痛みを「6くらい」と伝えるだけで、治療が変わることがあります。
VAS評価(Visual Analogue Scale:視覚的アナログ尺度)とは、痛みの強さを10cmの直線上に自分でマークすることで数値化する評価ツールです。英国の医師エドワード・ハスキソン(E. C. Huskisson)が1970年代に開発し、慢性疾患の疼痛評価や薬物治療の効果検証を目的として普及しました。現在では医療・リハビリテーション・介護・スポーツ医学など、非常に幅広い分野で活用されています。
具体的な方法はシンプルです。白紙に10cm(100mm)の横線を引き、左端を「痛みなし=0」、右端を「想像できる最大の痛み=100」として設定します。患者自身が、今感じている痛みの程度を線上の該当する位置に縦線や×印でマークします。評価者はその印が左端から何mmの位置にあるかを定規で計測し、その値(0〜100)をVASスコアとして記録します。たとえば印が左端から52mmの位置に付いていれば、VASスコアは「52」となります。
「主観的な体験を客観的に記録する」のがVASの本質です。
痛みは本来、外から見えません。「すごく痛い」という言葉だけでは、昨日と今日の比較も、治療前後の変化も定量的に追いにくいのが現実です。VASを使うことで、その変化を数字として記録でき、治療方針の調整や鎮痛剤の効果判定に活用できるようになります。つまり、患者と医療者が「痛みの情報を共有する共通言語」として機能するわけです。
なお、VASが測るのはあくまで「痛みの強さ」のみです。痛みの性質(ズキズキ・ピリピリなど)や、日常生活への影響を評価する際は、別のアセスメントツールを組み合わせる必要があります。
日本ペインクリニック学会:痛みの診断と評価(VASをはじめとする各種スケールの公式解説)
VASを正確に使うためには、手順を守ることが重要です。特に、評価シートの準備と患者への説明の仕方が結果に直接影響します。
【基本的な手順】
注意が必要なポイントが一つあります。直線の途中に「軽度・中等度・重度」といった言葉を書き添える方法もありますが、これをやると回答がその言葉の位置に集中しやすくなるという研究報告があります。より均等な分布でデータを得たい場合は、両端にだけラベルを付けた「シンプルなVAS」を使うのが原則です。
線の長さにも研究上の推奨があります。5cmでは短すぎて、1回目に示した位置の記憶が残りやすく、再評価時の客観性が下がるとされています。10〜20cmの長さが信頼性・再現性の面から推奨されており、標準は10cmです。
また、治療前後で経時的に評価する場合は、患者が前回つけた位置を覚えている可能性があります。「前回は5点でしたが今回は?」と聞いてしまうと先入観が入り込み、客観的な評価ができなくなります。このような誘導は避けることが基本です。
デジタル版のVASも存在します。タブレットやPC画面上でスライダーを動かして回答する方式で、計測の手間がなく、記録の自動化も可能です。在宅ケアや日常の痛み管理には、スマートフォンアプリや印刷用PDFを活用するのが手軽でおすすめです。
聖泉大学学術リポジトリ:疼痛アセスメントにおけるVAS使用に関する研究論文(VASの正確な使用方法と注意点)
VASで得られた数値(0〜100)は、一般的に以下のように解釈されます。
| VASスコア | 痛みの程度 | 日常生活への影響 |
|---|---|---|
| 0〜30 | 軽度の痛み | 大きな支障なし |
| 31〜60 | 中等度の痛み | 作業・生活に影響が出始める |
| 61〜100 | 強い痛み | 生活の質が低下し、医療介入が必要 |
この基準はあくまで目安です。同じVAS60でも、ある患者は日常生活に支障がないと感じ、別の患者は動けないほど辛いと感じることがあります。痛みは主観的な体験であり、個人差が大きい点を忘れてはいけません。
ここで大切な知識があります。VASスコアは「同一人物の変化を追跡すること」には非常に適していますが、異なる患者同士のスコアを比較することには向いていません。スコアの絶対値より、「治療前後でどれだけ変化したか」を見ることが重要です。
また、研究によればVASスコアの変化が「9mm(約0.9点)未満」では、統計的に有意であっても臨床的に意味ある差とは言えないとされています。つまり、VASが95から88になったとしても、その7点分の改善は「臨床的に重要ではない」可能性があります。数値の変化に一喜一憂するより、患者の日常生活の質やADL(日常生活動作)と組み合わせて評価することが原則です。
VAS70以上が続く場合、またはしびれ・発熱・筋力低下を伴う場合は、速やかに医療機関を受診するのが条件です。
PubMed(日本語要約):VAS疼痛スコアの最小臨床的有意差は9mmという研究報告
VAS以外にも痛みを評価するスケールがあります。それぞれの特徴を正しく理解することで、患者の状態に合ったツールを選べるようになります。
| スケール | 方法 | 特徴 | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| VAS | 10cmの直線上に印をつける | 連続値として扱える。研究にも対応。道具が必要 | 外来・リハビリ・研究 |
| NRS | 0〜10の数字を口頭で答える | シート不要で手軽。口頭で完結 | ICU・救急・在宅での日常評価 |
| フェイススケール(FRS) | 表情イラストから選ぶ | 言語・数値表現が難しい人に有効 | 小児(3歳以上)・高齢者・認知症患者 |
VASの利点は「細かな変化を捉えられる精度の高さ」にあります。NRSは0〜10の整数しか選べませんが、VASなら47.3のような小数点レベルで変化を追えます。一方で、定規や専用シートが必要という運用上のコストがあります。
NRSは「数字を1つ答えるだけ」なので、臥床中の患者や、電話・オンラインでの問診にも対応できます。意外ですね。臨床現場ではVASよりNRSの方が使用されているケースも多く、ICUでの鎮痛管理でもNRSが推奨されています。
フェイススケールは言語理解が難しい患者には強力ですが、痛み以外の感情(悲しみ・不安)が表情に反映されてしまうため、スコアが痛みの強さと必ずしも一致しない点が注意点です。
使い分けの基準としては「患者が何を使えるか」が最優先です。認知機能が保たれていてペンを持てる状況ならVAS、口頭で数字を答えられるならNRS、どちらも難しい場合はフェイススケール、という順番で考えるのが実践的なアプローチです。
ナース専科:VAS・NRS・フェイススケールの特徴と使い分けの解説
VAS評価は病院だけのものではありません。実は在宅介護・慢性痛の自己管理・スポーツのコンディション管理にも非常に有効なツールです。これは使えそうです。
医療機関では数週間おきにしか痛みを確認できないことが多いですが、自宅で毎日VASを記録しておくと「どの時間帯に痛みが強くなるか」「どんな動作で痛みが増すか」といったパターンが見えてきます。このデータを通院時に持参すると、医師がより的確な治療判断をしやすくなります。実際、慢性腰痛の患者が毎朝VASを記録して通院時に報告するケースで、治療効果の評価が効率化されるという事例が報告されています。
継続するコツは3つです。
印刷して使えるVASシートはインターネット上でも無料公開されています。また、スマートフォンの痛み記録アプリを使えば、スライダー操作でVAS相当のスコアを入力でき、グラフの自動生成も可能です。痛み記録アプリで検索すると複数の選択肢が見つかるので、継続しやすいものを1つ選んで使い始めるのがシンプルな第一歩です。
スポーツ分野でも活用が広がっています。アスリートがトレーニング後にVASで疲労度や痛みを記録することで、オーバートレーニングの早期発見に役立てるケースもあります。「なんとなくきつい」という感覚を数値で見える化することで、コーチや医療スタッフとのコミュニケーションが格段にスムーズになります。
VASは紙1枚あれば始められます。難しいことは何もありません。継続することで、痛みの「流れ」が見えてくる点がVAS最大の強みです。
PT・OTスキルアップノート:理学療法士・作業療法士向けVASの特徴と問題点の解説