免許を持っているのに働いていない歯科衛生士が、あなたの地域で10万人以上います。
令和6年(2024年)末時点の就業歯科衛生士数は149,579人で、前回調査(令和4年末)の145,183人から4,396人増加しました。これは厚生労働省が公表した衛生行政報告例の最新値であり、就業者数としては調査開始以来の最高値を更新し続けています。
2010年(平成22年)には全国で約10万3,180人だったことと比べると、約14年間でおよそ1.45倍に増加した計算になります。コンビニの店舗数が全国に約5万8,000店あることを考えると、それよりも多くの歯科衛生士がいる規模です。
就業場所の内訳を見ると、「診療所」に勤務する歯科衛生士が135,499人で、全体の90.6%を占めています。つまり10人いればそのうち9人超が歯科診療所で働いているということです。診療所以外では、病院が7,675人、市区町村・保健所等が2,785人と続きます。特に介護老人保健施設等の勤務者は平成20年の241人から令和6年には1,533人へと、約6.4倍に増加している点は注目に値します。
数字の上では増えているということですね。しかしこれが「採用できる」とイコールにならないのが、現場の実態です。就業者数の増加を単純に「人手が足りるようになった」と読み解くのは早計で、むしろ数の裏に潜む構造問題を理解することが重要です。
日本歯科衛生士会「就業者数(厚生労働省調べ)」令和6年衛生行政報告例の結果より
就業歯科衛生士数の推移で特に注目すべき変化が、年齢構成の大きなシフトです。令和6年のデータでは、50歳以上の就業者が全体の28.4%を占めるに至りました。平成24年(2012年)の時点ではこの割合がずっと低かったことを考えると、わずか10年余りで職域全体の高齢化が急速に進んでいることがわかります。
25歳未満の就業者数は平成30年以降ほぼ横ばいで推移しているのに対して、50代以上は平成24年以降一貫して増加し続けています。現場のイメージとして「若い女性が多い職種」という印象を持たれることも多いですが、実態は3割弱が50歳以上というのが令和の現状です。意外ですね。
年齢別の就業率データも見逃せません。25歳未満の免許保有者の就業率は78.1%ですが、25〜29歳では66.0%に急落し、30〜34歳では約5割弱にまで下がります。これは結婚・出産・育児というライフイベントと重なる年代であり、30代前半で就業者数がいったん「谷」を形成する構造が長年続いています。
この谷が現場に与える影響は大きいです。新卒から数年で離職し、30代後半〜40代に非常勤で復職するというパターンが歯科衛生士のキャリアモデルとして定着してきた背景には、職場環境の整備が追いついていないという現実があります。35〜59歳では約3割が非常勤勤務であるというデータもその実態を裏付けています。
また、転職経験を持つ歯科衛生士の割合は実に約76.4%という調査結果もあります。転職するのが当然という職場文化になっていることを理解した上で、採用・定着の戦略を組み立てる必要があります。定着支援が基本です。
厚生労働省「歯科衛生士の現状について」(令和8年3月 第5回歯科衛生士の業務のあり方等に関する検討会 資料)
全国の就業歯科衛生士数が増加しているとはいえ、それが均一に分布しているわけではありません。都道府県別の人口10万対就業歯科衛生士数を見ると、最大の都道府県と最小の都道府県とで2倍以上の格差が存在することが厚生労働省の検討会資料で明らかになっています。
たとえば歯科衛生士(常勤)の従事者がいない歯科診療所の割合は、全国平均で39.2%に上ります。都道府県によってはこの割合がさらに高い地域も存在します。全国の歯科診療所のうち4割近くで常勤の歯科衛生士が一人もいないという状況は、診療の質の維持にとって深刻な問題です。
さらに常勤歯科衛生士が0人または1人しかいない歯科医院が全体の63%を占めるという指摘もあります。新卒の歯科衛生士がそのような職場を就職先として選ぶ可能性は低く、採用競争において不利な立場に置かれてしまいます。この数字だけ覚えておけばOKです。
地域格差が生まれる背景としては、養成校の地理的分布、地域の賃金水準の差、都市部への人口集中などが複合的に絡み合っています。地方の歯科診療所は都市圏以上に採用困難な状況に置かれており、求人を出しても応募がゼロというケースも珍しくありません。地域格差には期限がありません——人口動態の改善がない限り、構造的に継続する問題です。
この現実を認識した上で、地域の歯科医師会や都道府県の復職支援事業(各都道府県の歯科衛生士会が実施するブランクナースならぬ「ブランク歯科衛生士」向けの復職セミナーや技術研修)を積極的に活用することが、地方の診療所にとっては現実的な対策の一つです。
厚生労働省「歯科衛生士の業務のあり方等に関する検討の進め方(案)」(令和7年7月30日 第3回検討会 資料)
就業者数の増加傾向とは裏腹に、将来の供給を担う養成校では深刻な状況が進行しています。令和6年度における全国の歯科衛生士養成校(182校)の入学定員充足率は79.5%で、本調査開始以降最も低い割合となりました。さらに令和7年度には入学者数が1万人を下回り、減少率は前年比で過去最大の−17.4%を記録したという報告もあります。
全国183の歯科衛生士養成校のうち134校(73%)が定員割れを起こしているという現実は、「今後10年間で新たに歯科衛生士になる人数が確実に減る」ことを意味しています。養成施設への志願者数も、2015年には延べ約8万7,000人だったものが、2024年には約3万5,000人と半数以下まで落ち込んでいます。厳しいところですね。
国家試験の合格者数は令和6年度で約7,300人(合格率91.0%)と一定水準を保っています。しかし養成校への入学者が減れば、数年後には合格者数そのものが減少していくのは避けられません。一方で、免許登録者数の累計は令和4年時点で314,143人に達しており、そのうち就業者は145,183人と46%程度にとどまっています。残り54%、すなわち約17万人近い潜在歯科衛生士が働いていない計算になります。
将来の供給推計によると、近年のトレンドが続いた場合、就業歯科衛生士数は2034年に約18万4,000〜18万6,000人になると推計されています。ただしこれは就業率が現状維持の場合であり、離職防止や復職促進によって就業率が向上すれば、最大約24万6,000人規模まで伸びるシナリオもあります。
つまり、採用難の解決策の一つとして「既に免許を持っている潜在歯科衛生士の掘り起こし」は最も即効性のある手段です。産休・育休の取得しやすさ、短時間勤務制度の整備、子育て中の非常勤雇用の柔軟化——こうした環境整備に早期に取り組んだ歯科医院が、採用競争で大きく優位に立てる時代になっています。
全国歯科衛生士教育協議会「歯科衛生士教育に関する現状調査の結果報告(令和7年度版)」
ほとんどの採用の議論が「若手歯科衛生士の確保」に集中していますが、令和の人口構造を踏まえると、50代以上の歯科衛生士の活躍継続こそが最も現実的かつ見落とされてきた経営戦略です。
就業歯科衛生士の28.4%を占めるようになった50代以上は、技術力・患者対応力ともに成熟したベテラン層です。この世代が「体力的にきつくなったから」「役職に就いていないので居場所がない」と感じて離職するケースが増えています。実は、50代歯科衛生士の年収は45〜49歳のピーク(約523万円)と比べて50代では停滞または減少傾向にあるというデータもあり、処遇上の不満が離職を後押しする構図があります。
具体的にどうすれば良いでしょうか?50代歯科衛生士向けには次の3つのアプローチが有効です。
また、2034年の供給推計において60歳以上の歯科衛生士が全体の約15%を占めると推計されていることも、高年齢層の就業継続が今後の歯科医療提供体制において不可欠であることを示しています。これは使えそうです。
採用に多大な費用(求人広告費・人材紹介料)をかけるよりも、今いる歯科衛生士がいかに長く働き続けられるかに投資する方が、コストパフォーマンスの面でも合理的です。求人広告費の平均は1掲載あたり数万〜数十万円、人材紹介であれば年収の20〜30%相当の紹介料が発生することを考えると、定着施策への先行投資は明確にROIが高い選択肢と言えます。
厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(令和7年7月公表)