先発品なのに歯周病治療では推奨されません
セフジトレンピボキシルの先発品は「メイアクトMS」という商品名でMeiji Seika ファルマから販売されている第3世代経口セフェム系抗生物質です。セフジトレンピボキシルは一般名で、錠剤タイプの「メイアクトMS錠100mg」と小児用の「メイアクトMS小児用細粒10%」の2剤形があります。薬価はメイアクトMS錠100mgが1錠あたり56.6円、小児用細粒10%が100mg1gあたり192.8円となっています。
この薬剤の最大の特徴は、細菌の細胞壁合成を阻害することで殺菌作用を発揮する点です。グラム陽性菌からグラム陰性菌まで幅広い抗菌スペクトルを持ちます。
歯科領域では「歯周組織炎、歯冠周囲炎、顎炎」が適応症として保険収載されています。皮膚感染症、呼吸器感染症、泌尿器感染症など広範囲の感染症治療に使用可能です。用法は成人で1回100mg(力価)を1日3回食後に経口投与するのが基本です。重症または効果不十分な場合は1回200mg(力価)まで増量できます。
ただし、この薬剤には重要な注意点があります。バイオアベイラビリティ(生体利用率)が16%と極めて低く、服用した薬剤の84%は吸収されずに排泄されてしまうのです。これは経口抗菌薬の中でも際立って低い数値で、例えば第1世代セフェム系は90%以上の吸収率を誇ります。
飯塚病院の感染症科による報告では、メイアクトのバイオアベイラビリティが16%と低いため効果が望めない可能性が指摘されています。
つまり投与量の大部分が無駄になるということです。
吸収率が低いとはどういうことでしょうか?
具体的には、100mgを服用しても実際に体内で利用できるのはわずか16mg程度です。
残り84mgは便として排出されます。
東京ドームの容積で例えると、5個分の薬剤を投与しても実際に効果を発揮するのは1個分にも満たない計算になります。
この低い吸収率は、薬剤の構造に起因します。セフジトレンピボキシルは消化管での吸収を高めるためにピボキシル基を付加したプロドラッグですが、このピボキシル基が吸収後に切り離されることで、かえって吸収効率を下げてしまっているのです。
セフジトレンピボキシルには多数の後発医薬品(ジェネリック)が存在しますが、その中でも特殊な位置づけなのがオーソライズド・ジェネリック(AG)です。AGとは先発医薬品メーカーから許諾を受けて、先発品と同じ原薬・添加物・製造方法で製造される後発品を指します。
セフジトレンピボキシルのAG品は「セフジトレンピボキシル錠100mg『OK』」と「セフジトレン ピボキシル小児用細粒10%『OK』」の2製品で、Meiji Seika ファルマの子会社である大蔵製薬が製造販売承認を取得しています。
2017年7月に発売が開始されました。
AG品と通常のジェネリックの最も重要な違いは品質の保証レベルです。通常のジェネリックは有効成分が先発品と同じであれば、添加物や製造方法は異なっても構いません。生物学的同等性試験をクリアすれば承認されます。
一方、AG品は原薬・添加物・製法・製造技術・工場の全てが先発品と同一です。実質的に先発品と同じものと考えて差し支えありません。AGが先発品と異なるのは薬価と販売名のみです。
薬価はどちらも同額です。メイアクトMS錠100mgもセフジトレンピボキシル錠100mg「OK」も1錠56.6円となっています。小児用細粒も同様に100mg1gあたり192.8円で統一されています。
同額ということですね。
しかし通常のジェネリックはさらに安価です。例えば沢井製薬の「セフジトレンピボキシル錠100mg『SW』」は1錠56.6円、小児用細粒は128.5円と、小児用細粒では先発品より約33%安くなっています。
Meiji Seika ファルマによるAG品発売のプレスリリース
AGを選ぶメリットは何でしょうか?
添加物の違いによる効果や副作用への不安がある患者さん、先発品からの切り替えに抵抗がある方にとって、AGは安心材料になります。歯科医院でジェネリックへの変更を提案する際、患者さんの不安を軽減できる選択肢です。
ただし、AGであっても先発品と同じくバイオアベイラビリティ16%という根本的な問題は変わりません。製剤が同一であるため、吸収率の低さも同等なのです。効果の面では、AGも通常のジェネリックも先発品も大きな差はないと考えられます。
セフジトレンピボキシル(メイアクト)は歯科で保険適用がある抗菌薬ですが、実は全ての歯科感染症で推奨されているわけではありません。仙台歯科医師会が2024年に公表した「推奨抗菌薬リスト」では、セフジトレンピボキシルの推奨グレードに重要な制限があることが明記されています。
具体的には、セフジトレンピボキシルは「歯冠周囲炎」と「顎炎」には保険適用があり活性も認められていますが、「歯周組織炎」については保険適用はあるものの推奨されていないのです。これは歯科医師にとって重要な処方判断の基準となります。
なぜ歯周組織炎で推奨されないのでしょうか?
歯周病の原因菌は主に嫌気性菌です。特に重度の歯周病では偏性嫌気性菌の関与する割合が高くなります。セフジトレンピボキシルは第3世代セフェム系としてグラム陰性菌には強い効果を示しますが、歯周病の主要な病原菌である嫌気性菌に対しては十分な効果が期待できないのです。
日本歯周病学会の「歯周病患者における抗菌薬適正使用のガイドライン2020」でも、セフジトレンピボキシルは歯周病治療の第一選択薬として推奨されていません。歯周病治療にはβラクタマーゼ阻害剤配合のペニシリン系抗菌薬や、嫌気性菌にも有効なマクロライド系抗菌薬が優先されます。
日本歯周病学会による歯周病患者における抗菌薬適正使用のガイドライン2020
同じセフェム系でもセフカペンピボキシル(フロモックス)は歯周組織炎にも保険適用があり、しかも薬価がセフジトレンピボキシルの約半額です。仙台歯科医師会のリストでは、コスト面も考慮してセフカペンピボキシルが推奨薬とされています。
歯冠周囲炎や顎炎では効果が期待できます。これらの感染症では好気性菌や通性嫌気性菌の関与が大きく、セフジトレンピボキシルの抗菌スペクトルが有効に働くためです。特に親知らず周囲の炎症(智歯周囲炎)では第一選択薬として使用されることがあります。
処方する際は、感染部位と起炎菌を考慮する必要があります。歯周組織炎の患者さんにセフジトレンピボキシルを処方しても、十分な効果が得られず、結果的に治療期間が延び患者負担も増える可能性があります。
適応症を正確に見極めることが重要です。
セフジトレンピボキシルにはピボキシル基という化学構造が含まれており、これが特有の副作用を引き起こすことが知られています。最も注意すべきは低カルニチン血症に伴う低血糖症です。特に小児、とりわけ乳幼児での発症リスクが高く、重篤な場合は意識障害や痙攣を引き起こします。
PMDA(医薬品医療機器総合機構)は2013年にピボキシル基を有する抗菌薬について注意喚起を行っています。副作用発現時の年齢分布を見ると、1歳児で最も報告が多く、0〜2歳の乳幼児に集中しています。長期投与(14日以上)が大半を占めますが、投与開始翌日に低カルニチン血症を伴う低血糖を起こした例も報告されています。
低カルニチン血症はなぜ起こるのでしょうか?
ピボキシル基は体内で代謝される際にカルニチンと結合して排泄されます。カルニチンは脂肪酸代謝に必要な物質で、エネルギー産生に重要な役割を果たします。小児、特に乳幼児は体内のカルニチン貯蔵量が少ないため、ピボキシル基含有抗菌薬の投与でカルニチンが急速に枯渇してしまうのです。
カルニチンが不足するとエネルギー産生ができなくなり、低血糖症状が出現します。症状としては意識レベルの低下、痙攣、脳症などが報告されており、後遺症に至る症例もあります。小児科領域では「メイアクトやフロモックスなどピボキシル基含有抗菌薬は効果が薄く副作用リスクが高い」として使用を控える動きが広がっています。
日本小児科学会も2019年にピボキシル基含有抗菌薬の服用に関連した低カルニチン血症について注意喚起を発表しています。PCAB(プロトンポンプ阻害剤)投与との関連が疑われる症例が22人(中央値1歳、男9人/女13人)報告されました。
歯科での小児への処方時には特に注意が必要です。歯科領域では3日程度の短期処方が一般的ですが、それでもリスクはゼロではありません。保護者への説明として「意識がぼーっとする」「けいれんを起こす」「異常に眠そうにする」などの症状が出た場合はすぐに受診するよう指導する必要があります。
成人でも長期投与では低カルニチン血症のリスクがあります。添付文書には「小児(特に乳幼児)において」と記載されていますが、高齢者や栄養状態の悪い患者さんでも注意が必要です。
14日以上の長期投与は避けるべきです。
その他の副作用としては、発疹、蕁麻疹、下痢、軟便、吐き気などが報告されています。重大な副作用にはショック、アナフィラキシー、偽膜性大腸炎、急性腎不全、肝機能障害などがあり、これらはセフェム系抗菌薬全般に共通するリスクです。抗菌薬の使用は必要最小限にとどめることが原則です。
セフジトレンピボキシル先発品とジェネリックの選択において、多くの歯科医師が見落としがちな独自の視点があります。それは「後発品への変更による患者負担の実質的な軽減効果」と「2024年10月からの制度変更の影響」です。
2024年10月から、後発品があるにもかかわらず先発医薬品を患者が希望した場合、先発品と後発品の価格差の4分の1相当の料金が特別料金として加算される制度が開始されました。この制度はセフジトレンピボキシルにも適用されます。
ただし、ここに注意点があります。セフジトレンピボキシルのAG品「OK」は先発品メイアクトと薬価が同額の56.6円です。したがってAGを選択しても特別料金は発生しません。一方、通常のジェネリックで薬価が異なる製品を選べば特別料金を回避できます。
これは矛盾しているように見えますね。
実は、AG品は「後発医薬品」に分類されるため、薬価が先発品と同額でも制度上は後発品扱いとなり、特別料金の対象外なのです。
これはAG品の大きなメリットと言えます。
品質は先発品と同等、薬価も同額、しかも特別料金は不要という三拍子揃った選択肢です。
小児用細粒では薬価差がより明確です。先発品メイアクトMS小児用細粒10%が192.8円/gに対し、沢井製薬のジェネリックは128.5円/gです。1gあたり64.3円、約33%の差額があります。小児の歯科感染症治療で7日分処方する場合、体重10kgの児童なら約1.5g/日×7日=10.5g必要です。
薬剤費の差額は64.3円×10.5g=675円です。患者負担3割なら約200円の差ですが、年間で複数回処方されれば無視できない金額になります。
知っておくと得する情報です。
コストだけでなく、効果の面からも選択基準を考える必要があります。バイオアベイラビリティ16%という低い吸収率を考えると、そもそもセフジトレンピボキシル自体が適切な選択なのか再考すべきケースがあります。
厚生労働省の「抗微生物薬適正使用の手引き第四版(案)歯科編」では、歯科感染症治療における抗菌薬選択の原則として「バイオアベイラビリティに優れた経口抗菌薬を選択することで、経静脈抗菌薬と同等の効果を期待できる」と記載されています。バイオアベイラビリティ16%のセフジトレンピボキシルは、この原則から外れる薬剤です。
厚生労働省による抗微生物薬適正使用の手引き第四版(案)歯科編
代替薬として検討すべき選択肢があります。歯冠周囲炎や顎炎であれば、同じセフェム系でもバイオアベイラビリティが高いセファレキシン(ケフラール)が第1世代で吸収率90%以上です。歯周組織炎ならアモキシシリン(サワシリン)やクラリスロマイシン(クラリス)が推奨されます。
薬剤選択の最終判断は、感染の重症度、起炎菌の推定、患者のアレルギー歴、併用薬、コンプライアンスなど多角的な要素を総合して行います。セフジトレンピボキシル先発品を選択する場合も、その理由を明確にしておくことが重要です。「いつも使っているから」という理由だけでは、適正使用の観点から不十分です。
保険請求の際にも注意が必要です。歯周組織炎の病名でセフジトレンピボキシルを処方すると、査定の対象となる可能性があります。適応症と病名を一致させ、カルテに処方理由を記載しておくことで、査定リスクを軽減できます。
診療の質を守る工夫です。