1検体だけ依頼すると、マルチプレックスより費用が最大4倍近く割高になります。
シングルセル解析(scRNA-seq)の受託サービスを依頼する場合、費用は解析手法や依頼先によって大きく異なります。国内の代表的な受託サービスを比較すると、その実態がよく見えてきます。
まず最もよく使われる10x GenomicsのChromiumシステムを使ったscRNA-Seqの場合、東京大学附属のLiSDaC(生命データサイエンスセンター)では1検体あたり約98万円(税込)が標準価格です(2025年度価格表より)。これにはライブラリ調製費用とシーケンス費用(1億リード程度)が含まれます。
一方、民間の受託サービスでは価格に幅があります。株式会社生物技研が2025年5月に開始したDNBelab Cシリーズを用いたscRNA-seq解析は60万円/サンプル(税別)と比較的リーズナブルです。また和研薬株式会社がシンガポールのファシリティで実施するシングルセル解析(凍結細胞サンプル)は59万8,000円/サンプル、シングル核解析(凍結組織サンプル)は69万4,000円/サンプルとなっており、海外拠点を活用したコストダウンが実現されています。
つまり、最安で約60万円、標準的な国内機関では約100万円前後が相場です。
| 依頼先・サービス | 費用目安(税込) | 特徴 |
|---|---|---|
| 東京大学LiSDaC(10x Genomics Chromium) | 約980,000円/検体 | 国内大学機関・高い信頼性 |
| 和研薬(シンガポールファシリティ)凍結細胞 | 598,000円/サンプル | 海外拠点活用・低コスト |
| 株式会社生物技研(DNBelab C) | 600,000円〜/サンプル(税別) | 2025年新サービス・リーズナブル |
| 京都大学ASHBi SignAC(Fixed RNA Kit) | 657,900円〜/回 | 大学コアファシリティ |
これが基本です。しかし、「1検体60〜100万円」という数字だけを見て諦めるのは早計です。次のセクションで説明するコスト削減策を知ると、印象がかなり変わってきます。
参考:東京大学LiSDaC 次世代シーケンス部門の価格表(2025年度)はこちらで確認できます。
費用が高い。それは事実です。しかし、適切な方法を取れば1検体あたりのコストを大幅に削減できます。代表的な節約策を3点紹介します。
① マルチプレックス(複数サンプル同時解析)
最も効果的なコスト削減手段がマルチプレックスです。複数のサンプルを混合して1回の解析ランで処理することで、1サンプルあたりのキット代やシーケンス費を分散できます。理化学研究所が2022年に発表した研究では、1細胞遺伝子発現解析においてサンプルを多重化することで「バッチ効果などのエラーの低減や実験コストの削減」が可能になることが示されています。KOTAIバイオの受託ハンドブックによると、複数サンプルを混合した場合、1サンプルあたりの解析コストは単独依頼に比べて大幅に抑えられます(ただし解析細胞数は減少します)。
② Fixed RNA Kit(固定細胞)の活用
10x Genomicsが提供するFixed RNA Kitを使ったシングルセル遺伝子発現Flex(scFlex)は、通常の生細胞ではなく固定化した細胞を使う手法です。Rhelixa社などが提供するこのサービスでは、プローブベースのRNA検出を使うため細胞生存率によるバイアスが出にくく、かつサンプルのマルチプレックスが可能で「1サンプルあたりの価格を抑えることができる」と公式に説明されています。固定サンプルは輸送や保存も容易なため、歯科大学や研究機関から外部機関への委託に向いています。
③ 大学・国研のコアファシリティを活用する
民間の受託サービスとは別に、大学や研究機関が設置するコアファシリティを利用する選択肢があります。京都大学ASHBiのSignAC(単一細胞ゲノム情報解析コア)、東京大学LiSDaCなどは、外部研究者にも開放されており、民間サービスと同等かそれ以下のコストで高品質な解析が受けられます。これらを活用すると費用対効果が高くなります。
シングルセル遺伝子発現Flex解析の費用・マルチプレックスについての詳細(Rhelixa)
シングルセル解析が歯科・口腔科学の研究に欠かせない理由は、口腔組織が「複数の細胞タイプが混在した不均一な組織」だからです。バルク解析では細胞集団全体の平均データしか得られませんが、シングルセル解析では個々の細胞ごとの遺伝子発現プロファイルを取得できます。これは臨床研究にとって大きな違いです。
具体的な応用例はすでに多数あります。
- 歯根膜由来間葉系幹細胞(MSC)の多様性解析:東京医科歯科大学では科研費(基盤研究C、課題番号20K09989)によりヒト歯根膜由来MSCのシングルセル解析を実施。細胞集団内の個々の細胞の特性を把握することで、歯周組織再生に最適な細胞のセレクションを目指す研究が進められています。
- 口腔がん(口腔扁平上皮癌)の増殖・転移メカニズム解明:東京医科歯科大学の渡部徹郎教授らは、シングルセル解析によって口腔がんの増殖と転移を司るメカニズムの解明に取り組んでいます(KAKENHI-PROJECT-20H03851)。
- 歯周病のRANKL発現細胞同定:日本歯周病学会での発表(2024年)では、歯根膜細胞のシングルセルRNA-seq解析によって「RANKL発現間葉系細胞集団」を同定し、歯槽骨吸収のメカニズム解明が進んでいます。
- 顎関節症の細胞レベルでの可視化:昭和医科大学(2026年)では、シングルセル解析と空間トランスクリプトーム解析を組み合わせ、顎関節症の発症メカニズムを組織内の分子変化として可視化する研究が発表されています。
- 歯の形成メカニズムの解明:東京科学大学では2025年8月、シングルセル解析によってCXCL12陽性細胞の特性を一細胞レベルで解析し、歯根と歯槽骨の形成メカニズムを解明。将来的な歯髄・歯周組織・骨の再生医療への応用が期待されています。
歯科研究にとってシングルセル解析は必需品になりつつあります。
東京科学大学:歯根と歯槽骨の形成メカニズムをシングルセル解析で解明(2025年8月)
シングルセル解析の費用が1検体60〜100万円となると、個人の研究費だけでまかなうのは難しいのが現実です。しかし、適切な助成制度を活用すれば、費用負担を大幅に軽減できます。
科学研究費助成事業(科研費)
最も広く使われる研究費制度が科研費(JSPS:日本学術振興会)です。シングルセル解析は「消耗品費」として計上可能で、基盤研究(C)の採択でも300万〜500万円程度の直接経費を確保できます。前述の東京医科歯科大学の歯根膜MSC研究では、約330万円の直接経費が配分されており、その中でシングルセル解析のコストも賄われていました。歯科・口腔科学分野でも毎年多くの研究者が採択されています。
先進ゲノム支援(文部科学省)
文部科学省・JST系の「先進ゲノム支援」は、高額なシングルセル解析・空間オミックス解析を含む次世代ゲノム解析を支援するプログラムです。2026年度の公募要項では「高額の経費を必要とするシングルセル解析、空間的オミックス解析については厳しく経費を査定する」と明記されており、対象として認識されています。採択されれば実質無料に近い形で解析が受けられるケースもあります。
AMED(日本医療研究開発機構)
医療・歯科分野の研究では、AMEDが提供する各種の競争的研究費制度が利用できます。AMEDの公募要領にも「シングルセル・レパトア解析やクライオ電子顕微鏡を用いた構造解析等」が明示的に挙げられており、歯科関連疾患(歯周病・口腔がん・再生医療)の研究テーマとの親和性が高いです。
費用の問題は助成金で解決できます。まず科研費申請のスケジュールを確認し、シングルセル解析費用を計画的に組み込むことが第一歩です。
先進ゲノム支援 2026年度支援課題の公募要項(シングルセル解析・空間オミクス含む)
シングルセル解析を依頼する際、どのプラットフォームを選ぶかによって費用・品質・適用範囲が大きく変わります。歯科研究者にとって特に重要な選択基準をまとめます。
10x Genomics Chromiumシリーズ(標準選択肢)
現在、世界標準となっているシングルセル解析プラットフォームです。1ウェルあたり最大約1万細胞を同時解析可能で、費用対効果に優れています。5'法・3'法いずれにも対応し、免疫レパトア解析(TCR/BCR)との同時解析も可能です。口腔がんの免疫微小環境解析など、歯科免疫学分野の研究に特に有用です。装置本体の価格は480万円〜(税抜)と高額なため、自前で装置を持つより受託が現実的です。
DNBelab C Series(コスト重視の新興選択肢)
MGI Tech社が提供するシングルセル解析システムです。10x Genomicsと比較してシーケンスコストが低く、国内では株式会社生物技研が2025年5月にこのシステムを用いた受託サービスを開始しました。60万円/サンプル(税別)という価格は業界最安水準のひとつです。
Fluidigm C1(少数細胞向け)
1回の解析で96細胞まで処理できる小規模システムです。東京大学LiSDaCでは700,000円/サンプル(1サンプル1レーン)で提供されています。細胞数が限られる歯根膜由来幹細胞の解析など、希少細胞を丁寧に解析したい場合に適しています。
選択のポイント:解析の目的と費用のバランス
| 研究目的 | 推奨プラットフォーム |
|------|--------------|
| 細胞タイプの網羅的分類(歯周組織・歯根膜) | 10x Genomics Chromium 3' |
| 免疫細胞レパトア解析(口腔がん) | 10x Genomics Chromium 5' + V(D)J |
| 少数希少細胞の精密解析 | Fluidigm C1 |
| コスト優先・大量サンプル | DNBelab C Series |
| FFPE固定組織サンプル | 10x Genomics Flex(固定細胞対応) |
プラットフォーム選びが費用と成果を決めます。まず研究目的を明確にしてから、受託業者に相談するのが原則です。
シングルセル解析のメリット・デメリットと各プラットフォームの解説(ミクセル)