スルバクタムだけは抗菌活性がある例外的存在です。
歯科医療従事者が国家試験や臨床現場で必ず押さえておくべきβラクタマーゼ阻害薬は、現在日本で使用されている3剤に絞られています。クラブラン酸(CVA)、タゾバクタム(TAZ)、スルバクタム(SBT)の3つです。これらを効率的に記憶するために、多くの受験生や臨床家が活用しているのがゴロ合わせによる暗記法です。
最も広く使われているゴロ合わせが「クラブで爆誕ベタ²ラクダ」というフレーズになります。このゴロを分解すると、「クラブ」がクラブラン酸を、「爆誕(ばくたん)」が語尾に「~バクタム」とつく2剤を、「ベタ²ラクダ」がβ-ラクタマーゼ阻害薬全体を示しています。つまり一つのゴロで3剤すべてを網羅できるわけです。
別の覚え方として「クラブたそペニスする場でセーフやろ」というゴロもあります。「クラブ」がクラブラン酸、「たそ」がタゾバクタム、「ペニス」がペニシリナーゼ(β-ラクタマーゼの一種)、「する場」がスルバクタム、「セーフやろ」がセファロスポリナーゼを表現しています。こちらは作用機序まで含めて覚えられるメリットがあります。
どちらのゴロを選ぶかは個人の好みです。
重要なのは、ゴロで覚えた後にそれぞれの薬剤の特性を理解することです。クラブラン酸は経口薬としてアモキシシリンと配合されることが多く、外来診療で頻繁に使用されます。タゾバクタムはピペラシリンと配合され、緑膿菌を含む広域スペクトラムが必要な重症感染症で選択されます。スルバクタムはアンピシリンやセフォペラゾンと配合され、中等症から重症の院内感染症に用いられます。
ゴロ合わせは記憶の入り口です。
歯性感染症におけるβラクタマーゼ阻害薬配合剤の選択は、感染症の重症度と起因菌の特性によって決まります。JAID/JSC感染症治療ガイドライン2016によれば、口腔レンサ球菌および嫌気性菌を標的菌とする歯性感染症治療では、ペニシリン系薬およびβ-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系薬を第一選択とすることが推奨されています。
特に重要なのが重度の歯性感染症における薬剤選択です。軽度から中等度の歯性感染症では、アモキシシリン単剤やセフェム系抗菌薬で対応可能なケースが多いのですが、重度の歯性感染症では状況が大きく変わります。重症化すると嫌気性菌の検出頻度が高くなり、特にプレボテラ属などのβラクタマーゼ産生嫌気性菌の関与が増加するためです。
嫌気性菌のβラクタマーゼ産生率は予想以上に高く、プレボテラ属ではアンピシリンに対する耐性率が37%以上という報告もあります。このため、顎骨周囲の蜂巣炎、頸部膿瘍などの重症歯性感染症では、β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系薬またはカルバペネム系薬が第一選択薬となります。
つまり重症度判断が鍵です。
歯科診療における実際の薬剤選択では、クラブラン酸/アモキシシリン(経口薬)が外来での軽症から中等症に、スルバクタム/アンピシリン(注射薬)が入院を要する重症例に使い分けられます。ただし、日本の健康保険制度では、βラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系薬の一部が歯性感染症への適応を認められていないケースがあるため、処方時には添付文書と保険適応を確認する必要があります。
薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)の感染管理においても、β-ラクタマーゼ産生嫌気性菌に対して高い抗菌活性を持つクラブラン酸/アモキシシリンが推奨されているという点も、歯科医療従事者として知っておくべき知識です。
JAID/JSC感染症治療ガイドライン2016(歯性感染症)では、β-ラクタマーゼ産生嫌気性菌に注意が必要な重症歯性感染症の治療指針が詳しく解説されています
βラクタマーゼ阻害薬配合剤を使用する際、最も注意すべきなのが配合比率の違いです。それぞれの配合剤で阻害薬と抗菌薬の比率が異なるため、「配合剤1g」と処方しただけでは、実際に投与される抗菌薬の量が製剤によって大きく異なってしまいます。これが治療失敗や耐性菌発生のリスクにつながる可能性があります。
具体的な配合比率を見てみましょう。クラブラン酸/アモキシシリンは1:2または1:14の比率で配合されています。スルバクタム/セフォペラゾンは1:1、スルバクタム/アンピシリンは1:2、タゾバクタム/ピペラシリンは1:8という比率です。例えばスルバクタム/セフォペラゾン1gを投与した場合、実際にはセフォペラゾンとして0.5gしか投与されていないことになります。
海外での標準的な用量と比較すると問題が見えてきます。セフォペラゾンの海外での標準用量は1-2gを12時間毎ですが、日本の添付文書通りにスルバクタム/セフォペラゾンを使用すると、セフォペラゾンとして0.5g×2回/日という少量投与になってしまいます。これでは起因菌を十分に叩けず、むしろ耐性菌を増やしてしまうという最悪の事態を招きかねません。
配合比率を理解することが必須です。
実際の臨床では、配合剤の総量ではなく、含有される抗菌薬の実質的な投与量(力価)で処方設計をする必要があります。例えばスルバクタム/アンピシリンを使用する場合、「1日量として12gまで」という上限がありますが、これはアンピシリンとして十分な量を確保するための設定です。
さらに注意が必要なのは、β-ラクタム系抗菌薬は時間依存性の薬剤であるという点です。血中濃度がMIC(最小発育阻止濃度)を上回っている時間が長いほど効果が高まるため、投与回数と1回量の両方を適切に設定する必要があります。少量を頻回投与するより、適切な量を適切な間隔で投与することが、治療成功と耐性菌抑制の両立につながります。
βラクタマーゼ阻害薬は基本的に抗菌活性を持たず、あくまでβ-ラクタム系抗菌薬の効果を保護する役割だと考えられがちです。しかし実際には、スルバクタムだけは例外的に一定の抗菌活性を持っているという重要な事実があります。この特性を理解しているかどうかが、配合剤選択の幅を広げることにつながります。
スルバクタム自体はアシネトバクター属に対して抗菌活性を示します。アシネトバクターは人工呼吸器関連肺炎や院内感染症の原因菌として問題となる耐性菌ですが、スルバクタムはこの菌に対して直接的な殺菌効果を発揮できるのです。そのため、アシネトバクター感染症に対してはスルバクタム配合剤が選択肢となることがあります。
一方、クラブラン酸とタゾバクタムには単独での抗菌活性はほとんどありません。これらは純粋にβ-ラクタマーゼを阻害することで、配合されている抗菌薬の効果を守る役割に特化しています。つまり、クラブラン酸やタゾバクタムを含む配合剤を選択する場合、抗菌効果は配合されている抗菌薬(アモキシシリンやピペラシリンなど)のスペクトラムに完全に依存することになります。
スルバクタムは二刀流です。
この違いが臨床的に意味を持つのは、カバーすべき菌種と感染部位を考慮した薬剤選択の場面です。例えば歯性感染症の多くは口腔内常在菌が原因であり、レンサ球菌や嫌気性菌が主体となります。この場合、スルバクタムの単独抗菌活性は特に重要ではなく、むしろアンピシリンやアモキシシリンといった配合されている抗菌薬のスペクトラムが治療効果を決定します。
しかし、院内感染症や免疫不全患者の感染症では、グラム陰性桿菌やアシネトバクターなどの耐性菌が問題となるケースがあります。こうした状況では、スルバクタムの持つ追加的な抗菌活性が治療選択肢を広げる可能性があります。
βラクタマーゼ阻害薬は850種類以上のβ-ラクタマーゼが存在する中で、主にClass AのTEM-1、SHV-1やそれに近いタイプのβ-ラクタマーゼを阻害する効果に限定されています。ESBL(基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ)やAmpC、カルバペネマーゼなどの高度耐性菌が産生するβ-ラクタマーゼには効果が不十分なケースも多いため、感受性検査の結果を確認することが重要です。
βラクタマーゼ阻害薬配合剤を使用する際には、単剤使用時とは異なる副作用リスクを理解しておく必要があります。特に歯科診療で問題となるのが消化器症状で、配合剤特有の下痢発症リスクは臨床上無視できない頻度で発生します。患者説明と早期対応が合併症を防ぐ鍵となります。
最も頻度が高い副作用が抗菌薬起因性の下痢です。βラクタマーゼ阻害薬配合剤は、ペニシリン系やセフェム系抗菌薬の単剤よりも下痢を起こしやすいという特徴があります。その理由は、β-ラクタマーゼ阻害薬そのものが用量依存的に下痢を引き起こすためです。つまり、抗菌薬による腸内細菌叢の乱れに加えて、阻害薬自体の消化管への影響が重なることで、下痢のリスクが上昇します。
さらに深刻なのが偽膜性腸炎の原因となるClostridioides difficile感染症(CDI)のリスクです。βラクタマーゼ阻害薬配合剤はCDIの重要なリスク因子として知られており、特に高齢者や入院患者、複数回の抗菌薬使用歴がある患者では注意が必要です。抗菌薬投与開始後に水様性下痢が続く場合、単なる抗菌薬起因性の下痢なのか、CDIなのかを鑑別する必要があります。
下痢は軽視できません。
この副作用リスクを踏まえた対策として、まず処方前に患者の消化器症状の既往を確認することが重要です。過去に抗菌薬で下痢を経験した患者や、高齢で嚥下機能が低下している患者では、処方時に下痢のリスクについて説明し、症状が出た場合の対応を事前に共有しておきます。具体的には、軽度の軟便程度であれば経過観察で良いが、1日に何度も水様便が出る、血便がある、腹痛が強いといった症状があれば速やかに受診するよう指導します。
もう一つの重要な副作用リスクが腎障害です。特にタゾバクタム/ピペラシリンとバンコマイシン(VCM)を併用した場合、急性腎機能障害のリスクがVCM単剤に比べてオッズ比3.4倍に上昇するという報告があります。歯科診療でこの組み合わせを使う機会は少ないものの、既に他科でVCMを投与されている患者に歯性感染症の治療を行う場合には、この相互作用を念頭に置く必要があります。
腎機能のモニタリングが可能な環境であれば、配合剤使用前と使用中の血清クレアチニン値をチェックし、腎機能低下が見られた場合には投与量の調整や代替薬への変更を検討します。特に高齢者や糖尿病患者、慢性腎臓病の既往がある患者では、投与開始前に腎機能を評価しておくことが望ましいです。
日本歯周病学会の「歯周病患者における抗菌薬適正使用のガイドライン2020」では、抗菌薬使用時の副作用管理と適正使用の原則が詳述されています