カルテを5年で廃棄すると、大規模災害で身元確認できず遺族に謝罪が必要になるケースがあります。
歯は人体の中でも最も硬い組織であり、火災・腐敗・溺水といった過酷な状況でも形態が保たれやすいという特性があります。 そのため、指紋やDNAと並んで「身体のみから個人を特定できる生体特徴」として法医学の現場で高く評価されています。 歯科所見は死後変化の影響を受けにくく、迅速な照合が可能です。 jda.or(https://www.jda.or.jp/dentist/disaster/pdf/identity-manual.pdf)
具体的な手順は大きく4つに分かれます。 jda.or(https://www.jda.or.jp/dentist/disaster/pdf/identity-manual.pdf)
- 死後記録の採取と整理(遺体から歯科所見を採取)
- 生前資料の収集・生前記録の作成(かかりつけ歯科医院からカルテ・X線を入手)
- 照合(死後所見と生前記録の比較・異同識別)
- 事後措置(警察への報告など)
2001年のニューヨーク世界貿易センタービルのテロ攻撃では、ご遺体の約35%が歯科所見により身元確認されました。 2004年のタイの津波災害では約56%にのぼります。 数字が示す通り、歯科は「最後の砦」となり得る識別手段です。 s8020.or(https://s8020.or.jp/column/20200201/index.html)
実際の照合作業では、まず遺体側の歯科所見(死後記録)をデンタルチャートに落とし込みます。 次に警察や遺族を通じて、生前に通院していた歯科医院からカルテやX線写真を取り寄せます。 この二つのデンタルチャートを比較し、治療痕・補綴物・欠損歯の位置・形態が一致するかを鑑定します。 izutasika(https://izutasika.com/dental/1430/)
照合の精度は使用できる歯の数に直結します。ある研究では、歯科処置情報だけで個人識別できたのは30例中18例(60%)でした。 残り12例では、初診時の歯式情報を追加することで識別が可能になっています。 つまり初診時の口腔内記録の蓄積が鍵です。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-25463252/25463252seika.pdf)
近年の傾向として、予防歯科の普及により処置歯数が少ない患者が増え、識別に使える情報量が減少しています。 これは現代の歯科医療が直面する「識別精度の低下リスク」でもあります。歯式情報を含む包括的な口腔内記録の重要性が、改めて高まっています。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-25463252/25463252seika.pdf)
法令上、歯科カルテ(診療録)の保存義務期間は「最終診療日から5年間」と歯科医師法第23条に定められています。 一方で、カルテ以外のX線写真や処方箋は保険医療機関では3年保存が義務です。 dental-diamond(https://dental-diamond.jp/pages/%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89/qa/9166/)
5年という期限に注意が必要です。
身元確認が必要になるのは、往々にして患者が亡くなってから数年以上経過した後の大規模災害時です。法的義務を満たして5年でカルテを廃棄していたとしても、その記録がなければ照合はできません。 銀座誠和法律事務所の弁護士は「将来の訴訟リスク・個人識別対応の観点から最低10年の保存を推奨」としています。 dental-diamond(https://dental-diamond.jp/pages/%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89/qa/9166/)
2023年には厚生労働省に対して「電子カルテ保存義務期間の延長を求める要望書」が提出されています。 電子カルテであればデータ保存コストが低く、長期保管のハードルは大幅に下がっています。 保存期間の方針を院内で見直すだけで、いざという時に貢献できる体制が整います。 yuyama.co(https://www.yuyama.co.jp/column/medicalrecord/storage-period/)
参考:歯科医院における書類保存期間の一覧(カルテ・X線・衛生士記録の根拠法令まとめ)
歯科の電子カルテ(診療録)の保存期間は何年?5年間の保存でOK? | 3tei
東日本大震災では死者・行方不明者が19,000人に上り、身元確認の現場で歯科医師が大きな役割を担いました。 一日に1,000体を超える遺体が収容された日もあり、その過酷な環境で歯科的個人識別が実施されています。 miyashi.or(https://www.miyashi.or.jp/cgi-new/upfile/147_5667_1.pdf)
体制としては、都道府県歯科医師会が警察と連携し、地域防災計画に基づいて活動します。 府歯科医師会は府警本部鑑識課と協力し、身元不明遺体の身元確認を担当します。 発災時には「歯科医療救護活動」と「歯科的個人識別」の2つが求められます。 jsdphd.umin(https://jsdphd.umin.jp/pdf/nkkk/06-1107.pdf)
準備は平時から必要です。
日本歯科医師会は「身元確認マニュアル(令和7年改訂版)」を公開しており、死後記録の採取方法から生前資料の収集手順まで詳細に記載されています。 歯科従事者であれば、このマニュアルを一度確認しておくことを強く勧めます。 jda.or(https://www.jda.or.jp/dentist/disaster/pdf/identity-manual.pdf)
参考:日本歯科医師会公式の身元確認マニュアル(令和7年版)で照合手順を確認できます
身元確認マニュアル(令和7年改訂版) | 日本歯科医師会
岐阜大学の研究グループは、ディープラーニング技術をパノラマX線画像・CT画像に適用した結果、個人識別の正解率が約93%に達することを示しています。 これは従来の手作業による照合と比べ、大幅な効率化と客観化を実現する成果です。 fjt.info.gifu-u.ac(http://www.fjt.info.gifu-u.ac.jp/publication/917.pdf)
また「IDOL法(死亡時画像診断を活用した歯科個人識別法)」は、生前のパノラマX線と死後のCT画像をAIで照合する研究として進行中です。 歯の座標データをもとに算出するため、主観が入りにくく再現性の高い判定が期待されています。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K10686/)
2012年には岐阜大学の別研究で、前歯の画像を用いた個人識別の本人認識率が96.12%という結果も出ています。 歯の画像には個人を識別可能な情報が明確に含まれているということですね。 hugkum.sho(https://hugkum.sho.jp/713333)
現時点ではAIによる歯科的個人識別はまだ実装段階ですが、普及に向けた動きは着実に進んでいます。 歯科医院側での対応としては、パノラマX線画像を適切な形式で長期保存しておくことが、将来のAI照合システムに対応する準備になります。日常の撮影精度の向上と、データの整理・保管体制の整備が今すぐできる行動です。 dental-oral-surgery(https://www.dental-oral-surgery.com/individual-identification/)
参考:パノラマX線AIによる個体識別の最新技術動向と歯科の社会的役割について
パノラマエックス線画像AIによる「個体識別」「警察歯科」「災害歯科医療」 | dental-oral-surgery.com