あなたが患者さんに説明しているアブフラクションの原因は、実はエビデンスが不十分で2010年代後半から大学や学術団体によって否定されています。
アブフラクションとは、歯ぎしりや食いしばりなどによって強い力が持続的に歯にかかり、その応力が特定の部位に集中することで、歯の表面が剥がれ、くさび形の欠損ができるという概念です。正確には、過大な咬合力によって生じた歯頸部(歯と歯茎の境目)の楔状欠損を指します。
歯に過度な力が加わると、歯質全体がたわみます。強く噛んで歯がたわむと、引っ張られた歯の表面に応力が集中しやすくなり、特にエナメル質とセメント質の境目で歯質が失われるというのが理論の要点です。1991年にGrippo先生が提唱して以来、歯科業界で広く受け入れられていました。
この考え方は、それまでの「歯磨きのしすぎで削れる」という説よりも納得しやすく、1990年代から2000年代にかけて教科書にも掲載されるようになりました。多くの歯科医師が患者さんに、咬合力の異常がアブフラクションの主原因だと説明してきたのです。
一見すると理にかなった説のように思えますね。
ところが、21世紀になって科学的な検証が本格化すると、アブフラクション理論に問題が明らかになりました。実験室で同じ条件を再現しても、実際に歯が欠けるという現象が起こらないのです。
特に有名な「LeeとEakleの図」という説明図があります。これはアブフラクションの教育に頻繁に使用されてきた図ですが、実はあくまで想像図であり、実際にそのような力学的現象が臨床的に確認されたことはありません。複数の試験管実験が試みられましたが、再現性に乏しく、エビデンス(根拠)が不十分であるため原因とは認められないという結論に至りました。
これは、権威のある研究者や教科書に掲載されたからといって、その理論が正確であるとは限らないという重要な教訓です。
2010年代後半からは、アメリカ歯周病学会(AAP)やヨーロッパ歯周病学会(EFP)などの主要な学術団体が、公式資料でアブフラクションを否定する見解を発表するようになりました。つまり、最近まで盛んに言われていた「アブフラクション」は、根拠薄弱な仮説であり、現代では科学的にはアブフラクションは否定されているのです。
それでもなお、最新の研究データを見ていない歯科医師の中には、今でもアブフラクションについて肯定している方がいます。これは「えらい博士が言ったから真実だ」という誤解が広まった典型例として指摘されています。
歯と歯茎の境目に見られる欠損については、これまで「くさび状欠損(WSD)」と呼ばれていました。かつてはこれをアブフラクションで説明するのが主流でしたが、現在は「NCCL(Non Carious Cervical Lesion:非う蝕性歯頸部歯質欠損)」という新しい用語で統一されるようになってきました。
NCCLという概念の重要な点は、形態から原因を特定することはできないということです。従来は、くさび状の欠損=アブフラクション、皿状の欠損=摩耗というように単純に分類されていました。しかし実際には、同じくさび状の欠損であっても、その原因は酸蝕、摩耗、咬合力など複数の要因が複合的に関係していることが分かってきたのです。
NCCLの有病率は驚くほど高く、約46.7%(ほぼ半数)の方が罹患しているとされています。年齢が上がるにつれて有病率と重篤度が上昇する傾向があります。特に上顎の犬歯と小臼歯の唇側や頬側に好発します。これほど多くの患者さんが持つ症状なのに、その原因についての理解が更新されていないという状況は、臨床現場に大きな影響を与えています。
では、実際のNCCLの原因は何なのでしょうか。現在の学術的コンセンサスでは、主たる原因は「摩耗」であるとされています。特に重要なのは、歯ブラシ単独では歯質がそこまで喪失しないということです。
歯磨剤に含まれる研磨剤が、象牙質の摩耗を引き起こしています。研磨剤入りの歯磨剤を硬い歯ブラシで強く磨くと、象牙質が顕著に摩耗することが複数の実験で確認されています。つまり、「歯ブラシが主犯」ではなく、「研磨剤が主犯で歯ブラシは修飾因子」という関係なのです。
この認識が重要な理由は、患者指導の内容が大きく変わるからです。アブフラクション仮説に基づけば、「咬合力を弱めましょう」「ナイトガードを使いましょう」という指導が優先されます。しかし研磨剤が主原因なら、「歯磨剤を研磨剤フリーのジェルに変えましょう」という指導が最優先されるべきなのです。
実際、研磨剤無配合や柔らかい研磨剤入りの歯磨剤に変更することで、知覚過敏症状が改善することが多く報告されています。研磨剤が象牙細管の封鎖を妨げたり、既に封鎖された象牙細管の封鎖を剥がしてしまうことが原因と考えられています。
NCCLが引き起こされるプロセスには、複数の因子が関わっています。
主な原因は「酸蝕」「摩耗」「咬合力」です。
例えば、酸性飲料をよく摂取する患者さんの場合、酸によってエナメル質が軟化しているところに、その後の歯磨きの摩耗が加わることで、NCCLが加速度的に進行します。これを「erosive tooth wear(侵襲的歯の摩耗)」と呼びます。
酸蝕に関しては、pH5.5~5.7以下の環境が頻回かつ長時間続くと、歯の再石灰化が追いつかなくなります。コーラなどの炭酸飲料はpH2.2と非常に酸性であり、スポーツ飲料もpH3.5で注意が必要です。一見すると酸っぱくない食品(例えばコーヒーはpH5)も、習慣的に摂取すれば酸蝕のリスクになります。
患者さんの生活習慣をしっかりカウンセリングし、酸蝕リスクがあるなら酸蝕対策を、ブラッシング圧が強いなら摩耗対策を、さらに咬合異常があるなら咬合調整やナイトガードを...というように、個々の患者さんに応じた複合的な対策を立案することが、現代の標準的アプローチです。
患者さんが感じる症状として、知覚過敏(象牙質が露出したための冷たさや接触による痛み)が挙げられます。放置すると欠損部位がさらに拡大し、最悪の場合は歯が破折する可能性も出てきます。40代以降では、かなり多くの患者さんにこの現象が見られるというデータもあります。
歯質の欠損は自然には治りません。ただし、早期の段階で原因を特定して対策すれば、進行を防ぐことができます。軽度なら経過観察で十分な場合もありますが、欠損が大きい場合やしみが強い場合は、セラミックスやコンポジットレジンなどの材料を使って、欠損した部分を補填する処置も検討が必要です。
ただし、単に充填するだけでは不十分です。アブフラクション理論の時代では、「えぐれた部分に治療用のプラスチックなどを詰めて埋めればよい」と考えられていました。しかし原因となっていた咬合力がそのまま続いていれば、充填物は容易に脱落します。現在では、原因を同時に除去することが必須と理解されています。
例えば、患者さんが研磨剤入りの歯磨剤を硬いブラシで毎日強く磨いているなら、その習慣を改めずに充填処置をしても、進行は止まりません。フッ化物配合の研磨剤フリー歯磨剤への変更、ブラッシング方法の改善(特に縦磨きの指導)、そして必要に応じた充填という三位一体のアプローチが有効です。
歯のクビレが気になりませんか?:NCCLという新しい考え方(参考:最新のNCCL理論に基づいた詳細な解説)
虫歯じゃないのに歯が欠ける!?NCCLを知っていますか?(参考:医療者向けの詳しい予防・治療指導)
NCCL(非う蝕性歯茎分歯質欠損)について(参考:アブフラクション否定の科学的背景と研磨剤の影響)