デキストラナーゼだけでは不十分です。
ムタナーゼは、う蝕の主要原因菌であるミュータンスレンサ球菌(Streptococcus mutans)が産生する不溶性グルカンを分解する酵素です。この酵素は、グルカンの化学構造のうち、特にα1-3結合を加水分解する特異性を持っています。正式には「α-1,3-グルカナーゼ」とも呼ばれ、歯科領域では歯垢形成の抑制やバイオフィルムの分解を目的とした研究が進められています。
不溶性グルカンは、ミュータンス菌が砂糖(ショ糖)から合成する粘着性の高い多糖体で、歯面への菌の強固な付着を可能にする物質です。このグルカンはα1-3結合を主体とした構造を持ち、水に溶けにくいため、通常のブラッシングや洗口だけでは除去が困難です。バイオフィルムの成熟には48時間程度かかるとされており、この形成過程で不溶性グルカンが重要な役割を果たしています。
ムタナーゼの作用機序は、この不溶性グルカンの鎖状構造を切断することで、菌体外多糖を分解し、バイオフィルムの形成を阻害するというものです。研究によれば、ムタン(α1-3結合を主体とする不溶性グルカン)およびニゲラン(α1-3とα1-4結合が混在する多糖)を基質として、特にムタンをよく分解する性質があります。
酵素学的な特性として、ムタナーゼはpH4~6.5の広いpH範囲で活性を保つことができ、最適反応pHは5.5~6.5程度とされています。これは口腔内の通常pH(6.8~7.0)よりやや酸性側ですが、歯垢内部のpHが低下した環境下でも機能できることを意味します。最適反応温度は45~50℃で、pH5~10の範囲で30分間の処理に対して安定性を示します。
興味深い点として、ムタナーゼは単独使用よりも、α1-6結合を分解するデキストラナーゼと併用することで、より高い効果を発揮することが明らかになっています。グルカンはα1-3結合とα1-6結合の両方を含む複雑な構造をしているため、一方の結合だけを切断しても完全な分解には至りません。そのため、両酵素を組み合わせた「キメラ酵素」の開発が進められており、単独の酵素や混合物と比較して有意にバイオフィルム量を減少させる効果が確認されています。
日本歯科保存学会の研究報告では、キメラ酵素のバイオフィルム分解能力に関する詳細なデータが公開されています
ムタナーゼの最大の特徴は、グルカンのα1-3グルコシド結合に対する高い特異性です。ミュータンス菌が産生するグルカンには、水溶性グルカン(デキストラン)と不溶性グルカン(ムタン)の2種類があり、それぞれ異なる化学構造を持っています。水溶性グルカンはα1-6結合を主鎖とし、不溶性グルカンはα1-3結合を主鎖としています。
不溶性グルカンは歯面への強固な付着と、バイオフィルム内での菌の定着に深く関与しています。
つまり、α1-3結合です。
ムタナーゼはこの結合を選択的に切断することで、歯垢の粘着性を低下させ、機械的除去を容易にします。研究では、ムタナーゼ処理によってバイオフィルムの総細菌数が減少し、歯垢の付着力が有意に低下することが示されています。
基質特異性の実験では、ムタナーゼはムタンに対して最も高い分解活性を示し、ニゲラン(真菌の細胞壁成分)も分解しますが、デキストランやプルラン(α1-6結合主体の多糖)に対する活性はほとんど認められません。この高い特異性により、標的とする不溶性グルカンを効率的に分解できる一方で、他の生体成分への影響を最小限に抑えることが可能になります。
口腔内での実用性を考えると、ムタナーゼの作用時間も重要な要素です。デキストラナーゼでは3分間以上の作用でプラーク溶解効果が得られるとの報告がありますが、ムタナーゼについても同様に、一定の接触時間が必要と考えられます。歯磨剤として使用する場合、通常のブラッシング時間(2~3分)で十分な効果が期待できる可能性があります。
ムタナーゼとデキストラナーゼは、同じグルカン分解酵素でありながら、その作用する結合の種類が異なります。デキストラナーゼはα1-6グルコシド結合を加水分解し、主に水溶性グルカン(デキストラン)を分解します。対してムタナーゼはα1-3グルコシド結合を標的とし、不溶性グルカン(ムタン)を分解するのです。
この違いは酵素の三次元構造に由来しています。酵素の活性部位(基質が結合する場所)の形状が、それぞれの結合様式に対応するように最適化されているため、デキストラナーゼはα1-6結合を、ムタナーゼはα1-3結合を認識して切断します。結合角度や周辺アミノ酸の配置が異なるため、互いの基質を分解することはできません。
この特異性の違いこそが、両酵素の併用が有効である理由です。ミュータンス菌が産生するグルカンは、α1-3結合とα1-6結合が混在した複雑な構造をしており、一方の酵素だけでは完全に分解できません。デキストラナーゼ単独では水溶性部分しか除去できず、不溶性部分が残留してしまいます。逆にムタナーゼ単独でも同様に、α1-6結合部分が残ります。
鶴見大学の研究では、ムタナーゼとデキストラナーゼを融合させた「キメラグルカナーゼ」が開発されています。このキメラ酵素は、両酵素の活性を保持したまま、単一分子として機能します。バイオフィルム形成阻害実験では、キメラ酵素がムタナーゼ単独やデキストラナーゼ単独、さらには両者の単純混合物と比較しても、有意に高いバイオフィルム分解能を示しました。
具体的な活性測定では、ムタナーゼの全活性が2.8Uであったのに対し、キメラ酵素ではムタナーゼ活性とデキストラナーゼ活性の両方を維持していることが確認されています。
Uは酵素活性単位です。
この結果は、両酵素の相乗効果により、より効率的なバイオフィルム制御が可能になることを示しています。
ムタナーゼは自然界に広く分布する酵素で、複数の微生物種から発見されています。主な産生菌としては、Paenibacillus属細菌、Bacillus属細菌、Trichoderma属真菌などが知られています。特にPaenibacillus humicusやPaenibacillus curdlanolyticus MP-1から分離されたムタナーゼは、研究や応用開発に広く用いられています。
バチルス属細菌由来のムタナーゼについては、日本の研究機関で遺伝子クローニングが行われ、その塩基配列や酵素学的性質が詳細に解析されています。これらの研究により、ムタナーゼをコードする遺伝子を大腸菌などの宿主に導入し、大量生産する技術も確立されつつあります。大量生産が実現すれば、歯磨剤への配合コストが下がります。
分離・精製のプロセスでは、まず産生菌を適切な培地で培養し、培養液から酵素を抽出します。その後、硫酸アンモニウムによる塩析、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィーなどの手法を組み合わせて、高純度のムタナーゼを得ます。精製されたムタナーゼは、活性測定や性質解析に用いられます。
酵素の活性測定には、基質として精製ムタンまたは合成α1-3グルカンを使用し、酵素処理後に遊離する還元糖を比色定量する方法が一般的です。また、寒天ゲル上でのクリアゾーン形成(single diffusion assay)により、酵素活性を視覚的に確認することもできます。ムタナーゼ処理した部分では、不溶性グルカンが分解されて透明な領域(クリアゾーン)が形成されます。
産生菌の中には、口腔内常在菌であるPrevotella oralis(旧Bacteroides oralis)からもムタナーゼ様活性が報告されています。ただし、この菌由来の酵素は試験管内での活性検出が困難で、実用化には課題が残されています。一方、土壌細菌由来の酵素は安定性が高く、歯科用製品への応用に適していると考えられています。
ムタナーゼの酵素活性は、反応環境のpHと温度に大きく影響されます。多くの研究で報告されているムタナーゼの最適反応pHは、pH5.5~6.5の弱酸性領域です。Paenibacillus curdlanolyticus由来の酵素ではpH6.0、バチルス属由来の酵素ではpH6.5が最適とされています。この範囲は、う蝕発生リスクが高まる歯垢内部の酸性環境(pH5.5以下)にも対応できる特性です。
pH安定性については、多くのムタナーゼがpH4.0~9.5、特にpH5~10の範囲で安定性を保つことが確認されています。
つまり30分間の処理でも活性を失いません。
口腔内の通常pHは6.8~7.0程度ですが、食後や糖質摂取後には一時的に酸性に傾くため、この広いpH安定性は実用上重要です。
最適反応温度は、多くの報告で45~50℃とされています。Paenibacillus由来の酵素では45℃、Trichoderma属由来の酵素では40~45℃が最適です。室温(20~25℃)でも一定の活性を保ちますが、体温付近(37℃前後)では効率が向上します。これは口腔内での使用を考えると好都合な性質です。
温度安定性に関しては、多くのムタナーゼが45℃以下で完全に安定であり、70℃程度まで一定の耐熱性を示すものもあります。ただし、48℃以上の熱では徐々に失活が始まるため、製品保管時の温度管理には注意が必要です。冷蔵保存(4℃)では長期間活性を維持できることが知られています。
実際の使用場面を想定すると、歯磨剤や洗口液に配合された場合、室温から体温程度の温度範囲で機能することになります。pH条件についても、通常の口腔環境からやや酸性に傾いた状態まで幅広く対応できるため、様々な口腔状況で効果を発揮できる可能性があります。デキストラナーゼのpH範囲も考慮すべきです。キメラ酵素として設計する場合、両酵素の最適条件が重なる領域(pH6前後)で最大の効果が期待できます。
ムタナーゼの機能を語る上で見落とされがちなのが、「グルカン結合ドメイン」の存在です。多くのグルカン分解酵素は、触媒ドメイン(実際に化学結合を切断する部分)とは別に、基質であるグルカンに結合するための専用ドメインを持っています。この結合ドメインがあることで、酵素は標的となる不溶性グルカンに効率的に吸着し、高い分解活性を発揮できるのです。
研究では、グルカン結合タンパク質(Glucan-binding protein)との共同作用により、ムタナーゼのバイオフィルム分解効果が向上することが示されています。結合タンパク質が先にバイオフィルムに吸着し、続いてムタナーゼが結合して分解を開始するという二段階のメカニズムが提案されています。
つまり道案内役が必要なのです。
この知見は、将来的な製品開発において重要な意味を持ちます。単にムタナーゼを配合するだけでなく、グルカン結合ドメインを最適化したり、結合タンパク質を併用したりすることで、より効果的なう蝕予防製品が開発できる可能性があります。現在研究されているキメラ酵素の中にも、両酵素の触媒ドメインに加えて、最適化された結合ドメインを組み込んだものがあります。
さらに興味深いのは、結合ドメインの親和性が酵素の作用時間に影響を与える点です。結合力が強すぎると、一度結合した後に次の作用部位へ移動しにくくなり、全体的な分解効率が低下する可能性があります。逆に結合力が弱すぎると、バイオフィルム表面から容易に脱離してしまい、十分な作用時間が確保できません。
適度なバランスが重要です。
このような基礎的なメカニズム研究は、歯科臨床への応用においても重要な指針を提供します。例えば、歯磨剤として使用する場合、ブラッシングによる機械的刺激と酵素の化学的分解作用をどのように組み合わせれば最も効果的か、といった実践的な問いに答えるための科学的根拠となるのです。
ライオン株式会社の研究サイトでは、グルカン分解酵素の一般向け解説が公開されています
Please continue.