血圧低下や脈拍上昇が起こるまで待つな、血餅が見える前に見分けろ。
歯科手術後の術後出血は、実は患者の全身状態を反映した警告信号です。50歳以上の患者では血小板機能やプロトロンビン時間に加齢による変化が生じ、若年患者と同じ手術侵襲でも出血反応が異なります。日本の高齢化に伴い、血圧低下薬や抗凝固薬を服用中の患者の割合は増加の一途です。術後出血の観察項目を設定する際には、単純な出血量だけでなく、患者の全身管理歴を踏まえた層別化が必須になっています。
抜歯やインプラント埋入手術後の創部出血において、患者の主観に頼った説明「血の味がする」という訴えは、実は微少出血を唾液が増幅させている現象です。医学的には問題のない出血量であっても、患者心理として不安につながり、強いうがいや触診を招く悪循環が生じます。医療従事者側の出血判定基準を患者に事前説明することで、不要な再来院や自己判断による悪化を防げます。
実際のリスクは見た目の出血より隠れた止血不全にあります。
術後出血の判断には定量的な基準が必要です。一般的な目安として、時間当たり100ml以上の出血が持続する場合、または口角から血液が溢出する症状が見られた場合を「異常出血」と判定します。しかし歯科手術のように局所的な出血では、この基準を直接適用できません。歯科領域では、抜歯窩からのドロッと生レバー状の血塊が大量に出てくる現象や、唾液に混ざった微少出血が継続するパターンを区別する必要があります。
術直後の麻酔作用による血管収縮期では出血量が見かけ以上に少なく見えるため、麻酔が覚める術後2~3時間が重要な観察時期です。この時間帯の出血パターンが、その後の創部治癒の予測因子になります。
出血判定の分類は、医学的管理の必要性を左右する判断です。
術後出血のコントロールにおいて、圧迫止血の手技精度が第一義的な役割を果たします。患者に指導する際の重要なポイントは、ガーゼをただ噛むのではなく「団子状に丸めて出血部位に押し当てるように強く噛む」という具体的な指示です。一般的に15~20分の圧迫で止血できるとされていますが、実際には圧迫の強さと持続時間の組み合わせが結果を左右します。患者が軽く噛んでいるだけの場合、実質的な圧迫止血にはならず、止血困難につながります。
圧迫止血中に「様子を見たい」と患者が何度もガーゼを外す行為は、血餅形成を阻害する最大の要因です。実際のクリニック運用では、患者に「外さずに1時間かかることもある」と事前説明することで、不要な再確認を防止できます。また、出血が続いているように見える場合でも、唾液の存在によって実際の出血量より多く見える現象を説明することで、患者の不安心理に対応可能です。
正しい圧迫止血の手技が、次のドライソケット予防につながります。
術後出血管理が重要な理由は、止血そのものの成功だけでなく、血餅形成による創部感染予防にあります。ドライソケット(術後骨髄炎の初期段階)は、抜歯窩に血餅がない、または血餅が早期に剥落した状態です。この病態では激しい疼痛、膿からの口臭、治癒遅延が続き、場合によっては再掻爬手術による再出血誘導が必要になります。日本の統計では、ドライソケットの発症率は抜歯患者の1~3%ですが、喫煙者や抗凝固薬使用者では5~10%まで上昇します。
ドライソケット予防の実践項目は、術後早期の行動制限です。術後24時間以内は、運動・入浴・飲酒による血流亢進を避け、同時に口腔内の強いうがいも禁止すべきです。患者がうがいをしたい場合の対応として「軽くゆすぐ程度」という曖昧な指示より、「水を口に含んで軽く吐き出す動作」のように具体的に示すほうが患者の実行性が高まります。
血餅の保護と感染予防は同時進行が必須です。
術後出血の観察項目において、単なる局所的な出血量だけでは予測できない因子が存在します。抗凝固薬やアスピリンを服用中の患者では、「止まったと思った出血の再発」が術後3~7日目に起こりやすいという知見があります。これは局所的な圧迫止血と血液の全身凝固能が一致していない状態を示しており、術前の検査値確認(PT-INR、活性化部分トロンボプラスチン時間)が事前リスク評価に有効です。
また、眼瞼結膜の色調観察は、肉眼で循環血液量の低下を捉える古典的ながら有効な方法です。通常はピンク色の眼瞼結膜が白っぽく蒼白化した場合、数値に現れる前の循環不全の初期段階を示唆しています。歯科診療所では血液検査機器がないため、視診・触診による全身バイタルサイン確認が術後観察の核になります。歯科医師が術後の患者との通話で「めまいはないか」「顔色が悪いと言われないか」といった確認項目を設定することで、自宅での隠れた大量出血を早期に検知できます。
全身状態と局所出血の乖離を見逃さない観察眼が専門性です。
術後出血に対する患者教育は、術前・術中・術後を通じて多段階で実施する必要があります。特に重要なのは、術前説明で「出血の程度は唾液の量に左右される」という仕組みを理解させることです。患者は血の味によって出血の多寡を判定するため、微少出血でも唾液に混ざると実際以上に多く感じます。この心理的メカニズムを説明することで、患者が不安に駆られて強いうがいをしたり、頻繁にガーゼを外したりする行動を抑制できます。
実際の対応プロトコールとしては、抜歯直後に患者に対して「ガーゼを外さずに最低1時間は強く噛み続ける」と明確に指示し、ガーゼが用意できない場合のティッシュの使い方(2~3枚重ねて団子状に丸める)も教示します。出血が続いている場合の対応として、湿らせたティーバッグ(タンニン酸による止血効果)を提示する方法も、患者の安心感につながります。
不安心理への対応が、実は止血成功率を高めます。
術後出血の観察項目を系統的に記録することで、診療の質保証と医療防御の両立が可能になります。日本の歯科診療ガイドラインでは、抜歯後3日間の創部観察記録が推奨されていますが、実装率は診療所によってばらつきがあります。観察項目として記載すべき内容は、①出血の有無と性状(液状か凝固状か)、②創部周囲の腫脹程度(0~5段階スケール)、③患者が報告した疼痛スコア、④眼瞼結膜の色調です。これらを翌日、3日目に確認することで、後発的な大量出血やドライソケット初期症状を検知できます。
特に重要なのは、止血困難な患者の事前抽出です。抗凝固薬使用中、肝機能低下、血小板減少症の既往がある患者では、術後の出血リスクが一般患者の3~5倍に上昇することが報告されています。これらの患者に対しては、術後の電話確認を24時間以内に実施し、異常出血の有無を確認する運用が望ましいです。
予防的な早期確認が、実は最後の安全装置です。
参考リンク:血友病患者の抜歯管理では下歯槽神経伝達麻酔による気道閉鎖のリスク、止血困難による遷延出血が重要な管理項目になります。日本血友病学会の診療ガイドラインに詳細が記載されています。
血友病患者の抜歯で気をつけるべきことは? - 日本血友病学会
術後出血が患者の自己判断で管理できない段階に進行した場合の対応プロトコール設定が、医療事故防止に直結します。通常のガーゼ圧迫で止血できない場合(圧迫20分経過後も鮮血が続く)、患者に電話で再来院を勧奨するか、セルフケア継続の判断をするかは、診療所側の責任判断です。実装面での課題は、診療時間外の対応体制です。土曜夕方の抜歯や日曜の急性出血に対応する体制がない診療所では、患者が救急車を呼ぶ事態に発展する可能性があります。
対策として、術前説明時に「出血が止まらない場合の連絡先と対応フロー」を患者に交付(1枚の指示カード)することで、患者の過度な不安を軽減しつつ、医療側の対応能力を明示できます。また、医師が休診中の場合でも対応できるよう、歯科衛生士による電話トリアージの仕組みを構築することが、今後の診療所経営の競争力になります。
患者の安心感が、実は止血を助けます。
術後出血管理を患者主導で行う場合、診療所から明確な判定基準を紙面で提示することが、誤った自己判断を防ぎます。患者用チェックシートに記載すべき項目は、①「ガーゼからしみ出す血の色が薄くなったか」(判定:赤から薄いピンク色への変化を観察)、②「唾液を吐いた時に血の量が減ったか」(判定:ティッシュに記録して翌日比較)、③「創部周囲の腫脹が増していないか」(判定:鏡で確認、変わらないなら正常)です。
患者がこれらの項目を自記入することで、医療者への報告がより正確になり、電話確認時の会話効率が向上します。また、チェックシートの存在そのものが「診療所が術後出血を真摯に管理している」というメッセージを患者に伝えます。
患者満足度と医療安全の両立が実現できます。
紙一枚のチェックシートが、信頼関係の証になります。
歯科診療所で実装可能な術後出血判定フローは、以下の構造で設計されます。まず初診時に患者の全身状態と服用薬を確認し、「止血困難リスク群」と「通常リスク群」に層別化します。リスク群ごとに術後の観察期間を設定(困難群は7日間、通常群は3日間)し、電話確認の頻度を変える仕組みです。フローの2段階目では、電話時の患者報告「血が止まらない」という訴えに対し、「どのような色か」「どのくらいの量か」といった定性的な確認を実施します。
診療側の判断基準は、「患者がガーゼなしで口腔内に血液を感じるか」「飲み込む時に違和感があるか」といった患者体感に基づく判定です。医学的な数値基準がない歯科領域では、患者の言語化能力と医療者の聞き取り能力が判定精度を左右します。フローチャートを診療所全体で共有することで、誰が電話対応しても一貫した判定ができる体制が整います。
システムの統一が、実は判断の質を保証します。

オールカラー 消化器外科の術後看護まるごとガイド: 「術後何日目に」「何に注意すべきか」術後の山場がすぐわかる! (消化器外科ナーシング2015年秋季増刊)