フィルミクテス門の菌なのに、グラム染色をするとピンクに染まります。
ベイヨネラ属(*Veillonella*)は、グラム染色を行うと明確にピンク色(赤色)に染色されます。これが「グラム陰性」を示す特徴です。形態としては直径0.3〜0.5マイクロメートルの小型球菌であり、一般的なサイズ感でいえば赤血球(直径約7〜8μm)と比較すると、その約1/20程度の非常に微小な細菌です。
観察されるときの配列パターンも特徴的です。グラム染色標本上では、双球菌(2個が対になった形)、集塊状(ぶどうの房のように塊まった形)、短い連鎖状(数珠つなぎのような形)のいずれかで確認されることが多く、同一標本の中でもこれらの形態が混在することがあります。つまり、形態だけで判断しようとすると鑑別が難しいということです。
類似の形態を示すグラム陰性球菌として、臨床上でよく見かける*Neisseria*属(淋菌・髄膜炎菌など、直径0.6〜0.8μm)や*Moraxella*属(*M. catarrhalis*、直径1.0μm前後)があります。ベイヨネラ属はこれらよりもサイズが小さい点が鑑別のひとつの手がかりになります。サイズの比較が重要ですね。ただし、グラム染色での形態観察だけでは確定的な菌種同定には限界があります。
感染症検査の現場では、こうした形態学的な情報を総合的に判断したうえで、培養結果やMALDI-TOF MS(質量分析による同定)などの追加検査に進むのが通常の流れです。ベイヨネラ属は偏性嫌気性菌のため、嫌気条件での培養が必要であることも重要な点です。培養には最低48時間の嫌気培養が条件です。
亀田総合病院 感染症内科|Veillonella parvulaのグラム染色写真、培養特性、薬剤耐性データを含む臨床的まとめ
ベイヨネラ属が属するフィルミクテス門(*Firmicutes*)は、乳酸菌やクロストリジウムなども含む細菌の大きなグループです。このグループのほとんどの細菌はグラム陽性、すなわちグラム染色で紫色に染まります。ところが、ベイヨネラ属は例外的にグラム陰性なのです。意外ですね。
この謎を解く鍵が「ネガティウィクテス綱(*Negativicutes*)」という分類群です。2010年に新たに提唱されたこの綱に属するベイヨネラ属は、外膜(リポ多糖で構成される二重膜)を保有しています。一般にグラム陽性菌は外膜を持たず、細胞壁(ペプチドグリカン層)だけで構成される単膜構造です。これに対してベイヨネラ属を含むネガティウィクテス綱は二重膜構造を持ちます。これがグラム陽性にならない理由の核心です。
グラム染色の原理を簡単に振り返ると、①まず紫色の結晶紫(クリスタルバイオレット)で全菌を染め、②ヨウ素で固定し、③アルコールで脱色します。グラム陽性菌は厚いペプチドグリカン層が染料を保持するため紫に残り、グラム陰性菌は外膜があっても脱色されやすく、④最後のサフラニン(赤色)で対比染色されます。ベイヨネラ属も外膜を持つため、同様にアルコール脱色後にサフラニンでピンクに染色されるわけです。
注目すべき点は、ネガティウィクテス綱の外膜は、典型的なグラム陰性菌であるプロテオバクテリア(大腸菌など)の外膜とは構造が若干異なることです。プロテオバクテリアから外膜形成に必要な遺伝子を水平伝播で取得したと考えられており、進化的に非常に興味深い特徴を持っています。フィルミクテス門の中でグラム陰性になった例は複数知られていますが、ベイヨネラ属を含むネガティウィクテス綱はその代表例といえます。
ネガティウィクテス綱 - Wikipedia|フィルミクテス門内でグラム陰性を示す例外的細菌群の分類と進化的背景
ベイヨネラ属は、健康な人の口腔内でも常在菌として豊富に存在します。唾液・歯垢・歯肉溝などに生息し、特にデンタルプラーク(歯垢)の形成に深く関わっていることが知られています。歯垢への関与は無視できません。
研究では、*Streptococcus*属(ミュータンス菌など)や*Fusobacterium*属と共培養すると歯垢形成量が少ないものの、そこにベイヨネラ属を加えると歯垢量が格段に増加することが示されています。つまり、ベイヨネラ属は歯垢形成の初期段階から歯垢量の増幅に直接関与しているのです。歯磨きが不十分な状態が続くと、ベイヨネラ属が他の菌と共同してプラークを厚く形成していく可能性があります。
一方で、ベイヨネラ属はプロバイオティクス的な側面も持っています。2020年に東北大学大学院歯学研究科が発表した研究(Applied and Environmental Microbiology誌掲載)によれば、口腔ベイヨネラ属は酸性・嫌気・高乳酸・高硝酸塩という環境下で、亜硝酸塩産生活性が大きく増強されます。乳酸が増えてpHが下がるう蝕リスクの高い状態で、ベイヨネラ属が亜硝酸塩を産生し、う蝕の原因菌であるミュータンス連鎖球菌の増殖を抑制する可能性があるのです。
実験では、*Streptococcus mutans*は亜硝酸塩0.5mMの存在下で増殖が有意に抑制されたのに対し、ベイヨネラ属自身は20mM以上にならないと有意な抑制が出ませんでした。ベイヨネラ属の亜硝酸耐性の高さが際立ちますね。加えて、産生された亜硝酸塩は消化管から吸収されて血管拡張作用を発揮し、狭心症や心筋梗塞などの循環器疾患予防にも貢献している可能性が示唆されています。
歯科を受診する際に、歯垢が多いと指摘された場合、ベイヨネラ属の関与を意識しながら適切な歯磨き習慣と定期的なプロフェッショナルクリーニングを組み合わせることが、歯垢コントロールに効果的です。
ヤクルト中央研究所 菌の図鑑|ベイロネラ パルブラの歯垢形成・口腔・腸内常在菌としての特性
東北大学 プレスリリース|口腔ベイヨネラ属の亜硝酸産生活性とう蝕・循環器疾患予防への応用可能性
ベイヨネラ属の病原性は一般に極めて低く、免疫が正常な健康な人では感染症を引き起こすことはほぼありません。しかし日和見感染として、菌血症・感染性心内膜炎・椎体炎・髄膜炎・骨髄炎・脳膿瘍・人工関節感染症などの重篤な感染症の起因菌として報告されています。注意すべき状況は限られますが見逃せません。
最も多い感染ルートは、口腔内のバイオフィルム(歯周病・齲歯など)からの菌血症です。亀田総合病院の検査室データによれば、ベイヨネラ属が最も多く検出された材料は膿・膿瘍・創部であり、大半が扁桃周囲膿瘍など口腔由来と考えられています。分離菌種では*V. parvula*が最多で、次いで*V. atypica*、*V. dispar*の順でした。
治療の面では、ペニシリン系・セファロスポリン系・クリンダマイシンへの感性が従来から知られていました。ところが、2012年のReady らの研究(Int J Antimicrob Agents誌)では、58名の被験者から分離した計158株のベイヨネラ属のうち、ペニシリン耐性(MIC 8mg/L以上)が63.9%、アンピシリン耐性(MIC 8mg/L以上)が39.2%に達していたことが報告されています。これは治療選択に直接影響する数字です。
| 菌種 | ペニシリン耐性率 | アンピシリン耐性率 |
|---|---|---|
| V. dispar | 73.4%(最高) | — |
| V. atypica | — | 46.7%(最高) |
| 全体平均 | 63.9% | 39.2% |
一方、テトラサイクリン・エリスロマイシン・ゲンタマイシン・カナマイシンには本来耐性であることも知られています。ベイヨネラ属感染症が疑われる場合は、グラム染色での迅速確認と培養・薬剤感受性試験の結果を待ったうえで、適切な抗菌薬を選択することが重要です。ペニシリン系が万能ではない点を覚えておく必要があります。
亀田総合病院 感染症内科|Veillonella属の薬剤感受性データ・アンチバイオグラムと感染症の臨床的特徴
ベイヨネラ属の研究で近年注目を集めたのが、マラソン選手との関係です。2019年にNature Medicine誌に掲載された研究(Scheiman et al.)では、ボストンマラソン参加者87名の腸内細菌を大会前後で比較したところ、レース後にベイヨネラ属(特に*V. atypica*)が有意に増加することが判明しました。
この発見が特別な理由は、そのメカニズムにあります。運動時に筋肉から大量に放出される乳酸は、疲労感と強く関連しています。ベイヨネラ属はこの乳酸を唯一の炭素源としてプロピオン酸へと代謝することができます。これがパフォーマンス向上の直接的な原因です。
研究チームはさらに、プロピオン酸そのものをマウスのトレッドミル走行前に直腸内投与したところ、走行能力が統計的に有意に向上したことも確認しています。つまり、ベイヨネラ属→乳酸除去→プロピオン酸産生→持久力向上という経路が実験で裏付けられた形です。
グラム染色の世界では「嫌気性グラム陰性球菌」として感染症の文脈で扱われることがほとんどであるベイヨネラ属ですが、腸内では人体に有益な代謝を行う細菌であることが最先端の研究で明らかになりつつあります。これは使えそうですね。
日常生活への応用として、有酸素運動を継続することでベイヨネラ属のような有益な腸内細菌が増える可能性があります。腸内細菌の多様性を高めるには、食物繊維の豊富な食事と適度な有酸素運動の継続が現時点での基本的なアプローチです。
日本大学アンチ・ドーピングセンター|アスリートと腸内細菌・ベイヨネラ属菌の乳酸代謝とパフォーマンス向上の関係