暖機運転なしで実施すると、本来なら不合格の滅菌器が合格になってしまいます。
高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)は、医療現場における滅菌法の第一選択です。高温の飽和蒸気が器材の表面に触れて凝縮することで、微生物を死滅させる仕組みです。しかし、この滅菌が成立するには「飽和蒸気が器材のあらゆる表面に確実に到達する」という条件が欠かせません。
滅菌チャンバー内に空気が残ってしまうと、その部分に蒸気が届かず乾熱状態になります。温度計の数値が正常を示していても、実際には滅菌不良が起きているケースがあるのです。これが院内感染リスクに直結します。
ボウィーディックテスト(B&Dテスト)は、この「空気が適切に除去され、蒸気が正しく浸透しているか」を毎日始業前に確認するための試験です。つまり滅菌器そのものの動作適格性を検証するもので、「マシーンリリース用インジケータ」とも呼ばれます。
語源は人名です。
1963年、英国・エジンバラ王立病院の臨床微生物学者Bowie博士と技術者のDick氏が、真空式高圧蒸気滅菌器の空気除去確認方法として発表しました。以来60年以上、世界中で標準的な日常管理の手順として定着しています。
| インジケータのタイプ | 分類 | 主な用途 |
|---|---|---|
| タイプ1(プロセス・インジケータ) | ISO 11140-1 | 包装外側に貼付し、滅菌工程通過の有無を確認 |
| タイプ2(特定試験用インジケータ) | ISO 11140-1 | ボウィーディックテスト専用。空気除去の適格性確認 |
| タイプ5(インテグレーティング) | ISO 11140-1 | すべての重要プロセス変数に反応 |
| タイプ6(エミュレーティング) | ISO 11140-1 | 指定滅菌条件を最も精度高く検知 |
ボウィーディックテストのインジケータはISO 11140-1における「タイプ2」に分類されます。これが条件です。
なお、重力置換式(グラビティ式)の蒸気滅菌器には真空工程がないため、ボウィーディックテストは実施不要です。対象はあくまでも前真空式(プレバキューム式)の高圧蒸気滅菌器に限られます。
参考:ボウィーディックテストの基本原理とガイドライン記載内容について詳しく解説した専門記事です。
ボウィー・ディックテストとは?ガイドラインの記載内容や実施方法 | SALWAY Journal
「いつ、どのくらいの頻度で実施するか」について、根拠のある基準があります。
『医療現場における滅菌保証のガイドライン2021』では、ボウィーディックテストに関して以下の勧告が明記されています。
毎日の義務という点が重要です。
さらに、『医療現場における滅菌保証のための施設評価ツールVer.1.1』においても、ボウィーディックテストの毎日実施は「必須項目」として記載されています。この「必須」は「早急に改善が必要」を意味する最上位の優先度であり、スコアリング上も0点(未実施)か1点(実施済)で評価される厳格な項目です。
試験条件は「134℃、3.5分間」と定められています。
ここで注意が必要なのは、30秒単位で処理時間が設定できない滅菌器の場合は「4分間」が許容されますが、4分間を超えると試験が無効になる点です。過熱になると蒸気の質が変わり、正確な空気除去の検知ができなくなります。4分を超えたら試験はやり直しです。
また、ボウィーディックテストはあくまでも「空の滅菌チャンバー」で実施することが前提です。通常の医療器材を積み込んだ状態で行うものではありません。空の状態が最も残留空気が多く、真空ポンプにとっても最も過酷な条件であるため、その状態での試験が適格性の確認として最も意味を持ちます。
参考:日本医療機器学会によるガイドラインおよび施設評価ツールの記載内容を確認できます。
医療現場における滅菌保証のガイドライン2021 | 一般社団法人日本医療機器学会
具体的な実施手順を順序通りに確認します。この流れを守ることが、試験の有効性を担保する上で欠かせません。
ステップ1:暖機運転の実施
始業前に、まず滅菌器を空のまま加熱して1サイクル運転します。これが暖機運転です。夜間や休日などに停止していた滅菌器の蒸気配管内には、凝縮水や空気が溜まっています。暖機運転でこれらを排除してから、初めてボウィーディックテストを実施します。
暖機運転なしで実施してしまうと、冷えたチャンバーを温めるために通常より多くの蒸気が流入します。その過剰な蒸気が残留空気を「押しつぶす」形になり、本来なら不合格になるべき滅菌器でも合格を示してしまうことがあります。これは見逃しです。
ステップ2:テストパックをコールドスポットに設置
コールドスポットとは、滅菌チャンバー内で最も蒸気が届きにくい場所のことです。通常、排気口部の10〜20cm上部にあたる「下段・扉側」が該当します。ここに1個だけテストパックを水平に置きます。
ここで重要なのが「1個だけ」という点です。
複数のテストパックを置くと、残留空気が各パックに分散してしまいます。1個のパックに集中する空気量が減るため、インジケータへの影響が薄まり、不具合を見逃す可能性が高まります。テストパックは1個のみが原則です。
ステップ3:134℃×3.5分のプログラムで運転
テストパックを設置したら、滅菌器のボウィーディックテスト用プログラムを起動し、試験を実施します。試験条件は134℃×3.5分間です。
ステップ4:終了後すぐにテストパックを取り出す
試験終了後は速やかにテストパックを取り出します。滅菌器内に放置すると、余熱でインジケータの変色が進んでしまい、正確な判定ができなくなることがあります。取り出す際は、テストパックが非常に熱くなっているため、やけどに注意が必要です。
ステップ5:インジケータの判定
インジケータを取り出し、色変化を確認します。製品によって変色の色味は異なりますが、インジケータ全面が均一に変色していれば合格です。「全体的な色の濃淡」ではなく「均一性の有無」と「明瞭な不変色部分の有無」を見ることが判定のポイントです。
| 判定 | インジケータの状態 | 推定される原因 |
|---|---|---|
| ✅ 合格 | インジケータ全面が均一に変色している | — |
| ❌ 不合格(空気残留) | 中心部に変色の残りがある | 真空ポンプ低下・扉パッキン劣化 |
| ❌ 不合格(非凝縮性ガス) | 局所的な変色なし箇所がある | 蒸気ライン内のガス混入 |
| ❌ 不合格(過飽和蒸気) | 中心から外側にかけてムラがある | 蒸気の質(乾き度)の問題 |
判定は目視で行いますが、変色カラーチャートと照らし合わせることで確認精度が上がります。これが基本です。
テストが不合格になった場合、その滅菌器で処理した医療器材は使用できません。これは確実に守るべき対応です。
不合格が出た当日の対応フローは以下のとおりです。
不合格の代表的な原因は扉パッキンの劣化です。パッキンに亀裂が入ることで、滅菌チャンバーへの空気の侵入が起きます。これは外見から気づきにくいため、ボウィーディックテストが「異常の早期発見」として機能するのです。目に見えない不具合を検知できます。
記録の保管も非常に重要な工程です。インジケータの結果は毎回記録用紙に貼付し、日付・滅菌器ごとに適切に保管してください。医療現場の格言として「記録がなければ何もしていないと判断される」という言葉がありますが、これはボウィーディックテストにも直結します。
記録を正確に残しておくことで、万が一の感染事故が発生した際のトレーサビリティ(追跡可能性)にもなります。試験結果の記録は単なる義務以上の意味を持ちます。
なお、移設や大規模修理の後も、3回連続合格の確認は必須です。滅菌器の設置場所が変わると、蒸気の配管条件や圧力が変化するため、新たに適格性を確認し直す必要があります。移設後の再確認は義務です。
参考:滅菌管理部門スタッフ向けに不合格時の対応フローが詳しく解説されています。
滅菌業務と滅菌バリデーション(講演資料) | サクラ精機株式会社
市販のテストパックには複数の種類があり、選択する際には主に「適合規格」と「使用形態」の2軸で検討します。どちらを選ぶかで、検知力が大きく変わります。
適合規格の違い(欧州規格 vs 米国規格)
市販のボウィーディックテストパックの規格は国際的に以下の2種類が主流です。
| 規格 | 地域基準 | 標準パック重量 | 密度 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| ISO 11140-4 | 欧州(EN 285) | 7±0.14kg | 0.42kg/dm³ | より厳格・高い検知力 |
| ISO 11140-5 | 米国(ANSI/AAMI ST4) | 4±0.2kg | 0.20kg/dm³ | 比較的ゆるやか・合格しやすい |
欧州規格(ISO 11140-4)は7kgコットンパックに相当する厳格な条件で試験されます。そのぶん、わずかな不具合も見逃さない高い検知力があります。一方、米国規格(ISO 11140-5)は4kgコットンパック相当で、やや条件が緩やかです。
実際に欧州規格のテストパックで不合格となり、米国規格では合格するケースも報告されています。
これは「欧州規格が間違っている」のではなく、その施設の滅菌器が欧州規格の要件を満たしていないことを示しています。使用している滅菌器の性能に合った規格のパックを選ぶことが、現実的な運用につながります。
単回使用 vs リユースタイプ
コスト面と運用のしやすさを比較した上で選定するのが現実的です。いずれのタイプも適切に管理すれば試験精度は確保できます。
インジケータの記録性も要チェック
毎日実施する試験だからこそ、インジケータの記録の手間が積み重なります。裏面がシールタイプのインジケータを使用すると、記録台帳への貼付が糊なしで完結します。サイズがコンパクトなものはかさばらず、保管スペースも節約できます。これは使えそうです。
参考:各メーカーのテストパックの比較や選定基準が詳しく紹介されています。
ステラワン ボウィーディックテストパック | サラヤ株式会社 医療部門