硝子体内投与で白内障発症率が23%に達する事実は意外に知られていません。
トリアムシノロンアセトニドは眼科領域において、黄斑浮腫を中心とした多様な網膜硝子体疾患の治療に使用されています。この薬剤は副腎皮質ステロイド薬の一種で、強力な抗炎症作用と免疫抑制作用を持つため、眼内の炎症性疾患に対して高い効果を発揮します。
主な適応疾患として、糖尿病黄斑浮腫が最も多く、全体の約55%を占めています。糖尿病によって網膜の血管が傷つき、黄斑部に水分が溜まる状態に対して、トリアムシノロンの抗炎症作用が浮腫の原因物質を抑制します。次いで網膜静脈閉塞症が約26%を占め、血管が詰まることで生じる黄斑浮腫の治療に用いられています。
つまり黄斑浮腫が主目的です。
ぶどう膜炎に対しても約8%の症例で使用され、特にテノン嚢下注射の場合は約20%と頻度が高くなります。甲状腺眼症(バセドウ病眼症)における眼球突出や眼瞼腫脹に対しても、トリアムシノロンの局所注射が有効とされています。1回の投与で約60%の症例に改善が認められ、効果は数ヶ月持続するため、3ヶ月後にMRIで炎症の改善を確認するのが一般的です。
日本眼科学会による全国調査データ(PDF)では、2005年の1年間で硝子体内注射が5,665件、テノン嚢下注射が12,896件実施されたことが報告されています。
硝子体手術時の硝子体可視化薬としての使用も重要な適応です。マキュエイド硝子体内注用40mgとして2010年より保険適用となり、後部硝子体剥離の作成や内境界膜剥離の補助に広く用いられています。
眼科領域におけるトリアムシノロンの投与方法は、主にテノン嚢下注射と硝子体内注射の2つに大別されます。それぞれ投与部位が異なるため、適応疾患や副作用プロフィールにも違いがあります。
テノン嚢下注射は、結膜を小さく切開して眼球の後ろ側のテノン嚢という空間にステロイド薬を注入する方法です。点眼麻酔後に行われ、1回の注射量は平均15.43mgです。この方法は眼球の周囲組織に薬剤を投与するため、全身への影響が少なく、比較的安全性が高いとされています。効果持続期間は約3ヶ月で、浮腫が再発した場合は再投与を検討します。
結論は局所投与が基本です。
硝子体内注射は、眼球内の硝子体腔に直接薬剤を注入する方法で、より強力な効果が期待できます。白内障手術後の患者のみが受けられる治療法として、1回の注射量は平均6.53mgです。極細の針を用いて眼球内に直接薬を注入するため、病変部位に高濃度の薬剤を到達させることができます。
投与に使用される製剤は、筋注用のケナコルトA 40mgが94.97%と圧倒的に多く、その場で上澄みを除いて調整する方法が59.24%の施設で採用されています。施設内で特別に調整する方法は15.29%で、主に大学関連施設で行われています。
甲状腺眼症に対しては、外眼筋の近くにステロイドを注射する眼窩内注射も行われます。徐放性のトリアムシノロンアセトニドを使用し、2〜4週程度効果が持続し、副作用も非常に少ないことが報告されています。
藤田眼科によるステロイドテノン嚢下注射の解説では、黄斑浮腫の治療における具体的な手技と効果について詳しく説明されています。
トリアムシノロン注射の最も重要な副作用の一つが眼圧上昇です。ステロイド薬は房水の流出抵抗を増大させることで眼圧を上昇させ、放置すると視神経障害を伴う「ステロイド緑内障」を引き起こす可能性があります。
硝子体内投与での眼圧上昇発現率は46.3%と極めて高く、テノン嚢下投与でも8.2%で眼圧上昇が報告されています。南インドの三次眼科医療機関での後ろ向き観察研究では、硝子体内トリアムシノロンアセトニド(IVTA)群でデキサメタゾン(DEX)群よりも有意に高い眼圧上昇率が確認されました。
眼圧上昇に注意すれば大丈夫です。
全国調査では、硝子体内注射で10.26%の症例で眼圧上昇が認められ、そのうち濾過手術が必要となったケースは0.56%(32件)でした。特にC大学では3.07%、E大学では2%と高い頻度で濾過手術が必要となっています。E大学は4〜8mgと平均より多めのトリアムシノロンを使用していましたが、C大学は4mgであり、個人の体質的要因も関与していると考えられます。
眼圧上昇は投与後1〜2週間ほどで生じる症例がある一方で、短期間では証明されていない症例でも長期使用で眼圧上昇を来すことがあります。そのため、トリアムシノロン投与後は定期的な眼圧測定が不可欠です。緑内障の既往がある患者や緑内障リスクの高い患者では、特に慎重な経過観察が求められます。
ステロイド投与による眼圧上昇は初期には可逆性で、投与中止により2〜3ヶ月以内に正常化することが多いとされています。しかし、そのまま放置すると眼球隅角部の房水流出路に変性が生じ、不可逆的な視神経障害へと進行します。
トリアムシノロン投与後のもう一つの重要な副作用が白内障の発症・進行です。ステロイドは水晶体上皮細胞に作用し、特に後嚢下白内障を引き起こすことが知られています。
硝子体内注射では2.04%(116件)、テノン嚢下注射では1.55%(191件)で白内障が報告されています。しかし、より長期の追跡調査では、投与後12ヶ月での後嚢下白内障の発症頻度は18%、最終経過観察時では23%に達したという報告もあります。発症時期は平均8.8±3.7ヶ月で、トリアムシノロン投与から半年から1年程度で白内障が顕在化してきます。
白内障進展は避けられません。
マキュエイド硝子体内注用40mgの臨床試験では、40mg群で白内障混濁が26.7%(8/30例)、20mg群で9.4%(3/32例)に認められました。投与量が多いほど白内障進行のリスクが高まる傾向が明確です。再審査報告書によれば、既に白内障を有する患者において、本剤投与により白内障が進行する傾向がみられたとされています。
ステロイドによる白内障は、発症すると進行が早く、数ヶ月から1年程度で手術が必要になるほど視力が低下するのが特徴です。そのため、トリアムシノロン投与前には白内障の有無を確認し、投与後は定期的な細隙灯顕微鏡検査で水晶体の混濁の程度をチェックする必要があります。
硝子体手術との併用例では、白内障の発現率は0.14%(40件)と比較的低く報告されていますが、これは多くの症例で既に白内障手術が同時に行われていることが理由と考えられます。
歯科医にとって、トリアムシノロン治療を受けている患者を診療する際には、いくつかの重要な留意点があります。ステロイド薬を使用している患者の全身状態を把握し、適切な医科歯科連携を図ることが患者の安全な治療につながります。
まず、問診時にステロイド治療の有無を必ず確認することが基本です。眼科でトリアムシノロン注射を受けている患者は、全身的なステロイド投与ではないものの、局所的に高濃度のステロイド薬に曝露されています。特に繰り返し投与を受けている患者では、副腎皮質機能への影響も考慮する必要があります。
眼科受診を推奨することです。
ステロイドの長期使用は、抜歯や歯周病の外科手術、インプラント手術後に細菌感染を起こしやすく、傷を治りにくくさせます。歯科治療前後には抗生物質を通常よりも長く服用したり、消毒を歯科医院で頻繁に行うなどの対応が必要になります。口腔内は歯垢などの細菌の巣窟であるため、ステロイド使用中の患者は特に注意が必要です。
歯科でもトリアムシノロンアセトニドは口腔粘膜疾患の治療に使用されますが、口腔用軟膏や貼付剤の形で局所投与されます。主な副作用として口腔内のカンジダ症が報告されており、ステロイドの免疫抑制作用により常在菌が増殖しやすくなります。眼科領域での注射治療とは投与経路が異なりますが、ステロイド薬としての基本的な性質は共通しています。
内科でステロイド薬の全身投与を受けている患者に対しては、眼科医はしばしば眼に対する副作用に無頓着であると指摘されています。ある報告では眼科受診を勧めたのはわずか40%に過ぎなかったとされています。歯科医が患者の服薬状況を把握し、長期ステロイド使用例に対して眼科受診を勧奨することは、患者の視覚予後を守る上で重要な役割となります。
日本眼科医会によるステロイド治療薬の注意喚起(PDF)では、副腎皮質ステロイド薬を使用している患者に定期的眼科受診をすすめるべきであると明記されています。必要な検査として細隙灯顕微鏡検査、眼圧検査、隅角検査、眼底検査、視野検査などが挙げられています。
歯科診療時には、患者に現在受けている眼科治療の内容、最終受診日、眼圧や視力の状態について質問することが望まれます。トリアムシノロン注射を繰り返し受けている患者で、眼科での定期検査を受けていないケースがあれば、眼科受診を促すことで重篤な合併症を未然に防ぐことができます。
医科歯科連携が患者を守ります。