絹糸歯科縫合における選択基準と使い分け術

歯科治療でよく使われる絹糸縫合。ナイロン糸との違い、感染リスク、適切な抜糸時期など、歯科医が知るべき絹糸の特性と臨床での正しい使い分けを解説しています。あなたの診療で絹糸を選ぶべき場面は本当にありますか?

絹糸歯科での縫合糸選択と臨床応用

絹糸は1週間以上放置すると感染リスクが3倍高まります


この記事の3つのポイント
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絹糸とナイロン糸の特性比較

絹糸は結紮性能に優れるがプラーク付着しやすく、ナイロン糸は感染リスクが低いが操作性にやや難があることを解説します

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絹糸縫合の感染リスクと対策

マルチフィラメント構造による細菌付着のメカニズムと、2週間以内の抜糸が推奨される理由を詳しく説明します

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臨床場面での絹糸の使い分け基準

前歯部と臼歯部、インプラント手術と抜歯後など、症例に応じた縫合糸選択の実践的なポイントをお伝えします


絹糸縫合の基本特性と歯科での位置づけ


歯科治療において縫合糸の選択は術後の治癒経過を大きく左右する重要な判断です。絹糸(けんし)は天然シルク繊維を材質とした非吸収性の縫合糸で、古くから外科手術全般で使用されてきた歴史があります。歯科領域でも長年にわたって標準的な縫合材料として採用されてきました。


絹糸の最大の特徴は、その柔軟性と優れた結紮性能にあります。シルクの天然繊維を撚り合わせたマルチフィラメント構造により、しなやかで弾力性があり、術者が意図した強さで正確に結紮できるのです。力のコントロールがしやすく、強く締めたい時も緩めに結びたい時も、術者の意図通りに調整できます。


現在、歯科で使用される絹糸の多くは「ブレードシルク」と呼ばれる編糸タイプです。これは複数のシルク繊維を編み込んで1本の糸にしたもので、結紮が緩みにくく取り回しやすいという利点があります。特に歯科口腔外科では、インプラント埋入術、抜歯、歯周外科手術などで頻繁に使用されてきました。


絹糸は非吸収性のため、手術後1~2週間程度で抜糸が必要です。体内で分解されることはなく、半永久的に組織内に残る性質を持っています。そのため、歯肉表面の縫合には適していますが、深部組織の縫合には通常使用しません。


価格面では絹糸は比較的安価で、縫合材料の中でもコストパフォーマンスに優れています。1本あたりの単価が低いため、診療経費の観点からも選択しやすい材料といえるでしょう。


絹糸とナイロン糸の性能比較と使い分け

歯科臨床で絹糸と並んで頻用されるのがナイロン糸です。両者の特性を正確に理解することで、症例に応じた最適な選択が可能になります。


ナイロン糸の最大の利点は、モノフィラメント構造による優れた衛生性です。単一の糸でできているため表面が滑らかで、プラークや細菌が付着しにくい特性があります。口腔内は常に唾液や食物残渣が存在する環境ですから、この感染リスクの低さは臨床上極めて重要な要素です。特に奥歯のような汚れがたまりやすい部位や、糖尿病などの基礎疾患で感染リスクが高い患者さんには、ナイロン糸が第一選択となります。


一方、ナイロン糸の弱点は操作性です。プラスチックのような材質で硬めのため、結紮時に術者の意図通りにコントロールしにくく、結び目が緩みやすい傾向があります。経験の浅い術者には扱いにくく、確実な止血や創閉鎖が必要な場面では不向きなことがあります。


絹糸は逆に、優れた操作性と結紮保持力を持つ反面、マルチフィラメント構造の糸と糸の隙間に細菌が入り込みやすいという欠点があります。水分を吸収しやすい性質もあり、唾液を吸い込むことで糸が変色したり、細菌の温床になったりするリスクが存在します。


つまり絹糸は感染に弱いということです。


実際の臨床では、インプラント手術のような清潔な環境での処置では感染予防を優先してナイロン糸を選択し、複雑な形態の歯周外科や困難抜歯など確実な縫合が必要な場面では絹糸の操作性を活かすという使い分けが行われています。


世界的な傾向としては、インプラント治療では感染防止を重視してナイロン糸の使用割合が増加しています。多少操作性が劣っても、術後の安全性を優先する選択です。ただし、術者の習熟度や手術部位の特性によって、絹糸の方が適している場面も依然として存在します。


近年では、ナイロン糸の衛生性と絹糸の操作性を併せ持つ特殊コーティングされたポリエステル編糸も開発されていますが、価格が高価なため一般診療での普及は限定的です。費用対効果を考慮しながら、各症例に最も適した縫合糸を選択することが求められます。


絹糸縫合における感染リスクと抜糸時期の重要性

絹糸を使用する際に最も注意すべきは、感染リスクの管理と適切な抜糸時期の設定です。絹糸は異種蛋白質であるため、生体にとっては異物として認識されます。長期間体内に留置すると、組織反応や炎症を引き起こす可能性が高まります。


一般的に、歯科領域での絹糸の抜糸時期は手術後7~10日が目安とされています。この期間であれば、創傷治癒が進み歯肉が十分に閉鎖している一方で、まだ絹糸周囲の感染リスクが顕在化する前です。傷口がある程度ふさがり、縫合糸の役割が終わる時期にあたります。


抜糸が2週間を超えて遅れると、縫合糸周囲の感染リスクが顕著に高まります。ある研究では、絹糸を1週間以上放置すると感染リスクが約3倍に増加するというデータも報告されています。縫合糸の周りに汚れが蓄積し、細菌が繁殖することで「縫合糸膿瘍」と呼ばれる状態を引き起こすことがあるのです。


縫合糸膿瘍は、深部縫合糸を中心に生じる細菌感染で、一般的に皮下組織や創瘢痕部に膿瘍を形成します。術後1~2週間の早期で発症することが多いのですが、数か月後に遅発性で発生するケースも報告されています。特に絹糸を使用した場合に発生頻度が高く、モノフィラメント糸と比較して明らかにリスクが高いことが知られています。


絹糸が感染源となりやすい理由は、その構造にあります。マルチフィラメント構造では、糸と糸の間に微細な隙間が存在し、そこに細菌が侵入して増殖します。一度入り込んだ細菌は、抗生物質が届きにくく、通常のうがいや歯磨きでは除去できません。この状態が続くと、慢性的な炎症が持続し、治癒を妨げることになります。


抜糸のタイミングが遅れることによるもう一つのリスクは、縫合糸が歯肉に食い込んでしまう現象です。治癒が進むにつれて歯肉が盛り上がり、糸を包み込むように組織が再生します。この状態になると、抜糸時に糸を引き抜くことが困難になり、患者さんに強い痛みを与えたり、再度切開が必要になったりすることがあります。


したがって、絹糸を使用した場合は、予定された抜糸日を厳守することが極めて重要です。患者さんの都合で抜糸が延期される場合でも、最長2週間以内には必ず抜糸を実施すべきです。特に糖尿病患者や免疫抑制状態の患者さんでは、さらに早めの抜糸を検討する必要があります。


抜糸までの期間、患者さんには適切な口腔衛生管理を指導することも重要です。縫合部を強く刺激しない範囲で、丁寧にブラッシングし、抗菌性の洗口液を使用することで、感染リスクを最小限に抑えることができます。


絹糸縫合後の患者管理と注意点

絹糸で縫合した後の患者管理では、いくつかの重要な注意点があります。適切な管理を行うことで、感染リスクを低減し、良好な治癒を促進できます。


まず、縫合直後から抜糸までの期間は、縫合部への刺激を最小限に抑えることが基本です。絹糸は水分を吸収しやすい性質があるため、食事の際には縫合部に食物が直接当たらないよう注意が必要です。特に硬い食べ物や繊維質の食材は、糸に絡まりやすく、細菌の付着を促進する原因となります。


患者さんには、縫合部を舌や指で触らないよう指導することも重要です。触ることで細菌が付着したり、縫合糸が緩んだりするリスクがあります。どうしても気になる場合は、鏡で確認するだけにとどめ、物理的な接触は避けるよう伝えましょう。


口腔衛生管理に関しては、縫合部以外は通常通りブラッシングを行い、縫合部周辺は柔らかいブラシで優しく清掃します。過度なうがいは傷口の治癒を妨げることがあるため、強くうがいをせず、口に含んで軽くすすぐ程度にとどめることが推奨されます。抗菌性洗口液の使用は、縫合後24時間以降から開始すると効果的です。


喫煙は絶対に避けるべき行動です。タバコの有害物質は創傷治癒を著しく遅延させ、感染リスクを高めます。また、絹糸は多孔質構造のため、タバコのヤニが吸着しやすく、変色や不潔化の原因となります。少なくとも抜糸までの期間は完全禁煙を指導すべきです。


入浴や運動についても注意が必要です。長時間の入浴や激しい運動は血流を増加させ、出血や腫れを引き起こす可能性があります。手術当日は軽いシャワー程度にとどめ、翌日以降も短時間の入浴に留めることが望ましいでしょう。運動は抜糸後まで控えるか、軽い散歩程度に制限します。


絹糸の縫合糸が自然に取れてしまった場合の対応も、患者さんに事前に説明しておく必要があります。もし糸が取れても、傷口がすでに塞がっていれば問題ありませんが、傷口が開いている場合は再縫合が必要です。糸が垂れている状態で自分で引っ張ったり切ったりすることは厳禁で、すぐに歯科医院に連絡するよう指導します。


抜糸後も、完全に治癒するまでには数週間を要します。抜糸直後は傷跡が赤く盛り上がっていることがありますが、時間とともに平坦化し、周囲の組織と馴染んでいきます。抜糸後も1週間程度は刺激の強い食べ物を避け、優しいブラッシングを続けることが推奨されます。


絹糸縫合の臨床症例別選択基準と代替材料

実際の臨床場面で絹糸を選択すべきか、代替材料を使用すべきかの判断は、症例の特性によって異なります。ここでは具体的な症例ごとの選択基準を解説します。


インプラント埋入手術では、現在の世界的なトレンドとして、ナイロン糸やePTFE(ゴアテックス)糸の使用が主流になっています。インプラントは骨との結合(オッセオインテグレーション)が成功の鍵を握るため、感染を徹底的に予防する必要があります。絹糸のプラーク付着リスクは、この観点から不利に働くため、特別な理由がない限りナイロン糸を選択すべきです。


親知らずの抜歯や複雑な抜歯では、絹糸の使用も十分に選択肢となります。特に歯肉を大きく剥離した場合や、骨削除を伴う難抜歯では、確実な止血と創閉鎖が必要です。このような場面では絹糸の優れた結紮性能が活きてきます。ただし、抜歯後は食物残渣が溜まりやすいため、患者さんへの口腔衛生指導を徹底し、抜糸は7日前後の早めの時期に設定します。


歯周外科手術、特にフラップ手術や歯肉弁根尖側移動術などでは、複雑な縫合技術が求められます。マットレス縫合や垂直マットレス縫合など、精密な力加減が必要な場面では、絹糸の操作性の高さが有利です。ただし、歯周病患者は口腔内細菌数が多い傾向にあるため、術前の徹底的なプラークコントロールと、術後の厳重な感染管理が必須条件となります。


前歯部の審美領域では、縫合糸の選択にさらに慎重な配慮が必要です。絹糸は黒色のものが一般的で、審美的に目立ちやすいという欠点があります。前歯部では細いナイロン糸や、場合によっては吸収糸の使用も検討すべきでしょう。特に歯肉の薄い患者さんでは、糸の透け感も考慮に入れる必要があります。


小児や協力度の低い患者さんでは、抜糸時の負担を考慮する必要があります。絹糸は抜糸時にある程度の痛みを伴うことがあり、特に子どもや歯科恐怖症の患者さんには精神的負担が大きくなります。このような症例では、多少高価でも吸収糸の使用を検討する価値があります。吸収糸は3~4週間で自然に溶解するため、抜糸の必要がありません。


全身疾患を持つ患者さんへの対応も重要です。糖尿病患者や免疫抑制剤を服用している患者さんでは、感染リスクが健常者の数倍に高まります。このような症例では、絹糸の使用は避け、感染リスクの低いモノフィラメント糸を第一選択とすべきです。また、抜糸時期も通常より早め(5~7日)に設定することが推奨されます。


コスト面を考慮すると、絹糸は1本あたり数十円程度と非常に安価ですが、術後の感染リスクや追加治療の可能性を考えれば、多少コストが高くても適切な縫合糸を選択することが、長期的には医院の評判や患者満足度の向上につながります。


最終的な縫合糸の選択は、術者の技術や経験、患者さんの状態、手術の種類、診療コストなど、多面的な要素を総合的に判断して決定すべきです。絹糸は決して時代遅れの材料ではなく、適切な症例選択と管理のもとで使用すれば、今でも有用な縫合材料といえるでしょう。


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