給与を上げても、歯科衛生士からの応募がゼロになる医院が増えています。
歯科衛生士の採用が難しいと感じている院長・採用担当者は、全国で急増しています。その背景には、構造的な需給ギャップがあります。厚生労働省の職業安定業務統計によると、歯科衛生士の有効求人倍率は長年にわたって高水準を維持しており、近年では約20倍前後で推移しています。これは、求職者1人に対して求人が20件近く存在することを意味します。
つまり、歯科衛生士は「選ぶ立場」です。
一般的な職種の有効求人倍率が1〜2倍程度であることを考えると、その差は歴然としています。東京・大阪などの都市圏ではさらに競争が激しく、地方の小規模クリニックが大手チェーンや病院歯科と同じ土俵で戦うことになります。求人票を出しても応募が来ない状況は、努力不足ではなく、市場全体の構造が原因です。
一方で、毎年約6,000〜7,000人が新たに歯科衛生士免許を取得しています。それでも採用難が解消されないのは、離職率の高さにも原因があります。産休・育休を機に復職しないケース、ライフスタイルの変化によるパート転向など、現場から離れる歯科衛生士が常に一定数存在します。供給が追いついていないということですね。
この構造を理解せずに「給与を少し上げれば来るはず」と考えていると、採用費だけがかさんで成果が出ない状況が続きます。まず市場の実態を正確に把握することが、採用戦略の出発点です。
参考:歯科衛生士の需給状況に関する公的データ(厚生労働省)
厚生労働省|歯科衛生士の需給に関する検討会報告書
応募が来ない医院には、求人票の段階で共通した問題があります。これは採用ノウハウの差ではなく、「情報の見せ方」の差です。
まず最も多い失敗は、給与と勤務時間しか書かれていない求人です。歯科衛生士側から見ると、「この医院で働くとどんな毎日になるのか」がまったく見えません。求人票は採用側の都合を並べる書類ではなく、読んだ人が「ここで働きたい」と思えるコンテンツであるべきです。
次に問題となるのが「福利厚生」欄の貧弱さです。「社保完備・交通費支給」だけでは、他の医院と区別がつきません。産休・育休取得実績、スタッフの平均在籍年数、研修制度の有無など、具体的な数字と実績を示すことが重要です。たとえば「スタッフ平均在籍5.2年」「育休取得率100%」といった数字は、1〜2行でも大きな差別化になります。
これは意外ですね。
また、写真の有無も応募率に直結します。求人媒体の調査では、院内写真や スタッフ写真が掲載された求人は、テキストのみの求人と比べて応募率が平均で1.5〜2倍になるという傾向が報告されています。医院の清潔感・雰囲気・スタッフの表情は、歯科衛生士が「一緒に働きたいか」を判断する重要な要素です。
求人票の質が条件です。
求人媒体の選択も見直す必要があります。歯科衛生士向けの専門求人媒体(デンタルハッピー、ジョブメドレー歯科版、シカカラDH転職など)は、一般求人サイトに比べて歯科衛生士のアクティブな求職者が集中しています。リーチできる母集団が違うため、掲載先の選択だけで応募数が変わることもあります。
採用に成功している歯科医院には、共通した取り組みがあります。それは「働いている様子を外から見える状態にする」ことです。
多くの医院が採用に苦労している一方で、SNSや自院のウェブサイトを活用して継続的に採用できている医院は確実に存在します。その差は、医院の内側を「見せる努力」をしているかどうかにあります。InstagramやX(旧Twitter)で院内の日常や研修の様子を発信している医院は、求人票を出す前から「求職者のフォロワー」を獲得できています。
これは使えそうです。
具体的には、以下のような発信が有効とされています。
こうした情報は、求人サイトの限られたスペースでは伝えきれないものです。採用したい時だけ求人媒体にお金をかけるのではなく、日頃から「選ばれる医院」としての情報発信を継続することが、中長期的な採用コスト削減につながります。
また、Googleビジネスプロフィール(旧Googleマイビジネス)への口コミは、患者だけでなく求職者も見ています。スタッフに対する院長の態度、職場の雰囲気に関連するコメントは、採用活動にも直接影響します。患者満足度を高める取り組みは、採用にもつながるということですね。
一般的な求人媒体への掲載に頼るだけでは、採用難を根本的に解決することはできません。採用チャネルを広げる観点から、学校連携とリファラル採用(紹介採用)は特に効果が高い手法です。
全国には約170校の歯科衛生士養成校があります。卒業生の多くが就職活動を行う時期は毎年12月〜翌3月に集中しており、この時期に養成校のキャリアセンターへアプローチすることで、新卒採用のルートを確保できます。養成校への求人票送付は無料で行えることがほとんどであり、採用コストを抑えながら母集団を広げられます。これは無料です。
さらに踏み込むと、学校への「臨地実習の受け入れ」が最も効果的な採用前投資になります。実習を受け入れた学生は医院の雰囲気をすでに知っているため、入職後のギャップが少なく、早期離職のリスクも下がります。実習→内定というルートは、双方にとってミスマッチが少ない採用形式です。
リファラル採用は、現在在籍しているスタッフに知人・友人を紹介してもらう仕組みです。日本国内の調査では、リファラル採用で入職した従業員は、一般求人経由と比べて定着率が1.4倍以上高いというデータがあります。在籍スタッフが「紹介したい」と思える職場環境を維持することが前提ですが、採用コストを大幅に削減しながら質の高い人材を確保できる可能性があります。
紹介インセンティブ(例:紹介者に1〜3万円の謝礼)を設けている医院もありますが、金額よりも「紹介しやすい雰囲気かどうか」の方が実態としては重要です。スタッフが職場に誇りを持てているかが条件です。
多くの記事では「どう採用するか」に焦点が当たりますが、採用難の本質的な解決には「採用した人材を辞めさせない」取り組みが不可欠です。離職率が高い医院は、採用と離職を繰り返す悪循環に陥ります。
歯科衛生士の離職理由として頻繁に挙げられるのは、給与よりも「人間関係」「院長との相性」「キャリアアップの見通しが立たない」といった内面的な理由です。特に規模の小さいクリニックでは、院長1人のマネジメントスタイルが職場全体の空気をつくります。
結論は職場文化の整備です。
入職後3ヶ月以内に辞めるケースが最も多いことは、業界内でよく知られています。この時期に「期待と現実のギャップ」をどれだけ小さくできるかが、定着の分岐点です。採用前の求人票・面接・見学対応で伝えた内容と、入職後の実態が一致していることが基本です。
具体的な定着施策としては以下のようなものが有効です。
採用コストの観点でも、歯科衛生士を1人採用するためにかかるコストは求人媒体費用だけで平均30〜50万円以上になることも珍しくありません。1年以内に辞められた場合、その費用がまるまる損失になります。採用と定着はセットで考えることが、長期的な採用コスト削減につながります。
「採用できた」で終わらないことが大切です。
入職後の体験設計(オンボーディング)まで採用活動の一部として捉え直すことで、採用難のスパイラルを断ち切ることができます。「選ばれる医院」は求人票だけでなく、入職後の体験でも他院と差をつけています。採用に強い医院は、定着にも強いということですね。
参考:歯科衛生士の離職・就業継続に関する実態調査(公益社団法人日本歯科衛生士会)
日本歯科衛生士会|歯科衛生士の働く環境に関する資料