ClassⅡ判定でも、実は癌が含まれていたケースが報告されています。
パパニコロウ分類(Papanicolaou分類)は、子宮頸部細胞診から派生した5段階のクラス分類法です。 ClassⅠ(異常細胞なし)からClassⅤ(悪性と確定)まで、細胞の異型度に応じて段階的に判定します。 koukuugan(https://www.koukuugan.jp/gun7_inspection.html)
長年にわたり口腔細胞診でも標準的に用いられてきました。直感的に理解しやすい体系です。
しかし、同じ扁平上皮領域でも口腔粘膜の細胞学的特性は子宮頸部と異なり、このクラス分類をそのまま口腔に適用することへの限界が指摘されてきました。 特に問題視されたのはClassⅡの扱いです。ClassⅡは「異型細胞はあるが悪性ではない」と定義されますが、実際にはClassⅡと判定された症例の中に悪性例が一定数含まれていたことが明らかになっています。 cdn.jscc.or(https://cdn.jscc.or.jp/files/guideline-16.pdf)
各分類の定義を整理すると以下の通りです。
| クラス | 判定内容 | 臨床上の対応 |
|---|---|---|
| ClassⅠ | 異型・異常細胞なし(正常) | 経過観察 |
| ClassⅡ | 異型細胞あり、悪性ではない | 定期的な再検討 |
| ClassⅢ | 悪性の可能性あり、確定不可 | 要精査・生検考慮 |
| ClassⅣ | 強く悪性を疑う | 早急に生検実施 |
| ClassⅤ | 悪性と判断できる | 治療方針の決定へ |
つまり旧クラス分類は「悪性か否か」の二項対立的思考を基本としています。 koukuugan(https://www.koukuugan.jp/gun7_inspection.html)
2015年に日本臨床細胞学会が刊行した「細胞診ガイドライン」で、口腔細胞診の報告様式が大きく刷新されました。 従来のパパニコロウ分類から、婦人科領域で世界的に普及していたベセスダシステム(Bethesda System)を口腔用に応用した「口腔ベセスダシステム」への移行が公式に示されました。 sasappa.co(https://www.sasappa.co.jp/online/abstract/jjdp/1/038/html/09103802136.html)
なぜ移行が必要だったのでしょうか?
最大の理由は、旧ClassⅡに悪性症例が少なからず含まれていたことです。 この問題を是正するために、口腔前癌病変(異形成)を表す「OLSIL(低異型度扁平上皮内病変)」と「OHSIL(高異型度扁平上皮内病変)」という区分が新設されました。これにより前癌病変の段階から識別・追跡することが可能になっています。 bdj.co(https://www.bdj.co.jp/cytology/products/hkdqj200000vxts0-att/hkdqj200000vyxfc.pdf)
もう一つの理由は記述式報告様式の採用です。判定区分に加えて所見と推定診断を記載する形式になり、施設間・判定者間のばらつきを最小化する仕組みが整えられました。 igaku-shoin.co(https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/112915)
新報告様式では、判定区分はまず「検体不適正」と「適正」に大別されます。 適正検体の場合、口腔粘膜病変としてさらに以下の5区分に分類されます。 cdn.jscc.or(https://cdn.jscc.or.jp/files/guideline-16.pdf)
重要なのはIFNの位置づけです。 判定が難しいグレーゾーンを「IFN」として明示することで、見落とし防止と適切な追加検査への誘導が図られています。これは使えそうです。 diagnostics.roche(https://diagnostics.roche.com/content/dam/diagnostics/jp/pdf/pathology/expert/document/mc-jp-06809.pdf)
OLSILは表在性の角化異型細胞集団が採取されることが多く、深層型病変は含まれません。 一方OHSILは核異型が明らかで、深層細胞に近い形態を示すことが特徴です。NILMとOLSILの境界、そしてOHSILとSCCの境界の鑑別は現場でも特に判断に苦慮するポイントです。 sasappa.co(https://www.sasappa.co.jp/online/abstract/jjdp/1/038/html/09103802136.html)
参考:日本臨床細胞学会による口腔細胞診ガイドライン(判定区分の定義・診断基準の詳細)
日本臨床細胞学会 口腔細胞診ガイドライン(PDF)
臨床現場で口腔細胞診が最も活用されるのは、白板症や紅板症などの口腔粘膜疾患のスクリーニング場面です。 松本歯科大学病院の報告では、白板症症例においてClassⅤが1例、ClassⅢが5例確認され、そのうち生検を施行した11例中7例に上皮内癌が認められています。 oralcancer(https://www.oralcancer.jp/images/nagano_symp2018-02.pdf)
意外ですね。
この数字は、「見た目が比較的穏やかな白板症でも組織学的に上皮内癌が含まれうる」ことを示しています。細胞診でClassⅡ(NILM相当)と判定されていても、追跡調査の継続は欠かせません。
白板症のOLSIL症例ではOG好性(オレンジG好性)角化異型細胞の集団採取が特徴的です。 一方、紅板症はOHSIL以上の判定となるケースが多く、視診上の色調変化と細胞診結果の整合性を常に確認する習慣が重要です。 diagnostics.roche(https://diagnostics.roche.com/content/dam/diagnostics/jp/pdf/pathology/expert/document/mc-jp-06809.pdf)
WHOによる組織2分類法(Low-grade dysplasia / High-grade dysplasia)との対応では、OLSILがLow-grade dysplasiaに、OHSILがHigh-grade dysplasiaに対応しています。 国際的な組織診断基準との照合が容易になった点は、ベセスダ移行の実用的なメリットの一つです。 diagnostics.roche(https://diagnostics.roche.com/content/dam/diagnostics/jp/pdf/pathology/expert/document/mc-jp-06529.pdf)
参考:白板症・前癌病変と口腔細胞診の臨床的関係についての詳細
ロシュ・ダイアグノスティクス 口腔細胞診の診断ポイント(PDF)
正診率は約80%というデータがあります。 これは高い数値ですが、裏を返せば約20%は確定的な判定が困難であることを意味します。判定に苦慮するNILM・OLSIL・OHSIL・SCCの境界領域がIFNとして処理されることも多く、IFNが出た際の対応プロトコルを施設として明確にしておくことが求められます。 med.oita-u.ac(http://www.med.oita-u.ac.jp/oralsurg/allpdf/sikaigeppou/2016/%E7%AC%AC3%E5%9B%9E%E3%80%80%E6%97%A9%E6%9C%9F%E5%8F%A3%E8%85%94%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%8C%E7%96%91%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8B%E5%8F%A3%E8%85%94%E7%B2%98%E8%86%9C%E7%97%85%E5%A4%89%E3%81%AE%E6%A4%9C%E6%9F%BB%EF%BC%9A%E7%B4%B0%E8%83%9E%E8%A8%BA%E3%81%A8%E7%94%9F%E6%A4%9C.pdf)
IFNが出たらどうすべきでしょうか?
基本的な対応は「追加採取または短期再検(3〜6ヶ月以内)と生検の組み合わせ判断」です。 細胞診は確定診断ツールではなく、あくまでスクリーニングです。病名の最終確定は病理組織診断で行うことが原則です。 cda.or(https://www.cda.or.jp/wp-content/uploads2/2022/02/%E3%80%90%E9%85%8D%E5%B8%83%E8%B3%87%E6%96%99%E3%80%91%E7%B4%B0%E8%83%9E%E8%A8%BA%E3%81%AE%E5%AE%9F%E9%9A%9B%E5%8D%83%E8%91%89%E7%9C%8C%E6%AD%AF%E7%A7%91%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E4%BC%9A2021.1.21.pdf)
検体不適正(Inadequate)と判定される主な原因は以下のとおりです。
これらを防ぐために近年普及しているのが液状化検体細胞診(LBC法)です。 従来の擦過細胞直接塗布法と比較して、細胞の乾燥や重なりが少なく、異型細胞の検出感度が向上します。採取器具を固定液で洗浄することで採取細胞を100%回収できる点も大きな利点です。 tcpl.co(https://www.tcpl.co.jp/wp-content/uploads/2017/09/koku_oshirase.pdf)
施設でLBC法への切り替えを検討する際は、使用する採取ブラシの種類と固定液の互換性を事前に確認することが必要な一歩です。
参考:液状化検体細胞診(LBC法)の概要と口腔細胞診への応用
口腔の液状化検体細胞診の可能性(PDF)
報告書は「判定区分・所見・推定診断」の3要素で構成されています。 判定区分だけを確認して終わりにするのは、新ガイドラインの意図を活かしきれていません。所見欄に記載された細胞形態の記述と、推定診断の内容を組み合わせて臨床判断に反映させることが重要です。 cdn.jscc.or(https://cdn.jscc.or.jp/files/guideline-16.pdf)
報告書を受け取ったら以下の流れで確認するのが基本です。
千葉市の口腔がん個別検診(過去11年間)でのがん検出率は0.06%という報告があります。 低い数値に見えますが、これは他臓器の検診における検出率とほぼ同等であり、細胞診を用いたスクリーニングの有効性を支持するデータです。 ir.tdc.ac(https://ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/4061/1/116_332.pdf)
歯科従事者として日常的に細胞診報告書に接するなら、パパニコロウ分類とベセスダシステムの両方の知識を持っておくことが現実的に求められます。 施設によっては依然としてクラス分類を使用しているケースがあるためです。分類ごとの対応を一覧で手元に置いておけば、判断のブレを防げます。 tcpl.co(https://www.tcpl.co.jp/ken_hantei-html/)
参考:ベセスダシステムによる口腔細胞診の詳細な鑑別基準
口腔細胞診のベセスダシステム:NILM・LSIL・HSIL・SCCの鑑別点(ささっぱ社)