握できます。数値として可視化できると、歯科医師への説明も格段にしやすくなります。
小児歯科恐怖症が未処置むし歯を予測するかを分析した横断研究の概要(日本語)