表面を70%エタノールで拭くだけでは、修理に出せないケースがあります。
デコンタミネーション(decontamination)とは「汚染除去」を意味し、ピペットの文脈では、修理・メンテナンス・校正のためにメーカーや専門サービスセンターへ機器を送付する前に行う、汚染物質の除去作業を指します。
ピペットは実験室で日々、放射性同位元素・病原性微生物・発がん性化学物質などを扱うために使用されます。そのピペットをそのまま他者の手に渡すことは、サービス担当者・運送業者・関係者全員の健康と安全を脅かすリスクがあります。これが、デコンタミネーションが必須とされる最大の理由です。
つまり安全確保が原則です。
エッペンドルフ、サーモフィッシャーサイエンティフィック、コーニングをはじめとする主要なピペットメーカーはすべて、「デコンタミネーション証明書(Decontamination Certificate)」への署名を修理・校正依頼の受付条件としています。署名がない場合は修理を受け付けない旨が各社の依頼書に明記されています。
たとえばエッペンドルフ社の修理依頼書には「作業者の安全確保および国際的な法律遵守の観点からデコンタミネーション証明書へのご署名をお願いしております。ご署名が無い場合はサービスをお受けすることができません」と明記されています。知らずにピペットを送付してしまうと、受付すらしてもらえずそのまま返却されるケースがあるのです。
これは痛いですね。
デコンタミネーションは研究者自身を守るためでもあります。ピペットを分解メンテナンスする前に汚染除去が不十分な場合、自分自身が曝露するリスクがあります。日常の安全管理として、この手順を組み込んでおくことが非常に重要です。
エッペンドルフ マイクロピペット修理・検定サービスページ(証明書フォームのダウンロードあり)
ピペットのデコンタミネーションで最重要なのは「何に汚染されたか」によって手順がまったく異なる点です。汚染物質は大きく3種類に分類されます。
① 放射性物質に汚染された場合
Radiacwash®やRad-Con®などの業界標準の放射能汚染除去剤を使い、メーカーの指示にしたがって表面を拭き取ります。
その後、ガイガーカウンターやシンチレーションカウンターで検査を実施し、その地域のバックグラウンドレベル以下になったことを確認してはじめて「汚染除去完了」となります。単に拭いただけでは不十分です。数値で確認するまでがセットです。
② 生物因子(バイオハザード)に汚染された場合
WHO(世界保健機関)の実験室生物安全指針に基づいた方法が推奨されています。主に使用される試薬は以下のとおりです。
| 試薬 | 有効対象 | 注意点 |
|---|---|---|
| 次亜塩素酸ナトリウム(5g/l) | 一般的な万能殺菌 | 酸と混ぜると有毒な塩素ガス発生 |
| ホルムアルデヒド(37%) | 全微生物・胞子(20℃以上) | 発癌性疑い・安全対策必須 |
| グルタルアルデヒド(2%) | 植物性細菌・胞子・菌類 | 胞子死滅に数時間かかる |
| 70%エタノール | 植物性細菌・菌類・脂質含有ウイルス | 胞子・脂質非含有ウイルスには無効 |
| 過酸化水素(3〜6%) | 広域殺菌(ただし効果は限定的) | 腐食性・皮膚や粘膜への注意 |
バイオセーフティレベル(BSL)3または4の施設で使用されたピペットは、国際的に認可された滅菌処理が必要であり、その後BSL 1または2の施設に移してからサービスに出す必要があります。これが条件です。
③ 危険有害な化学薬品に汚染された場合
エチルアルコールやイソプロピルアルコールなど適切な溶剤で接触した箇所を洗浄し、その後洗剤と水ですすぎます。
発がん性物質・変異原性物質・生殖毒性物質・感作物質、あるいは十分に毒性試験が実施されていない物質に接触した場合はすべてこのカテゴリに含まれます。非常に毒性の高い化学薬品であれば、使用した薬品名を証明書に記載することが求められます。
サーモフィッシャー デコンタミネーション証明書PDF(汚染種別ごとの手順例が掲載)
デコンタミネーション証明書は、ダウンロード後に「必ずPDFを一度PCに保存し、Adobe Acrobat Reader等のPDF専用ソフトで開いてから記入する」ことが求められています。ブラウザ上での入力は正常に機能しない場合があるとメーカーが明記していますので要注意です。
証明書に記載する主な項目は以下のとおりです。
記載に不備や記入漏れがある場合、メーカーから再提出を求められ、5日間が経過すると預かり品がそのまま返却されるケースもあります。
メールアドレスは必須です。
証明書に署名することは、「デコンタミネーションが正しく完了しており、万が一問題が生じた場合の責任はユーザー側にある」という法的な意味合いも持ちます。サーモフィッシャー社の証明書には「デコンタミネーションの失敗や不履行によってサービス担当者が受けた損害に対して、送付者が補償責任を負う」と明記されています。
記入後は、証明書をA4サイズで印刷し、依頼品に添付します。輸送梱包の外側にも1枚貼付し、梱包内の物品にも別のコピーを添付することがルールです。ピペット本体はビニール袋等で密閉した状態で送付してください。
本数が4本以上になる場合はフォームをリセット後に再入力する必要があるメーカーもあるため、記入例を事前にダウンロードして確認しておくことをおすすめします。
アズワン ピペット修理・校正依頼の手順FAQ(デコンタミネーション証明書の要件も解説)
デコンタミネーションは「修理に出す前だけ行うもの」ではありません。日常的なピペットのクリーニングと組み合わせることで、実験精度の維持とコンタミネーションの予防につながります。
日常のメンテナンス(毎日)
毎日使い始める前に、ピペット外部に汚れやほこりの付着がないかを確認します。70%エタノールを含ませたスポンジやウェットティッシュで表面を拭き取ります。特にチップコーン(チップと接触する先端部)は、分注する液体と接触しやすいため重点的に清拭してください。
ピペットは常に垂直に保管することが原則です。横置きにするとチップコーンに入り込んだ液体が内部に滲入し、コンタミの原因になります。
定期メンテナンス(3ヶ月ごと)
毎日使用するピペットは少なくとも3ヶ月ごとに分解清掃が必要です。
有機溶媒を頻繁に扱う場合は特別な注意が必要です。有機溶媒のベーパーがOリングを損傷させます。使用後はピペットの下部パーツを開放し、オーバーナイトで静置してベーパーを揮発させてください。
酸やアルカリを頻繁に使う場合は要注意です。酸・アルカリのエアロゾルはグリースに影響します。この場合はピストン・スプリング・Oリングへのグリース塗布を通常より高い頻度で行うことが推奨されています。
また、フィルターチップを使用することは、ピペット内部へのエアロゾルやサンプルの逆流を物理的にブロックする最も効果的な手段です。特にPCRのような高精度実験や、コンタミを絶対に避けたい実験では標準装備にすることが望ましいでしょう。
Thermo Fisher Scientific「忘れていませんか?今日やっておきたいピペットのメンテナンス」(分解清掃の手順と頻度の詳細解説)
デコンタミネーションや分解メンテナンスを実施した後は、必ずピペットの精度確認(校正)を行う必要があります。これを怠ると、修理後のピペットが正確に分注できているかどうかが不明なままで実験に使用することになります。データの信頼性が損なわれますね。
校正の基準:ISO 8655とは
ピペットの校正に関する国際規格はISO 8655(正式:DIN EN ISO 8655)です。この規格では、1〜10,000µLの範囲について最大許容系統誤差および最大許容偶然誤差が定められており、許容値を超えていれば調整が必要です。
校正の頻度については少なくとも年1回の実施が推奨されており、高精度が求められるGLP(Good Laboratory Practice)やGMP(Good Manufacturing Practice)管理下の実験室では、リスク評価にもとづき年4回(四半期ごと)の校正を求められるケースもあります。
校正の方法
社内で行う場合は、精密天秤(精度10⁻⁶g対応推奨)と蒸留水を使用し、ピペットが指定する容量の水を分注して重量を計測します。密度換算によって吸引量を算出し、設定容量との誤差を確認します。
専門機関への依頼も有効です。ISO/IEC 17025認定機関であれば、JCSS(Japan Calibration Service System)に対応した校正証明書・校正成績書の発行を受けることができます。これはGLP・GMP対応の研究機関や製薬企業で求められる書類です。
たとえばギルソン社のピペットマンシリーズの修理・校正を専門とするエムエス機器株式会社(テクノサウルス)のピペットテクニカルセンターは、10⁻⁶g対応の高精度天秤を備えた国内初認定のISO/IEC 17025認定機関として知られています。
校正と日常メンテナンスを混同している方も多いのではないでしょうか。これは意外ですね。校正は「設定した体積を正確に分注できているかを確認し必要に応じて調整すること」、メンテナンスは「ピペットの状態を維持するための清掃・潤滑・部品交換」であり、目的がまったく異なります。両方をセットで管理することが精度と信頼性を支える基本です。
| 項目 | 校正 | メンテナンス |
|---|---|---|
| 目的 | 精度保証 | 状態維持 |
| 作業内容 | 分注量の測定・調整 | 清掃・潤滑・部品交換 |
| 推奨頻度 | 年1〜4回(ISO 8655基準) | 日常(拭き取り)+3ヶ月ごと(分解) |
| 実施者 | 社内または認定専門機関 | 基本的に自身で可能 |
エムエス機器(テクノサウルス)「ピペットマンの校正とメンテナンス|現場で役立つやり方ガイド」(2分でできる日常点検チェックリストつき)
メトラー・トレド「ピペットの校正と予防保全」(ISO 8655準拠のSOP・認定プランの詳細)

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