フィルトラム(人中)を横切る瘢痕ができるから避けるべき術式だと思っていませんか?実は広裂では瘢痕リスクを超えるメリットがあり、適応を誤ると修正手術コストが数十万円規模になります。
tennison triangular flap techniqueの原点は1952年、米国の形成外科医Charles W. Tennisonが発表した論文「The repair of the unilateral cleft lip by the stencil method」にあります。当時は直線閉鎖法や四辺形弁法が主流でしたが、それらでは術後に縦唇高が不足し、キューピッドボウが非対称になる問題がありました。
Tennisonはこの課題に対し、Le Mesurier法のコンセプトを基に外側(患側)口唇弁から三角弁を挙上し、内側(非患側)のバックカットに挿入するという新しい幾何学的設計を発表しました。三角弁を組み込むことで、不足している内側唇弁の縦高さを補うアイデアは革新的でした。これが三角弁法の出発点です。
その後1959年、ペンシルバニア大学のPeter Randallがこの術式をさらに洗練させ、術式の再現性と計測精度を高めました。現在は「Tennison-Randall法」あるいは「Tennison triangular flap technique」として広く引用されています。
さらに1966年、CroninはTennison法の修正として、三角弁のデザイン位置を「白唇縁の直上」から「白唇縁の1mm上方」に変更しました。これにより唇縁の連続性が改善され、術後の変形が最小化されるとされています。つまり現在も継続的に洗練が続いている術式です。
日本の歯科・口腔外科領域でも特に口唇口蓋裂専門施設では本術式の理解は必須であり、国際学会でも継続的に比較研究が発表されています。
tennison triangular flap techniqueは「幾何学的精度」を最大の拠り所とする術式です。したがって、計測の精度が術後成績に直結します。これが基本です。
術前には患側と非患側それぞれでアラーベース・キューピッドボウのピーク・コロメラ基部・白唇縁(ホワイトロール)といった解剖学的ランドマークをマーキングします。使用するのはノギス(キャリパー)で、複数の解剖学的距離を計測したうえで三角弁のサイズを決定します。
三角弁のデザインは次の原則に従います。内側唇弁のバックカットは白唇縁に沿って水平方向に入れ、キューピッドボウを下方に移動できるようにします。外側唇弁からは、このバックカットで生じた欠損を埋める全層三角弁を挙上します。三角弁の頂点はホワイトロール上方1〜2mmに設定するCronin変法が現在は推奨されます。
ここで注意が必要なのが「引き返せない点(point of no return)」の存在です。Tennison法は、いったんすべてのフラップを挙上すると術中調整の余地がほぼなくなります。この点でMillard法(術中に「trim as you go(切りながら整える)」が可能)とは根本的に異なります。したがって、術前計測の精度が最終成績を決定的に左右します。
術前には弁のすべての切開線を確認してから、まず内側(非患側)から切開を進める順序が推奨されます。この順序で進めることで、外側弁の最終デザインを内側弁の状態を確認してから行える利点があります。この手順だけは例外なく守るべき原則です。
軟部組織の操作では、口輪筋(orbicularis oris muscle)の剥離と再配置が必須です。患側のアラーベースおよび非患側のコロメラ基部から異常付着している筋線維を解放し、正常な口輪筋輪を再建します。筋層の精密な縫合が術後の唇の対称性と動的機能を決定します。
【参考】片側口唇裂修復の手術技術比較(Pocket Dentistry):Tennison三角弁法の術式ステップとMillard法との構造的違いが詳しく解説されています。
現在、北米の多くのクレフトサージャンはMillard回転前進法を第一選択とします。一方でTennison triangular flap techniqueは、発展途上国を中心に世界各地のクレフトプログラムで依然として広く使用されています。それぞれの術式には固有の強みと弱みがあります。
2023〜2024年に発表された前向きランダム化比較試験(Abdullateef et al., n=68)では、修正Millard法とTennison-Randall法を直接比較しています。
| 評価項目 | 修正Millard法(Group I) | Tennison-Randall法(Group II) |
|----------|------------------------|-------------------------------|
| 平均手術時間 | 85.7 ± 7.4分 | 68.7 ± 8.8分(有意に短い) |
| 術後創感染 | 0件(0%) | 3件(9%) |
| 創離開 | 0件(0%) | 2件(6%) |
| 術後瘢痕 | 14件(41%) | 15件(44%) |
| リップノッチ | 15件(44%) | 9件(26%)(Tennison法が有意に少ない) |
| 術後キューピッドボウ幅 | 有意差あり(p=0.041) | — |
この結果は興味深いです。手術時間についてはTennison-Randall法が平均17分短く、これは全身麻酔下の乳児手術において麻酔リスク軽減の観点から重要な差です。一方、術後の創合併症(感染・離開)はMillard変法でゼロ件であり、この点ではMillard変法が優位でした。
ただし、最終的な全体成績(縦唇高・水平唇長・鼻翼幅・人中高など)には統計的有意差がなく、「どちらが優れているか」という単純な結論は出せません。結論は「どちらも有効」です。
Tennison法が特に有利とされる状況は以下の通りです。
- 幅広の完全口唇裂(wide complete cleft):縦高さの確保が容易
- Millard法では術後縦唇高が不足しやすい症例:広裂でのMillard法の弱点をカバー
- 術者がTennison法に習熟している施設:術者の経験と技量が最優先
「適切な術式の選択こそが最大の質保証」という原則が基本です。術式を固定化せず、症例ごとの解剖学的特徴に基づいて選択することが、良好な転帰につながります。
tennison triangular flap techniqueの最大の強みは「縦唇高の確保しやすさ」と「術後の垂直収縮抵抗性」にあります。三角弁の挿入により白唇の縦高さが確保されると同時に、垂直方向の瘢痕収縮(lip shortening)が抑制されるとされています。Millard法の縦瘢痕と比較して、Tennison法の三角弁介在デザインは瘢痕の横方向への伸展を防ぐという理論的優位性があります。
ただし、最も広く知られた欠点は「人中(フィルトラム)を横切る水平瘢痕」です。バックカットを人中皮膚に入れることは避けられず、この瘢痕の可視性が術式選択時の大きな議論点になります。経験豊富な術者はバックカットを正中方向にのみ延長し、対側の人中稜まで越えさせないことで瘢痕の目立ちを最小化します。短い水平切開で済む症例ほど、この欠点は軽減されます。
また、先述の通り本術式は「計測依存型」です。複数の解剖学的ランドマークを正確にキャリパーで計測し、そのデータを基に三角弁サイズを決定するため、計測ミスが術後非対称に直結します。一方でMillard法は術中の逐次調整が可能な「artist's technique(芸術的技法)」とも呼ばれ、術者の経験と感覚的調整に依存しやすい側面があります。Tennison法は逆に「engineer's technique(工学的技法)」として、計測が正確であれば再現性の高い結果を得られる特徴があります。これは使えそうです。
術後の瘢痕管理は成績を左右します。具体的な管理手順は次の通りです。
- 術後2週〜: シリコンゲルシートまたはシリコンジェルによる瘢痕マッサージを開始(1日2回、1年間継続)
- 術後1年: 太陽光への直接露出を最小化しSPF30以上の日焼け止めを使用
- ケロイド・肥厚性瘢痕リスク症例: ケナログ(トリアムシノロン)局所注射を早期に検討
- 鼻腔内シリコンステント: 術後最低6週間使用し、瘢痕収縮による鼻孔狭窄を防止
術後経過で早期に瘢痕収縮の兆候が見られた場合は、1年以上の長期フォローアップで慎重に経過を観察します。厳しいですが、継続的な瘢痕管理が最終的な審美結果を決定します。
tennison triangular flap techniqueを含む口唇裂一次修復術において、近年注目されているのが「四次元変化(fourth-dimensional changes)」という概念です。これは時間経過(成長・瘢痕収縮)とともに術後形態が変化するという観点で、特に乳幼児期の一次修復術ではこの変化を先読みして「意図的な過矯正(overcorrection)」を行うことが重要です。
Tennison法は術後の縦方向収縮に対する抵抗性が理論上高いとされますが、実際には成長に伴う鼻変形の再発(relapse)が問題になることがあります。2021年に発表された後ろ向きコホート研究では、一次修復術時に鼻中隔の矯正(nasal septal repositioning)を行わなかった患者群で、学童期に鼻変形の再発率が高く、中間的鼻形成術(intermediate rhinoplasty)の必要性が増加したと報告されています。
つまり、Tennison triangular flap techniqueを「唇だけの手術」として捉えることが、長期成績の悪化につながるリスクがあります。現代の口唇裂修復術は唇・鼻・骨格を統合的に治療する一体型アプローチが標準であり、一次手術時の口唇鼻形成術(primary rhinoplasty)の同時施行が推奨されます。
術前の鼻肺胞形成(nasoalveolar molding: NAM)との組み合わせも重要です。NAMは生後数週間から開始し、歯槽裂を2mm以内に縮小・鼻翼を拡張・鼻柱を延長するプレサージカル処置です。NAMを施行した症例では、一次修復術後の長期鼻対称性の改善と、歯槽骨移植(alveolar bone grafting)の必要性を約40%削減できた報告があります。
一次修復の時期についても近年見直しが進んでいます。従来の「10の法則(体重10ポンド・ヘモグロビン10g/dL・月齢10週)」はミラードが普及させたガイドラインですが、あくまで目安に過ぎません。一部の施設では、長期コホート研究の結果から月齢4か月での手術を採用し、手術時期を画一的に決めるのではなく「患者個別の発達・成長パターンに基づいて判断する」という方針に移行しています。この変化は歯科・口腔外科従事者にとっても参照価値の高い動向です。
さらに、Tennison法固有の問題として「人中での水平瘢痕が鼻柱基部に達した場合の修正難易度」が挙げられます。成長後に修正手術(secondary lip revision)が必要となった場合、水平瘢痕の存在が修正デザインの自由度を制限することがあります。この点を見越して、一次手術時のバックカットの長さを必要最小限に抑える意識が、長期的な患者利益に直結します。