受傷後24時間以内なら歯髄保存率が50%上昇します
複雑破折とは、歯冠部の破折において歯髄が口腔内に露出している状態を指します。単純破折と異なり、歯髄組織が直接外部環境にさらされるため、細菌感染のリスクが時間経過とともに急速に高まります。視診では破折部からのピンク色の歯髄露出と出血が確認できますが、微小な露髄の場合は見落としやすいのが実情です。
診断において重要なのは、露髄の有無だけでなく、受傷からの経過時間です。受傷後24時間以内であれば、歯髄表層部のみの感染にとどまっている可能性が高く、直接覆髄による歯髄保存が期待できます。対照的に、48時間以上経過すると深部への感染が進行し、抜髄の適応となるケースが増えます。
マイクロスコープを用いた精密診査では、露髄部の大きさと歯髄組織の色調を確認します。健康な歯髄は鮮紅色を呈しますが、感染が進行すると暗赤色から褐色へと変化します。露髄面積が2mm以下で、鮮紅色の健康な歯髄色を保っている場合は、歯髄保存療法の良い適応となります。
CT検査やデンタルX線写真では、破折線の走行方向と深度を評価します。破折が歯根部まで及んでいる場合、歯冠歯根破折として分類され、予後が著しく不良となります。このため、初診時の画像診断は治療方針の決定に不可欠です。
日本歯科保存学雑誌の歯根破折診断に関する研究では、レーザーを用いた診断法の有用性が報告されています。
受傷後の経過時間は、歯髄保存治療の成否を左右する最も重要な因子の一つです。
幼若永久歯(歯根未完成歯)では、1歳未満の場合は受傷後72時間以内、2〜3歳では48時間以内、3歳以上では24時間以内に処置を行うことで、歯髄保存の成功率が大幅に向上します。これは歯髄の再生能力が年齢とともに低下するためです。成熟した永久歯では、受傷後24時間を超えると歯髄保存率が約50%低下するという報告があります。
つまり受傷後すぐが勝負です。
時間経過とともに細菌が歯髄深部へ侵入し、不可逆性の炎症を引き起こします。特に口腔内は常在菌が豊富な環境であり、露出した歯髄表面は瞬時に細菌に曝露されます。受傷後6時間までは表層1mm程度の感染にとどまりますが、24時間を超えると感染は歯髄腔全体に及ぶ可能性が高まります。
応急処置の重要性も見逃せません。受傷直後に破折片を牛乳または生理食塩水で保存し、露出部を清潔なガーゼで保護することで、細菌の侵入を最小限に抑えられます。
乾燥させないことが鉄則です。
患者さんへの説明では、「1秒でも早く歯科医院を受診してほしい」と伝えるべきでしょう。
夜間や休日の受傷でも、可能な限り当日中の処置を目指します。翌日まで待つことで、歯髄保存の可能性が大きく損なわれるリスクがあるためです。救急対応可能な医療機関との連携体制を整えておくことも、臨床家として必要な準備といえます。
MTAセメント(Mineral Trioxide Aggregate)を用いた直接覆髄法は、複雑破折における歯髄保存治療の第一選択となっています。
MTAは優れた生体親和性と封鎖性を持ち、直接覆髄における成功率は91〜95%と報告されています。従来の水酸化カルシウム製剤が80〜85%程度であったことを考えると、約10〜15%の向上は臨床的に大きな意義があります。特に露髄面積が1〜2mm以下の症例では、5年後の成功率が94.9%という高い数値も示されています。
治療の実際では、ラバーダム防湿下でマイクロスコープを用いた精密処置が不可欠です。露髄部周囲の感染歯質を完全に除去した後、次亜塩素酸ナトリウム溶液で十分に洗浄します。その後、MTAセメントを露髄部に直接填塞し、硬化を待ってからコンポジットレジンで封鎖します。この一連の手順を無菌的に行うことが成功の鍵です。
どういうことでしょうか?
MTAの硬化には湿潤環境が必要なため、適度な湿り気を保ちながら填塞します。乾燥させすぎると硬化不全を起こし、逆に過度の湿潤は材料の流出を招きます。この微妙なコントロールには、マイクロスコープ下での繊細な操作技術が求められます。
費用面では、MTAを用いた直接覆髄は保険適用外となり、1歯あたり3万円〜8万円程度の自費診療となります。ただし、抜髄して根管治療を行い、その後に支台築造と補綴処置を行う場合の総費用と比較すると、長期的には患者負担が軽減される可能性があります。何より、歯髄を保存することで歯の寿命が約10年延びるというメリットは計り知れません。
複雑破折の治療において、保険診療と自費診療の境界線を理解しておくことは、患者説明の観点からも重要です。
単純な歯冠破折で露髄がない場合、コンポジットレジン修復は保険適用となり、3割負担で1,500円〜3,000円程度です。破折片が残っている場合の再接着も保険診療の範囲内で、約2,000円〜4,000円で治療できます。しかし、露髄を伴う複雑破折に対してMTAセメントを用いた直接覆髄を行う場合は、保険適用外となります。
自費診療でのMTA直接覆髄は、前歯・小臼歯で3万3千円〜5万円、大臼歯で3万8千円〜5万5千円程度が相場です。これに加えて、最終的な補綴処置(セラミッククラウンなど)を自費で行う場合は、さらに10万円〜20万円が必要となります。総額では15万円〜25万円の出費となるため