施設基準の届出を忘れると検査した月から6ヶ月分の返戻請求が発生します
咬合力測定は、患者の咀嚼機能を客観的に評価する重要な検査です。歯科医療従事者にとって、この検査は口腔機能低下症の診断や補綴治療の評価において欠かせないツールとなっています。
健康な成人男性の平均咬合力は581.3N、女性は446.9Nとされており、375N以上の咬合力があれば問題なく食品を咀嚼できると報告されています。この数値を基準とすることで、患者の咀嚼機能が正常範囲にあるかを判断できます。375Nという数値は、約38kgの重さに相当し、スイカ1個分程度の重さを持ち上げる力と同じくらいです。
つまり基準値以上ということですね。
咬合力の低下は単に硬いものが食べにくくなるだけではなく、栄養摂取の偏りや全身の健康状態にも影響を及ぼします。特に高齢者では、咬合力の低下が認知機能の低下や要介護リスクの増加と関連することが明らかになっており、早期発見と適切な介入が求められます。
歯科医院での咬合力測定により、患者自身が自覚していない機能低下を数値で可視化できます。「なんとなく噛みにくい」という主観的な訴えを客観的データに変換することで、患者への説明がより説得力を持つものになり、治療への動機づけにもつながります。
また、補綴治療の前後で咬合力を測定することで、治療効果を定量的に評価できる点も大きなメリットです。義歯装着者の場合、総義歯では約15〜150N程度まで咬合力が低下することが知られており、適切な義歯調整により咬合力の改善が期待できます。
口腔機能低下症の診断フローについて詳しく解説された株式会社ジーシーの公式ページ
咬合力測定に使用される機器には主にデンタルプレスケールⅡとOramoの2種類があり、それぞれ測定原理と判定基準が異なります。歯科医療従事者は各機器の特性を理解し、診療目的に応じて適切に選択することが重要です。
デンタルプレスケールⅡは感圧シートを用いた測定システムで、10〜120MPaの幅広い帯域で咬合圧を測定できます。患者に約3秒間シートを噛んでもらうだけで、咬合力の総量だけでなく、咬合接触面積や咬合バランスまで詳細に分析できる点が特徴です。圧力フィルタありの場合は350N未満、フィルタなしの場合は500N未満が咬合力低下の判定基準となります。
これは使えそうです。
一方、Oramo(口腔機能モニター)はセンサーを口腔内に挿入し、咬合力の最大値を短時間で測定する機器です。UタイプとIタイプの2種類のセンサーがあり、歯列全体の測定から一歯単位の測定まで対応可能です。375N未満が咬合力低下の判定基準とされており、デンタルプレスケールⅡとは基準値が異なる点に注意が必要です。
意外ですね。
両機器の基準値の違いは、測定原理の違いによるものです。デンタルプレスケールⅡはフィルムの圧力分布を測定するのに対し、Oramoはセンサーに加わる直接的な力を計測します。このため、同じ患者でも使用する機器によって測定値が異なる場合があります。
臨床での機器選択において、デンタルプレスケールⅡは咬合バランスの詳細な分析が必要な補綴治療や咬合調整に適しています。例えば、義歯装着後の咬合接触状態を視覚的に確認したい場合には非常に有用です。一方、Oramoは操作が簡便で測定時間が短く、高齢者や開口困難な患者、小児への使用に向いています。
保険算定上は両機器とも咬合圧検査1として130点を算定できますが、施設基準の届出時に使用する機器の医療機器届出番号を記載する必要があります。機器を変更する場合でも改めての届出は不要ですが、保険医療機関で使用する機器を適切に管理しておくことが求められます。
咬合力測定を保険算定する際には、施設基準の届出が最も重要なポイントとなります。多くの歯科医院で見落とされがちですが、届出なしで算定した場合、返戻や査定のリスクが高まります。
咬合圧検査1は、地方厚生局長等に施設基準を届け出た保険医療機関において、6ヶ月に1回に限り130点を算定できます。施設基準の主な要件は、当該保険医療機関内に歯科用咬合力計を備えていることです。届出には様式38の1の2と添付書類2を使用し、使用機器の医療機器届出番号を記載します。
結論は届出が必須です。
算定対象となるのは、問診や口腔内所見から口腔機能低下症が疑われる患者、または口腔機能低下症と診断され継続管理を行っている患者です。初診時にいきなり算定することはできず、まず口腔機能低下症の疑いがあることをカルテに記載する必要があります。
注意すべきは、咬合圧検査1と咀嚼能力検査1の算定制限です。両検査は3ヶ月以内に重複して算定できません。例えば、1月に咬合圧検査1を算定した場合、4月まで咀嚼能力検査1は算定できないのです。この期間制限を忘れると、レセプト返戻の原因になります。
厳しいところですね。
また、有床義歯咀嚼機能検査を算定した月は、咬合圧検査1を別に算定できません。ただし、口腔機能低下症が疑われる患者に義歯を新製する場合、有床義歯咀嚼機能検査として咬合圧測定を実施すれば、その結果を口腔機能低下症の検査結果としてみなすことができます。この運用を理解していれば、効率的な診療計画が立てられます。
継続管理を行う場合、口腔機能管理料(60点、月1回)と組み合わせて算定するのが一般的です。さらに口腔管理体制強化加算の施設基準を満たしていれば、追加で50点を毎月算定できます。この場合、3ヶ月ごとの検査実施月には咬合圧検査1(130点)を含めて240点(口管強込みで290点)の算定が可能になります。
カルテ記載においては、測定した咬合力の数値、使用した機器名、判定結果(基準値との比較)を明記することが求められます。特に継続管理の場合は、前回測定値との比較や、指導内容の変化についても記録しておくと、監査時に説明しやすくなります。
咬合力測定で得られたデータは、単に口腔機能低下症の診断に使うだけでなく、補綴治療や咬合調整、患者指導など幅広い場面で活用できます。測定値を治療計画に組み込むことで、より質の高い歯科医療を提供できるのです。
補綴治療における咬合力測定の活用は特に重要です。義歯製作前に咬合力を測定することで、患者の咀嚼能力のベースラインを把握できます。総義歯患者の場合、装着前の咬合力が極端に低い場合には、リハビリテーションを含めた長期的な治療計画が必要になることがわかります。
どういうことでしょうか?
義歯装着後の評価でも咬合力測定は有用です。適合の良い義歯であれば、装着前と比較して咬合力が改善するはずです。もし改善が見られない場合は、義歯の咬合調整や適合改善が必要なサインとなります。有床義歯咀嚼機能検査として咬合圧測定を行えば、560点(下顎運動測定と併せて行う場合)または130点(咬合圧測定のみ)を算定でき、治療効果の客観的評価と保険算定を両立できます。
咬合力が過剰に高い患者への対応も重要な臨床課題です。健康な成人でも1500Nを超える咬合力を持つ方がいて、このような患者では歯の破折や補綴物の破損リスクが高まります。実際に2000Nを超える咬合力により抜歯に至ったケースも報告されています。このような場合、ナイトガードの使用や咬合調整、場合によってはボツリヌス毒素製剤による咬筋への注射療法も選択肢となります。
歯科衛生士による口腔機能管理においても、咬合力測定データは重要な指標です。舌圧検査や咀嚼能力検査と組み合わせることで、患者のどの機能が特に低下しているかを特定し、個別化されたトレーニングメニューを提案できます。咬合力が低下している患者には、咬筋トレーニングやガムを使った訓練を指導し、3ヶ月後の再評価で改善度を確認します。
患者への説明において、咬合力の測定結果を視覚的に示すことは極めて効果的です。「あなたの噛む力は平均の6割程度です」と具体的な数値で伝えることで、患者は自身の口腔機能の状態を客観的に理解できます。特に高齢者の場合、「噛めている」と思っていても実際には咬合力が大きく低下していることがあり、測定により初めて問題に気づくケースが少なくありません。
日本老年歯科医学会が発行する口腔機能低下症に関する基本的な考え方の詳細資料
咬合力測定を日常診療に導入する際、教科書には載っていない実践的な課題や工夫が数多く存在します。ここでは他の情報源では触れられにくい、現場での具体的な対応法について解説します。
測定時の患者の姿勢や心理状態は、咬合力の数値に大きく影響します。緊張している患者や、測定に不慣れな高齢者では、本来の咬合力よりも低い値が出ることがあります。初回測定時には「できるだけ強く噛んでください」という指示だけでなく、1〜2回の練習測定を行うことで、より正確な最大咬合力を測定できます。
残存歯数による評価法との使い分けも重要です。口腔機能低下症の診断では、咬合力測定の代わりに残存歯数で評価することも認められています。20本未満の場合に咬合力低下とみなされますが、実際には残存歯が20本以上あっても咬合力が低下しているケースがあります。ジーシー社の導入医院事例では、「残存歯数が十分で問診でも問題ないという方でも、意外に咬合力が低い場合がある」と報告されており、数値評価の重要性が示されています。
痛いですね。
施設基準の届出を失念した場合のリカバリー方法も知っておくべきです。届出なしで算定してしまった場合、気づいた時点で速やかに届出を行います。ただし、届出日の属する月の1日からの算定となり、遡及算定はできません。既に算定した分については自主返還が必要になる可能性があるため、新規開業時や機器導入時には必ず届出を確認しましょう。
義歯装着者の測定では特別な配慮が必要です。義歯を装着した状態で測定するのが原則ですが、義歯の適合が悪い場合、痛みで十分に噛めないことがあります。このような場合、義歯調整前後で咬合力を比較測定することで、調整効果を客観的に示せます。患者に「義歯の調整で噛む力が〇〇N改善しました」と具体的に説明できれば、治療への満足度も高まります。
小児や開口困難な患者への対応として、Oramoのようなセンサータイプの機器が有効です。2種類のセンサー(UタイプとIタイプ)を使い分けることで、幅広い患者層に対応できます。特にIタイプセンサーは一歯単位での測定が可能なため、特定の歯に過剰な負荷がかかっていないかの確認にも使えます。
検査データの長期的管理も重要な課題です。咬合力の経時的変化を追跡することで、加齢による機能低下の速度や、訓練による改善効果を評価できます。電子カルテやクラウドシステムを活用して、測定結果を蓄積・分析すれば、医院全体でのエビデンス構築にもつながります。
多職種連携の場面では、咬合力のデータは栄養士や理学療法士との情報共有に有用です。咬合力が200N未満の患者では、硬い食材の摂取が困難なため、食事形態の調整が必要になります。このような情報を多職種チームで共有することで、包括的な口腔機能管理が実現できます。
検査費用の患者負担について説明を求められることもあります。咬合圧検査1の130点は、3割負担で390円です。口腔機能管理料60点(180円)と合わせても月570円程度であり、口腔機能の維持・改善という長期的メリットを考えれば、十分に説明可能な金額といえます。
日本補綴歯科学会による有床義歯咀嚼機能検査の詳細ガイドライン資料